18.作戦
「さて、それでは具体的な話に移ろう」
色々と蛇足に過ぎたところであるが、スカーレットの意思も確認が取れたので我らの本来の目的について話を進める。
「まず、この都市は占領する。これは決定事項だ。この辺り一帯は決して無視できぬほどまでに魔力に汚染されている」
「まぁ、そうだろうね。魔法研究の最高学府だ。日常のあらゆるところに魔力が使用されている。あの霧が出始めたのは、もう数百年は昔の話だ。君に協力すると約束した時点で、それについては諦めているよ」
大目標を宣言し、スカーレットに目を向ければ、我が意を汲んで納得の言を述べる。それを聞き届けてから、続きを話す。
「占領に際しては、まず魔宮核の確保を優先する。今回は殲滅の必要はない。人類には、脅威が現れたことを認識してもらう。また、霧の環境を利用して、拠点化を図る。人類の目を惹きつけ、行動の幅を広げることが目的だ。以上が、今回の作戦目標になる。後は、人類に我らの脅威を強く印象付けるに相応しい舞台がいつになるか次第だ。そこでだ、スカーレット。直近でそういったイベントはあるか?」
「うーん、そうだねぇ……あぁ、そういえば今はちょうど大魔導戦の時期じゃなかったけ?」
魔王の再来を告げる晴れ舞台。それに相応しい場を尋ねれば、スカーレットは少し悩んだ後、あっけらかんとそう答えた。
「それは何だ?」
「都市主宰の魔法競技のことだよ。大魔導戦、すなわち、偉大なる魔道の導を示す戦いのことだね。優秀な者にとっては、自身の成果を披露する場、未熟者や若輩の者たちからすれば、憧憬すべきもの、目指すべきところを知る場だ。魔法都市らしい一大イベントだよ。研究者気質で陰気な連中の多いこの都も、この時ばかりは興奮を隠しきれない子供のような有様になる、ミズガルズ唯一のお祭りだね。世界最高学府と謳われるだけあって、各国からスカウトも集まるから、瞬く間に情報は拡散されるだろうね」
それは確かに、今回の目標を達成するのに、御誂え向きの舞台だことだ。
「それで、それはいつ開催される?」
「えっと、確か、一週間後だったかな?」
曖昧な返答ではあるが、まぁ明日でも問題はないのだ。今回の人類側の戦力は魔法使いが大半を占めるが、魔力の支配者たる魔王の前に彼らは赤子も同然。グラビィやゴブリンたちを投入して無駄な犠牲を出すこともない。
「それじゃあ、私はそれまで観光したいのだけれど、良いかしら?」
そこに自由な発言をしたのはベルトリンデであった。さも当たり前のような態度である。まぁ、問題はないのだが、これから攻め滅ぼす都市で呑気に観光とは、何となく酷い発言のように思う。流石は、悪魔といったところか。
「ははっ」「「ふふふ」」
「え?何でここで笑うのかしら?」
ある種の微笑ましさを感じ、笑いが零れる。リリスとスカーレットも同様であった。その有様に、ベルトリンデだけがキョトンとしているのが余計に笑いを誘うこととなった。
「もう何なのよ。久しぶりの外なんだから、楽しんだって構わないじゃない」
「くく、いや、勿論、構わないぞ、ベルトリンデ。そうだな、当日に道を迷うなどということの無きように、下見ついでに観光といこうじゃないか」
遂に、頬を膨らまして拗ねるベルトリンデを見て、我は笑いをおさめて宥めに掛かる。
「そうですね、ネモ様の仰る通りです」
「そうだね~、アタシが案内するよ」
それにリリスとスカーレットが追随するが、ベルトリンデの機嫌は中々直らなかった。
魔王たちが和やかな時を過ごしている中、魔法都市の一角にある迎賓館。そこには、大魔導戦の観戦に訪れた各国の賓客たちが遇されていた。そして、その最上階には現在の世界で最も隆盛を極める超大国、創造神ブラフヴァを信仰する聖心教の総本山を有する大陸北西に広大な領土を囲う神聖ハーテ帝国からの賓客の姿があった。
正に神に愛されたが如きプラチナブロンドの煌びやかな毛髪が特徴的なその男は、神聖ハーテ帝国の第七皇子であり、歴とした皇族である。眼光鋭い瞳をして、目鼻立ち良く物語の王子様として申し分ない素養を備えたその男はしかし、丸々と太っていた。
天上絹で拵えらえた最高級品である煌びやかな衣服は、オーダーメイドのはずだが今にも弾けて飛んでしまいそうなほどにパツパツで、ドレスの悲鳴が聞こえてきそうである。彼が、ノシノシと鈍重そうに歩くたびに、一流の職人に建築させたはずの迎賓館の床が揺れる。そして、蓄えられた脂肪に邪魔された呼吸が、フゴフゴと豚の鳴き声のように響いて失笑を誘うのだ。
「相変わらず、ミズガルズの料理は美味いな!」
食事のマナーは滑稽なほど洗練されているが、クチャクチャという下品な咀嚼音が全てを台無しにする。
「それはよろしゅうございました、殿下。料理人たちも殿下のお褒めの御言葉に感涙に咽び、跪いて感謝することでしょう」
どこまでも不快な血統主義の成れの果てに、過剰なまでのおべっかを使うのはミズガルズの市長である。
世界最高学府の市長といえば聞こえはいいが、魔法的才能のなかった者か、押しに弱い者に押し付けられる七面倒な閑職である。世界各国からの資金援助を受けながら、自由な魔法研究のために自治独立を維持するため、寝る間も惜しんであくせく働き続けなければならない有名無実な権力者なのだ。
(この時期は、本当に胃が痛いな。この豚の相手は気が滅入るわ)
毎年、魔法によって整えられた環境で時期を無視した食材の数々に彩られた料理を楽しみに訪れる爆弾について、内心で罵倒しながら彼は今日もしたくもない業務を続けた。
その足元で蠢く災厄を知らず。




