17.原初の魔女
「魔王様だったんですね、それは申し訳ありませんでした」
ようやく解放されたスカーレットにこちらの正体を明かしたが、相当なトラウマになったか深々と頭を下げてきた。
「……リリス」
「……はい、ネモ様。スカーレット、ネモ様のお許しです。先ほどのような口調で構いません」
我の言外の望みを察して、リリスがスカーレットに赦しの言葉を掛ける。それに肩を震わせるも、頭を上げて見えた表情は以前のものだった。割と肝は座っている。
「はぁ、だから気をつけないと言ったのに……」
ベルトリンデの囁きが狭い部屋に響き渡る。
「さて、スカーレット。それでそちらの種族は何だ?」
「魔族だよ?少なくとも、人類はそう言っているし、先代様も特に区別は付けてくれなかったからね。そもそも殆ど人類と見分けのつかない魔物の個体数は少ないしね」
何事もなかったかのように対話を再開させれば、スカーレットもそれに続く。
しかし、種族の区別がないのか。魔族は対話可能な魔物に対する人類の呼称とのことだが、実際のところは量産機体に対して何らかの理由で必要とした高性能な固有機体なのか?
「ふむ、特技は?」
「自然魔法全般さ。この都市に潜むに当たっては、髪色に合わせて火属性ということにしてあるけど、全自然属性使用可能だよ。アタシに必要とされたのは、万能性らしくてね」
「魔法教導用魔族『原初の魔女』」
スカーレットが自身の能力を明かすとそれにリリスが反応した。
「おや?まさか精霊にまで知られているとは思わなかった。いや、ベルちゃんが反応していないところを見ると、リリス様が特別なのかな。そう、アタシこそが……」
「まさか生き残っていたとは思いませんでした」
スカーレットが調子良く自身の正体を明かそうとしたところ、リリスから殺気が漏れ出る。
「貴女は、先代魔王様が危機に瀕していた時、どちらにいらしたのですか?」
「え、いや、あの、リリス様?」
「どちらにいらしたのですか?」
「いや、もちろん、アタシだって先代様を助ける方向で動こうとしたとも。ただ、先代様に言われたんだ。『無理をしなくていい。これもまた運命だ。お前はお前のために生きろ』ってさ」
スカーレットの話を聞いても、リリスが殺気を納めることはなかった。それどころか、さらに大きくなった気もする。
「それならば、貴女のために、先代魔王様を助ければ良かったでしょう。『百獣の覇王』も『豊穣の星母』も『鉄血の賢人』も、彼らは全て先代魔王様と共に果てたというのに……。貴女は何故、こんなところで悠々と生きている!?」
「……君にアタシの何がわかる?」
しかし、リリスの言葉は、スカーレットの琴線に触れたらしい。先ほどのこともあり、あれほど怯えていたスカーレットが能面のような表情で冷たい静かな怒声を吐いた。それに、リリスが僅かに怯む。
「アタシは、魔法教導用魔族『原初の魔女』。人類に、魔法を教えるために生み出された存在だ。そりゃあ、生みの親である先代様への情は少なからずあった。でもね、当時の人類たちは全てアタシの弟子と言ってもいい存在だったんだ。手塩に掛けて育てた愛すべき者たちだったんだ。それを、殺せるはずがないだろうが!それを認めたからこそ、先代様はアタシにあの言葉を送ってくれたんだ!君こそ!先代様が危機に瀕していた時、何処にいた!その慕い様は、当時から存在した精霊だろう!」
「そ、れは……私だって、助けられるならば……」
激情と共に吐かれたスカーレットの言葉に、リリスが呆然とする。
「落ち着け」
「ネモ……わかった」「はい、ネモ様」
我の言葉に、両者が一応の平静を取り戻す。
「双方、様々な思いがあろうが、過ぎ去った時は取り戻せぬ。重要なのは、先代が残したこの世界の維持だ。違うか?」
「違わない」「ネモ様の仰る通りです」
我の確認に肯く二人。多少、強引ではあるが、今の話の限り、二人の主張は水掛け論のようなものだ。どこまでいっても納得のいくものにはならないだろう。だから、これで良い。
「スカーレット」
「何だい、ネモ?」
「当時の人類は、愛すべき弟子だった。では、今はどうなのだ?」
我の問いに、スカーレットは瞼を閉じる。そして、ゆっくりと開かれたそこには、決意した者の瞳があった。
「……彼らは、曲がりなりにも弟子たちの子孫だ。だから、必要以上に滅ぼすつもりはない。けれど、愚かだ。先代様を滅ぼしてからの、彼らの行いは余りにも愚かだ。今までは、アタシ一人でできることには限界があったから、目を瞑っていたけれど、君がいる。二代目魔王たる君が……彼らに自滅して欲しくないんだ。だから、君に協力しよう。魔物としての本来の役割を果たそうじゃないか」
嘘偽りの無いスカーレットの言葉に、我は笑みで応える。
「良かろう。共に世界を救うとしようじゃないか、スカーレット」
「あぁ、よろしく頼むよ。改めて、アタシはスカーレット、『原初の魔女』スカーレットだ」
互いの意思を固めるように、我らは固く握手した。




