15.霧の都
一寸先も見通せぬほどの白霧の中、我らは歩みを進めていた。
このような環境では道に迷ったとて仕方のないことではあるが、それを防ぐように街道には一定間隔ごとに淡く光る魔道具が設置されていた。
この魔道具は、ただの道標ではなく、街道に魔物が近づかないための結界でもあるようであった。動力は、豊富な滞留魔力を利用しているようだ。それが他の街道には見られぬ理由だろう。滞留魔力の薄い通常の街道に設置するならば、精隷石が必要となる。馬鹿げたコストになることは間違いあるまい。
「随分と不安定なところね。こんな魔道具が必要だなんて」
魔力には世界を歪ませる性質がある。街道の魔道具は、滞留魔力を動力に利用することでその歪みを抑え込んでいた。
それを見てのベルトリンデの呟きであったが。
「それは副次的な効果だ、ベルトリンデ。歪みが具象する前から設置されていたはずだ。そうでなければ、魔道具が効果を発揮する前に壊れている」
「それもそうね、買い被りだったわ」
「そうですよ、人類は愚かな生き物なんですから」
我の解説に納得するベルトリンデだったが、リリスの言葉に眉根を寄せる。
この旅の道中、度々あった光景だ。破壊神も別に、人類を絶滅させたいわけではない。ただ世界の終末を回避するための間引きだ。その眷属であるベルトリンデとしても、人類の間引きは仕事に過ぎないのだろう。悪感情があるわけではないのだ。対して、リリスは人類を蛇蝎の如く嫌っている。同じ精霊として理解できない在り様なのだろう。ベルトリンデのリリスに対する苦手意識は深まる一方であった。
それから暫くして、眼前に突如として現れるように都市の大門に辿り着く。この大門の先にある都市こそが、今回の目的地。世界最高学府ミズガルズ、通称『霧の都』。四六時中、都市の何処かしらで、何らかの魔法が発動していると嘯かれるほどの魔法研究機関だ。
とはいえ、万全の精霊の力に対抗できるわけもなく、リリスの幻術によりあっさりと我らは都市に入ることに成功した。
都市内もまた外ほどではないが、霧が立ち込めていた。そんな通りを行き交う人々の中には、明らかに魔法使いとわかるローブ姿の者が多くいる。
建物は石造の無骨なものだ。石材はおそらく地属性魔法で拵えたものだろう。魔力が感じられる。
「普通ね」
ベルトリンデの言葉がこの都市についてよく表している。そう普通なのだ。確かに随所に魔法的な在り方はあるが、外観は他の都市と似たものでしかない。
だが、よく考えればそれも当然だろう。ここは芸術の都ではなく、学問の都だ。美的感覚よりも合理性を優先するのが普通であるし、そして長き年月の中、合理化されてきたからこそ今の形があるのが普通の都市というものだ。
「おや?おやおや〜?君たち、人間じゃあないよね?」
いきなり核心を突いてきたその存在は、薄く笑みを浮かべていた。
女だった。燃えるように赤い髪を肩まで伸ばし、その上に魔法使いのとんがり帽子を被っている。鍔広のそれが彼女の目元を見えなくしていた。起伏に富んだ肢体は、サイズが一回り小さいのではないかと思える黒いローブにピッチリと収まっている。長くしなやかな手指で自身の身長と同等の杖を握っていた。
「だったらどうする?」
「それは勿論、歓迎するよ。だって、アタシも人じゃないからね」
どちらともなく、笑みを浮かべる。どこか凶暴で愉快げな笑みだ。
「我はネモだ。お前の名は何だ、魔女よ」
「アタシの名前は、スカーレット。よろしくお願いするよ、ネモ」
「ネモ様を呼び捨てとは、無礼ですよ!」
正体の暴かれたことに思考が停止していたリリスが、ほぼ反射的に反応した。その怒りの形相に、スカーレットは半歩引いていた。
「良い、リリス」
「しかし、ネモ様!」
「良いと言っている。スカーレットが我に敬意を払う理由は無い」
「……」
我の言葉に渋々と引き下がるリリス。しかし、その顔には不満がありありと浮かんでいた。
「いつもあんな感じなのかな?」
「そうよ。貴女も気をつけることね、夜道とか」
我がリリスを抑えている中、そうそうに立ち直ったスカーレットはベルトリンデと話していた。しかし、ベルトリンデよ、リリスへの評価があんまりではないか?リリスもそこまで狭量ではないと思うぞ。
「さて、いつまでも外にいるわけにもいくまい。何処か腰を落ち着けるところはあるか、スカーレット」
「うん?あぁ、あるとも。アタシの家に招待するよ」
我の問い掛けに、ベルトリンデとの会話を切り上げスカーレットはあっさりとそう応えた。
そして、こっちこっちと手招きしながら、さっさと歩き出してしまう。
「行くか」
「はい、ネモ様」
常より幾分堅い気のするリリスの返事とベルトリンデの無言の首肯を確認しながら、我はスカーレットの後を追うため歩き出した。
さて、どうするべきか?この都市の攻め方より難題かもしれん。
我はリリスの機嫌に頭を悩ませながら、前を行く魔女の飄々とした姿を観察していた。




