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私の魔王様  作者: 龍崎 明
序編 魔王再臨
12/33

12.蹂躙

同日連続更新。6話目

 小国の王城、王の執務室。人類が神に愛され、地上の支配者となって、幾年月より続く平穏を享受し存続する中、僅かな綻びが報告されていた。


「何?」


 既に老齢にある王が、眉間に深い皺を寄せながら声を上げる。それは長きに渡る平穏の水面に投じられた一石に対する単純な驚きによるものであろう。波紋はできるだろうが、それもすぐに治まるだろうことを王も報告者である臣下もまた信じていた。ただ、代わり映えのない平穏に現れた不穏な影に、久しく感じることのなかった恐怖が過剰に過敏に本能を刺激し警鐘を鳴らし、それが驚愕となって表れたのである。


「冒険者の行方不明件数の増加か……ただ、油断しただけではないのか?」

「おそらくは、陛下の仰る通りかと。しかし、行方不明となっていますのは、それなりのベテランとされる者たちばかりとのことで、ギルドマスターより最悪を想定して判断するようにとの奏上です」


 それはネモたちが暗躍した結果である。しかし、人類側がそれを知る術は今のところ存在しなかった。だから、彼らの判断を責めることはできない。


「ゴブリンどもが氾濫しかけておるのだろうか?」

「目撃情報が増加しているわけではありませんが、おそらくは。狡猾な統率個体が誕生したのでしょう」


 そもそも彼らがどのような判断を下そうとも、手遅れであった。ギルドマスターがもう少し早く報告していれば違ったかもしれないが、彼を責めることもできない。周辺の脅威がゴブリンを上限とするような田舎のギルドマスターでありながらの危機意識とそれを御上に報告する危機管理能力は、十分なものであった評価できるのだ。ただ、相手が悪かった。


 王と臣下がゴブリンの氾濫を想定してその対応を相談しているところに、ドタドタと重い足音を響かせて近づく者がいた。その人物は不敬になることも構わずに、王の執務室の扉を押し開き飛び込んだ。


「何事か!?」


 臣下が直ちにそれを咎める声を張り上げる。飛び込んできたのは小国の兵士であったが、その声により自分の仕出かしたことを自覚し青褪め硬直した。しかし、そこに王自ら助け舟を出す。


「止せ。何か危急の事態が発生したのであろう。今のことは不問とする。要件を早急に述べよ」

「はっ!都市結界が崩壊!魔物が!魔物が都市内に侵入し、民が蹂躙されています!」

「「何だと!?」」


 王の言葉に、兵士が立ち直って早口に捲し立てる。その報告に王と臣下が異口同音に驚愕する。


「それは真か!?」

「はっ!自分の目でしかと確認いたしました!」

「まさか、既にそこまで来ておったか……」


 王が茫然自失となって呟いた。そして、彼らの認識は擦れ違う。王と臣下は先程まで相談していたこともあり、今起こっていることをゴブリンの氾濫と考えていた。さらに、本来なら王と直接言葉を交わすことのない兵士が混乱の中、報告に訪れたため、緊張によって情報が端的になってしまった。その詳細を知ることなく、王は無難な対応を指示する。それは敵がゴブリンだけであれば、問題は無かったかもしれない。だが、敵はゴブリンだけではなかったのだ。小国は滅亡の運命を辿ることをこの時点で確定させていた。


 都市結界の崩壊。もしも、その情報を聞き逃すことがなければ、対応は変わったかもしれない。だが、突然の出来事に、平和ボケしたこの国の王の思考は追いつかなかった。それを誰が責められようか。そして、たとえその情報をしっかりと受け取ったとして、誰が予測できようか。


 この災厄が、人類の天敵、再来した魔力の支配者、二代目魔王ネモ・サタナエルの仕業であるなどということを。




 王が都市襲撃を知るより、時は少し遡る。


「さてと、準備は整った。人類よ、慄け震えよ、これは魔王の進軍である」


 城壁の上、我は誰に聞かせるでもなく独り言ちる。それは覚悟だ。決別の宣言だ。元は異界のものとはいえ人であった我が、それを虐げ、欺き、世界を救うための儀式だった。


 都市を覆う結界に触れる。我の霊力を操り、魔力を支配する。


「【破魔(ディスペル)】」


 結界が崩壊する。魔力で形作られたそれは、呆気なく我の支配下となった。それを合図として、森の中よりゴブリンたちの大群が、都市へと押し寄せる。彼らが都市に辿り着く頃には、魔蟻たちが都市内の地面からワラワラと溢れ出す。


 老若男女その区別無く蹂躙する。戦える者も、戦えぬ者も等しく殺す。今回、我の存在は秘匿するために、誰一人として生かすつもりはなかった。そのために、今リリスは我の隣ではなく、戦場を俯瞰できる上空にて霊術により人類を一人逃さず把握していた。運悪く外にいるということもない。彼女の把握できる範囲は、都市を軽く超えて最寄りの村落にまで及んでいるのだ。


「醜悪なゴブリンどもめ!この私が相手だ!」


 そんな啖呵を切って飛び出すのは、おそらくこの小国の兵士長か何かなのであろう。散見される他の兵士たちよりも意匠の豪華な鎧と兜を身に着けていた。ただ、指揮官の立場にある者が前線に出ることは基本的に悪手である。そして、すぐに飛び出したのか、既に都市内にも敵が侵入していることに気づいてはいないようだ。長き平穏の中で戦場を知る猛者は死に果て、このような愚か者でも軍の要職に就けてしまっていたのだろう。こちらとしては、好都合だ。


「さぁ、私と一騎討をする者はあるか!?」


 馬鹿なのだろうか。ゴブリンがそんなことに応えると本気で思っているのだろうか。


 しかし、意外にもゴブリンの中から一人前に出る者があった。マヌケであった。

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