婚約破棄されたばかりの公爵令嬢といきなり同居生活することになりました
目を覚ますと、いつもの天井が映った。
でもなんだか普段よりも遠く見える。
ぱちぱちと瞬きを数回して俺は体を起こした。
「……なんで床で寝てんだよ」
腰が痛いし、全身冷えてる。頭もいてえ。
四人ぐらいの人間が同時に寝ても外にはみ出さない程のキングサイズベッド、人生で一度もベッドから落下したことはなかった。
……俺、こんなに寝相悪かったかぁ?
立ち上がってベッドで寝直そうとすると、毛布がもぞもぞと動いているのが見えた。
「ひっ……!?」
予想だにしない状況に思わず声をあげてしまった。
一旦、深呼吸をして落ち着く。
え、なに今の。
動物と一緒に寝たっけか? いや、俺の屋敷はペット禁止だからそれはない。
……じゃあ、なに。
考えても答えなど出るはずがない。
改めてもぞもぞと動く物体に正対してカウントダウンをする。
(スリー、ツー、ワンッ!!)
ワンッ、のタイミングでガバっと一気に毛布を引き剥がした。
するとそこには、よだれを垂らし背中をぼりぼりと掻いただらしのない女が寝ていた。
(誰だ、コイツ!?)
髪は腰まで伸びている、顔は整っている。明らかにズボラそうでなければ今すぐにでも抱ける。
俺の記憶ではこのような女と寝た記憶はない。
とりあえず彼女から状況を説明して貰わないと取り返しのつかないことになる可能性がある。
起きてくれ、と願いを込めながらなるべく声を張り上げた。
「おい、起きろ」
「んんっ……、あと五分だけ」
「起きろ、起きろ! 起きてくれぇ!!」
念の為、体には触れずに起こす。
ごろんと一回、寝返りを打ってようやく彼女は目を覚ました。
「おはよう、セバス」
「俺はセバスじゃねえ」
「んー……、今日は起こすのが早いわ。二日酔いで頭が痛いの、もう少しだけ寝かせて頂戴」
「聞いてるか、おい? 俺はセバスじゃねえ。さっさと起きろ、この不法侵入者」
毛布に包まろうとするのを、ギリギリで阻止すると女はようやく意識をはっきりさせていく。
ぎろりとこちらを見つめ、細い目で睨みつける。
「……誰? あんた」
「それはコッチのセリフだぁ、ボケェ!」
「で、誰?」
「俺はな、貴族クレイスト家の次期当主レーン・クレイテストだ。お前、わかってんのか? 貴族の家に不法侵入したんだぞ」
必死に言い伝えると、彼女は「はぁ……」とやるせないため息を零して嘲笑うような表情を浮かべた。
「知らない名前。クレメンス家、覚えておきましょう」
「ちげえよ、クレイスト家だ。舐めてんのか、お前」
さすがにこれは例え相手が女だとしても一つか二つ言うだけじゃ物足りない。ここら一体を仕切ってるのはこのクレイスト家だ。
どこの娘か知らないが、覚えとけよ。
「今、笑ったこと後悔――」
と、そこまで言って俺はあることに気が付いた。
この娘はどことなく似ている。とある有名なあの人に。
……いや気のせいだ。
そ、そ、そそそんなことあるわけが、
「あの、もしかして公爵家のルチア・ノーリス嬢でしょうか?」
「ええ、そうですけど」
「初めまして、ルチア嬢。私、クレイスト家次期当主のレーン・クレイストと申します。以後、お見知りおきを」
「自己紹介はさっき聞いたわ」
焦って二回目の自己紹介やっちまったよ。
まあ、それも仕方ない。
目の前にいるルチア・ノーリスはこの王国に属する上流階級の者なら知らぬ者はいないほどの人物。見た目だけでなく、勉学や運動などのあらゆる面で注目を集めていてつい最近、王太子と婚約をしたという話を聞いた。
つまり、ただの貴族な俺からしたら彼女はエベレストよりも遥かに高い存在なわけで……とりあえず、舐めた口利いてすみませんでしたぁ!!
「あ、あのここへは一体何用でしょうか」
なにかの商談でもしにきたのだろうか。
いや、今は親父が海外に出てこの家を留守にしていることは知っているはず。
「うーん、玄関の鍵開いてたからかな。……お酒飲み過ぎてあんま覚えてないんだよね」
ふむふむ。
特に用もなく、俺の家で一晩過ごした。
あれ、それってまずくね。
だって彼女は王太子と婚約をしているわけで、嫁入り前の娘が違う男の家へと上がりこんで一晩を過ごすというのは……。
まずい、まずい、まずいぃぃぃぃ!!
これやっばいよ、俺なんも悪くないのに首飛びかけてるんだけどぉ。
なんだよ、この女。
疫病神にも程がある、最近ようやく街の人とも仲良くなって良い感じの関係築けてたのに……これが知られたらウチの信用ガタ落ちだよ。
取り敢えず今は、没落貴族ルートを避けなければ……。
「あの、申し訳ないですが今すぐ帰ってもらっていいですか。アリバイ作りは協力しますから」
「朝食くらい、作ってくれてもいいんじゃないの?」
いや、もちろんね。あなたがこんな爆弾抱えてなければ良好な関係、俺だって築きたかった。でもその選択は明日にでも俺、死んじゃうから。
「じゃあ、こんなのはどうでしょう。一旦、今日は帰って、後日……王太子様共々お食事でも」
「嫌、今日は帰りたくない。ねえ、一つ聞いてくれる?」
どこから持ってきたのかわからない一升瓶を掲げ、彼女は言った。
そして流れるように一升瓶を開け、瞬きする合間にルチアはごくごくと飲み始める。
酒豪だという噂は聞いていたが、とんでもねえ酒飲み族だ。
「……はい」
ノーと言える勇気が欲しい。
「さいっあくぅなんだよ、あの王太子ぃぃぃめええええええ!」
酔うのはやっ!
「……王太子と何かあったんですか」
「浮気だよ浮気! アイツ浮気してたんだよ、マジ信じれなくない。だからこっちから破談してやろうと思ったらさ、あっちは自分たちの立場守る為に向こうから婚約を破棄したことにして逃げやがったの。マジ許せなくない?」
「は、はぁ。そうですか」
それがどこまで本当かわからないが、確かに許せない話だ。
……ん、今なんて言った。婚約破棄、誰と誰が。
あ、あれ、キセキ起きた?
これ、俺死ななくていいパターンじゃね。信用も落ちずに皆ハッピーなパターンじゃね。
「で、どう思うよ。レンドーンくん」
「これはルチア嬢、全く悪くないです。あ、俺の名前はレーンです」
「でしょぉ? 私、悪くないよね。悪くないよね」
「はい、もちろんです!」
「気に入った。あんたいい奴だ」
「はっはっは、レーン・クレイストです。ぜひイニシャルだけでも覚えてください」
ふぅ、これでなんとか……ならねえな。
よく考えたら、結局知らん男の家で一晩過ごした事実には変わりなくね。
公爵令嬢が一人、家を出て帰ってこない。
そんな現状、公爵家が黙って見ているはずがない。捜索を開始してもう結構経っているだろうし、居場所を突き止められてもおかしくない。
果たして土下座で済むのか。俺も次期当主なんだ、落ち着け。
とその時、呼び鈴の音が聞こえてきた。
きっと公爵家の方々だろう。
ルチアを取り返しに来た、というわけか。
「ルチア嬢、窓から脱出を――っておい、どこに連れて行く気だぁ!」
呼び鈴の音に一番早く反応したのがルチアだった。
ものすごい握力で俺の腕を握って離さず、玄関へと引っ張って行く。
「もちろん、お父様にご紹介を」
「え、怖い、怖いよ。いやだ、俺はまだ死にたくない!」
玄関に行くと、既に応対していた執事と目が合った。
「レーン様、こちらノーリス公爵でございます」
ルチアの手が離れ、俺は晴れて自由の身になる。しかし選択肢は一つしか残されていなかった。
引き攣った笑みを浮かべて何を話そうか、紳士服を纏った上品なこの男の威圧感に屈する他ない。
と、思考が凝り固まっていると横から軽快な声音が聞こえる。
「お父様、決めました。私、ここで暮らします」
……え、は?
「よかろう」
はああああああああああああああああああああああああ!?
「え、ちょっ、待って!」
「これからよろしく、ラーンくん」
この展開の早さはまるで、ごろごろと坂道を下っていくみかんの様。
絶対に釣り合うことはないと思ってた、高値の花。
それが今まさに目の前に咲いている。
あ、あの、
婚約破棄されたばかりの公爵令嬢といきなり同居生活することになりました。
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