麦農家
再び村に到着した。見渡すと、村長はいないようである。護衛士のアルベルトは数メートルほどの間隔で、私についてくる。村人は何人かいたが、みんな働いており、なんとなく声がかけづらい状況だ。そんな中、アルベルトがスッと手をあげた。
「……おい。ムーア、デクス」
「ありがとうございます」
どうやら見かねて声をあげてくれたようだ。私のお礼は相変わらず無視しているが、彼は優しい。呼び掛けられた青年2人は私に気づくと深々と会釈をして近づいてくる。
「こんにちは。あの、お話を聞かせてもらってもいいですか?」
「……なんですか?」
最初は警戒心旺盛だったが、会話が進むにつれて、いろいろと詳細まで話してくれるようになった。やはり、人数としては200人を大きく超えているらしい。詳細の人数まではわからないが、300人前後はいるんじゃないかということだった。
「人数は増えてくのに、土地は決められてるから収穫量はどうやったって限界がある。課されてる税は変わらないのに、人ばっかり増えて自分たちが食べられる量が年々減っていってるんですよ」
「……そうですか」
確かに彼らの身体を見ていると痩せている。いや、むしろガリガリだと言っていい。慢性的な栄養失調の症状がはっきりと現れていた。成長の終わった成人男子でさえそうなのだから、比較的社会的地位の低い子どもたちや女性はもっと痩せ細っていそうだ。
「他の土地を耕そうとはしなかったんですか?」
「はぁ!?」
その質問はあまりそぐわなかったようで、デクスは不快感を露わにした。隣のムーアは割と落ち着いていて、彼を制止するが、もう我慢できないと言った表情でデクスは私を睨みつけた。
「領主のヴィルフリート様が一向に拡張申請をしてくれなかったからこんなことになってるんでしょうが!」
「拡張申請……ですか」
「もしかして……知らないんですか?そんなことも知らずに、よく領主なんて名乗ってますね」
デクスは嘲るように鼻で笑った。聞くところによると、領主の仕事は土地を拡張していくことにあるらしい。他領から土地を買って、自領にして領民に土地を与える。麦農家からすれば、それがいい領主の条件とのことだった。
「そうなんですか。では、拡張申請をしなくてはいけませんね」
「……あんた、やっぱりナメてるな。そんなに簡単にいくわけないだろう?」
「おい、デクス。いくらなんでも口が過ぎる。それにソフィ様は2日前、領主になったばかりだぞ」
「いえ、構いませんアルベルト。教えてください、なぜ簡単にいかないんですか?」
私が聞くと、デクスは苦々しげに説明してくれる。要するに需要と供給が成り立っていないということだった。どこの領地も土地が足りておらず人が余っている状態で、仮に領地が売りに出されたとしても高騰して下級貴族の手が届く値段ではないらしい。
特にこのメスペディアという国家は近隣諸国と同盟を結んでいて、戦争をしようにもできない。兵士になろうとしても口がない。なので、年々人口は増加傾向にある。領民は勝手に他領へは行けないし、行こうものなら家族ごと厳しい罰則が与えられる。まさしく、八方塞がり状態だそうだ。
「……俺たちもどうにもならないってことは理解してるんです。だから正直言って領主様には申し訳ないですが、なにも期待してません」
ムーアが重々しく口を開く。私は2人にお礼を行って、その場を後にした。なかなか深刻な話で、とてもじゃないが祈台のための施設を建てるとは言い出せなかった。
「もう戻りますか?」
「いえ、せっかく来たんですからもう少し話を聞きましょう。まずは、村長のドバッサオさ……ドバッサオから話を聞きたいですね」
「……タフですね」
「そうですか?」
確かにかなり辛辣な意見だったが、落ち込んでいる暇はない。知らないことばかりなことは初めからわかっていたことだ。バカだタワケだ言われても、まずはこの領地のことを知らなければどうしようもない。村の長としてどう考えているのか。今後、どうしようとしているのか。まずは意見を聞かなくてはいけない。
アルベルトに案内されて歩いていると、先ほどの指摘事項が目につく。確かに麦畑に人が溢れていた。なんとなく畑を耕しているような感じで切羽詰まったような真剣味はほとんど感じられない。それでいてみんな慢性的な栄養失調状態で身体は痩せ細っている。
村長の家は、割と大きかった。私の屋敷と同じくらいの大きさだろうか。他の麦農家の家々とは明らかに違っている。中に入ると、ドバッサオは大きく目を開いて瞳をまんまるにした。
「また来たんですか?領民にそそうはなかったですか?」
「はい、大丈夫です。早速なんですけれど今後の村について、どのようにするか意見を伺いたくて来たんです」
「意見……ですか」
ドバッサオはなんとも言えないハニカミ笑いをして紅茶を入れて、机に置いた。そして、自分も対面に座って「どうぞ」と紅茶を勧めてから。すぐにお礼を言って一口飲むと、香ばしい風味が口に広がる。
「いい紅茶ですね」
「わかりますか? 私の趣味でしてね」
「それでなんですが……」
「ああ、今後の村のことですよね……私としては特になにも考えてません。現状通りで考えていますよ」
紅茶に口をつけ、ドバッサオは人のよい笑顔を浮かべた。