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葬儀


 父親であるヴァルフリートの遺体はアルバドール修道院に運ばれ、葬儀が執り行われることになった。いかにボンクラの下級貴族でも、少なくとも数十人は来るのが普通だ。しかし、出席者はバラバラドルの村長が一人だけ。それも、かなり事務的な感じで、まったく悲しむ様子もなかった。


「……もしかして、お父様は嫌われてたのでしょうか?」

「嫌われていたと言うよりは、存在感がありませんでしたな。良くも悪くもなく、普通の領主と言うのが私の印象です。しかし、寂しいもんですな……」


 隣で火葬を見送っていた村長、ドバッサオは哀しそうにつぶやいた。顎の白髭が特徴的な老人は、ヴィルフリートの死を厭うと言うよりは、自分が死ぬ時を想像しているように見えた。白い煙がモクモクと天空に消えていく。最後まで苦しそうな表情を浮かべていた父親は、天国で安らかに暮らせているだろうか。


「元気を出しなさい。君がそんな顔をしていたら、お父様が心配でゆっくりと眠れないだろう?」

「……そうですね。ありがとうございました」


 ゼルヴァーダ神父の背中を見ながらお辞儀をする。普段は厳しく注意ばかりだが、本当は優しい方だ。思えば、孤児院に入って来てずっとお世話になりっぱなしなので、なんとか恩返しをしたいのだが、基本的にはなんでもこなしてしまうので、なかなかそんな機会は訪れない。


「さて、これで一応義理は果たしたんじゃないか? そんなに交流のある方でもなさそうだし、いつ頃ここに戻ってこれそうだ?」

「それが……私、アーレンス家を継ぐことになりそうです」

「……なんだって?」


 村長を見送っていたゼルヴァーダ神父の背中越しに、低い声が響く。嫌な予感がした。それは、意味がわからない時に出す声で、長年の付き合いだからわかるのだが、大抵は最後にひどく怒られる。この人は若いくせに、小言が凄く多いのだ。


「その……死に際に頼まれちゃって、()()

「ほぉ。君は()()で自分の人生の大きな岐路を決めるんだね? ならば、私も()()君の頬を握るとしようか」

「ひ、ひあいひあい……ひあいえふ」


 いつものように、ほっぺをギュッとつねくられる。もしかしてだけど、私が少し丸い顔立ちをしているのは、ゼルヴァーダ神父につねくられ過ぎているからかもしれない。それから、30秒以上はつねられて、ほっぺがリンゴのように赤くなってしまった。


「はぁ……ソフィ、よく聞きなさい。君は凄く優しい性格をしている。それ自体は素晴らしいことだ。直せという気もない。しかし、それは修道院のシスターという役割においてだ。君には貴族は向いていない」

「でも、契約しちゃいましたから」

「……契約?」


 さっきよりも、数倍ほどドスの利いた声が響く。早まっただろうか。2、3日くらいは時間をおいておいた方がよかっただろうか。しかし、後になればなるほど言いにくくなって、心が重くなる。こういう案件は早く言ってスッキリした方がよいというのが私の経験則だ。


「私、お父様と約束しちゃったんです。バラバラドルの領主になるって」

「なんでそんな約束を簡単に……まあ、父親の死に際だから、仕方がないか。口約束だろう? もうヴィルフリート様は天に召されたのだ。そんなものは無効だろう……じゃ、ないのか?」


 ひいっ。こ、怖い。私の表情を瞬時に読み取って、すごんでくる。ゼルヴァーダ神父は凄く綺麗な顔をしているからか、怒ったときが凄く怖い。その鋭い目は、見ているだけで心が冷ややかな気持ちになる。


「こ、これが契約書です。サインがここで……」

「はぁ……君には、言っておかなくてはいけなかったな。契約という行為は非常に危険だ。下級貴族のような身分では高価過ぎて手が出ないが、上級貴族になると契約魔法というものが存在する。特殊な製法の紙で作成された契約書は、強制的に契約を守らせる効果を持つものがある。まあ、今回は大丈夫だろうが、人生の教訓として覚えておきなさい」

「……この紙も特殊ってマロンドさんは言ってましたけど」

「上級貴族でも、そうそう使われる類いのものじゃない。下級貴族には手が出ないものだからそんなはず――」


 そう言いかけて、ゼルヴァーダ神父は契約書を手に取った。「いや、そんなばかな……しかし……この感触は……」とブツブツつぶやきながら、何度も何度も契約書を追ったり、破ろうとしたりする。なんとなくだけど、間違いなく嫌な予感がした。ものすごく、ものすごーく、怒られる予感が。


「――暁の灯火(サン・リベラ)

「あー! な、なにするんですか!?」

「しっ……黙りなさい」


 ゼルヴァーダ神父は魔法を唱え、その掌に鮮やかな炎を発生させた。そして、契約書に炎を移す。すると、みるみるうちに紙は燃え移ったが一向に消し墨になる気配がない。それどころか、契約書はなんら変わることなく、その場に存在し続けている。


「信じられない。契約魔法がかかってる……なぜ、下級貴族の契約書にこんな魔法が」

「ええっ、凄く不思議ですね。じゃ、じゃあ私は――」


 困惑している隙に逃げようとしたが、襟をグイッと掴まれ、ゼルヴァーダ神父はさっきとは打って変わったような笑顔を浮かべる。これも、長年の付き合いからの経験なのだが、彼はメチャクチャ怒っている時にそんな顔を浮かべる。尋常じゃなく、怒っている時に。


 そして、それは徹夜説教の始まりの合図だった。


 


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[一言] 奴はとんでもないものを残していきました。 ――契約魔法です。
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