帰宅
「ソフィ様……死にたいんですか?」
村長の家を出た時、護衛士のアルベルトが呆れたようにつぶやく。私がドバッサオ村長と会話している時、彼はずっと側で守ってくれていた。だから安心して話せていたと言うと、『仕事ですから』と無愛想に答えた。
「照れ屋さんー」
「……そんなことはどうでもいいんです。言っておきますが、あなたが頼りにすべきはドバッサオ村長なんです。彼が村人に命じれば、簡単にあなたなんてやられますよ」
「あら? あなたが守ってくれるじゃないですか」
振り返って笑顔で答えると、苦々しげにアルベルトはため息をつく。ほんの冗談だったのだが、プレッシャーを感じさせてしまっただろうか。正直に言えば、当分は大丈夫だろうと言う目算はあった。私がどれだけ生意気でも、代わりの領主がいないからだ。もし、私がいなくなれば他の貴族に領地が吸収される。そうすれば、こんな小さな村に村長など必要ない。彼が保身優先の人だと言うことは言動からも明らかだった。そんな風に答えると、
「……なるほど。意外に考えてますね」
と至極失礼な感想を頂いた。そして、用件が済んだところで馬車で屋敷に戻った。中に入ると、執事のマロンドが出迎えてくれた。まるで待ち構えていたように余裕のスマイル。もしかしたら、ずっと私の帰りを待っていてくれたのだろうかと申し訳なく思いながらも、それはさすがに生産性がなさ過ぎるだろうと思い直した。
「おかえりなさいませ。ただいま、お食事の準備をいたします」
「ありがとうございます。ただ、その前にひとつだけ食事でお願いがあるんですけどいいですか?」
「もちろん。好きなもの、嫌いなもの、なんでもおっしゃってください」
「私は基本的になんでも食べます。食いしん坊ですから。だから、食事についてはかなり多く作って欲しいんです」
その答えに、マロンドの表情が少し歪んだ。どうやら、大食い宣言は貴族にはそぐわなさそうだ。私がシスターの時は結構太っている貴族もいたが、動かないから体重が増えていたのだろうか。
「……かしこまりました。それはどのくらいの分量ですか?」
「そうですね……合計で7人分くらいは作ってくださいな。食べきれない分は綺麗に片付けるように料理人のドワンゴには指示してください。でも、片付けは面倒な作業ですから、アルベルトも、ブァゾスも、ベクトルも手伝ってあげてくださいな」
そう言うと、マロンドとアルベルトは驚いたような表情を浮かべた。まあ、7人分も食べると言えば普通は驚くのだろうが、さすがに私がなにをしたいか察してくれたらしい。
「……ソフィ様、それはあまりにも露骨じゃありませんか?」
「あら、おかしなことを仰りますね。あなたはこの屋敷で雇っている者は道具だと言っていたじゃありませんか? でも、私は道具は大切にするタイプなんです」
「……」
「本で少しだけ勉強しました。貴族には貴族の理屈がある。それは、理解しました。だから、貴族の理屈を捻り出して考えたんです」
確かに、貴族と雇った平民は同じ食卓で食べることは許されない。しかし、食事を残せば、余りについては感知しないのが貴族文化だ。余りものにアレコレと言うのは高貴ではないと言うことらしい。だったら、残り物を使用人たちが掃除する方法については気にしないのが貴族というものだろう。
「マロンド。あからさまだとは思いますが、これぐらいは許してくださいな。本当だったら、同じ食卓でワイワイと食べたいんです」
「……かしこまりました」
私がそう答えると、マロンドはいつも通りの笑顔を浮かべた。相当気に入らないのか、口の端がピクピクしている。彼は毒味役で貴族と同じ食事を食べられるから、彼らの気持ちがわからないのだ。しかし少なくとも、私が領主でいる限り彼らにひもじい想いをさせる気はない。
「水浴びをして、食事ができるまでは少し寝ます。食事の時に貴族の社交について考えますので、またいろいろ情報をくださいね」
「……私の知っていることであれば」
「わかってると思いますが、知らないことは調べてくださいね。私、ひととおり貴族の常識については昨日勉強しましたけど、執事が辞書の役割を担ってくれるそうです。マロンドさんは優秀だから大丈夫だと思いますけど」
と付け加えて、浴室の方へ向かう。すると、執事ではなく使用人のブァゾスがついてきた。かなり年季の入った老婆である。私が浴室前に立つと、手慣れた手つきで服を脱がされる。気がつかなかったが2日間も寝てないし水浴びもしていない。思い出したらドッと疲れが吹き出してきた。
「ありがとう……ございます」
「……」
「……あなたも……無視なんですね……なんか……寂し……」
そう言いながら、意識が朦朧として私のまぶたは静かに落ちた。




