村長
私の提案に、ドヴァッサオの表情は浮かない。そりゃ私のようなズブの素人、しかも小娘にアレコレ言われたら、面白くはないだろう。でも、領主である自分にしかやれないことがある。必ず来る食糧不足にお金を使うなら、食糧不足が来ないようお金を使う方が絶対にいいはずだ。
「きちんと伝えてくださいね」
「……それは、私を信頼してないと言うことですか?」
村長の目がギラリと光る。明らかに気に障ったような仕草を見せるが、これは修道院中に出会った大人がよくしていた。自分にとって不都合な出来事が起きたときに、話しをすり替えるために別のことでイチャモンをつける時のやつだ。正直、私はこの手のタイプには慣れきっている。
「いえ。とんでもない。私はあなたを信頼してますよ。当たり前じゃないですか」
「では、なぜそんな念押しを入れるのですか?」
「そうですねぇ。信頼はしてますが、私とあなたの間に認識の相違があるというところでしょうか」
要するに、考えが噛み合っていないのだ。私の指示に対して異なる考え方を持っていれば、情報の伝わり方も別の形になる可能性は大いにある。話してみた限り、ドヴァッサオ村長と私の間には大きな隔たりがあるように思う。
「それは……どのように?」
「あなたは実際に餓死者を出して、村人たちに思い知らせればいいと言っていましたよね」
「……ええ。それが手っ取り早く現実を認識する最も最適な手段であると思っています。それがなにか?」
「あの時、私はすごく違和感を感じたんです。それがなんなのか、なんでなのか、昨日からずっと考えていたんですが、わかったんです。ああ、あなたは今まで飢えたことがないんだなって」
私の答えに、ドヴァッサオ村長はギョッとした瞳を浮かべた。そして、慌てて否定するが、これはほぼ確実なんじゃないかと思っている。税収は固定なので、その仲介を務める彼の収入も固定であることは容易に想像できる。恐らく、村人たちが食糧不足にあえいでも、彼の収入としての変動はないのだろう。だから、あえてリスクもとらない。
それは、彼の言動にも見て取れた。村人たちがひどく飢えれば、確かに貧困にあえいで子どもを作らなくなるだろう。そして、それは正しくてっとり早いのかもしれない。しかし、同時にそれは他人事であるからこそ言える台詞だと思う。飢えというものを経験していれば、簡単にそんなことは言えない。言えるわけがないのだ。
「だから、村長には、私の意図を理解して彼ら村人にキチンと伝えて欲しいんです。もし、伝えられないのだとすれば、別の手を考えなくてはいけませんから」
「……別の手とは? あなたが私を抜きにして直接伝えると言うのですか?」
「いえ。直接伝えてしまえば、あなたの立場上不快でしょうし、私のような素人が彼らを説得するのは効率的じゃありません。今後のことも考えるとそれはやめた方がいいと思ってます」
「では?」
「……わかりませんか?」
意外にも察しが悪いなと思った。村長というのは、領主との調整役なのだから、もう少しいろいろと考えて欲しいのだが。そんな期待を込めて質問したが、ドヴァッサオは、なぜかテンパってアタフタし始めた。もはや、先ほどのニコニコした笑顔は見る影もない。
「残念ながら……不勉強な私のために教えてくださいませんか?」
「簡単ですよ。私の意図がキチンと伝わらなかった場合は2つ考えられます。あなたに熱意がないか。もしくは、あなたに能力がないか。まあ、失敗した時の結果は一緒なので気にしないでください」
私が笑顔を浮かべると、村長のドヴァッサオは本当に驚いたような表情を浮かべた。そして、この人に対するガッカリ度も一層増した。ああ、この人は自分の地位が安泰であることに慣れきっている。いくら働かなくとも、結果をださなくとも、小手先の言動でなんとかなると思っているのだ。
「け、結果とは?」
「あら、おわかりになりませんか? あなたに熱意がないとすれば、あなたがどこまでも他人事だからです。こうして、話してもラチがあきませんので、村長という地位でなく、村人として初心に返っていただければ彼らの気持ちもわかるでしょう? あなたに能力がないとすれば、少し村長という地位は重いと思いますので、村人として頑張ってください。さすがに、領主の立場として、村長には能力のある方にお任せしたいので……あの、さっきから顔色が悪いのですが大丈夫ですか?」
当然のことを言ったつもりなのだが。意見や反論は聞くし、全力で考慮することは念押しした。先ほど反対の理由が特にないようだったから、勧めたいだけで、他に建設的な意見があれば是非とも採用したいところだ。と言うより、彼ら村人たちが自主性を持って勧めてくれればこんなに嬉しいことはない。
「……問題ありませんか? 一応、この話し合いをもって行動に移して頂きたいんですが」
「わ、わかりました。村人たちに命じてやらせましょう」
「あら? わかってないじゃありませんか。押しつけはよくありませんよ。キチンと提案をして、意見を聞いて彼らの想いを聞きたいんです。その上で、意見を汲み取って私に伝えて欲しいんです」
「……わ、わかりました」
私の笑顔に、ドバッサオは絶対に本音で笑っていないような笑顔を浮かべた。




