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6話・私と彼の夢の話

 ただいま、と口にするのは新鮮だった。

 自然と口にして、すこし考えて。なんだかくすぐったくて小さく笑みをこぼす。

 当たり前のように、ただいま、と口に出来ることがとても尊いことに思えた。

 部屋からひょこりと顔を出したレイスが不思議そうな顔をしていて、その表情がちょっと可愛く思えて、それでまた笑みを浮かべれば、ぱっとレイスの表情も輝いた。


「イクが笑った!」


 ……あ、えっと。

 そんな風にいわれるほど、私、笑ってなかったかなぁ。

 予想外の言葉に思わず固まってしまった私の前で、にこにことそれこそ満面の笑みを浮かべたレイスにどう反応したものか困っていると、玄関まで出てきたレイスがさっと私の両手から荷物を奪う。


「あ」

「これ、どこにおけばいい」

「適当に……」


 相変わらずにこにこと笑顔でいうレイスに戸惑いながら反応を返して、ひとまず靴を脱ぐ。

 寒がりだから、という理由で少し季節はずれになりつつあるマフラーをとりながら、部屋に入る。

 朝食のときに出したテーブルの上に二つのショッピングバッグを置いて、そのまえに座っているレイスの目は輝いていて、まるで、待て、をされている犬のようだ。

 だとしたら犬種はなんだろう? そんなどうでもいいことを思考して、上着を脱いでハンガーにかけて、クローゼットに仕舞う。

 ついでにマフラーも直して、レイスの対面に座る。


「洋服、買って来た。趣味にあえばいいけど……」


 本人をつれていけなかったので、完全に店員さんお任せだったから、気に入ってもらえるかどうかが不安だった。まぁ、最悪の場合そのまま返品すればいいのだろうけれど、それはちょっと遠慮したかった。返品とか、なんというか、気まずい。

 がさごそとショッピングバッグから青のパーカーに群青色のニット帽、靴を取り出すと、さらにレイスの顔が輝いた。

 これは、気に入ってもらえた、のかな。


「これ! 俺が着ていいのか?!」

「うん、むしろきてくれないと……困るというか」


 私が着るには部屋着にしてもサイズが大きいし、と小声で付け加えれば、まるで宝物でももつように丁寧な動作で、うやうやしく洋服を持ち上げるものだから、少しおかしい。


「ありがとう、イク!」

「……どういたしまして」


 心からのお礼だと分かる言葉には、私も素直に笑みを浮かべて答えられた。




 暗い場所。開いた扉から少しだけ差し込む太陽の光。

 暗さに目が慣れなくて、中がよく見えない。徐々に慣れた視界で足元からゆっくりと視線を上げていく。雑多に物が置かれた場所は、倉庫と呼ぶにふさわしい。

 ああ、なんで私はこんな場所にいるんだろう。眩暈がする。ぐるぐると視界が回って安定しない。足元がおぼつかない。どうしてだろう。本能がここを忌諱しているのだと気づくのはいつも取り返しがつかなくなってから。

 そう、私は。

 ――――を探しているから。

 ああ、そうだ――――を探さないと。弟が泣き止まないんだ。――――をずっと呼んでるんだ。

 どうしてこんな暗い倉庫にいると思ったのかはわからない。だけど明確な目的を持ったとたんに眩暈はおさまった。視界は平行だ。ようやく、足を踏み出す。倉庫の中にはいる。ひんやりとした空気が肌をなでて、ぶるりと身体を震わせる。


 だめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだ。


 脳のどこかが警告を発していて、それでも私は――――を探しているからと無視をする。

 アスファルトの冷たい感触が靴越しにも伝わって。暗闇になれた目で倉庫を、ぐるりと見回して。

 いや、見回すまでもなく、見つけた。

 天井から、細い糸。

 操り人形のように、それにつながれているのは。

 だらりと、力なく弛緩した四肢。紐は、首へと、伸びていて。


「あ、あ……」


 口を押さえる。言葉が出ない。幼くとも理解できた。これは、圧倒的な死の気配。

 そのとき、もう動かないはずの死んでしまったはずの、なぜか死んでいることだけは理解できてしまった身体が、動いて。

 ぐるりと勢いよく顔を、上げて。


「タ、すけテ」

「あああああああああああああああああああああああ!!」


 光のない眼光からだくだくと血を流し、倉庫を真っ赤に染め上げながら、宙吊りのまま助けを求める、ソレに、私は脱兎の勢いで逃げ出した。

 だけど、つかまる。

 ひどく、冷静に、わかった。

 冷たい感触が、首を締め上げて、今度は私の身体が宙に浮く。


「や、や、め」


 酸素がなくなっていく。呼吸が苦しい。涙を流しながらどうにか首だけ後ろへと振り返れば、血を流し続けるソレはにぃやりと笑って、いて。

 大好きな人の笑顔は、ひどく醜く、歪に、ゆがめられていて。


「やめて、お母さん!」

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