4話・私と彼の心の話
コンビニで成人男性がどれだけ食べるのか分からなかったから、適当に惣菜パンを四つと自分用におにぎりを一つ買う。ついでに五百ミリリットルのウーロン茶も。緑茶と迷ったけど、外人ならウーロン茶のほうがなじみがあるかもしれないと思った。紅茶は好き嫌いがわかれるし。日本ではメジャーなアイスティーは外国では邪道だと前に小説で読んだこともあるし。
合計で千円以下。それでも私にしては買ったほうだ。自分の買い物ではないから当たり前かもしれないけれど。
普段より重いビニール袋を提げて部屋に戻る。
朝の位置から動かずに(起きた時点で布団はたたまれていた)いたらしいレイスにちょっとどいてもらって、昨日布団をしくときに端に寄せたテーブルをひっぱってくる。手伝ってくれたレイスにちゃんとお礼をいって、自分の分のミネラルウォーターをコップにいれてもってきて、準備は終わり。
「好み、わからなかったから」
そういって、四つ買って来たパンを広げて、好きなものを取って、という。メジャーなところで焼きそばパンとコロッケパン、無難にクロワッサン、甘いものでメロンパン。
「イクの分は?」
「私はおにぎり。……こっちがよかった?」
「いやっ、そんなことは!」
シンプルな塩むすびを見るまなざしがなんだか羨望の視線に思えて問いかければ慌てた様子で否定される。
それは肯定しているのと一緒だなぁなどと思いつつ、ここでどうぞといっても恐縮させるだけだろうと、真剣な眼差しでパンを選び始めたレイスを横目に包装をはぐ。
「全部食べてもいいからね」
「ああ、ありがとう……あ、お金!」
はっとした様子で顔を上げたレイスが止める間もなくごそごそと上着を漁りだす。正直期待していなかったので、ぼんやりと眺めていれば、案の定私にはどこの貨幣か分からないものがでてきた。多分お金だとは思う。多分。どこの国のものかかわらないけれど。
「これは、この国でも使えるか?」
「え、っと……」
「そうか……なら、こっちを」
私の反応からつかえないと判断したのだろう。すぐに貨幣らしきものをしまったレイスはそういって首の後ろに手を回して胸にかけていたネックレスを外した。
それはとても高価そうな宝石が花のようにあしらわれているもので、男性にしては不釣合いだな、などと思っていたもの。
だけど、到底五百円程度の朝食には釣り合わないものだ。差し出してくるレイスにぽかんとしてしまって、あわててつき返す。
「も、もらえないよ!」
「だが、物には対価が必要だろう?」
「でも、こんな高くなくていい!」
「だけど、俺はこれしか持ち合わせが……」
「ならいらないから!」
「でも」
堂々巡りの会話を約五分。たっぷり続けて最終的に折れたのはレイスだった。ように、思ったのだけど。
レイスはそっと私の手をとると、有無を言わさず花の宝石を握らせた。ひっと高すぎるものへの拒否反応で声を上げた私の手を包み込んで握らせて、自分の手を重ねて目を伏せる。
「俺が帰るときに、それが必要なければ、返してもらおう。でも、もし必要ならもっていてくれ」
「……?」
「それはきっと、イクの心を守ってくれるから」
微笑みながらいわれた言葉が、ぐさりと胸に突き刺さった。
守る? 心を?
……笑わせないで、ほしかった。
私の心は、こんな、いくら高価でも、こんな宝石に守れるものだというのだろうか。
この、どうしようもなく傷ついた心が、宝石一つで治るというなら、私はどんな手段を用いても、これを手に入れるだろう。
そういって嘲って、つき返して、しまいたかったのに。
私の手を握る温度が、包み込む優しい心が、わかってしまったから。本心からの言葉だと、察してしまったから。
私は、泣きそうな気持ちで、小さく頷くことしかできなかった。