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2話・私と彼の自己紹介の話

今更ですが、主人公の幾月依玖の名前は(いくつき いく)と読みます。


 レイスと名乗った青年を部屋に案内した。

 それは年頃の女としてはとてもありえない行動だと理解していたし、父親にばれたら大目玉を食らうと理解していた。自立していない人間がとっていい行動だとは、欠片も思わなかった。

 けれど、どこに住んでいるのか、と聞いた私に、行く場所を探している、と答えたレイスさんの声音に悲壮さはなかったけれど、とうてい放って置けるものでもなくて、それ以上にこの人が私に危害を加えるはずもないという無意味な信頼と、あと、ほんの少しだけの下心があった。この際の下心はべつに恋愛云々ではない。

 むしろ、案内した本人のレイスさんが女性の一人暮らしに上がりこむのは、と難色を示したのが以外だった。

 アパートに案内する前から一人暮らし、とばれているところに思うところがなかったわけでもないが、まぁ別にいいか、と軽く流した。

 別に、生きたくて生きているわけではないから。

 これでレイスさんが極悪人で、部屋で人知れず殺されたとして、それはそれだと思っただけ。

 賃貸の部屋だから、大家さんに迷惑をかけるな、とか父親が困るかもしれない、なんてことは考えたけど、それだけだった。

 私は、別に自殺願望があるわけでは、ないけれど。

 こんな私が生きていて、なんの意味があるのだろうとは、よく考える。

 だから本当に、不審者以外のなにものでもないレイスさんを部屋に案内することに心配することなどなにもなくて、ただ私の知らない場所で、私に向けた『愛』を持っていた彼を放っておけなかっただけ。

 たとえば、それが。ストーカーとかに分類される『愛』でも、この際よかった。

 なにか、変われるきっかけが欲しかった。

 よくもわるくも、現状を変える、きっかけがほしかったのだ。

 それが、彼だと、レイスさんだと漠然と思った。たったそれだけ。

 全くの善意ではなかったけれど、結局ほかに行き場のなかったらしいレイスさんは私の部屋についてきて、予備の布団を取り出して床にしいてそこに寝てもらうことになった。

 ベッドを貸してもよかったけど、そこは紳士らしいレイスさんが、女性のベッドを奪うわけには、とか色々といっていたので、揉めるのも面倒でそのまま、という流れ。

 布団を敷いて、湯船に浸からずともシャワーくらい浴びるべきかと脱衣所に向かって、まだ肌寒い季節だから本当は湯をためたほうがよかったのだろうけど、そんな気分にもなれず軽くシャワーで汗を流す。

 背中まである長い髪をタオルで拭きながら居心地悪そうにしているレイスさんに声をかける。


「レイスさん、お風呂、つかいます?」

「あ、えっと、さんづけ、しなくていい」

「そう、ですか?」


 年上に見えたからさんづけをしていたのだけど、そういえば年齢も知らないのだった。

 本当に知らない人を部屋にあげたのだなぁ、といまさらながら気づいて、遅れて欲しい返事がないことにも気づいた。


「あの、お風呂」

「あ、ああ! つかわせてもらおうかな!」

「えっと、着替え……ないん、ですけど」

「あっ、シーツのことを気にしないのであればこのままでかまわない」

「それは、別に構いません、けど」


 そろそろと問いかけた言葉にやっと欲しい反応が返ってきてほっとする。

 着替えはもっていないのは荷物がらしきものしかないことから察していたけど、シーツの心配をしてくれるのは正直以外で、ぱちりと瞬きをしてから、構わないといえば、安心した表情で笑った。

 その笑みが、存外幼く見えて。するりと私の口からは次の疑問が出てきた。


「年は、いくつですか?」

「今年二十二になった」

「……おない、年」


 にこにこと笑顔で告げられた言葉に、以外だという思いを隠さずにぽつりと呟く。

 確かに外国人は年上にみえるというけれど、それは正しかったのだな、となんとなく考えた。

 私の呟きにぱっと表情を明るくしたのはレイスのほうで、さっき以上ににこにこしながら心底嬉しそうに何度も頷いた。


「そうか、同じ年か! 同じ年……!」

「?」


 なにがそんなに嬉しいのか私にはわからなくて、でもそれを聞き返すのも面倒で、とりあえず取り出したタオルを渡して洗面所を指差す。


「先に、お風呂」

「ああ!」


 からりと笑って答えた表情は、とても眩しいものだった。

 後からシャンプーやリンス、ボディーソープの区別がつくだろうか、なんて心配をしてしまったけど、私の心配なんて杞憂だとばかりにちゃんとお風呂が使えた様子でお風呂から上がってきた。

 目立つ青いコートを脱いだレイスは薄緑色のインナーに黒いズボンという出で立ちで、薄緑色のインナーの下には素人目でも鍛えられているとわかる筋肉があった。

 コートもよくみれば細やかな細工がなされていて、とても高級そうにみえる。コスプレ、ではないのだろうと漠然と思った。

 それなら、やっぱりこの剣も本物だろうか。そっと手を伸ばそうとして、目の前から剣が消えた。……消えたというか、取り上げられた。


「これは触らないでほしい」


 にっこり笑顔で牽制。

 そういわれるとますます本物かもしれないなぁなどと思いながら、素直にこくりと頷いた。


「夕食……食べました?」

「敬語もいらないよ。同じ年だし。遠慮しないで、って俺がいうのもおかしいけど」


 そういってくすぐったそうに笑うから、つられて小さく笑みをこぼして、わかった、とまた頷く。


「夕食は……なんだろ、緊張してるのかな。腹へってないな」

「なら、いらない? 私もう寝るけど」

「ああ、おやすみ」


 就寝前の薬を口の中に放り込み、ペットボトルから水をコップに注いで喉の奥に流し込む。寝る前には八錠。

 いつも寝る時間より二時間くらい早いけれど、走ったせいかなんだか疲れていたし、もそもそとベッドにもぐりこむ。

 細く長く息を吐き出して、そっと視線をレイスに向ければ、ぱち、と視線が絡んでにこりと微笑まれる。

 それは、とても、得がたいことのように思えて。

 大切なことのように、感じて。

 私も目元をほころばせて、小さく笑って目を閉じた。

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