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1話・私と彼の出逢いの物語

初投稿になります。

至らぬ点も多々あると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。

なお、本内容は全てフィクションです。私小説ではありません。


 私の母は、よく泣く人でした。


 私のお気に入りのコップを割ってしまったといっては泣いて、私が友人の家に泊まりに行くと寂しいといって泣く人でした。

 私が五歳のときに亡くなった母の思い出は決して多いものではなく、年を重ねるごとに薄れていく記憶に恐怖して、年々忘れていく母の面影を追いかけて、こうしてなにか形に残したいと筆を執ったのです。

 私はなにももってない人間だけれど、幸い、私には小説がありました。

 なにもない私には、たった一つ、小説という武器があったのです。

 幼い頃から本が大好きで、それには色々な理由があったけれど、最も大きな理由の一つは小説を読んでいる間はだれにも邪魔をされなかったから。

 私の世界を壊されなかったから。

 小説の作り出す世界に逃げ込んでいる間は孤独を忘れられたから。

 これは、幼くして母を亡くした私による、私のためだけの、物語。




 小説の冒頭を書き出して、ふうと息を吐く。

 たった数行、九行を書くのにとてつもない気力を必要とした。心臓はどくどくとうるさくて、手は情けなくも震えている。

 自分の心情を書き出すということは、それだけ私にとってハードルの高い作業で、辛いコトだった。

 それでも書きたいと思った。

 なにももってない私が唯一誇れる武器は小説だったから。

 毎日、日々をすごすにつれて薄れていく記憶を、今残っているありったけ鮮明な記憶を書きとどめておきたかった。

 そんなことを思い立ったのは、それでも結構前だったと思う。

 すでに最初に思い立ってから優に数年はたっているだろう。

 私はここ数年、ずっと母の事を文字として書き残したいと願いながら、臆病ゆえにそれを出来ずにいた。

 小説を書こうとパソコンに向き合えば、呼吸が苦しくなる。手が冷たくかじかんで震えていた。それでもやっぱり書きたかった。文字として形あるものとして、母の存在を残しておきたかった。

 それは私の自己満足にすぎないと知っていながら、漠然と、この小説を書き上げるときには私は人間として新しい一歩を踏み出せるような気がした。

 それは、なんの確証も核心もない、本当にただただ漠然とした想像だったけれど、あながち外れてはいない気がしたのだ。

 冒頭を書いただけで震える手を押さえつけて、深く息を吐き出す。深呼吸を数度繰り返し、ややおいて私はパソコンの前から離れた。

 机の傍にあるキッチンでマグカップを取り出し、冷蔵庫から牛乳をだす。誕生日プレゼントに友人から貰った不思議の国のアリスがモチーフのマグカップは大きさもほどよく、私のお気に入りの一つだ。

 さしてものの多くない私の部屋で、数少ない女子らしい一品とも言える。

 マグカップの半分ほど牛乳を入れて、これまた誕生日に別の友人から貰ったちょっとお高い蜂蜜を混ぜる。レンジであっためたら、私の癒しの完成。

 ふうと息を吹きかけて、温かな乳白色の液体を口にする。喉を通り抜け胃に落ちる温かさは体を温める目的以上に、心を安らがせた。

 こくり、こくりと。ゆっくりと嚥下して、全部を飲み干して少し考える。二杯目をつごうか思案して、結局そのままシンクで洗った。軽く拭いて棚に戻す。

 そういえば、朝起きて唐突に小説を書こう、なんて思い立ってパソコンの前に座ったから、朝食がまだだ。

 なにか食べるべきだろう。けれど、あいにく食欲がない。

 あまりいいことではないし、病院の先生には怒られるだろうけれど、朝食を抜くことに決めて、のろのろと洗面所に移動する。

 洗面所はキッチンの隣にあるから、移動という移動距離はないのだけど。

 ワンルームの一人暮らし用の部屋には珍しくないつくり。

 まだ寒い季節だけど、なんとなく冷水で顔を洗って、滅多に化粧はしないのだからせめて基礎化粧品くらいいいものを使おうと奮発して買った洗顔料をあわ立てる。

 白いクリームをぼんやりと眺めてからゆっくりと顔を洗い、また冷水で流す。きちんと化粧水と保湿クリームもつけて、朝のしたくは終わり。

 キッチンに戻って二リットルのペットボトルから水をコップについで、所定の位置においている薬を手に取る。朝は三錠。決められた分量を守って口に放り込み、水で押し流す。

 薬を飲むこともあって、胃があれないように、本来なら朝食をとったほうがいいのだけど、本当にそういう気分にはなれなかった。

 さて、私の数少ない朝のルーチンはこれで終わった。今日はなにをしよう。

 小説の続き、は書く気分ではない。というか、かける気がしない。まだ手が震えているのは我ながらなんというか。情けない、というよりは、まだだめかぁ、という気分。

 私にとって、母親というのは、大切な存在ではもちろんあるのだが、私が五歳だったその死に際を思えばトラウマの一つ、といってもよかった。

 母親の死をきっかけに連鎖的に現在まで続いている現実が私を打ちのめすのだ。

 ベッドの上に座り込んで、お気に入りのクッションを抱きしめ、ぼんやりと宙を見る。視界に入る置時計のさす時間は午前十時。案外時間がたっていたなぁ、などと考える。

 ふわりと眠くもないのにでてきた欠伸をかみ殺して、ころん、とベッドに横になる。今日はなにも予定がない。いや、私の場合、予定があるときのほうが圧倒的に少ないのだけど。

 バイトは二日後だ。病院には昨日いったばかり。

 でも、なにも予定はないけれど、暇だとは思わない。

 これが、私の日常。

 二十二歳にもなって、親の臑を齧って一人暮らししてる、私の現状。

 なにが間違っていたんだろう、と時々考える。

 なにを間違えたんだろうと、時々自問する。

 なにかが違えば、なにもかもが違ったのだろうかと、無意味な問いを繰り返す。

 そんなのは幾度も幾度も考えて、考えつくして、行き着く答えはいつも同じ。

 『きっとなにも変わらなかった』

 私が私である限り、この現実は変えようがないものだと、とっくに答えは出ているはずなのに。

 それでも飽きることなく私は自分に疑問を投げかける。

 歯車が一つでも違っていれば、『今』の私はもっと違う『ナニカ』になれたのではないのかと。

 そして今日もいきつく答えは同じと知りながら、数えるのも馬鹿らしいほど繰り返した問いを胸のうちに秘めて、うとうとと私は夢の世界に旅立った。




 ふ、と。

 意識が浮上したのを感じて瞼を押し上げる。

 ぱちり、ぱちり、と瞬きを繰り返して。ふわ、と欠伸をかみ殺す。

 カーテンから日の光が差していない。部屋が暗い。いったいどれだけ寝ていたのだろう。

 いつだってベッドの上に放置しているスマートフォンで時間を確認する。


「午後、七時……」


 冬から春に変わるこの季節、少しずつ日の入りも遅くなっているようだけれどまだこの時間の外は暗い。

 ずいぶんと寝たな、昼ごはん食べてないや、なんて考えながら、スマートフォンを放り出してごろりとベッドに大の字に寝転ぶ。

 今日もなにもしないまま一日が終わる。

 こうやって無意味に無為に毎日をすごして、私の日々は紡がれていく。

 それはどうしようもないほど非生産的で、全うに日々をすごしている人々に申しわけなくなるほど怠惰な日々。

 けれど、仕方がないじゃないか。

 働くのは無理なのだ。

 働きたくない、ではなく、働けない。

 身体的に障害があるわけじゃない。私の病気はむしろ、心の病気というやつで、これが中々にやっかいだ。

 十年前に比べれば改善しているのだろうけれど、その回復の速度は自分で治っている実感がわかないほどゆっくりで、焦っても仕方のないもので、主治医からはとっくの昔に十年単位での治療が必要だといわれていた。

 母の死を発端にした、精神障害。

 病名は知らなかった。知らされなかった、というほうが正しい。

 情報氾濫社会の今、下手に病名を教えて勝手に調べられて、打ちのめされるのを危惧しているのだろう、というのは私の勝手な推測に過ぎないが、存外間違ってもいないのだろうな、と思っている。

 でも、大きな括りで纏めてしまうなら、私の病状はいわゆる欝だ。

 睡眠障害、摂食障害が主な私の病状。

 十年前から睡眠薬なしでは眠れないし、摂食障害は波のようだ。

 きちんとまともに食べれる次期と、全く食べれない拒食の次期と、食べすぎる、いわゆる過食の次期が交互に訪れる。それなりに苦しいが、十年付き合っていればなれるというもので、体重の変動が激しいな、ということ以外すでになにも思わなくなった。

 そんな状態だからまともな生活なんて送れるはずもなくって、バイトだって週に三日が限界だった。たった三日。一週間が七日なのだから、その半分にも満たない二日に一度のバイトだって、私の体は悲鳴を上げた。

 バイト先で過呼吸になりかけて、頓服薬でやりすごす、なんてことを繰り返しながら数年働いたが、まぁ、当たり前だが心身ともにぼろぼろになって、一度バイトをやめた。

 一年ほど本気で病院以外の外出なんてほとんどしない日々をすごして、やっと体調がよくなり出した頃、バイト先から人手不足で戻ってきて欲しいといわれて、週一、という条件をつけてバイトを再開した。人手不足だからこそ許される我侭だった。

 そんな状況で経済的にもとても自立なんて出来ていないのに、一人暮らしなんて馬鹿なことをやっているのは、家庭環境が原因だった。

 別にネグレクトも虐待も受けていないけれど、あそこに私の居場所はなくて、そこに存在することがただただ辛かった。どこにも居場所がない事をつきつけられるだけの空間が苦痛だった。

 高校を卒業して、専門学校に進学した。

 本当は家から通えなくもない距離だったけど、我侭をいって寮にいれてもらったことは今でも感謝している。父はきっと私のことや私を取り巻く環境を少しだけ理解してくれていた。

 その後、専門学校を中退。どこにいこう、実家には戻りたくない、そう悩んでいた私にここに住め、と提示してくれたのも父だった。

 ちょうど父が仕事の関係で押さえていたアパートの一室を借り受けて、私は一人暮らしをしているというわけだ。ほんと、いい年をして親のすねかじりもいいところである。

 家賃、光熱費、水道代。全て親が支払ってくれている。スマートフォンの引き落としも親のものだ。私が自分で支払っているのは食費と被服費くらい。それだって全てを週一のバイトでまかなえるはずもなく、親の補助を受けている。

 親不孝すぎて泣けてくる。

 いつだって繰り返す思考、繰り返すごとに不毛さをましていくのに、止められない考え。

 ため息を一つ吐き出してベッドから起き上がる。のろのろと着替えて部屋をでる。鍵を閉めてポケットに突っ込み、足を向けるのは唯一の習慣の散歩。

 散歩はいい。なにも考えなくていいから。気が向いたときに、気が向いただけ。

 歩くのは好きだった。頭を空っぽにして、無心で足を動かす。たまに小説のネタを考える。私の至福の時間。

 お金だってかからない。数少ない私の有意義な時間の使い方だった。

 ぶらり、ぶらり。

 今日は朝も昼もなんだったら夜ご飯も食べてないけれど、不思議とおなかはすいてなくて、無性にたくさん歩きたい気分で。普段ならいかない河川敷を歩いて、その先の公園へ。


 そこで私は『非日常』に出会った。


 横顔だけで美しいと分かる人だった。

 月明かりを受けて輝く少しだけ紫がかった銀糸の綺麗な長い髪は首元でポニーテールとして揺れていて、三日月の細い光が差す夜の帳の中きらきらと輝く青空の瞳は昼間の晴れ渡った空を切り取ってなお蒼い。非現実的なコスプレまがいの青いコートが夜風に靡く。

 ざっと、風が吹いて。

 長い前髪と青いコートを風に靡かせて、美しいその人は振り返った。ぞっとするほど、美しい人だった。

 端整な面差し。すっと通った鼻梁に整った顔。息を呑むほど美しい。けれど体格から男に間違いないその人は、私を見てふうわりと笑った。

 目を見開く私の元へ、月明かりと頼りない街灯の明かりだけの中、一歩一歩近づいてきて。

 私の眼前に立ったその人は、やっぱり優しい眼差しで、優しい表情で、どこかいとおしげに、私を見る。


(どうして)


 この人とは初対面のはずだ。

 こんなインパクトに残る人を、忘れるはずがない。

 それなのに――この表情は、なんだろう。

 こんな、こんな。

『愛してる』と雄弁に伝える、この表情は、なに?

 瞬きすら忘れた私の頬へそっと手が伸ばされる。その手が触れるか、触れないか、ということろで。


「君! なにをやっているんだ!」

「?!」


 鋭い誰何の声に驚いて青年の後ろを見れば、懐中電灯を手にしたお巡りさんがいた。

 驚いてざっと青年全身を見て、声をかけられるのも無理がないと判断する。だって、その腰には現代日本では到底お目にかかれない立派な西洋剣があったのだ。

 ……こんな深夜に、人気のない場所で。

 コスプレの小道具かもしれないけど大振りの剣を下げているいい年した青年が、一応成人しているとはいえ女の私に迫っているように見える図は、たしかに案件かもしれなかった。

 だけど、きょとり、と瞬きをした青年の表情が。どうしても私には悪意のあるものに見えなくて。

 それは、どんな言い訳を並べても。到底不自然な、行動だったけれど。

 理屈ではなかった。ただただ、私は知りたかった。その、瞳の意味を、知りたかったのだ。


(『愛』を、私に向ける、理由)


 たったそれだけを知りたくて、私はとっさに青年の右手を左手で掴んで走り出した。

 後ろから焦ったような警官らしき人の声が聞こえたけれど、そんなの無視だ。公園を抜けて河川敷、は見晴らしがよすぎるので、春になれば満開の桜をさかせるそこをスルーして近くの神社へ。木々にかくれるようにして、住宅街へ。

 じぐざぐに、土地勘があってもわからなくなりそうなレベルでがむしゃらに走る。

 青年の格好から、通報を心配して人通りの少ない道を無意識に選んでいたので、気がついたときには街灯の明かりすら届かない、月明かりだけの道路にいた。

 ぜえはあと荒い息を整えながら顔を上げれば、結構な距離を走ったのに青年はけろっとしている。息一つ乱していなかった。

 なんとか無理やり呼吸を整えて、青年と対峙する。やっぱり優しい表情を崩さないその人に、そっと疑問を投げかけた。


「貴方、は」

「俺はレイス。レイス・アネール・ヴィエーチル。君を探していた」


 ああ、やっぱり。

 あの表情は、嘘じゃなかった。

 胸を満たすこの感情の名を、私は知らないけれど。

 彼から向けられる、感情の尊さは、知っているつもりだった。


「君に、会いたかった」


 そっと伸ばされた両手が頬を包んで、こつんと額同士が当たる。

 その温かさに、つぅと、頬を一筋の涙が伝った。

これから完結まで毎日更新していきます。

よろしくお願いいたします。

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