弔い
もうすぐ最終話になります。
その女は、交通事故で亡くなった恋人を弔うためオイソレ山へ来たのだと話した。
「まぁ、確かにこの山には、昔からそういう言い伝えがあることを否定はしないけど」関原は言った。
しかし、そんなのは死者には届くものではないし、不毛な行為でしかない。死者をいくら讃えたり、周りの者が悲しんでも、一番悔しいのは、死者の方のはずだ。例えば、「あの人は私の心に生きています」などとそれらしく告げても、それは、思い出として生きているだけで、死者は客観的には死んでいる。
……このようなニュアンスで意地悪く告げたところ、弔い行為というのは、死者に届くことはなくても、生きている者たちがむしろ慰めを求めて行われるある種の癒しの儀式でもあるため、むやみに否定されるものではない、と思い直し、それなら、といつもの定型文句を言った。
「Aコースには行かないほうがいい。Bコースにしましょう」
「え、どういう意味ですか?」
「Aコースの方が難所が多いんだ。見たカンジ、登山にはあまり慣れていない様子だし、初心者にちょうどいいBコースにした方が無難です」
適当なウソをついてBコースへと誘導する。
「それでは、Bコースにします。ご忠告ありがとうございました」
尾崎と名乗った二十代ほどの女は、Bコースへと足を向けた。
地震が起こった。
ここまでありがとうございました。
本当にあともう少しで終わります。




