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異世界なんてクソくらえ  作者: 南都河埜
西の国の動乱
96/194

テオの目的



 どことなく視線を感じる観光にも、慣れると気にならなくなってくるものだ。

 元々視線に慣れてはいるけど、慣れた場所と出先では緊張感が違う。

 ともあれ一日かけて町の半分くらいを見て回れた。

 全体的に宗教色が強いかと思いきや、一部そう言う店はあるが実際は元の世界の温泉地なんかとさほど変わらない。

 土産物屋があり、屋台があり、礼拝に使う道具を扱う店があり。

 見る予定だった場所はジャポニー神(ゆかり)の何とやら系で、池だったり岩だったり木だったりだ。

 それらも今日一日で回ってしまったので、とりあえず聖地巡礼に関しては一通り終わったと思っていい。

 なので最終日はのんびりしてやろうと思っていたのだ。

 思っていたのに、隣で楓子とシャルがまだ寝てると言うのに扉をノックする輩がいるのだ。


「あさー……?」

「トモヤー……まぶしい……」


 楓子は起きるつもりがあるらしいのに、シャルは毎度の事人にしがみついて睡眠続行を訴える。

 だが来客に応えなければならない。

 シャルを引っぺがして、上半身を起こし眠い眼を擦っている楓子を軽く抱きしめ、よっこいせとベッドから降りて入り口へ向かった。

 多分まだ朝も早い時間だ。

 こんな時間に来るのは、この町だと大司教くらいしか思い浮かばない。

 しかし何の用だろう。

 今日が滞在ラストだから、最後くらい楓子を学ばせに来いとでも言うのだろうか。


「はい」

「やぁトモヤ」


 閉めた。

 悪い夢でも見たかな。

 もうひと眠りしよう。

 そう思って踵を返したら『ドンドン』と戸を叩かれた。


「……何の用だよテオ」

「おはようトモヤ。いい朝だよ」

「誰かさんのせいで嫁との朝が台無しなんだけど」

「それはナイスな事をしたな」


 よし引っぱたこう。

 いや体格差があり過ぎるから、大人しく扉を閉めてベルボーイを呼んで御退去願おう。


「じゃあなテオ」


 扉を閉めようとしたら足をねじ込まれた。

 ヤバめの訪問セールスかよ。

 それを足先で払って、ドアにしがみつく指を引っぺがして扉を――


「てやー」


 気の抜ける掛け声と共にでんぐり返ししながら入って来た。

 べたんと仰向けになって止まると、人懐っこい笑顔を向けて来る。


「……一体何の用なんだよ……」

「いやさ、うちの両親が朝からおっぱじめちゃって、居た堪れないから抜けてきた。トモヤの事だからどうせ同じ宿の最上階だろうと思ってさ」

「少し考えればわかったな……」


 西の国の第三位の大領地を持つ貴族だ。

 勿論宿は俺と同じであって不思議は無い。

 宿の人間に関係者以外立ち入り禁止って言っておけばよかった。


「じゃあ何か、一人で時間潰すのも何だと思って来たと」

「そうそう」

「寂しかったのか」

「ちっ、ちがわい!」

「で?」

「ちょ、ちょっとだけ……」


 こいつめ。


「しょうがない。朝飯は食ってっていい。ただし、うちの嫁に近づくな」

「過保護だなぁ」

「いや違う」


 そう言った時には遅かった。

 テオの体が天井に磔になっていた。


「昨日ので嫌われてるから、人目のないこの部屋だと無事で済む保証がない」

「わーっ! たんまたんま!」

「トモヤ、そいつどっかに捨てていい?」


 シェリールモードで出て来たシャルだが、これは眠りを妨げられた怒りの方が大きそうだ。


「小さな客がいる事をみんなに知らせて来て。朝食終えたら放り出すからって」

「わかったわよ」


 隣の部屋に行った瞬間にフライを切られて自由落下して来たテオを受け止めると、ソファーに放り投げた。

 我ながら荒っぽいと思うが、中身が自分より年上なら容赦はしない。


「で、何か探りに来たんだろ?」

「やだなぁ、僕がそんなことするわけが」


 テオは何か画策している。

 それは昨日外で話した時に何となく感じていた。

 恐らく言っていた通り父親も画策していて、今回は聖地巡礼ついでに王都観光ではなく、王都で誰かに会う為に聖地巡礼を言い訳に使ったのだと思う。

 西との境にある山脈、あのコボルトの集落があるあの山脈には、険しすぎて必ずここを通らなければならないと言うポイントがあり、そこに関所を作って兵士を置いてある。

 関所の主な役割は、ぶっちゃけていうと西の国から派兵された時に早く伝令を送れるようにする為だ。

 行商人や個人の行き来は基本的に禁止されていない。

 だが、通る時に二、三質問するのは当然の事で、その時に『聖地巡礼』と言えば同じ教徒である以上拒みようが無い。

 その後実際に行くかどうかはその人次第だが、言った以上聖地巡礼をしない事には敬虔な信徒では無いと自分で認める事になってしまう。


「探りに来たんだろ?」

「これに関してはノー。だって王国の人間が西の国に手を貸すとは思えない。個人的なパイプ無い限りは」

「テオの親父さんはその個人的な知人に何か相談しに来たんだろ。で、転生して色々悪だくみが出来るテオが何かしてやろうと画策してると」

「あー……概ね正解」

「意外と素直だな」

「否定した所でボロが出るだけだし、僕は平和主義者だから戦いは好まないんだ」

「まぁ実際、こちらから何か手を貸す等の事は出来ないし、何かやるにしても頑張ってくれと言う他無いんだよな」

「王国は西の国のどことも組む気は無いと?」

「うん」

「それだけでもこっちにとっては朗報だよ」


 むしろ何で手を貸すと思っているんだ。

 結局探ってきてるし。


「父は隣接する下位の家を二つ抱き込んで、現在三位の領地を一位に押し上げようとしているんだ」

「そんなの一位と二位が許さないだろ」

「だから王国、もしくは王国の有力貴族に恐らくこう言いに来たんだ。『一位になった暁には見返りを。だから助けてくれ』って」


 そこまでして西の国の何を得ようと思うのか。

 領土の広さで一位になったとしても兵力の差とかあるだろうし、一位になる事自体にこだわる意味がわからない。

 地下資源はそこそこ多いとされているけど、ドワーフ王国と魔人の国の二つと付き合っていく以上、ほぼ資源で困る事は無い。

 そのどちらも嫌ってる人は居るだろうけど、最早排除できる状況にないのは子供でも分かる事だ。

 海洋資源も、沖に出て調査を出来るだけの人材が普通はいないので元より考えていないだろう。

 そうなると、残りは領地その物くらいしか無い。


「まさか王国に鞍替えする気か? もしかしてテオの所って西の国でも東の国境よりなのか?」

「正解」


 鞍替えと言うのが正しい表現かはわからないが、領地を持ったまま亡命して実質うちの領地にする気なのか。

 それではテオの両親たちの利益が無い。


「――残りの西の国の貴族と王国を戦わせる気か。で、全て済んだら自治権を得て平和に暮らしましたとさ、と」

「恐らく。だからトモヤ達に西の国と手を組む気が無いっていうのは素晴らしい事なんだ。戦って貰えるから」

「いやいやいや。じゃあ何か、テオの親父さんは、戦後の自治権を得る為の工作の為に王国に来たって事か」

「工作と言うか交渉だよね」

「馬鹿げている」


 そんな上手く進むわけが無い。


「ところがどっこい、今の王国の実質トップはお優しい人間らしい」

「……俺が付けこまれたのか……」


 確かに、何も知らずに『西の国で内紛が起きて第一位が変わった。その一位が王国に下ると言っている』と言われれば対応せざるを得ない。

 そして、多分俺は助けを求めているなら助けようと言って手を貸してしまうだろう。

 一位が下ると言うのであれば、これまでの事を丸ごと解決出来るかもしれないし。

 その結果西の国の残りの貴族と戦争、次第に西の国の領土を奪って行って併合する。

 その後はサウスルタンと同じく、元々西の国なんだからと西の国の有力貴族で王国に下ったテオの家に任せる。

 十分あり得る未来だった。


「でもそれを言ったらダメだろ」

「そんな甘い話が実現するとは思っていないからな」

「じゃあテオは何が目的なんだ」

「ハナから組めないかと思って。俺とトモヤ、異世界人のよしみで。報酬は恒久的な和平」


 全くもって惹かれない話では無かった。

 だがしかしだ。


「極力対人戦闘はしない。させない。うちの嫁に人を殺せと言ってるような物だ」

「そこだけがネックだったんだ。でも大した戦闘は起こらないと確信している」

「何で」

「戦えるだけの体力が無いんだ、もう。西の国は古くからの貴族体質と言えばいいのか、領民から税を巻き上げて私腹を肥やすのが多い。私兵で周囲の防衛には余念が無いけど、戦争となると民衆の士気が低すぎてまともに兵士として使えないんだ」

「全部が全部でも無いだろう? テオの所は交渉出来るだけの力があるんだから」

「それも結局は将来的に領地を分け与えるの前提なんだ」

「それで受けたのか。そっちの下位の貴族は」

「受けたくなるくらい領地運営に行き詰まってるんだろうね」


 だとしたら西の国の何割かは既に死に体だ。

 放っといても勝手に上位が吸収して内紛が活発化し、近々大きな変革が訪れる。


「何にしても王国がそれを受ける事は無いよ」

「と思うじゃん?」


 そう言ってにやーっと笑った。

 ああ、つまりあれか。


「ピレネー公爵家か分家辺りが動いてるんだな」

「その通り」

「適当に理由を付けて怪我をした避難民か何かでっち上げてピレネー領に雪崩れ込ませて、人道的な支援をするべきっていう方向に持って行かせるつもりか」

「恐らくね」

「でもそれを聞いたら対応が出来てしまう」

「教えたんだから助けて欲しいな。ただ巻き込まれるだけだったのが、こっち主導で支配出来るんだよ?」

「する気が無い」

「ちなみに今の一位と二位は完全な反王国勢だから、そいつらが国を纏めたら近い内に戦争になる」

「……テオの所は違うのか?」

「元々ピレネー公爵家とは仲いいらしいよ」


 遅かれ早かれなのか。

 それにしても今なら対応できなくはあるまい。

 ただ、王国内での対応では無く西の国に出向いての対応をせざるを得ないだろうけど。

 王国内の対応は、会議の時にでも釘を刺せばほぼほぼ終わる。

 基本的に西の国を邪魔だと思っている人だらけだから、そんなのと懇意にしてませんよねと一言で済む。

 それだけで今後何か動いてしまったら、人道的云々前に西の国の有力貴族と繋がってたのかと問題になる事だろう。

 と言うのも、今は一応停戦中と言う扱いだからだ。

 怖いのは、むしろそれを切っ掛けに西の国を征服できる、と扇動される事だ。

 そっちの方向で根回しされていた場合、俺が何を言った所で目の上のたんこぶをぶっ飛ばしたい人ばかりなので派兵が多数決で通ってしまう。

 うーわー。

 すげー面倒な事になって来てるな。


「……とりあえず話を聞けて良かったとは思う。もしなるようになってしまった場合、仕方ないからこの話のお礼分くらいの手は貸すかもしれない」

「ふー、いやーよかった。そんなの知るかで一蹴されたらどうしようかと」

「でも覚えておくといい。最悪、国境をでかいクレーターで通行困難にしてこっちに進軍できないようにすればいい」

「トモヤの子の世代に戦争が起こるだけだと思うけど」

「……」


 ああもう。


 朝食は静かだった。

 テオはニコニコしながら食べているが、朝からド変態が遊びに来たと楓子は顔を強張らせているし、シャルはシェリールモードで睨みを利かせている。

 割とのんきなシエルですら黙って食べているくらいだ。

 そして朝食が終わると宣言通りテオを追い出した。

 西の国の話は、まだ皆にはしない。

 千絵も楓子もいずれ対人戦を考えていると言っていた事がある。

 やる必要があるならやると。

 そんな必要を無くすのが俺の仕事だ。

 これは王都に帰ったら軽く探りを入れて、既に進んでしまっていたらシャルに相談しよう。

 今日転移門の魔法で帰るわけだから、どう考えたってテオ達より早く王都に帰れる。

 この時点である程度話が進行していたとしたら、それはもう大分前から根回しされて来たと言う事だ。

 最後の手段として、千絵と楓子の高威力の攻撃さえあれば、脅しだけで切り抜けられる可能性はある。

 その場合西の国相手に実質侵略戦争を仕掛けてしまう事になりかねないのだが、そう言う方向で進んでしまっていたら後手後手に回る前に手を打つのが一番無難だと思う。

 世論は西の国相手なら問題無いだろうけど、俺個人として人と戦争なんかごめんだ。

 最終的には、そうなった原因であるテオの父親を締め上げてやろう。


 町の見てない部分を回った後で神殿に立ち寄り、大司教のディーデリックに帰る事を告げると、この世の終わりみたいな顔をされた。

 別に声なんてかけなくても良かったと思うのだが、一応ディーデリックがこの町の顔だ。

 厳密に言えばハイリッヒ公爵家の分家がこの町を統治している事にはなっているらしいのだが、聖地と言う場所のせいでどうあっても貴族より教会の人間の方が発言力が高くなりがちで、その辺りは名ばかりになっているようだ。


「せめてこちらをお持ちください」


 ディーデリックに一冊の本を渡された楓子は、ほんのりと苦笑いを浮かべる。


「ありがとうございます。これはなんですか?」

「本来この地でしか読む事が許されていない、聖典の複製です」


 楓子が笑みを張り付かせて固まった。

 この地でしか読めないと言う事は持ちだし厳禁のはずだ。

 ディーデリックがそこまでするとなると、それを受け取った楓子もそれなりに対応を迫られてしまう。


「読んではいけないと言う事ですか?」

「いいえ、貴女様でしたら神もお許しになるでしょう」


 緩いな戒律。


「何が書かれているんですか?」

「主に神聖魔法の事です。すべて理解出来た者は神との謁見が叶うとされているのですが、未だかつて誰もその境地に辿り着いておりません」

「そうですか、ありがとうございます」


 貼り付けた笑顔で乗り切った楓子は、その本と呼ぶにはあまりにも大きく、図鑑だってもっと小さいだろと言えるサイズの物を胸に抱いた。

 おい聖典俺と代われ。

 にしてもあのサイズとなると、普通の袋には入らない厄介さんだ。


「俺が持っとくか?」

「ううん、後は帰るだけだから」


 部屋に置いておくつもりらしい。

 俺達はディーデリックと別れ、教会の中でシェリールが転移門を開いて王都へ帰還した。


 リビングに出た途端、目に入ったのは猫の姿でぶっ飛んできたトラ子だ。

 それを受け止めて撫でまわすと、何やら話し合っていたリリアナ達と挨拶を交わす。

 どうやらサウスルタン復興担当から回って来た案を精査していたようだが、どれもあまり意味の無い物ばかりらしい。

 観光誘致って、元々観光資源が山脈と渓谷くらいしか無いのに、一定数以上呼べるとはちょっと思えない。

 まだトンネルを見に行こうと銘打った方が人が集まりそうだ。

 とは言え数日でいくつかの案を提示してきたやる気は買う。

 みんなは土産物をリリアナ達に渡し、マリーネに渡し、コレットに渡し、おやっさんに渡しに行った。

 土産物と言ってもキーホルダーと言うかストラップみたいな物で、それを持っていると聖地巡礼して来たんだなと思われる一般的な物らしい。

 俺はトラ子を置いてリビングを出ると、城を出てルーベルトの爺様の所へ向かった。

 丁度時間は夕食前、いないわけが無い。


「夜分遅くに申し訳ありません」

「いや、いい。休暇中だろう?」

「ちょっと小耳に挟んだので」


 ルーベルトの爺様にテオから聞いた事を掻い摘んで話した。

 それも小耳に挟んだ程度の話としてなので、玄関先で小声でちょろっと。

 それだけでルーベルトの爺様の顔色が変わる。


「転びようによっては大事ではないか」

「穏便に済ませたいので、ピレーネの面々にそれとなく言って貰えませんか? 俺が言ってもいいですけど、考えてみたら情報元はどこだってなってしまうので」

「ふむ。まぁ言うだけ言っておこう。だがトモヤよ、好機でもあるのだぞ?」

「戦争なんて起きないに越した事ありません」

「まぁそうなのだがな。長年の終止符が打てるとなれば話は別なのだ」

「爺様も賛成派ですか?」

「いや、私も穏便に済ましたいとは思っている。だが、これはトモヤが思っているよりも根が深く大きな問題なのだ」

「……では、こちらもそれなりに考えは巡らせて置きます」

「そうするといい」

「そうだ、宿の手配等、ありがとうございました」

「気にするな。いい宿だったろう」

「ええ」


 では、と頭を下げてハイリッヒ別邸を後にした。

 本来一人では行動してはいけないのだが、この辺りまでなら警備の関係上何か起こる可能性は低い。

 ただ、俺がルーベルトの爺様に会っていたと言う情報は流れかねない。

 今回に関しては宿の手配とかのお礼を言いに行ったで誤魔化せるけど。


「さて」


 公に告知しちゃったんだよなぁ。

 休むって。

 サクラにでもお願いしようかなぁ。



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