王都へいざ行かん
その日、寝るまでずっとベスターと話して過ごした。
システムの事もそうだが、先ほどの教科書に書いてある事や、この世界のことを。
そう言えば神様を名乗るオッサンが、この世界は神々が戯れで作ったような事を言っていた、と言った所、ベスターは笑顔で『会ったら滅ぼす』と言っていた。
ざまぁ見ろ神様。
色々話してきた中で気になったのは、やはり魔力に関する事だろう。
俺の魔力は極微量だが、どうやら親和性が高いだろうと言う事。
ベスターやフローラさんが言うには、俺の魔力は心地いいのだと言う。
それと親和性の高さにどんな関係性があるのかと聞いたら、魔力は変質させるものであると同時に染まりやすいと言う。
魔法によって様々な形態になる魔力が、変質させる物と同時に染まりやすいと言うのは、例えば炎系攻撃魔法のファイヤーボールはその場で暴発させないように魔力を炎に変化させ目標に飛ばす魔法だが、この時の魔力を可燃性のガスに置き換えるとわかりやすいらしい。
可燃性のガスならちょっとした火種で簡単に火が付くし、簡単に爆発もする。
魔法とは大雑把に言ってしまえば魔力に属性と指向性を与えるもので、その内容によって様々な物に分類されるらしい。
で、その染まりやすさは自身の魔力にも言える事で、その人独自の魔力の感触があると言う。
それこそ匂いと言ってもいい程に、その人によって差が生まれると言う。
親和性が高いからこそ単なる魔力では無く、斎藤智也の魔力として心地良いモノに染まっていると言うのだ。
逆に親和性が低い人の場合はそう言った物が弱いので、魔力探知で個人の特定がしづらいような事も言っていた。
それってつまり変質なのでは? と問うと、変質とはその物の質が変わる事で、どちらかと言えば『その人の匂いが付く程度』だから、度合いで言うと全く違うと言われた。
魔力感知に慣れて細かくわかるようになると、ある程度の範囲なら知り合いがどのあたりにいるか位はわかるようになると言う。
今日の事を思い返していてふと思ったのだが、魔力によって変質した魔人はどの程度人間なのだろう。
流石にそれに関しては、直接聞く事が憚られて出来なかった
少なくとも歴史上最初に騒ぎになった魔人は迫害される位に差が生まれてしまったのだろうし、普通に見てれば超絶美人なフローラさんも何やら翼が生えたりするらしい。
幸いにもと言うか、現代の若者はテレビやゲーム、漫画などからそう言ったファンタジー世界の知識はある程度持っているし、多少姿かたちが違うとしてもキャラクター的に悪い人でなればそれほど気にもしないんじゃないだろうか。
まぁ、逆にだからこそ選民思想に囚われるのもあり得るけど。
他にも大魔王システムや世界樹の根の事についても色々聞いたのだが、ぶっちゃけシステムに関しては全くわからないし仮説を立てられるだけの知識も無いので聞くだけで終わってしまった。
世界樹の根、一般的に地脈と呼ばれるソレは星を幾重にも覆っているらしく、中にはやせ細って枯れたり魔物に食われて広い空洞が出来ている場所もあると言う。
その空間が元々魔力の通り道だっただけに高純度の魔力に満ちているとか、枯れたとはいえ世界樹の根自体に残滓と言えないレベルで魔力が残っているので、魔物が集まって喰らい尽くし、しまいにはダンジョン化するのだそうだ。
世界中でいくつもダンジョンは存在するが、そのどれもが世界樹の高純度の強い魔力でモンスターが強化されているとか何とか。
王国では魔王討伐に勇者を派遣するが、他の国ではダンジョンのモンスターを一掃する為に派遣するところもあるらしい。
ダンジョンのある国にとって、ダンジョンから時たま出てくる凶悪な魔物は非常に頭の痛い問題らしかった。
三十時間ほどあるらしいこの世界の一日でも、俺が寝たのはもう朝に近い時間だったと思う。
正確な時間がわからなくても朝日の明かりがベスターの私室の遮光カーテンの隙間から漏れていたので、『あかん日に当たったら灰になる』と言ったら『お前はヴァンパイアか』とベスターに突っ込まれた。
どうやら魔人の中にヴァンパイアもいるらしいが、単に夜に特化した適正を持つことが多く、夜行性な為に昼間が苦手だと言う。そう言った適正から噂に尾びれがついて、この世界でもヴァンパイアは日に当たると灰になるような話はあるらしい。ちょっとそれに関してはお前らもっと吸血鬼らしく在れと思ってしまったのだが、そもそもが間違った事なのでヴァンパイアには何の非もないんだけど。
昼過ぎになって様子を見に来たフローラさんに二人そろって叩き起こされ、そう言えば一緒のベッドに同性と寝てたのかと思うと心底悲しい気持ちにもなったが、軽く朝食を頂いた後についにベスターとのお別れとなった。
「トモヤの魔力はトレースしておくから、システムの解析や何か用があったらフローラにでも迎えに行かせよう」
「なんか結局一晩普通に泊まっちゃって悪かった」
すっかり慣れた物である。
恐らく喧嘩でもしようものなら小数点以下何百と言うゼロが続いた先の一秒後にあっけなく殺されそうな俺だけど、いつの間にかマブダチだ。
「何、気にすることは無い。こっちも数十年ぶりに有意義な一晩だった」
言い方によってはヤバい気がしてこないでもない。
「さて、それで転移門なのだが、最低限の条件が普通はあるのだが、魔人種にもなると大分融通が利く。本来なら地脈の上で無いと魔力が足らなくて使えないとか、建造物としての転移門が無いと目的地の設定が難しいとか色々あるのだが、フローラの転移なら思い思いの場所に飛べる。と言う事で、トモヤには王都の南、徒歩半日程の所に飛んでもらって徒歩で王都へ入ってもらいたい」
「別にいいけど、なんでまたそんな回りくどい事」
「外部から王都への転移はエルフの結界にかかるからバレる恐れがある。隠蔽の魔法を並行で使えば可能かもしれないが無駄が多い。だから、王都のアークウィザードの転移門の魔法から投げ出されて荒野を彷徨ってた事にでもしておこう」
「うん」
「王都の門番に事情を説明すれば王都中央の行政区に連絡が行くから、少し待てば担当者が確認に来るだろう」
「わかった」
「ではフローラ、頼んだ」
「お任せください。ではトモヤ様、私の手を取ってください」
「はい」
細いのに手触りがふんわりさらさらで温もりのある手だ。
手を取るとかじゃなく頬ずりしてやりたい。――ちなみにこう感じるのもサキュバスの魔力が自然とそうさせてしいまうらしい。
「じゃ、また」
「ああ、トモヤの幸福を祈ろう」
フローラさんが数度深呼吸をして集中したかと思ったら、次の瞬間には土の道と草原が目の前にあった。
辺りには誰もいない。
「到着いたしました。これより道なりに真っすぐ歩いていただければ王都です。それと、これはご主人様からの贈り物です」
そう言ってフローラさんがどこからか出したのは、確か村の人たちが腰につけていた小物入れ、と言うか道具袋みたいなものだ。
「魔法の道具で、この中には袋の口に入るサイズの物でしたら数百アイテム収納可能です。入れたアイテムの質量によって個数が変動するらしいので、たまにチェックして不必要な物は捨ててください。そして、その中にこの袋を入れておきます。こちらは当面の生活に困らないようにと金貨で二百枚入っていますが、王都でも一般的な買い物は銀貨か銅貨ですので、とりあえずの買い物ができるように私からの贈り物として銀貨を少々追加してあります」
「そんな、何か悪いなぁ」
「あのように楽しそうなご主人様は久方ぶりでござました。これからもよろしくお願いします」
「それは勿論。えっと、腰に付けとけばいいのかな?」
「はい。袋に付いたフックをベルトに差し込んでひっかければ大丈夫です。間違っても布の口の部分をベルトに差し込むなんて横着をしますと、その日のうちにスリにやられますのでご注意ください」
「それはもう了解であります」
せっかくもらったのに無一文とか洒落にならん。
「ちなみに金貨一枚でどれくらいの価値があるんですか?」
「王都の平民街であれば、金貨百枚もあれば立派な一軒家を買えます。一等地の中央広場付近のアパートですと一月の家賃は金貨にすると半分、銀貨五十枚です。銀貨一枚で高級宿に一泊可能ですし、高級レストランの食事も一人分なら銀貨一枚あれば何を頼んでも足ります。銀貨一枚で銅貨百枚になりますが、一般的な冒険者ですと一日に銅貨十枚もあれば最低限の食費と最低限の宿で生活できます」
「って事はかなり金貨の価値高くない……?」
「はい」
何事も無くしれっと頷かれた。
そんな大金寄越してどうする気なんだ。
まぁ金で解決できることもあるだろうけどさ。
物価が違うだろうから細かい部分で誤差はあるだろうけど、金貨一枚十万円から二十万円と考えると大体合いそうな気がする。
「では私はこれで失礼いたします」
フローラさんは忽然と姿を消し、残ったのは俺一人である。
さぁ、歩こうか。
徒歩半日の距離とか言ってたけど、今現在の時点で全く見えてこないので、これは本気出して歩かないと今日の内に到着出来ない可能性すらある。
どうせなら丁度良く行商人でも来て馬車に乗せてくれないかなー。まさかないないなんて思って後ろを見たらいた。
一頭引きの小さい馬車が一台。
「すみませーん」
まだちょっと距離が離れているけど声をかけると、行商人らしい四十半ばくらいのラテン系っぽいおじさんが手を振ってくれた。
近くにまで来ると馬車を止めてくれた。
今の所一般人の服装と言えばウェスタンチックな物しか見て無かったが、この人はアロハシャツみたいな派手な柄の襟付きの赤いシャツを着ている。
柄はぱっと見では幾何学模様にも見えなくも無いが、どうやら馬の柄っぽい。
にしてもこの馬車を引いてる馬、体は馬っぽいのに頭がアルパカっぽい。なんかしっくりくるようで違和感が凄いと言う微妙なバランスだ。
「ここから王都までってどれくらいありますか?」
「そうだなぁ、もし歩くんなら一日はかからない程度かな。まさかお前さん歩きかい?」
「いや、実は異世界人ってやつなんですが転移門の魔法から放り出されまして」
「そりゃ運が無いねぇ。いや運がいいのか? こうして街道に放り出されたんなら誰かしらに会えるけど、だだっ広い平原だったら狼に食い殺されてたかもなぁ」
あのアメリカ人のブライアンとか言うのが転移門を使う時に気を付けていたようだが、確かに放り出されたら死に繋がるらしい。
「ちなみに乗っけてってもらえたりしません?」
「うーん。荷馬車は人を乗せちゃいけないんだよ。奴隷みたいに商品としてなら許可を取ればいいんだけど、定期便の馬車の時間は大分先だしなぁ」
「そんな決まりがあるんですね」
「なんか異世界にもそんな決まりあるって聞いたぞ? 業種によって許可がどうたらって」
確かにタクシー業界辺りにそんなのはありそうだ。
と言うか、奴隷なんかあるんだなこの世界は。
「じゃ、しょうがないから歩きます」
「勿論抜け道はあるぞ? 見つからなければいいんだから」
そんなんだから白タクなる違法営業タクシーが日本でも摘発されるんだろうなぁ。
「門の手前まで乗せてやるよ。本来なら定期便と同じ銅貨三枚貰うんだが、異世界人って事でサービスしといてやるわ」
「マジっすか、ありがとうございます」
って言うか金を取らないのであれば違法営業タクシーでもないのでセーフなのでは。
乗りな、と馬車の後ろを指した。
どうやら普通に腰掛ければいいらしい。
俺が腰掛けると馬車は動き出す。
何を積んでるのかと思ったが、一頭引きの小さい軽自動車くらいのサイズなので、ミカン箱程度のサイズの木箱や麻っぽい材質の大袋がいくつかあるだけだった。
「俺はトモヤです」
「行商人のテリーだ。お前さん適正はどうだったんだい?」
「悲しい事に遊び人だそうで。周りの扱いが酷くて酷くて」
「やっぱ運賃貰おうかなぁ」
「酷い」
「いや冗談だが、遊び人ともなると王都へ行っても生活は難しいぞ。綺麗な顔をしてるから貴族が男娼に買うかもしれないが」
「貴族がそう言うの買うのって普通なのか……」
前もって聞いてはいたけど、そんな目に遭うなら僻地へ飛ばされた方がマシだ。
「俺と一緒に来たのが勇者適正持ちなんで、最悪そっちに何とかしてもらおうかと」
「おー、勇者かすげーな。そしてお前は遊び人らしくクソだな」
ぎゃっはっはと笑ってるからいいが、これで笑い無しなら辛辣すぎて馬車から降りる所だ。
「自分でも足掻ける限り足掻きますけどね。それこそ行商人とか出来そうだし」
「確かにこの仕事は誰にでも出来るが登録制だぞ? 既にキャパ一杯だから引退する高齢の行商人を上手い事捕まえて譲ってもらうしか無いんだ」
「意外とそう言う制度ってしっかりしてるんですね」
「色々決まり事を作り始めて十年くらいかな。そう言う決まりを色々作って整理したんだわ。最初は反発も大きかったし違法操業するのも多かったが、特に行商人なんて多くてもいい事無いからな」
「何でです?」
「周りの町の特産品を買って王都に卸すのが通常業務なんだが、行商人が多ければ競争が激しくなって特産品の仕入れ値が上がるんだ。作ってる側は大喜びだが、高く売れるからって粗悪品含めて売り付けやがるのも結構いてな。俺達は村で仕入れた以上の値段で卸さないとならない。となれば王都では高級品扱いで平民は中々買えなくなる。平民向けの商品だって軒並み価格が高めになるから生活に影響する。本来潤って無きゃいけない王国中央の王都の平民が貧困化して、逆に外の町が潤うって言う逆の図式になっていたのを王女様が正したんだ」
「でも需要と供給の天秤が働く以上、高くはなり過ぎないんでは?」
「この世界は異世界と違って潤沢に物があるわけでも無いからな。物があるだけで多少必要が無かろうが貴族は買うし、買えば貴族が必要なくても仕えてる使用人や奴隷が必要だったりするし、物を持ってる、多くを買うと言う事実がステータスだったりするわけだが、そこら辺も自重せよと言うお達しと監査が入って昔よりかなりいい状態になったよ」
「へぇ。って事はこの荷物って特産品なんですね」
「ああ。他にも、たまに王都に奴隷として身売りする奴を乗せる事もあるんだが、こんな風に気軽に話せないんだ」
「何でです?」
「大抵が事故や病気で両親が居なくなって生活できなくなった若い奴なんだ。一定以上若いと雇って貰えないから、そうなると出稼ぎでは無く奴隷として貴族に買われる他に道が無いってな」
「そこら辺の対応って無かったんですか?」
「王様か? 貴族は働き手として使用人や奴隷を必要とするし、奴隷も雇い手が必要だからな」
「その奴隷って方式じゃなく、それこそ使用人枠でとか」
「十五歳に満たない子供を雇ってはいけないんだ。ただし奴隷は別」
「そこら辺の融通を利かせればいいのに」
「最初はここまでキツく無かったんだが、遠くの特に特産品も無いような町から子供が出稼ぎに来るようになってな。仕方ないとは言え、子供が出稼ぎに来る状況も王国としては良くないと思っていて、生活が出来なくなって最悪奴隷としてでも働きたいってならいいでしょうって事みたいだな。まぁそこら辺はもっと何とかすべきだとは思うけどな」
見た目派手な癖に、奴隷にならなければならない子供を思ってかおじさんは悲しそうな顔だった。
「ま、単純に失職して奴隷に落ちなきゃならなくなった大人も結構いるけどな。でなければ旦那に先立たれ、嫁一人じゃ仕事も出来なければ生活も出来なくてとか、理由は色々多い。俺も漠然と知ってはいるけど本人から直接聞いたわけじゃ無いぞ? こんな仕事してると嫌でも色々情報が入ってくるんだ」
って事は奴隷自体は結構数がいるようだ。
最悪自分もそうなるんだろうかと考えると、やっぱアヤメさんみたいに辺境へ行った方がいいのかもと思わなくは無いが、奴隷としてこき使われたとしても貴族の元でなら水も使えるだろうし食事も辺境の村程悪くも無いだろうなぁ、とまで考えて、そう言えば授業の中でアヤメさんが王都に残った人たちが同じような事を考えているようなことを言っていた事を思い出した。
うん、自分の身が守れるのを前提にしてだけど、文明人として最低限の生活って守りたいものだよな。




