戦後処理 その1
サウスルタンの首都である街、どうやらこの街自体をサウスルタンと呼んでいるらしいのだが、そこの解放自体は午前中一杯で全て終わった。
俺は王国で各所への通達をして伯爵家以上へ支援を要請し、ハイリッヒの王都別邸に直接行ってルーベルトの爺様を呼び出すと言う所業に出た。
要件はサウスルタンの今後の議論だ。
国として機能する場合の支援策、国として機能しない場合の支援策。
ぶっちゃけ吸収するかしないかの議論をしておいてくれって事だ。
時間が無いから日本語で要点を纏めたメモを渡しておき、これから現地で調査と調整をするからと言って出て来た。
そして首都であるサウスルタンに、捕虜最終便を連れてきたベスターに連れてきて貰ったのだ。
まずオークの掃討。
これはフローラさんが新しく魔人の兵を連れてきて一気に片づけてくれた。
次に捕虜になっていた人達の搬送。
これもベスターが何度も転移門で運んでくれたのだが、その人数は街全体で見ると少ないと言っていい。
一か所に最低五十人は居ると言っていた。
それが五か所で単純計算で二百五十人だが、実際は勿論もっと多い。
と言うのも公民館クラスの中規模の建物に適当に押し込まれていたのが五十人で、他に観劇なんかにも使われるホールとかに詰め込まれている人が多かったからだ。
更に救出した人から話しを聞いた所、大半の住民が地下の地脈の空洞に隔離されていたらしい。
そこなら自分で這いあがって外に逃げる事が出来ないからと。
流石にベスターも地脈の空洞の中に人間がいてもわからなかったようだが、じゃあ地上と地下で何の差があったのかと言えば、食用とストックらしい。
主に食用にされるのは四十代前半くらいの肉体的に充実している頃までで、特に子供と女性は身が柔らかく旨味があると重宝され、城の近くに隔離されていたようだ。
地上での収容人数にも限界があるから順次地下から引き上げられていたようだが、地下の人間はそんなシステムも露知らず、連れて行かれる光景を見て人によっては歓喜し、人によっては恐怖で騒いだと言う。
結果として地脈の空洞にいた人が多すぎて、学校の近距離戦用と魔法戦用のドーム二つのみならず、校舎内や教会、併設されている病院にまで詰め込んでも溢れかえり、サウスルタンのオークが完全に掃討されたとなった所でサウスルタンのあちこちにバラまいて治療が始まった。
その数、ざっと三千人。
サウスルタンは土地柄、北に人が集まる傾向がある。
渓谷を挟んで南側も、渓谷寄りはいいが南下すると夏は暑さで人の住めない土地になってしまうからだ。
となれば勿論北に位置する首都サウスルタンの街は巨大になるわけだが、街の規模からして恐らく五万は住んでいたと思う。
それが三千人。
「残りの四万七千人はどこ行ったんだ」
「ある程度は奴等の胃の中だろうが、恐らくオーク統治の元で家畜として飼える数がその程度だったのだろう。残りは殺されたか他の街か。助けた奴等は何か話したか?」
ベスターが城に連れてきた三人は、恐らくベスターに献上する為に見た目だけ治したのだろう。
他の捕虜になった人たちは、普通に足を潰されていた。
足だけで済んで良かったとかそう言う話ではなく、鈍器で機械的に順次潰して行ったのだと言う。
彼女達が足だけではなく全身の筋が切られていたのは、献上品として完全に抵抗を出来なくするためだろう。
「他の街はどの程度進んでる?」
「フローラが回っているが、オークの掃討自体はほぼ終わっている頃だろう。詳細は報告待ちだな」
「なんか結局魔人に頼っちゃったな」
「トモヤ、適材適所と言う言葉は勿論知っているだろうが、我々魔人はその力を正しく使って見せる必要がある。そうしないと周りに認められないからだ」
「今回の件は丁度よかったと」
「多少の顰蹙を覚悟で言えばその通りだ。勿論こんな事件起きないに越したことは無いのだが」
サウスルタンの渓谷から北には、首都を除くと八つの町が存在する。
王国なんかに比べると豊かな地で、どこの町も野菜や畜産と言った農業が盛んで、とんでもなく深い渓谷に魔力で強化した網を投げ入れ、これまた特性的に恵まれた体の男共が引き上げる変則的な地引網みたいな漁で魚も獲れるらしい。
それだけ豊かな土地なので、恐らくオークはそう言った農業が盛んな土地に人間を運んで家畜として扱っているんじゃないかと思った。
何故って、家畜として扱うのなら餌が必要になるからだ。
首都サウスルタンでも付近で多少の農業はやっているようだが、この街だけの食料自給率はあって無いような物だ。
事実、嘘か本当か結構な人数が他所へ連れて行かれたと言う話もあった。
足を潰されたのは地脈の空洞に移動してかららしいので、自分達の足で向かったのなら大勢がいなくても納得できる。
この結構な数を地下に移動させるなんてよく面倒なことをやったなと思ったが、オーク達も地脈を移動経路にしていた為、なん箇所か螺旋状の坂を作って徒歩で行き来できるようになっているらしい。
捕虜を他の町に振り分けている場合、各町に管理出来るだけのオークが存在する事になるのだが、それはフローラさんが魔人を引き連れて掃討に行ったので問題は無いだろう。
過去長い時間を掛けて、この地方の街から集落まで踏破した人だ、どこにでも行ける。
飛んだ先で即座に制圧して次へ、と言うのを昼過ぎから始め、今が夕方前なのでベスターの言う通りそろそろ帰って来てもおかしくは無い。
「治療の方はどれくらいかかるかな」
「さぁな。一応まともにヒールを使える何人かが、地脈の中でこっそり治療して回っていたらしい。それでも人数が多すぎるのと魔力が持たなくて百人くらいしか治せていないようだ」
「うちも楓子に頼りっきりだったけど、今回に関しては多すぎて楓子にはやらせられない」
「だが黙って無いだろう?」
「だから大司教と枢機卿数人とっ捕まえて、酷いやられ方で即座に治してやった方がいい人を選んでフルヒールを使って貰ってる。それが一通り終わったらグレーターヒール以下限定で使っていいって言ってきた」
「うむ。彼女はフルヒールの反動が無いから気軽に使いすぎている。それは正しい」
「やっぱり将来何があるかわからないし、乱用しない方がいいよな?」
「いや、これだけ使ってて何も無いなら問題は無いと思うのだが、何かあった時に彼女がいれば瀕死でも大丈夫、となると、なりふり構わぬのが出て来る。お前みたいにな」
「……まぁ前科があるから否定はしない」
何なら楓子のフルヒール前提で作戦を組む事も視野に入れていなくも無い。
「いれば便利だし癒しに関しては彼女程の使い手は世界でも中々いないだろう。だが、何事も頼り切ってはいかん。特に命に係わる事はな」
「うん、まぁ」
「ピンと来てないようだが、ほぼ同時に瀕死の人間が何人か出てしまったら、どうする? それが無理をしなくても良かった場面で、どうせフルヒールがあるから多少の無理をしてもいいやと無謀な事をしてだ」
それで誰か助からなかったら死ぬほど後悔するだろう。
「うん、わかった」
「よし。それでだ」
俺達は辺りを見渡す。
広場に出て来たのだが、そこには亜人が集められていた。
勿論状況が状況なので、何人かの魔人に囲ませて逃げられないようにしていた。
「さて、この中で言葉の分かる人はいますかー?」
会話が出来るなら代表者を選出して話し合いたいのだが。
「私の言葉がわかる者でもいい、手を上げてくれ」
このサウスルタンの街の広場には五百程の亜人が集められていた。
俺とベスターで外周を回りながら声を掛け続けるが中々出て来ない。
少なくとも俺達が何か言っている事はわかっているし、制圧された状況で集められているのでかなり怯えている様子だ。
種類としては何か色々居すぎて何種類いるんだか。
猫の亜人もいたが、確かにそのまま猫を人型にした、猫のキャラクターのリアル版みたいな感じで微妙な気持ち悪さを感じる。
何だろう、動物のキャラクター的に捉えようとすると、顔がデフォルメされておらずシャープでガチ動物だから、バランスはいいのだが微妙な気持ち悪さがあるのだ。
これで顔が大きくてマスコットキャラクターみたいだったら、ああ着ぐるみ着てると思えばいいのねと考えられなくも無いのだけど。
「誰か言葉がわかりませんかー?」
「俺がわかる」
半周位した所でようやく声が上がった。
それは犬だった。
そう、この世界にも犬はいたのだ――。
いや愛玩動物の犬として扱ったら多分本気で怒られるだろうけど。
「一体話してどうするつもりだ人間」
「俺はこの世界の人間じゃなくて異世界から来た人間だから、あなた達亜人に対して悪い感情を抱いたりはしていません。何とか今回の件を上手く片づけられないかと、相談したいんです」
「信じられるわけが無い」
その犬亜人は、犬種としてはゴールデンレトリバーの顔だ。
それなのに理解出来る言葉として聞こえてしまうと違和感しかない。
「犬の亜人か。オークとどのように仲良くしていたかは知らないが、このトモヤの提案には乗っておいた方がいいぞ。現状、お前達の未来を変える事が出来るのはこいつしか居らんのだからな」
「人間風情が何知った口を――」
そう言った瞬間、見覚えある人が犬の亜人の喉元に貫き手を突き刺す寸前で止めていた。
「ご主人様、よろしいでしょうか」
「ダメだ、たんまだフローラ。折角会話出来る者が出て来たと言うのに殺してどうする」
「いえ、侮辱した気がしたのでつい」
気がして『つい』で殺されかけるんじゃ、犬亜人さんも救われない。
って言うかフローラさん言語理解のユニークスキル無い癖に勘だけで凄いな。
「私はこんな見た目でも魔人の王だ。そしてこのトモヤは、ここより北にある王国の次期国王と呼ばれている男だ。仲良くしておいて損はあるまい?」
「……」
フローラさんがすっと離れるまで、緊張で犬亜人は硬直していた。
「名前は何と言うのだ」
「……ポチだ」
「ポッ――――」
「どうしたトモヤよ」
がんばれ俺の横隔膜。
負けるな喉と口。
そこで笑い転げたら確実に嫌われるぞ。
「い、いや、元の世界では割とポピュラーな名前だったから」
「ほう、そうなのか」
「……お前たちは相談したいと言った。だがどうせ我々は南へ追い返されるのだろう」
「今年は気温の上昇が早く既に住める状況じゃないらしいとは聞いています。ですので、今年の夏を越す所まではサウスルタンの渓谷から南側は亜人がいても人間側は手出ししないと言う事にしておいて、今後の事を話し合いたいのです」
「この国の人間じゃないお前たちが勝手に決めていいのか」
「残念なことに、この国の首脳部と重鎮とされる貴族等は軒並みオークに処分されたことが確定したので、この国は現在代表者がいない状況です。力のある人間を優先に食事としてオークに振舞われたようで、最早この国で政治を出来る人がどれだけ残っている事か」
捕虜の解放で真っ先に調べたのがサウスルタンで代表になれる人だったが、そう言った家柄のそれなりの年齢の人と言うのが面白いほどに見つからず、一体どういうことだと聞いて回ったらこれだ。
「では王国が乗っ取るのか」
「それはそれで面倒なので回避したい所ですが、少なくともサウスルタンの人々は保護する気がありますし、同時に亜人とも事を構える気はありません。実際問題元居た場所へ帰れと言っても無理なんでしょう?」
「……日差しを避ける建物があったとしても、あの気温ではもう生活は出来ないだろう」
赤道直下付近がどんな地獄になってるのかは知らないが、高温すぎてどうしようもない事は何となくわかる。
それでも元の世界では砂漠で生きてきたのだ。
それなのに無理だと放棄して亜人を追いやったと言うのだから、この世界では人はまず死んでしまう状況だと考えていい。
「ではとりあえず暫定でそう言う形で話を進めようと思います。多分他にも言葉を理解している人は居ると思うので、そう言う人を纏めて我々との交渉担当にしておいてください」
なんでそう思うのかって、極々偶に、声を掛けているとあからさまに反応して目を逸らすのがいるのだ。
多分理解していて、関わりたくないから知らないふりをしている。
「そ、その前に我々はどう生活すればいいのだ!」
「ああ、反乱を起こす気が無いのでしたら、手狭ですが何か所か広い場所を確保しますので、そこで生活してください。サウスルタンの人間と話が纏まり次第、もう一度話し合いをして詳細を詰めましょう」
「……お前は我々亜人を認めるつもりか?」
「そもそも亜人と言う物を今回初めて見たくらいですし、何なら亜人では無いですが人型になれる猫の魔獣を飼ってますし、現状特に悪い印象も無いので酷い扱いをする気が無いだけです。もし『亜人』として何かしようと言うのであれば、亜人と呼ばれる種全てを敵として認識する可能性はあります」
つまり、反乱を起こしたら亜人として動いたと判断するし、その場合は敵として排除する事も視野に入れているよと言う事だ。
「……わかった、とりあえず従おう。そう話をしておく」
「助かります。いいですか、もう一度言いますが反乱なんて真似はしないでください。オークの魔王を瞬殺出来るのがそこにいますから、くれぐれも忘れないでください」
「おいトモヤ。私が悪者みたいではないか。奴だって想定外ではあったろうが、ちゃんと戦って負けたのだぞ」
それで亜人が大人しくしていてくれるならいい。
実際ポチもそれを聞いて口を噤んでいる。
「ではまた後日」
一応他にも聞き取れる亜人で、喋る気のある人を探したが見つからなかった。
そこまで人間を嫌っている、と言うか怖がっているようだ。
それは仕方ないが、とりあえずポチが対応してくれるだろうからとりあえずいいとしよう。
さて、フローラさんが帰って来た事だし報告を聞かねば。
俺達は広場から離れ、元々カフェとして使われていた店舗の外の席に座った。
勿論店員がいるわけでも無いので注文を取りに来る人は居ないし、恐らく商品も無い事だろう。
「フローラよ、他の町はどうだったのだ」
「各町に数千人規模で住人は居ましたが、邪魔になる可能性のある人間は食われるか渓谷から落とされたようです」
「ほう、南は見て来たか?」
「ええ、勿論。南側に住人はほぼ全滅のようですね。食いつくされています」
それは文字通りなのだろう。
今日の戦闘でハッキリと数を見たわけでは無かったが、町から引き離されたオークは一万以上だった。
王国に来た分や他の町で監視を続けていたオークも合わせると三万くらいはいてもおかしくない。
となれば最初に襲われた南側の人間は食いつくされていても不思議はないのだ。
にしても一万規模のオークを一撃で仕留めた楓子は凄いの一言に尽きる。
もうあの弓だけで千絵の攻撃魔法とやり合える。近距離では使えないけど。
「あの、フローラさん。邪魔になる可能性のある人間って、どういう人間ですか?」
「どうやら首都では貴族の当主と次代の当主候補、そしてこの国で言う一般兵と魔法兵は軒並み処分されたらしいですが、他の町でも結局は同じです」
この国では歩兵と騎兵は一般兵、ウィザードとプリーストで構成されてる兵を魔法兵と呼んでいるらしい。
「貴族は女子供しか残っておらず、その生き残った中で何割かは既にごちそうとして振舞われたようです」
「では全体の生存数はどの程度になりそうだ」
「三万程では無いでしょうか。恐らく全共和国民で八万は超えていたと思いますが、一週間で半分以上は食われたか殺されたようです」
オークも王国に来たのを数に入れれば軽く数万規模になりそうだった。
だとすれば一週間で三万くらい食ってもおかしくは無いのか。
「では現状、貴族の生き残りが共和国代表になりえる可能性があるのだな」
「はい。ですが生き残りは女子供ばかりですので、どの程度政治に精通しているかは不明です。
「だが、代表者を出してもらわねばこちらとの交渉も出来ん。なぁトモヤよ」
「そうなんだよね。何を決めるにしても俺達が勝手に決めたら他所の国が文句を言って来ないとも限らない。必ず共和国の誰かが代表者として立たないと」
「わかりました。でしたら可能性のある者を――」
と言って珍しくフローラさんが固まった。
「王国の城に残した来た、共和国代表の娘がいるではないですか」
「おお、そうだった」
「あー」
確かに肩書上一番上かもしれない。
「じゃあ、落ち着いたら代表として立って貰おう」
「ああ」
今回が大事件過ぎて彼女達がどの程度立ち直れるかはわからないが、国として吸収しない場合は復興支援として多少の金と人材を派遣する程度はするし、吸収するのであれば有力貴族に『侯爵位』を与えて『サウスルタン侯爵領』として王国の一部にする案は俺の中で既に立ててある。
その為にクリアーしなければならない問題は山ほどあるようだが。
あくまで国として立ち直れるまでの暫定での編入ですよ、としておけば諸外国からの反発も避けられよう。
特に西の国がうるさいと予想されているが、政治が出来る人間がいないのであれば仕方ない。
どうせなら共和国代表の娘がそれなりにまじめに勉強していてくれれば、王国で育ててサウスルタンを再興させることも可能だと思う。
「さて、その為には治療を終わらせないとな……」
「なぁトモヤ、結局フルヒールを使わずとも、フウコはグレーターヒールの範囲版を覚えいたな?」
「うん」
「では二日か三日もあれば終わるだろう。後は王国の貴族たちがどういう答えを出すかだな」
「そっちに関しては多分大丈夫。それを見越して渓谷の南側って言っておいたから。それくらい離せば文句も言って来ないだろ」
ルーベルトの爺様に頼んでおいた件がどうなるかは知らないが、恐らく渓谷の先と言っておけば渋々ながらも了承してくれるだろう。
後の事は後で考えればいいのだ。
今回は簡単に片付く問題でも無さそうだし。




