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異世界なんてクソくらえ  作者: 南都河埜
住めば都の異世界生活編(自分を除く)
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大魔王と言うシステム



「客人とは珍しいな。彼是五十年ぶりくらいか」


 目が開いているのは、あたりが真っ暗で何も見えなくても手で触れれば確実にわかる事だ。

 じゃあ視力が無くなったのかと心配にもなったが、手探りでスマホをポケットから取り出して、オフにしていた電源を入れるとディスプレイの明かりが見えた。


「ほう、そのような物を持ってると言う事は異世界人か。ふむ、では暗くて何も見えないと言う事だろう。灯りを付けよう」


 そう言った瞬間に急に明るくなって目が眩んだ。

 実際の所、ろうそくとかランタンのような小さな火の明かりがあちこちに点いただけで、明るいかと言えばむしろ薄暗いくらいだ。

 声の方を見ると、どうやらここが洋風の建物の中で、天蓋付きのベッドなんかがあって、中世ヨーロッパの世界のお城にでも来たかな? と一瞬思えた。

 調度品なんかも実に芸術的な物ばかりで、値段なんか知らないけど一つ数百万とか数千万するんだろうな、と思える大きなツボとか絵画が飾られている。


「ふむ、まだ若いな。その歳で勇者とは神も人が悪い」

「えっと」


 声の主を探してみると、どうやらベッドの上にいるようだった。

 それも寝ているとかでは無く、胡坐をかいているようだ。


「あの、ここってどこですか?」

「と言う事はだ、その前に自分がどこにいたのか覚えているのか」

「王国の南端の僻地から転移門で王都に行く所だったんですが」

「では転移門の魔法から放り出されてここに来たか。何と幸運な男よ」

「あの、それで……」

「ここか。ここは王国北端の村から馬で北にひと月程の場所だ。既に王国の領土では無いのだよ」

「うわマジかー、マジかー、ヤバいな」


 千絵はともかくとして楓子がガチで泣いてそうだ。


「ふむ、久々の客人だ。何なら少し付き合ってくれたら王都まで送り届けてやろう」

「いいんですか?」

「だが、ここでの事は他言無用だ。いいな?」

「なんかよくわからないですけど、助けてくれるんでしたら喜んで」

「よし。では食事でもどうだ。今の異世界の事を聞かせて欲しい」


 そう言ってベッドから降りたその人は、黒と言うか濃い紺色のローブを着て頭もフードを被っているので、歳や人相がよくわからなかった。

 ただ、チラッと見えた口元や鼻なんかは日本人のソレと似てる気がする。

 とにかく助けてくれると言うならついて行くしかなく、重厚な扉をくぐって廊下に出た。

 窓が無いのか真っ暗だ。

 今更ながら、手荷物の通学鞄をちゃんと持ってるよなと持つ手に力を入れる。

 何となく自分が元の世界にいた証明のような気がして、通学鞄だけは死守せねばみたいな思いがあった。

 男が何かぼそっと呟くと窓の無い廊下の壁の両脇にあるランタンに火が灯る。

 魔法すげえ。

 先導する男に連れられて少し歩くと視界が開けた。

 どうやら二階だったらしく、正面には手すりと階下を見渡せるホールが広がっており、階段は左右に弧を描くようにある。

 これぞ洋館と言わんばかりの作りだが、それにしてはなんか色々でかい。

 男について階下に降り、ホールから廊下へ行くと今度の廊下には窓があった。

 外はどんなだろうと思って顔を覗かせると、自分の思い違いに気づかされた。

 ここは二階から降りてきたから一階では無く、何か巨大な建物の上層だ。

 地面が遠い。

 城壁みたいなのが遠くまで伸びている。

 どうやら森の中にあるらしい。

 窓から見える情報なんてそんな物だが、こんな巨大な建物なのに、男以外に誰もいないのだ。

 何だかんだ五分程歩いた所で男が扉を開けて中に入った。

 室内には最大三十人くらいは座れそうな巨大な長テーブルがあったのだが、誰が用意したのか食器類が二人分、長方形の辺の小さい所とその脇に置かれていた。

 よく漫画なんかに描かれる席の配置は辺の小さい所の両端に座ってとかあるが、もしこのテーブルでやったら大分声を張らないと聞きとってもらえない可能性すらある。

 そのテーブルも馬鹿みたいにでかいくせに、全体を継ぎ目のない白いテーブルクロスで覆われてるとか、この部屋の調度品もさっきの部屋みたいに高そうな物ばかりだとか、どこか映画の中に入り込んだ気分になってくる。


「かけなさい」


 男は長方形の辺の小さい方に座り、俺を促してきた。

 まぁ何となくそう言う位置に座るんだろうなとは思ったけどさ。

 そして手元にあるベルを手にして鳴らすと、奥から誰かやって来た。


「お待たせいたしました。ご主人様、お飲み物は何になさいましょう」


 金髪碧眼のえっらい美人さんが、クラシックなメイド服で現れた。

 クラスの奴がミニスカとかカラフルなのはあり得ない、丈の長い紺色と白の物が至高とか言ってたのを思い出した。

 がしかし、その女性、多分二十五とか三十歳に行かないくらいの人にどこか違和感があって、失礼ながらもまじまじと見てしまう。

 うーん。

 俺の視線に気づいたのか、ニコッと微笑みかけて来て俺の心臓が爆発するかと。

 ――そうだ、何かわからないけど人っぽくない。

 再び上から下までざっと見直すが、何がそう思わせるのか全く分からなかった。

 彼女の金髪は金色に銀を混ぜたような透き通る色合いで、千絵よりも長く腰下あたりまで伸びている。ヘッドドレス以外には特に髪留めなど無いのに、動きに合わせて髪が暴れる事が無い。

 楓子があの長さを手入れする関係で色々詳しく、そのせいで俺も髪質なんかには多少知識があったが、仮に顔が壊滅的に不細工だったとしても、この髪だけでシャンプーのコマーシャル出演決定だろう。

 その上で顔が非常に美しいのだから文句も出ないが。

 一般的な洋風の彫が深いタイプでは無く、目はくっきり二重瞼、鼻筋は通ってて鼻は高いけど外人のソレのような極端な物では無く、細いのにややふっくらとした頬、唇は厚過ぎず見ていると何故か吸い込まれそうになる。

 白人系の綺麗なお姉さんと言うと日本人に比べれば濃い顔立ちだが、このメイドさんは顔から察する年齢は前述の通り自分より年上に見えるのに、どこか少女のような幼さを感じられる。それなのに妖艶さも感じられるのだが、この男を信奉しているのか眼差しに艶みたいなものがある。

 俺みたいな草食系チキン野郎でも、完全に勢いだけで告白してしまいそうな完成された美がそこにあった。


「私は手ごろなワインでいい。彼には何かジュースでも」

「オレンジジュースでしたら絞りたてをご用意できます」

「ふむ、それでいいかな」

「あ、はい。すみませんありがとうございます」

「少々お待ちください。失礼します」


 決して慌ただしくも無く、しかし颯爽と女性が下がった。

 うーん。

 一言で彼女を表すなら、『何か凄い』としか言えない。


「って言うかオレンジジュースあるんだ……」

「この森は非常に豊かでな。自給自足で色々な果樹も育てているのだよ。まぁ君の知るオレンジジュースと同一とは限らないが」

「ある程度美味しければなんでもいいです。南の方が酷かったので」


 こんな状況でも意外とずけずけ言ってしまえるなー、と思いつつ先ほどの女性が消えた先を何となく見てしまった。


「美しい子だろう」

「はい。でも何だろう、何かこう違和感と言うか……あ、すみません急に」

「ふむ。君は感覚がいいんだろうね。ちなみに君は魔族の事は聞いているかな」

「そう言えば魔物とか魔人の話は聞きましたけど、魔族としては聞いてないかもしれないです」

「そうか、まぁそうだろうな。一応存在として認知はされているが、認めたくは無いモノだからな。所謂マナによる人の変異体が発祥とされ、人に忌み嫌われて迫害を受け、次第に人里から離れて生活するようになったのが魔族だ。大体が人型で、人型の物は基本的に魔人と呼ばれているが、彼女みたいに人と見た目が殆ど変わらないのは中々に珍しくてね。逆に人の形を崩してしまったモノは魔族として一括りに呼ばれがちだが、一般的な魔物との違いは最初に言ったように大本は人間と言う点だ」

「へぇー……。ん?」


 つまり彼女が魔族だと言うのか。


「ふむ、どうやら君は器が大きいようだ。普通の勇者なら即座に混乱するか剣を抜くのだがね」

「いやあんまりの事に戸惑ってるだけですけど……」

「そう、彼女は魔族だ。マナの影響で人よりも何百倍も強いし普通のアークメイジなんかよりも魔法が達者だし弱い種族の魔王なんかよりも強いが、私にとっては普通の人で従者だ。その気になれば背中から黒い羽根が生えたり犬歯が妙に尖る事もあるがね」

「はぁ、マナの影響っていい事ばっかりじゃないんですね……?」


 言いながら的外れだったなと思ったが、男はどうやら面白かったらしくガハハと盛大に笑っている。

 うーん。


「この森にはいろいろな魔族がいるのだ。人の形を無くしてしまった者も多くいるがね。そんなだから恐れられて客人が中々現れなくて退屈なのだよ」

「……この場合の客人って、もしかしなくても勇者だったりします? だからさっき自分の事を勇者とか」


 普段俺呼びなのに、つい自分とか言ってしまうあたり器の小ささが見て取れます、はい。


「その通り。だがね、勇者もこの森の者達に切りかかっては撃退されるか死んでしまうのが多くて困っているのだよ。勘違いしては困るのが、彼らは決して自分からは攻撃しないし、特に殺す気も無いのだ。ただ、彼らの方が圧倒的に強かったが為に殺してしまっただけでね」

「つまり、勇者が弱いのが悪いと」

「いやいや、魔族に怯えて切りかかってくるのが悪い。現に過去に一人だけ、散歩するかの如く現れた者がいたが、彼は私と話した後に一晩泊まって普通に帰って行ったよ。その後彼は現れなかったが、魔力感知で様子を伺うにどうやら近くの町で静かに暮らしていたようだな。彼是十年程前に死んでしまったのか魔力感知から外れてしまったよ」

「あの……、つまりおじs、あなたは何者なんですか?」


 いまだにフードを深くかぶってるせいで人相がよくわからないが、声は若いが口調や雰囲気で判断すると三十代半ばから四十代を過ぎた程度の男性だと思う。

 にしても、この状況に緊張しているくせに、どこか緩い空気があってついついおじさんと言いそうになってしまった。


「既に何となく感でわかってそうな顔をしているでは無いか」

「何となく魔王、と言うか大魔王な気がしてならないんですが」

「ふむ、大魔王と言うと語弊はあるのだが、ほぼ正解だな」


 さて、どうしようか。

 一瞬逃げようか考えたが、建物の構造も知らないし外は魔物だらけだと言うし、土地勘も無いんだから助かる気がしない。

 がしかし、なぜだかこの魔王から嫌な感じもしないし、一瞬悩みこそすれ、まぁいいやと受け入れてしまう自分がいた。


「私は魔族の王、ベスタ―と呼ばれているが元々記憶が無い中でいつの間にかそう呼ばれるようになっていた。種族は人だから魔人と言う奴だな」

「あ、自分は斎藤智也です。ついこの間、異世界の日本から来ました」

「ふむ、やはり君は大物だな」


 この人はどうやら俺を勘違いしているらしかった。


「記憶が無いって言うのは?」

「そこら辺には色々事情があるのだ」


 そう言う割にどこか楽しそうだ。

 と、またしても奥からさっきの金髪メイドさんが、今度はカートを押して現れた。


「お飲み物をお持ちいたしました。もうお食事にしてもよろしいでしょうか」

「ああ、頼むよ。そうだ紹介を忘れていたね。彼女はフローラと言う。名前も美しいだろう」

「はい」


 もう造形の美しさだけで何を言われても全て頷けそうだし、名前が花なのなら疑いようもない。

 果たして翻訳の魔法札を通しての会話なので実際はどうなのかわからないが、王国外のエリアでも王国製の翻訳の魔法札で何ら支障は無いし、恐らく『フローラ』と言う名前で認識している以上、実際に花系の名前がついている可能性は高い。


「これでも彼女はサキュバスと言う奴でね。その美貌と魅了の魔力で相手を骨抜きにする事からエロいモンスターだと思われがちだが、単純に愛を司る魔人なんだ。まぁ過去人間に興味を示して、その能力で不幸な目に遭った子達もいるようだがね。彼は斎藤智也君だそうだ。こちらの世界で言うとトモヤと呼ぶのが正しいのかな」

「よろしくお願いいたします、トモヤ様」

「あ、はい、よろしくお願いします……?」


 様を付けられて呼ばれる違和感。


「恐らく君が抱いた違和感は彼女の魔力を感じたのだろう。魔力に敏感な奴ならば見ただけで気を失ってもおかしくないくらいには魔力保有量の多い子だからね」

「そのおかげでベスタ―様に仕えられておりますので、私はこの異常な魔力量に感謝しております。では食事をお持ちいたしますので少々お待ちください」


 頭を下げてお辞儀をするとカートを押して奥へ行ってしまった。


「あの、司ると言うと一般的に神とかそう言うレベルの話なのかなと思うのですが」

「魔人と言うのは種族によって傾向があるのだよ。サキュバスの場合は見た目から魔力の感触から、全て人に愛される要素を持つのだ」

「じゃあ、サキュバスってみんなあんなに綺麗なんですか?」

「そうとも言えるが、フローラレベルともなるとこの森にはいないな。街中で見かける『あの子可愛いな』程度の美貌が大多数だと思うが、その辺りは人々の好みの差もあるからハッキリとは言えない。言っておくが彼女に惚れると、今後恋愛できなくなるから気を付けるんだぞ? 自然と発生してしまう魅了の力を含んでいる魔力にアテられると、狂ったようにその子の事しか見えなくなると言う。それもあって彼女は森ではなく、この私の居城に来たのだが」

「多分大丈夫だと思います」


 普段からピンでアイドル活動できそうなレベルの二人が身近にいた事もあって、完成された美であっても何とか耐性は出来てるようだった。


「さ、では昨今の異世界事情を聞かせてもらおうでは無いか」


 そう言えばそんな話になっていた。


 魔王ベスタ―は意外と異世界に詳しかった。

 魔法が無い事は勿論、機械が発達している事も。

 まさかソーラーカーがどうのと言い出すとは思わず、今では電気自動車が実用された事や、化石燃料による二酸化炭素排出の問題や、化石燃料の枯渇が近いと叫ばれている中で、電気式の物にシフトしつつある事を話すと、『やはり時代は電力か』などと頷くのだ。

 この世界において、電力の代わりは魔力である。

 その程度は見聞きしてればすぐにわかるが、その魔力と言う物は変質させる物であり、単純にエネルギーとして考えると安定性に欠けるようだ。

 他に魔王ベスタ―が興味を持ったのは政治経済で、それはたまたま教科書を持っていたので、この際思い切ってと通学鞄に入ってる全ての教科書を渡した。

 どうやら翻訳の札を持っているのか、いとも簡単に読み進めていく。

 で、わからない事があると容赦なく聞いて来るのだから、真面目に学生やっててよかったと心底思うのだ。


「前菜をお持ちいたしました」


 フローラさんが再びカートを押してやって来て、慣れた手つきで配膳を済ます。

 真横に立たれると妙に心臓がどきどきする。

 サキュバスだとか言ってたからそのせいなのかも知れないけど、昨今の草食化が叫ばれる現代日本に数百人単位で派遣してやりたいものだ。


「どうやらトモヤはフローラが気に入ったようだね」

「え、いやその、気に入ると言うか、単にこんな美人が隣に来てキョドらない程女性に慣れてるわけでも無いので」


 幼馴染慣れはしてるけど。


「フローラから見て彼はどうだ」

「はい、どこか心地いいマナを感じます」

「ふむ、どうやら君は好かれる体質らしい」

「いやそれ体質なんですか……」

「各々が持つ周波数みたいな物があるだろう。初対面でこいつは仲良くなれそうだ、いいや嫌いだと言った風に感じる事が無いか?」

「まぁ、確かにそう言うのはあります」

「それはこの世界では、その人が持つ魔力の相性なのだよ。私も君の魔力を好意的に感じるが、君の持つ魔力の感触は多くの人に受け入れやすい物なのだろう」


 それを言うなら楓子みたいなのがそうじゃないだろうか。

 いやでも楓子も同性から反感を買う事はあるようだったから、この場合は除外されてしまうのだろうか。

 ちなみにマナと魔力の使い分けをどうしてるのかと聞いたら、周囲にある漠然とした魔力はマナと言う事が多く、個人が持つ場合は魔力と言う事が多いらしいが、意味合いとしてはどちらでも正しいので、人によってはマナ派もいれば魔力派もいるとの事。自分と同じ世界から来た人はどちらかと言うと魔力の方がしっくりくるらしく、逆にこの世界の特に魔法に長けた人はマナと呼ぶ事が多いそうだ。


「何なら彼女を持っていくか」


 急に何を言うのかと思ったら、フローラさんまで目を見開いて魔王ベスタ―を見ていた。


「いやいや、いきなり主人から解雇通告なんてかわいそうでしょう」

「いや冗談だ。ほんとだぞ? ――フローラ、そんな怖い顔をしないでくれ。冗談だと言うのに」

「ご主人様、後でお話があります」

「いや、あのな」

「お部屋でお待ちください。行きますので」


 どうやら逆鱗に触れたらしい。

 にしても、魔王なのに配下とも仲がいいと言うか、こう家族みたいな空気感さえある。


「ふう、まぁ冗談は置いといて食べないとな」


 ただ、この魔王も相当人から好かれる性格をしてるんじゃないだろうか。

 ちなみに出て来た食事は何処かフランス料理のコースを模したような物だったが、ただでさえその手の料理がわからないお子様な上に、この世界の食材もわけわからないので、唯々美味しいだけでまともな感想が何一つ言えなかった。


 食後はこの世界の紅茶を飲みながら雑談をした。

 紅茶自体は緑茶と同じ茶葉からなるが、この世界にも似たような植物があるらしく、魔力が豊かで植物の成長が早いこの森で栽培していると言う。

 先ほどの食事に使った食材も自給自足していると言うのだから、この森の豊かさは王国最南端の辺境の村とは比べられないようだ。

 食事が始まる前から終わってもずっと雑談していたわけだが、いい加減慣れて来た事だし聞いてみる事にした。


「実は気になっていたんですけど、ずっとフードを被っているのは何か理由でも?」

「君はこのフードを取ったらどういう私がいると思う?」


 鼻や口元を見る限り日本人っぽかった。


「普通に見た目人間じゃないかなと」

「いやはや中々鋭く来るね」


 そう言ってあっけなくフードを脱いで見せた。

 その姿を見ると何となく理由がわかる気もする。


「こんな見た目だから、極力人に顔を晒しはしないんだ」


 さっきまで感じていた三十代や四十代のおじさんでは無かった。

 見た目は少年と言っていい年齢にしか見えない。

 自分よりは少し上か、もしかしたら同じくらいだろうか。


「魔族の中にも、矮小な人間と同じでは無いかと言うのがいて、一時期粛清に手間取った時期があってね。それ以来、フードを被って人目を避けてきたのだ」

「妙にあっさり脱ぎましたね」

「どうやら君は同郷のようだからね」


 そうなのだ。

 魔王ベスタ―だなんていうから、少なくとも白人系のイメージはあったし、鼻や口元が自分と近い気がしてもフローラさんのような白人系だけど掘りの深くないマイルド系の顔立ちなのかと思っていた。

 ふたを開けてみれば黒髪の少年である。


「やっぱりその見た目だと、日本人なんですね」


 流石にこればかりは突っ込まざるを得ない。


「実は私もこの世界に飛ばされてきたらしいのだが、死んだときのショックなのか記憶が抜け落ちていてね。結局持ち物に名前の付いた物も無く、誰かにベスタ―と名付けられて以後ずっと私はベスタ―なのだよ。もう彼是三百年か四百年近く前の話だ。どうやら日本なる国から来た事は、先ほど話した飄々とした勇者と札無しで話せたからだ。君も持っていると思うが翻訳の魔法札と言うアイテムは各国の言葉を異世界語に変換しているのであって、他所の国などの違う言語体系の者と会った場合は効果を発揮しないのだ」

「異世界人なのに魔王なんですか?」

「君は本当にズバッと切り込んでくるよね」


 苦笑して、呆れながらも面白いなこいつはと表情が言っていた。

 んな事言われても、そもそも何も知らないんだから。


「私は勇者だったんだ。そしてここにいた魔族の王を倒してしまったんだ。すると不思議な事に、私はこの世界のシステムに組み込まれてしまった」

「何なんですか、システムって」

「君はさっき私が大魔王では無いかと言っただろう」

「はい」

「大魔王と言うのがこの世界においてシステムなのだよ。一般的に大魔王と言うと他の魔王や魔物を統べる者、人間にとっての魔物の一番偉い奴と思われていたが、決してそんなものじゃなかった」


 ぐびぐびと若い風体でワインを呷る物だから違和感が凄い。


「大魔王に選ばれる基準はよくわかっていないが、恐らく魔力量が段違いな魔族の王を倒した勇者が自動的にシステムに組み込まれるのだろう」

「魔力に関係があるんですか」

「そう、大魔王と言うシステムの一部になった私は、元々魔力量が多く常日頃から魔力が溢れる程だったのだが、先代の魔王を倒した瞬間に魔族へと変化していた。と言うか恐らくシステムに組み込まれた時点で魔族に変質するようになっていたか、魔人への変質を促す強い魔力にでも満ちていたのか。魔族になった事で体内で生成される魔力が更に膨れ上がり、その溢れた魔力は通常なら付近を漂うのだが、この城の地下にある魔法陣に吸い込まれ、それが地脈を伝って南側に行きわたっているのだよ。どういうことだと思う?」

「……つまり、この星の魔力の源は大魔王だと。大魔王がいなきゃ魔力も無くなると?」

「いやいや。本来この世界の魔力は世界樹がその根を伝って供給しているのだ。だが根が無いと供給されないと言う事でもある。このエリアは根はあるのだが何かの異常で殆ど魔力が流れてこないようでな、そのせいでこのエリアを維持する為のシステムとして大魔王システムが出来たのではないかと思っている」

「魔法陣があるって事は人為的な物だろうし、仮に魔王が倒されても勇者が魔族になってしまえば国へは帰れないって事ですか」


 何にしても、そう言うシステムが実際あるのだとしたら、ここはある種の牢獄だ。


「そもそも勇者と言う物も、なぜ水鏡がそう判断するのかと言うと、魔力との親和性にあるのだろう。仮に肉体を極限まで鍛え、魔法の勉強もして一通り出来たとしても、勇者の素質有りと認められる事は無い。その者が魔力との親和性が高くないからだ」

「じゃあ、勇者適正を持たない俺もですか?」

「ふむ。確かに君の魔力量は極端に少ないようだが、君の場合は素質云々の前に殆ど魔力を持たない特異体質なのだろう。だが、かと言って親和性が低いのかと言うと、私やフローラが君の魔力を心地よく感じる事から親和性自体は高いのだと思う。魔力の親和性と言うのは自分の体への影響力の高さでもあり、操作性の高さでもあるのだが、そう言った者の魔力は総じて誰からも好かれやすい魔力なのだ。水鏡がトモヤの勇者適正があると出さなかったとすれば、それは極端に低い魔力のせいだと思うぞ」


 ならば、仮に自分の魔力量を増やすことが出来れば、勇者適正が追加されるのだろうかと少し思ったが、アヤメさんの授業の最後の方で魔力量の最大値は上がらないから、だからこそアークメイジとかになれる人は限られるような事を言っていたので、それじゃ俺が魔法の勉強したって結局遊び人のままなのかと凹んだものである。


「でだ、その魔力の親和性の高い勇者が魔王を倒した時に、魔王の世代交代が行われる。私が倒した魔王は、よくぞ倒してくれたとホッとしたかのように言って消えていったのだが、その気持ちはわからんでもない。きっとあの名も知らぬ王も過去の勇者だったのだろうが、魔王化の影響か角と羽根を生やしてアークデーモン属になっていたから予想も出来なかったんだが。どうもあっさり殺されると思ったら死にたがってたなんてな」

「じゃあ何ですか、魔王を倒した所で解決はしないんじゃないですか」

「他の種族は知らん。少なくとも魔族を束ねる王としての魔王は、確かにそのシステムに組み込まれている」


 では、大魔王を倒してこいと言われても意味が無いどころか、下手したらシステムに組み込まれて延々この城で暮らすのか。


「ちなみに外見の変化は止まってしまったんですか?」

「その通り。これも魔力による変質なのだろうな。この幼い顔にもいい加減飽きた」


 これは想定外の出来事だ。

 千絵と楓子は恐らく今後魔王討伐を命ぜられる事になるだろうし、仮に間違ってでも魔王ベスタ―を倒してしまった場合、どちらかは自分を倒してくれる新しい勇者を延々待つ事になるのか。

 そして、勇者として魔王討伐に出なければ多大なバッシングを受ける事だろう。

 他の種族の魔王を討伐してお茶を濁す事は出来るだろうが、そもそも倒せるのかどうかわからないし、仮に倒すことが出来たらそれこそ大魔王の討伐を期待されるのではないだろうか。

 こう考えると勇者ってほんと詰んでるな。


「魔王ベスタ―」

「ベスタ―と呼び捨てで構わんよ。魔力が低いとはいえ、将来君が私を解放してくれるかもしれないのだからね」

「いや、その、俺と一緒に来た二人が勇者適正持ちなんで、恐らく可能性があるとすればそっちなんですが……」

「ほう、三人一緒に来たと言う事か。しかも二人も勇者適正持ちがいるとなると、これは楽しみだな」

「いえ、これまでの話から、倒さない方向で行きたいんです」

「ま、そうなるであろう。先ほど話した飄々とした勇者も、そこら辺の話をしたら『やってらんないから倒すのやめた』と軽く言っとったわ」

「……でも、ベスタ―としてはそろそろ解放されたいんですよね?」


 もうほんと恐る恐るだった。

 これまでの彼の話を聞く限り色々詰んでるとは思ったが、彼の人間性だけは信頼してもいいんじゃないかと思った。恐らく唯一の救いである自分を倒せるかもしれない存在がいるのに、倒さない方向で行きたいとお願いをしているわけだし。


「そうだな。確かにそろそろ生きる事に苦痛を感じては来ているが、フローラを始め私を慕い従属してくれる者たちもいる以上、そう簡単に死ねないと思う気持ちもある。私も度々考え悩むのだが、この問題は私を倒せる勇者が現れるまで悩まされる事になるのだろう。私を倒せたならそれも良し、倒せないならそれも良しなのだと思うが」


 魔王ベスタ―改めベスタ―がそう言うと、傍に立つフローラさんは少し悲しそうな表情をする。

 何か解決策があればいいのに、今の俺には何も思い浮かばなかった。


「せめてこの城から出歩く事が出来ればいいのだがね。魔力を供給しなければならない為に、もうずっと外に出ていないのだよ」

「全く出れないんですか? 例えば半日だけとか」

「いかに私の魔力が強大とは言え、肥沃な土地を維持する為には常に魔力を供給しなければならんのだよ。今でさえこの地より離れれば離れるほど痩せた土地になっていくのだから。そうだ、君がさっきまでいた王国領最南端も魔力量の少ない土地だったろう」

「そう言えばそうですね」

「あの辺りはそもそも根が細く少ないから仕方ないのだが、私がこの城から出ればそう言う土地は干上がってしまいかねないのだ」

「大魔王って言う割には世界を救うヒーローじゃないですか」

「今なら無料で交代してやろう」

「結構です。――ちなみに倒す前提でなく交代って出来るんですか?」

「それは考えたことが無かったな。ふむ、だがこの自動化されてしまってるシステムにこちらから介入しようにも、やり方がわからん。少し試してみようとは思うが……」

「もし交代出来るんであれば、たまに代わるくらい構わないんですけどね」


 俺じゃなくて千絵や楓子にお願いする事になるが。


「君はお人よしだね」


 これに関しては全くもって褒められていない言い方だった。


「それで私が帰ってこなかったら、君は延々とこの城から出れなくなると言うのに」

「フローラさんとか慕ってくれる従者がいるんでしょう?」

「――ふむ、うむ。確かに。それを言われたら、私は戻ってこざるを得ないな。いやはや、君は本当にお人よしだ」


 そういう本人が一番お人よしなんじゃないだろうか。

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