海の魔獣
空から見ると普通の海なのだが、やはり主の存在は異質だった。
薄く血管が浮いたような模様が水面から出てる球体を覆っていて、その色は薄い紫だ。
本来の生きているタコをスケールアップしただけのようにも見えるが、水中に見える足は八本じゃ利かない。
球体もしっかりと丸では無くぐにょぐにょと変形するので見ていて気持ちのいい物では無かった。
そのタコは俺達に気付いているのか、足を一本水面に出して先端をこちらに向けている。
魔力探知で見ると、その保有する魔力はベスターに匹敵する物があった。
タコの魔王とか笑えないからやめて欲しいが、単純に大きいからその分多くの魔力を蓄えているだけだろう。
実際、部分部分で見れば魔法師団の平均にも満たない魔力量なので、攻撃が通じないなんて事もなさそうだ。
そのタコを超えて沖に出ると、とりあえず魔力探知で付近一帯の水中を見る。
水深が深い所にいるのはうっすらとしか見えないが、問題になりそうな強さの魔獣は目に見える範囲で三十程しかいない。
考えてみたら、ある程度強い魔獣が共存するとなると、それは共生出来る間柄だからだ。
例えば捕食する獲物が違うとか、戦うだけお互い損だと本能でわかってるとか、他には俺には思いつかないような理由かもしれない。
と言うのも群れでは行動しておらず、保有する魔力量や質が似ているのもいれば全く違うのもいるので、恐らく何種類かの魔獣がこの海域に生息しているのだろうと言う事はわかる。
ここだけを見ると、主が魔獣を堰き止めていると言う噂は否定せざるを得ない。
魔力探知で主の動きを観察するに、どうやら魔獣では無く普通に魚を獲って食べているようで、この辺りは魚が豊富だから居座ってるだけに見えるのだ。
それにしても何でこんな大きくなったんだか。
餌を食べれば食べるだけ大きくなるなんてのもいるらしいが、それにしたってこのタコは異常だ。
どこかで巨大な魔力でも浴びたのだろうか。
「ともやくーん、どーするー?」
「水中じゃ攻撃魔法も大して効果無いし、やっぱり楓子の弓でやるしかないだろうなぁ」
「あの辺り適当にやっちゃっていいのかな?」
「やるなら上空からやや斜めに町方向に波が行くように打ってくれ。逆方向にやって巨大津波が起きましたってなったら面倒だ」
「うんー、ちーちゃーん、私にフライおねがーい」
そう言って自分のフライを解除して自由落下する。
慌てて千絵がフライを掛けて楓子を浮かせた。
「こら楓子、自殺願望でもあるの?」
「そう言えばフリーフォールとか懐かしいなーって思って」
紐無しバンジーと言うよりかはパラシュート無しのスカイダイビングをやりたいのだろうか。
まぁ自分でフライを使えるから問題は無いのだろうけど。
「それじゃ上行くねー」
楓子は千絵のフライに干渉して、自分の魔法のように操って上空へ移動した。
どうやら千絵のフライと言うよりもその上に自分のフライを重ね掛けして上空への移動だけするようだ。
千絵は楓子を固定するかのように浮かせればいいだけ。
むしろそうしないと射る時に狙いが定まらない。
「私達も移動するわよ」
「うん」
目指すは着弾点とタコの中間地点だ。
微妙にタコの攻撃範囲かもと思うが、タコは足を一本こちらに向けているだけで特に攻撃の兆しはない。
「いいか千絵。水中深くまでシールドを発生させるんだ。波は水面だけじゃなく水中にも流れとして存在するから、それが町の方に行くと津波になりかねない」
「とは言うけど、楓子も手加減するし問題無いでしょ」
「昨日のあの試射、楓子的には普通にやって遥か彼方でクレーターだからな。そもそも弓って作りや材質なんかで強さが決まるはずだから、手加減も何もないはずなんだよ」
「って事は、上空と言っても割と至近距離でアレが炸裂するわけ?」
「そう」
「止めなさいよ!」
「だって他に水中への効果的な攻撃手段が無いじゃないか」
「う……」
千絵は少し考えたが、自分のどの魔法も水中で効果を発揮するかを考えると自身が無いようだった。
水面にフルパワーでサンバーストでもやれば水中でも効果はあるだろうけど、同時に爆風で町もタコも吹っ飛ぶと思う。
水中で発動できるならもっと規模が少なくて済むかもしれないが、魔法の特性的に完成する前に水蒸気爆発でも起こしそうだ。
「いーくーよー!」
上空から楓子の声が降ってくる。
千絵は両手を前に伸ばしイメージを固めているらしい。
「いーぞー!」
米粒サイズに見える楓子が水面とほぼ平行の状態で止まった。
そして袋から弓と矢を出して番える。
普段地面に垂直に立ってやると言うのに、よくもまぁ水平状態で出来る物だ。
弦を引き、引き切った所で止まる。
後は楓子のタイミング次第だ。
とは言え明確な狙いがあるわけでも――いや狙ってるなアレは。
どれに狙いを定めているのか魔力探知で見ると、クジラくらいでかいのが水中を泳いでいる。
確かに標的としては大きいし狙いやすい。
「来るぞ」
そう言った瞬間千絵はシールドをフルパワーで展開し、楓子は矢を放った。
矢は一瞬で音速を超えて『ドンッ』と言う音が津波と共に襲ってきた。
矢は勢いだけで海水を円形に吹き飛ばし、その下に居た魔獣を引きちぎり海底に大きなクレーターを作った。
後に立った水柱は百メートルは上がっただろう。
そして、その衝撃は衝撃波となって周囲を襲う。
今いる場所から町と反対方向に広がる大海原に衝撃波が走って,
後から細かい波紋が広がった。
打ちあがった水は大瀑布かと言わんばかりに海へ帰ってゆく。
そしてこちら側にも衝撃と共に大きな波が発生していた。
それは矢が海面に開けた大穴や、海底に突き刺さった事による衝撃が合わさって出来た物だろう。
千絵の展開するシールドはやはり楓子には及ばないようで、波自体は殆ど抑えたように見えたのだが海中で効果が半分以下になっていたようでタコに波が襲い掛かる。
多分シールドで抑えきれなかった衝撃波も波の発生を助長させているのだと思う。
タコは一体何事だと足を水面に出してうねうねとしており、とりあえず近くにいた俺達を敵と定めたようで足を延ばしてきた。
しかし、今現在このタコを倒すつもりは無いので、俺達は距離を取る。
ようやく海面が落ち着いて来て、水面には先ほど粉砕した大型の魔獣と衝撃で半数は絶命、半数は気絶している魔獣が浮いて来ていた。
千絵と楓子は見分けがつかないと言っていたが、魔力の流れがある魔獣は気絶しているだけだし止まっている魔獣は死んでいる。
気絶してる奴は暴れると面倒なので放っておくとして、衝撃で絶命した魔獣を選んで千絵がバインドと言う魔力で縛り付ける魔法を使って一纏めにすると、それを浮かせた。
当初はシャルが世界樹で貰った特性の袋を使う予定だったが、この程度の運搬だけなら問題無く出来るので結局使わない方向になった。
にしても衝撃波だけで十五体近く倒すなんて恐ろしいな。
幸いにも海底が思った以上に深かった事で大分威力が削がれたようで、思っていたほど大きな波は発生しなかった。
一通り終わった頃には気絶していた魔獣が気付き、こちらを見上げるも魔力量の大きな差を感じたのか大人しく水中に帰って行った。
まとめられた魔獣の所に行って観察してみると、やはり基本は魚なのだ。
その大きさはクロマグロなんて目じゃないサイズで、大型のサメよりも大きい。
粉砕してしまった魔獣の頭と尾の部分を見ると、大きさはクジラサイズだったが見た目はアジっぽい。
だが、やはり魔獣なのだろうと思う部分もある。
それはヒレが異常な発達をしていたり、ギャグマンガの某南国少年の手足の生えた魚類みたいに明らかに手足だろと言える部位を持つ魔獣もいた。
幸いにも人間のソレじゃなく、魚人風と言うか分厚いうろこに覆われた物だったので、それを見た瞬間にそこまで大きな拒絶反応は起きなかった。
「よっし、帰るか」
「なんかあのタコ怒ってるけどいいの?」
「それでもこっちに近づいて来ないんだよなぁ、なんでだろう」
「ねぇ、智也君。あのタコさんの足元、何か感じない?」
楓子が水中を凝視しながら言うので、まさかと思って魔力感知を強化、魔力捜査に切り替えて海底を探る。
すると理由が分かった。
細くはあるが地脈が海中を通っているのだ。
その地脈の元は遥か東の海の先だが、その末端辺りが何かで海底から露出していて、そこに偶々いたタコが魔力を吸ってどんどん巨大かしてしまったのだろう。
元々魔獣だったのか魔獣化したのかしらないが、流石にあのサイズになると普通のタコでは無いだろう。
あそこまで巨大化してしまうと魔獣である以上、体の維持の為にある程度魔力が必要になるはずだ。
だから奴はあそこから動けず、あそこで餌を取って食いつないでいるのだろう。
だとすると、申し訳ないがいるだけ邪魔と言う事になる。
「どっか引っ越し願えないなら倒す事になるのかもな」
「悪さをしてないならちょっとかわいそうだけど、海でしか生きられないのよね」
「こう、どっか沖の海中を掘って地脈を出して引っ越してもらうとか」
楓子はそう言うが、ちょっとシャルと相談しよう。
恐らく出来なくは無いと思う。
地脈の感知は出来るから沖合の地脈を探せるし、ちょっと海底を引っぺがせば露出するはずだ。
このタコも特に地脈を傷つけたりしているわけでも無いようだし。
後は千絵と楓子二人掛かりでタコをフライの魔法で浮かせて運べばいい。
「とりあえず戻ろう。町は大丈夫だったかな」
「す、少し漏らしたけど大丈夫でしょ?」
千絵の目が泳いでいた。
元から駄目だと思っていたと言ったら失礼だが、そもそも広範囲過ぎて楓子がやっていたとしても大変だったはずだ。
だから気にする必要も無いんだけどなぁ。
あの主の背後で行われている事は見えないが、その主よりも高くに水柱が上がって町の家々が一瞬で崩れるんじゃないかと言う衝撃波に襲われた。
幸いにも一瞬の出来事だったので大事は無いようだが、一体何をしたと言うのか。
屋敷から外出の準備を整え、客人として迎えているオベルティ家の面々も連れて町へ降りて来たのがついさっき。
到着してすぐにトモヤ様は奥方様を二人連れて主の方へ飛び去ってしまった。
海岸線では漁協の人間が退避を促しているが、元々観光目的に来た人間が多いこの町ではすぐさま言う事を聞いて指示通りに動く人は少ない。
旅行による気の高ぶりもあるのだろう。
そして私達貴族が海岸線で見ている事も要因の一つなのかもしれない。
ここに居ても大丈夫だろうと軽く考えているのだ。
正直な所、噂でしかトモヤ様の事を知らない。
魔王と話せる。
勇者二人とエルフの王女とドワーフの王女を娶った。
遊び人。
その程度の知識で、しかし遊び人と言うにはしっかりしていて、貴族然としているわけでは無いがしっかりして見える。
そんな彼が一体どれほどの物なのか、むしろそれこそが見たくてここまで来たのだ。
「シエル、来る」
「オッケー、トラ子は大人しくしてなよー」
「ままー、耳いたーい」
「衝撃波のせいかな? 大丈夫だよー」
遥か彼方から波が押し寄せて来た。
その波は次第に高さを増し、岸壁によって狭まり更に高さを増してこちらに来る。
次第に勢いが落ちて波が潰れかけているが、この海岸に到達する事だろう。
砂浜から海岸線の道までは百メートル弱、元々斜面となってる土地だし、過去の台風による高波被害を教訓に一番低い所にある建物は他よりも床を上げて作られている。
なのでアレくらいの津波ならば大きな被害にはならないだろう。
ここにいては自分が波に飲まれる危険性はあるが、まだ到達まで時間はある。
「ねえシャルー、魔獣混じってる?」
「いる」
「よーっし、お仕事だよー」
エルフの子とドワーフの恐らく王女であろう少女。
新婚旅行との事だったが、エルフの王女の姿は見当たらない。
一人エルフの女性はいるが金髪で、エルフの王女は銀髪だと言うから別人だろう。
波は何度か崩れて勢いを少し落としながらも砂を巻き込み黒い濁流となって迫ってくる。
だが、思いのほか勢いが落ちて道までは来ないように見える。
まぁ思い込みで被害を受けるのも馬鹿らしいので少し下がろう。
「シャルはどれくらい抑えられるの?」
「フウコみたいのは期待しないで」
「後でチエにお説教だねー」
「ネチネチ言ってやる」
黒い濁流が到達した。
だが、やはり思いのほか勢いが削がれていて道の手前までしか来ない。
一応船を道まで退避させておいてよかった。
やらなければ海に持って行かれていただろう。
一応エルフの少女がシールドで波の行手を阻んでくれているようだったが、正直そこまで効果があるとも思えなかった。
と、ドワーフの王女が日に当たって黄金に輝く剣を振りかざす。
一体何をしようとしているのかと思ったら、濁流の中から何かが飛び出して一直線に向かってきた。
それは人間なんか簡単に口に収められるサイズの魔獣で、完全に飲み込もうとしている。
「逃げっ」
「でぇぇぇいっ!」
スパーンッと。
綺麗な物だった。
刀身は普通のロングソードくらいしかないのに、長さにして漁船以上は有りそうな魔獣を真っ二つに切り裂いて見せたのだ。
彼女たちの足元には濁流が到達しているのに、特に足を取られる事も無い。
よく見るとうっすら光って見えるので何らかの防御魔法が働いているようだ。
とっさに声が出てしまったが、彼女達には大きなお世話なのかもしれない。
「まだいる」
「よっしゃー!」
もう一匹飛び出してきた。
しかし、そいつは横から飛んできた何かに殴りつけられて浜辺に三分の一程埋まってしまった。
「うにゃっ、うにゃっ」
「そう言えばこの子、魔法は未知数だけど能力だけは高い」
「トラ子凄いねー」
「問題は倒すよりもじゃれてるだけな所」
横から殴りつけたのは幼女といって差しさわり無い女の子だった。
先ほどトモヤ様一行の中にいて静かにしていたのを覚えている。
その子が素手で魔獣を殴り飛ばし、もがいて砂浜から出て来た魔獣を更に引っぱたき、まるで猫が獲物で遊んでいるかの光景を繰り広げる。
やがて魔獣は陸に上がった事もあって絶命したようだ。
「後は?」
「こっちに来そうなのはもういない。沖に戻って行った」
「そっかー、もうこの二匹だけで十分じゃない?」
「本来はこれはオマケ。本命はトモヤ達が持って帰ってくる」
「うーん、調理しきれる数にしておいてくれるかなぁ」
我々からすれば一大事だ。
魔獣が浜辺で人を襲ったのだから。
それなのに、この三人は何事も無く対応して見せた。
特に目立ったのはドワーフ少女の一刀両断で観衆も驚いていたが、私が脅威だったのはエルフの少女だ。
魔獣が来ようが微動だにせず、しっかりと観察して防御魔法だけではなく各種補助魔法も使っているようだった。
先ほども転移門を安易に使っていたし、あれは相当な使い手だろう。
押し寄せた濁流は砂浜を荒らして海へ戻って行った。
これで今回の見世物は終わりだろうか。
「おーい、大漁なんだけどどうしようかー」
そこにトモヤ様達が戻ってきたが、空中には魔獣の束があった。
これは一大事だ。
何なら、さっき彼女たちが言っていたように、一刀両断にされた魔獣と殴り倒された魔獣の二体がいれば事足りる。
そこに来て恐らく十体以上の魔獣を獲って来たのだ。
「ホーク」
「なんですかクリスティアーノ様」
後ろでぼーっと見ていたホークに声を掛けると、少し考える。
「飲食店を営む者を全員集めるのだ。今日はアレの試食を兼ねた祭りだ」
「まぁ確かに住民や観光客全員で当たらないと食べきれなそうですがね、いやそれでも多い」
「今後の漁やギルド誘致に於ける重大な案件だ。上手く行けばいいのだがな」
「その場合主がネックですが」
「何、その時はこの首を掛けて『責任を取って何とかしてくれ』と掛け合おう」
「それにしても、あのあんちゃん一体何なんですかねぇ」
「知らないのか。次期国王のトモヤ様だぞ。実際の権力はまだ無いが、王女と共にそれは良く働いていると言う。我々なんざ吹けば飛ぶから覚えておくんだな」
「へ、へぇ……。無礼は謝って許してくれそうですかね……?」
「人はいいと思う。それに言うほど無礼はしていないだろう?」
「次の王様に向かってあんちゃんって呼ぶ程度ですがね……」
「うむ、来世で会おう」
「ちょ、クリスティアーノ様、見捨てないでくださいよ」
「冗談だ。まぁ大丈夫だろう」
上手く行けば王都、いや王室との繋がりが持てる。
しかし望み過ぎは身の破滅を呼ぶ。
さて、一体どうした事か。
ヤバい、いよいよ寄り道が世界樹観光より文章量で勝って来た。




