寄り道
翌日、俺達はお義母さんを連れて王国の東のマーレンと言う町に来ていた。
今日一日くらいなら余裕がある事と、ちょっと話したらすぐにここの話題が出て、じゃー行くかとあっさり決まってしまったのだ。
「で、何で俺が拉致られてんのか説明しろ」
昨日シャルがやられていたみたいに、今度は俺がおやっさんにアイアンクローを食らうハメに。
「いやほら海の幸ですよ、となればやっぱりおやっさん気になるでしょう?」
「まぁその通りだ。俺も一回連れてきて貰ったが、ここはいい所だ」
そう言ってシャルを見る。
おやっさんはあの時あの現場から去っていたが、色々面倒なので後で伝えておいた。
それを聞いて驚いた後、『じゃあ偶に店に来ていた女はお前か』となり、何故か怒られていた。
どうやらこの世界の人でも。元の世界の料理を好んでくれる人がいると少し喜んでいたらしい。
勿論他にもチラホラと客はいるらしいけど。
「まさか惚れて無いですよね」
「馬鹿を言うな。俺は巨乳派だ」
「あー、うん、俺は何も言いません」
この場では確実に無い側であるシャルが大層ご立腹だが、騙していた過去があった手前強くは言えないようだ。
「で、こちらがシャルのお母さんであるセシールさん。この巨体がおやっさん」
「おい俺の名前」
言えない。
これだけは言えない。
いまだに本名を知らないだなんて。
だっておやっさんってずっと呼んじゃってたし、シャルも俺の影響か名前を呼ばないし。
「よろしくお願いしますね、おやっさん」
「は、はぁ……。もういいや……」
そう言いながらセシールさんの胸元がっつり見てるんだからなぁ。
「で、シエルの嬢ちゃんにぶら下がってるちっこいのは?」
シエルに肩車をしてる状態で背中側にぶらーんとぶら下がってるトラ子だ。
「えーっと、おいでー、ほら抱っこ、小さくなってな」
「わーい」
アクロバティックにぶら下がってる状態から、シエルの腰を掴んで足を外してぐるっと着地した。
そしてこっちにダッシュしてきて、ぴょーんとジャンプしながら小さくなってシュルっと服が脱げた。
こうして俺の腕の中に納まるのはトラ子である。
満足げにゴロゴロと喉を鳴らしながら顔を俺の胸にこすりつけている。
「と言うわけでトラ子です」
「おー……は?」
ですよねー。
「トラ子って魔力を吸い過ぎて死にかけただか死んだって話じゃ」
「戻った時にマリーネに会えなかったんで伝えられなかったんですけど、色々あって魔人化しまして……」
「なんつーか、本当にお前は色々抱え込むよなぁ」
「よーしトラ子、元に戻って服を着てくれ」
「にゃ」
人の腕の中でゴロゴロ言ってたトラ子は顔を上げて小さく鳴いたが、どうやら不満らしい。
再びゴロゴロと喉を鳴らしてこれでもかと顔を摺り寄せて来る。
そう言えば肩にぶら下げたりはあったけど、殆ど人型でいたからこうして抱っこしていなかった。
仕方ないので頭を撫でると抱え直した。
「それでどうするんだ。拉致られたから俺は何も聞いてないんだが」
「実は俺達も昨日急に思い立ったので、特に何の下調べもしてないんですよねー」
「――なるほど」
そう、俺はおやっさんがこの町に一度は来てる事を聞いていた。
って事は、何となくでも知っているはずだ。
「とは言っても俺もそんなに観光をしたわけじゃない、何ならそこのシャルの方が俺より詳しくないか?」
「私もそんなに知らない。それにこの町はここ数年で一気に近代化して綺麗になった」
「って事は俺と大して変わらん」
「元々ここに来るならおやっさんを誘おうと思っていたんで、案内云々は二の次なんですけどね」
「まーそう言う事なら、喜んで新婚旅行の邪魔をしよう。正直王都から離れてて次来れるのはいつになるやと思ってたからな」
トラ子の腹の下に手を入れてモコモコしながら頭を撫でていたのだが、人型になれるのを考えると一種の変態行為じゃなかろうかと思って少し固まった。
うーん、でもトラ子はご満悦だしなぁ。
尻尾がうねうねとご機嫌で、長さを利用して人の顔をくすぐってくる。
あんまり酷いと降ろせ――ないなぁ、魔人化の余波でトラ子の扱いがちょっと変わってきてしまった。
「んで、とりあえずどこ行けばいいと思いますか?」
「港だろう。この時間なら帰りの遅い船がまだのはずだ」
「えーっと、料理人ベースのルートじゃなくてもいいんですけど」
「この町の観光資源は結局は海だ。海産物を食べて海辺を散歩したり浅瀬で遊んだりな」
「海は魔物がいるって聞きますけど」
「大型の魔獣が多いから沖は危ないが、奴等は昼間活動するらしい。どうも日の光を感知して動き出すとかでな。だから漁は明け方前から出て日の出には終えて浅い所まで戻ってくるみたいだ」
「海の魔獣って事は海洋生物が元っぽいし、食べられるのかなぁ」
「それは俺も考えたけどな、倒す事すら無理だし持って帰ってくるのも大きな船が必要だ」
「倒して持って帰る……」
千絵と楓子、そしてシャルの持つ袋に目が行った。
「それをクリアー出来る人材とアイテムがあるんですが」
「俺もそれを何となく考えた。いやアイテムは知らんが」
「ま、まぁあんまり考えないようにしましょう。場合によってはおかしな事になりそうですし」
仮に勇者が海の魔獣討伐をしました、それが美味でしたとなったら大騒ぎになる。
まず、大型である海の魔獣を倒せるのは恐らく千絵と楓子ともしかしたらシエルだが、シエルは近距離攻撃が主体なので海中では不利だし、相手が巨大である分頑丈なはずなので、どの程度攻撃が通じるかは不明だ。
美味となれば貴族がこぞって欲しがるし、そこで千絵と楓子がいなくても冒険者を雇って無理をしかねない。
もしくは色々な手段を使って千絵と楓子に討伐依頼をしてくる可能性もあるが、これは恐らく何らかの危険を侵して魔獣を町に引き込むくらいしないと難しい。
と言うのもエルフの王家の分家扱いになってる俺の嫁だ。前ならともかく今は滅多な事じゃ動けない。
馬鹿らしい予想だとは思うが、貴族の道楽と言う物は一般市民の事なんて考えないので、その程度やらかす貴族は普通にいる。
王都い居る貴族はそこまでの事をしないが、こう行った王都から離れた町に居る貴族は素行不良が多いらしい。
なので王都では考えられないような不正が横行している事もあるらしいが、果たしてこの町がそう言った裏で何かある場所かはわからない。
「それなりの労力を払って毒の塊だったって事もありえるしな」
「そうそう。じゃあとりあえず港に行くって事で――」
しばらくおやっさんと話していたせいか、嫁四人はセシールさんと付近の店を見て回っていた。
観光地化してる事で観光客向けの店が何店舗かあるのだが、主に貝殻を加工した物とか海岸の砂を詰めた瓶だとか、どことなく見覚えのある商品が並んでいた。
にしても流石異世界、貝殻がヴィーナスの誕生に描かれているようなデカいサイズの物まである。
と言うかほぼ見たまんまそれっぽいのだが、確かアレってホタテ貝の仲間がモデルだった気がするので、これもホタテの仲間と言う事だろうか。
このホタテっぽいのだけでは無く、元の世界の動植物と比べても意外と類似性は見受けられるのだ。
それは牛や馬の体に違う頭が付いたような家畜だったり、この間のお茶だって品種としては殆ど同じ物のようだし。
環境が割と似ている事で同じような動植物が存在すると言われればそれまでだが、人間を送り込んでいるのだから動植物も送り込んでいたって不思議では無い。
うーん、でもこのサイズのホタテってどうなんだろう。
まぁまだ貝殻を見かけただけなので、その辺りは追々考えよう。
「おーい、行くぞー」
声を掛けるとみんな戻って来た。
それを察知してトラ子が『うなー?』とどこか疑問形で鳴くが、降りる気は無いらしい。
「ところで智也、セシールさんってつまり陛下の奥さんって事だろ?」
「そうですけど」
「うーむ……残念だ」
いやおやっさん、あんたそう言った話を聞いた事無かったけど、いきなり何言い出すんですか。
一同ぞろぞろと港へ向かって歩いた。
このマーレンと言う町は王都から馬で十日ほどかかる場所にあるらしい。
丁度コボルトの集落の反対側くらいの位置と距離感のようだ。
町の王都側には小高い山脈があり、その合間を街道が通っている。
そう言った作りの為にマーレンの町は海側へ傾斜している土地で風当たりも強く、特に鉄製品はすぐに錆びてしまうので基本的に建物は石で作られていた。
元々王国としても鉄製品が多くは無いが、それでも王都の街灯は鉄製だし窓枠も鉄製で、他にも探せばそれなりにあるものだ。
マーレンの場合は、街灯は道の脇に立つ家の壁に吊るされているし、窓もブロックに埋め込まれている。
風が強い事や海が近く海岸の砂が飛んでくる事もあって、町の上の方でも吹き溜まりには砂が溜まっていた。
だからなのか家の作りも防砂を考えて王都とは作りが違うようだった。
例えば家の入り口の地面がフラットじゃなく一段や二段上がっていたり。
窓が高い位置についていたり。
で、海のある町だからだろうか、猫がチラホラと居るのである。
「ねこー、ねこー」
楓子が壊れた。
「ペットに向かないって話だろ?」
「ここの猫は野良。元々野生の猫が餌欲しさに集まってるだけで、誰かに飼われているわけじゃない」
「それでこんなにいるのか」
歩いていたら、どこからか集まって来ていつの間にか後ろをぞろぞろと付いてくるのだ。
一体何なんだこれは。
「にゃ」
小さく鳴いて体を動かす。
降りたいようなので降ろすと、俺の袋を見ていた。
さっき回収しておいた服を引っ張り出してトラ子に被せると人型になる。
「ぱぱー、あの子達お腹空いたって」
「……俺達ってそんな美味そうな匂いするのか?」
「ついて来てるのは私をボスだと思ってるからだとおもうー」
あっけらかんと言いうが、魔王猫とするとある種のボス猫扱いを受けても自然な気がしなくも無いのか。
いやでもボス猫って。
「餌は無いから散るように言いなさい」
「はーい。んにゃー」
んにゃーって、幼女が口で言ってるだけなのに猫には通じているらしく、くっついて来ていた猫達は散って行った。
そして残るのは拗ねた顔をした楓子だ。
「智也君、私まだ触ってない」
「触れそうだったのか?」
「……智也君いじわるだよ……」
やっぱり猫には嫌われるようだ。
「ままー、目が怖いけど嫌いじゃないよー」
「とらこー」
好きとも言われてないのに感動してトラ子の頭を撫でに来た。
でも俺達からすれば楓子ほど穏やかな子はいないと思うし、その目も怖さなんて一切感じない。
それでもトラ子からすると、捕食者の目と言うか天敵の目のように見えるらしい。
猫の目を見ると警戒されると言うし、そう言う部分もあるんじゃないかなとは思うのだが、楓子が猫に好かれる日が来るかのかどうか。
「トモヤー、港に行くって行ってたけど何か美味しいものあるのー?」
シエルは既に腹が減っているらしいが、俺は知らない。
「おう、食堂なんかはあったはずだ。それと、この町のどこかに俺の生徒が店を出してるはずなんだ」
「生徒って形なんですか?」
「形式上そう呼んでるだけだな。弟子と言うには重いし期間も短すぎるし、何なら一般的な調理法なんかを教えただけに過ぎないからな」
「おなかすいたよー」
「まだ午前中も早い時間だぞ……?」
「あのねおやっさん。私はいつでもご飯を一杯食べられる体してるから、覚えておいてねっ」
「与えすぎるといずれ太りそうなんで、勝手に餌はやらないでください」
「トモヤ酷い。餌って」
「古来より食事は控えめにしておいた方が体にいいとされていてだな」
「私も刺身で食べたい」
「シャルまでもか……」
流通の関係上、王都では転移門を使いでもしないと刺身で食べられる鮮度では仕入れられない。
そのせいで王国でもこの町でしか食べられないらしく、貴族の間でも珍味として一部では人気があるらしい。
その一部以外の大多数はゲテモノ扱いしているらしいが、生食に関しては日本文化と言ってもいいので、西洋的な食生活を送ってる人達には仕方ないと思う。
「丁度いいから後で智也にも捌き方を教えてやるよ」
「いいんですか? そんな事言ってるとシャルに頼んで定期的に魚仕入れちゃいますよ?」
「むしろそれ目当てだ」
「任せて」
それならばと乗り気のシャルである。
とは言え普段から忙しくしているので、これまでも食べたいとは思っていたようだが中々買いには来れないし、目利きが出来るわけでも無いので実現しなかったらしい。
でも、今ならおやっさんが王城勤めになったので、朝から拉致って仕入れに行けばいいだけだ。
問題はシャル本人が起きれるかどうかである。
むしろその一点だけが問題だったと思う。
一行は三十分くらいかけて港まで下って行くと、そこは正に海だった。
いや勿論上から見ていた時から大海原を前にテンション上がっていたけど、ここまで近づくと磯の匂いと言うか磯臭いくらいで、いかにも海に来たーと言う気分になる。
ざざーん、と波の音もするし。
港は石を敷き詰めて土台にした上に漁港のような建物があった。
船は浜に丸太を敷いて打ち上げてあるが、その船も木造の長さ五メートル程度の物が二十ほどしかない。
それが多いのか少ないのかわからないが、船のサイズからすると滅茶苦茶多くの魚が水揚げされると言うわけでも無さそうだった。
「ほら、今あそこで降ろしてるだろ」
おやっさんの視線の先を見ると、建物の海側には船が着けられるようになっていて、そこで木箱に魚を放り投げてる所だった。
船に直置きで積んできているようで、思いのほか漁獲量が多くも思える。
「で、その周りで見てるのが観光に来てる貴族だ」
なんか偉そうにふんぞり返ってるのが十人くらいいた。
その人達は魚を箱に放り投げる際に飛んだ飛沫が気に食わないようで、魚が飛んでくる度に何か騒いでいる。
それでも動じない漁船の人つええ。
女性陣は、と言うか特にシエルとセシールさんは磯臭さが気持ち悪いようで顔を顰めている。
我々日本人も港町で生まれ育ったわけでは無いが、海とはそう言う物と言う知識はあるので気持ち悪さが一切無いわけでは無いが嫌がる程でも無かった。
おやっさん先導の元に俺達も漁港の中へと進む。
特に予約とかしてないけど大丈夫かなー? なんて思うのは元の世界の慣例に慣れ過ぎているのだろうか。
「おーい、俺達もいいかー?」
「誰だお前達は。今は我等スズウキ家に連なるオベルティ家が見ている最中だ。遠慮してもらおう」
聞いた事無いのは俺が無知すぎるからかなとシャルを見ると首を振っていた。
その突っかかって来た貴族は如何にも見栄えを気にするタイプらしく、恐らく一家なのだと思うが男性陣は子供までビシッとスーツを着ているし、女性陣も奥さんっぽいのから末っ子まで街中を歩くにしても豪華なドレスを着ていた。
辛うじてパーティー用にスカート盛りまくりじゃないのが救いか。
「オベルティ家はスズウキ家を本流とする末端の家の確か男爵か子爵家。この町で領主をやってるサルヴァドール伯爵家の従弟か何かだったはず」
「お前小さいのに詳しいな。知っての通り我等貴族、貴様等――」
そこでようやく文句を付けて来た貴族は俺達をちゃんと見て、顔までは知らないにしても質のいい服を着ている事で只者じゃないとは感じたようだ。
そこに来ていかにもエルフなセシールさんを見、今小さいと言ったばかりのシャルを見、これは分が悪いと頭を下げた。
「エルフ様と気づかず無礼を働き、誠に申し訳ありません」
「ん、エルフ様云々もだけど、これ王女と結婚した次期国王のトモヤ。覚えておくといい」
「次期国王――」
なんでこんなところにお忍びで、と言うのが表情で読み取れる程わかりやすかった。
そりゃ普通、予定が入っているなら前もって領主に伝えておくものだ。
今回はさっきシャルが言ったサルヴァドール家にか。
この町は観光地で収益も大きいせいか、スズウキ家管轄の中でもサルヴァドール家が直接管理している町と言う事らしい。
「いや別に特に何かされる必要も無いんで、今まで通り見学していてもらえれば。それで、我々も見学していいですか?」
と、オベルティ家の先に居る漁港の人に問いかけた。
「うるさくしないならな」
迷惑そうにそう言うので、恐らくオベルティ家の面々はうるさかったのだろう。
遠目にも何やら騒いでたように見えたし。
「なんだその言い草は。そこの船主がこちらに飛沫を飛ばすから行けないのだろう」
「近くで見ていて何を言っているんだい、男爵様よ」
どうやらオベルティ家は男爵家らしい。
爵位持ちの時点で一定以上の地位はあるが、どうやらよっぽど文句を言ってたようで漁港の人も馬鹿にした目で見ている。
「楓子、この人達にもシールドを」
「うん」
そう言って十人程居るオベルティ家の面々にシールドを張る。
「これで飛沫が飛んでも服には付きませんから」
「おお、ありがとうございます」
「兄ちゃんたち凄いな、お偉いさんなんだって?」
漁港の人は話をちゃんと聞いてなかったようで、こっちの正体については耳に入って居なかったらしい。
それならそれで別に構わないので、適当にはぐらかした。
「まぁそこそこ。この人が料理人なんですけど、どこか美味しい魚が食べられる所ってありますか?」
「食べるだけならそこら辺の店に行けばあるよ。でもそうだな、料理人とくればまともな店の方がいいだろう。あっちに見える赤レンガ作りの店わかるかい、あそこが王都で修行したって噂の店だからそこに行ってみればいい」
おやっさん的には生徒でも向こうは弟子のつもりかもしれないな。
何となく料理人って付けてしまったけど結果として大当たりを引いたようだ。
「ちなみに買うだけなら何時くらいからやってますか?」
「八時には一通り船が帰ってるから買えるよ。あいつみたいに好き好んで遠くに行く場合は最長で昼前になったりするが、いつか死んじまうからな」
そう言いながら魚を下している船主に言うと、その人はつまらなそうな顔をする。
「そうは言ったって漁場が狭いのがいけねえ。あいつさえいなければもう少し遠くまで行けるのに」
「どうせ多く取ったって売り切れないんだ。程々でいいだろうに」
「俺はな、魔獣じゃないちゃんとした魚で一番でかいのを獲りたいんだ」
あいつさえ、と言うのは恐らく海の魔獣だろう。
「厄介な魔獣でもいるんですか?」
「いやね、別にこいつの言う事なんざ聞く事は無いんだが、港から出てしばらく行った所に、俺達を沖に行かせてくれねえでっけーのがいるんだわ。湾の主って呼ばれているんだが、そいつさえいなければもっと先に行けるって言う奴はいるが、逆にそいつのおかげでほかの魔獣が湾に入ってこないって奴もいる。現状生活には困ってないから放っておけばいいって事だ」
害しか無いのなら排除する可能性もあったが、逆に守り神的な見方もあるのならそっとしておいた方がいいだろう。
「なぁシャル、その辺りどうなんだ」
「大型の魔獣のせいで小型の魔獣が近寄らない事はある。魔獣は縄張り意識が強いのも多いから」
「でも魔獣ってそれなりに大きいから、水深の浅い所には来ないんだろ?」
「そうとも限らない。それなら浜辺にクジラが打ち上げられる事も無い」
それは好き好んで浜辺に近寄ってしまった例では無い気もする。
だが来れなくはないと言う点においては納得も出来た。
「じゃあ放っておいた方がいいな」
「うん」
「ちなみにどんな奴なんですか?」
「ああ、タコの魔獣だよ。水面から出てる分はそんなじゃないが、多分高さで五十メートルはあるんじゃないかな」
「……」
「そう言えばそんな報告を聞いた記憶ある。実質無害らしいって書いてあった」
「それなら忘れてても仕方ないかもだけど、五十メートルか……」
スケールデカすぎませんかね。
タコの生態なんかは知らないけど、仮に魔獣が人を襲うつもりで湾に入って来よう物なら捕獲して餌となるだろうし、待ち伏せに丁度いいとかなのかもしれない。
そんなでっかいのを倒しても処理に長い時間が掛かって腐ってゴミになるだけだし、特に問題無いなら放置一択だ。
そう言った話をしてる横で船主は魚を降ろし終わって船を離した。
どうにかする云々の話に関しては、『何言ってんだこいつらは』程度に思っていたようである。
「じゃあ俺達はあの店に行ってみます」
「おう、買い付けに来るなら漁協のホークを呼んでくれ」
「ホークさんですね」
どうやらこの漁港の人はホークと言う名で、漁協と言うからには組合みたいな物もあるようだ。
と言うのも漁協と言うのは漁業協同組合の事なので、漁師が獲って来た魚を漁港に集め、漁協の人達が売ると言うスタイルなのだと思う。
魚の木箱を見ると大体が黒系に白が入る魚や青魚系、もしくは日本じゃ見られない赤や黄色の色鮮やかな魚もいた。
だがパっと見た感じ深海魚系の目が大きいとかグロい見た目のがいないので、浅い所に居る魚を獲っている感じだ。
さっきの船には網が積んであったので、投網漁とかその辺りだろうか。
「食事に行くとの事ですが、我々も同席してよろしいでしょうか」
オベルティ家の当主らしいオジサンが聞いて来るが、少し考えて断った。
「一応新婚旅行の流れで寄り道したので、身内だけにしてもらいたいんです」
「わかりました。何かありましたらオベルティ家、もしくは領主のサルヴァドール家にご一報ください。我々はサルヴァドール家にしばらくの間滞在しておりますゆえに」
「自分達も今日一杯で王都に戻るので多分何事も無いと思いますが、何かあれば頼らせてもらいます」
そう言うと満足そうに頷いて引いてくれた。
ここで『いや別にいいです』と言えないのが立場上面倒な所である。
とは言え貴族社会なので、こう言った出会いで将来何かあるかもしれないから馬鹿にも出来ないのだが、逆に『あの時マーレンでお会いしたのですが』みたいに王都で尋ねられても面倒だ。
まぁ男爵家ともなればそんな事はしないと思うけど。




