世界樹観光 その3
その後は予定通りしばらく散策を続けた。
世界樹の中は、つまり各省庁が集まる合同庁舎のような物で、世界樹の根が地上に出てる部分である居住エリアを管理していると言う。
市役所みたいな部署もあれば警察組織のような物もあり、アレクサンドルをトップとしたエルフの政治を行う執行部なんかがあると言う。
他にも居住エリア外の外縁部の管理も多少なりやっているようなのだが、エルフとしては外縁部になると世界樹の魔力の恩恵が減るので基本的に出ないようだ。
『そんな役所を見てもしょうがない』と言うのはシャルの言葉で、俺達は世界樹の様々な洞を見て回った。
その中に、部署としては管理部ではあるが、研究室と同じように管理されてないらしい雑多な作業をやる雑務と言う部屋に訪れた。
研究室は主に世界樹とそれに付随する物全般を研究する場所らしいのだが、実質クロエを筆頭にした変人の集まりらしい。
今日は昼休みだったのかクロエだけだったが、普段は他に三人程いて樹皮を怪しい液体に溶かして変な薬を作ったり、枯葉で堆肥を作って何を育てれば一番ヤバそうなものが出来るか実験したりと変な事ばかりやっているのだとか。
で、この雑務と言う部屋は『課』でも『室』でも無いただの一スペースと言う扱いらしいのだが、そこでは研究室と同じように変人が集っていた。
「リゼット。道具袋の改良は?」
扉を開けて中に誰がいるか確認もせず言うのだ。
「びっ……っくりしたなーもー……」
そんなビックリするような事だったのかは知らないが、本人はよっぽど驚いたようで胸と口を押えて仰け反っていた。
シャルにリゼットと呼ばれた女エルフは、さっきの誰かさんと違って綺麗に切りそろえられたショートカットで、女性としては平均的な身長で、服装も普通だし小綺麗にしている。
「袋? あのドワーフ製とか言うチート品? あんなの同じ素材使わなきゃ無理よ」
だそうだが、とシエルを見ると苦笑していた。
「それを何とかするのが左遷されたリゼットの仕事」
「この子は若いからって何言っても許されると思ってるなー」
むにっと両頬を抓られた。
「こっちは普通の道具袋に世界樹の樹液を染み込ませたり、世界樹の枯れ枝から繊維を取って袋にしてみたり色々やったわよ。でもね、魔力の通り道である根の皮を鞣して袋にするとか、世界樹に対する冒涜よ冒涜。地脈をなんだと思ってるのかしら」
だそうだが、と再びシエルを見ると目を逸らされた。
「で、改良品は」
「仕方ないから、サンプル用だった風で折れて落ちてきた生きてる部分をかっぱらって来て、中身の樹皮の内側の薄皮で作ってみたわよ」
「すぐ破けそう」
「そこは魔法で解決」
「ん」
早く、とシャルが急かす。
リゼットは棚の上に無造作に置いてある箱を下ろし、その中から一つの道具袋を取り出した。
「口より大きな物は入らない。でも内容量は莫大で計測出来なかったわ」
「でかした」
「でも大きいのが入る袋が欲しかったんでしょう? と言っても未だにどう言う原理で吸い込んでるかわからないのよね。吸引の魔法を刻んでみたけどアイテムの形状が変わらない以上突っかかるだけだし」
「そこは転移門の魔法を応用する」
どうやらベスターやフローラさんがクリスタルで使っていた極小の転移門を応用するようだ。
考えてみれば袋の中に転移させればいいだけの話だし。
これまでは容量がそれほど大きくなかった事、それによって中が圧迫されると内部で破損する可能性がある事等で、そう言った使い方は実用的では無かったらしい。
「はいはい。こんなもん作ったなんてバレたらまた吊るされるから、さっさと持ってって頂戴」
「貰ってく。ありがとう」
「で、そこの人間とドワーフは?」
「私の旦那とその嫁達」
そう言うとリゼットは無言で俺の前に来て両手で俺の頬を包み込む。
そして右へ左へと動かして観察した。
「ダウト」
そして嘘認定した。
このエルフ社会でシャルが特別だってのはわかった。
そう言えば前にも、特殊な髪色を持つ事でどうたらって言ってた記憶がある。
そこら辺ひっくるめてシャルと言う存在はエルフにとって何か大きな意味があるのかもしれない。
だからと言って、この若さで人間と結婚は流石に無いと思われたようだ。
「本当に」
「だって、これただの人間じゃない。そんなのが――何で世界樹にいて無事なの? この子は猫の亜人の亜種? 新種?」
「旦那は魔力耐性高い。こっちの嫁は勇者だから大丈夫。そっちは猫が魔獣化したら何かの加減で人型になった」
と言うのがトラ子の一般への説明になっている。
「こっちの人間の女の子二人の内包する魔力は凄いけど、ドワーフの子はそうでも無いわね」
「色々あった。でもうまく行ってる」
「あそう、とりあえず本当に結婚したのならおめでとう。永久に爆散しなさい」
「ふふん」
「あっ、このチビッ子むっかつくーっ!」
両手を拳にしてシャルのこめかみを挟み込んだ。
「ちょ、まっ」
「痛みで気絶しなさい」
「ぁっ――――」
さっきのクロエが力加減していたのが良くわかった。
シャルはその可愛らしい幼い顔、と言うか頭を軽く潰されながら拳でぐりぐりとされているのだが、実際頭蓋骨が変形するくらいの力加減なのだ。
一体どんな馬鹿力だと言うのだろう。
これには楓子も驚いてヒールの準備をしたが、その時には既に手が離されていた。
シャルは声にならない絶叫を上げた後に力なく崩れ落ちている。
どうやら生きているし無事ではあるようだが、目には痛みで涙が溜まっている。
「あんた絶対クロエの所にも行って見せびらかしたでしょう」
「け、研究者の結婚出来ない問題を解決しようと――」
「あ?」
「ごめんなさい」
あのシャルが素直に謝った。
「全く、この子こんなだけど、一応才能はあるし馬鹿でも無いから、愛想尽かして捨てないでね」
「も、もちろんです……」
「でもリゼットはまだマシ。毎日外に出るから」
「クロエと一緒にしないで。あんなリビングデッドとか呼ばれてるのと一緒にされるくらいなら、適当に男捕まえて結婚するわ」
「それ言う方が怒る。さっき百年ぶりくらいに外に連れ出したら凄く注目されてた」
「あれでも一応は天才だからね……。真っ当に生きていれば今頃二回くらいは結婚してたろうに」
それが真っ当なエルフの常識が凄い。
ちなみにリビングデッドと言うのは研究室に行かない限り生存してるか不明なので、むしろゾンビ化して部屋の主にでもなってるんじゃないかと言う噂話から来たあだ名だと言う。
エルフである以上、世界樹の濃い魔力を浴びていれば死にはしないと言われているのだから、完全に揶揄されているという事だ。
シェリールモードのシャルが視線を集めているのかと思ったが、クロエの存在も要因の一つだったようだ。
「で、要件はそれだけ?」
「本当はコレ。フウコのこの服作ったのリゼットでしょう」
「ああ、アレってそう着る物だったのね」
「だからそのお礼。ピッタリだって」
「そう言った事は任せなさい。これでもお姉さんはエルフで一番器用なんだから」
「五百歳まであと数年の癖にお姉さんは無、いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい」
「罰として研究材料に髪の毛置いてきなさい」
そう言ってシャルの頭に指を突っ込んで何本かむしり取ったらしい。
リゼットの手には、揺れてキラキラと光るシャルの髪の毛があった。
研究材料って穏やかじゃないが、やはりシャルの髪には何かあるようだ。
「痛い。虐待」
「言ってなさい。そこの貴女、もし手直しとか必要ならそこのおチビさんに言いなさい。やってあげるから」
「あ、はい、ありがとうございます」
「さー邪魔だから帰った帰った」
そう言って追い出されてしまった。
うーん。
エルフの女性って、今の所変な人か激しい人しか見てない気がする。
「うー、痛い。頭蓋骨ミシミシ言ってた」
「年上をからかうんじゃありません」
「いつも小さいってバカにするからお返し。リゼットはアレはアレで天才の一種だけど、好奇心の塊で損してる」
「何で」
「エルフが本当に世界樹にとって必要かなんて考えて調べだすから、エルフ至上主義の連中に目を付けられて左遷された」
それは何というか、やるなら隠せばいいのに。
「実際、魔力耐性の問題でエルフが適任と言えば適任。でも管理しなくても世界樹は朽ちない。だからどっちでもいいが正解」
「まぁある種世界規模のライフラインだから、一応管理する誰かがいた方がいい気はするがー」
「さ、次は上層へ行く」
「いくー」
どうやら話は終わったからいいだろうと、空気を読んでいたトラ子が俺と楓子の手を取る。
そしてそれ以外の面々からの受ける視線よ。
楓子は自分が選ばれた事で感激のあまり、空いてる方の右手で口を押えて目を潤ませていたけど、多分トラ子は俺と誰かって形で届く範囲にあった楓子を選んだんじゃないかなー?
言ったら大顰蹙だろうから口を閉ざすが。
一旦中層のエントランスに戻って来て上層行きの門へ。
上層行き自体は入り口にもあるらしいが、今の猫の姿じゃないトラ子を見られたら何か言われるだろうから中層から行くらしい。
全部終わって下に戻った場合は、そこはゲートの外なのでとやかくは言って来ないだろうとの事だ。
そのトラ子、俺と楓子の手をぶんぶん振っている。
猫だったはずなのに、猫の習性はあるのに、やる事は人間の子供みたいな部分もあるのだ。
何と不思議な奴。
「上層は成層圏と呼ばれる高度になる。そこはオゾン層もあって気温も低い。だから楓子は三十分くらい酸素が持つように大き目で光と音以外をシャットアウトするシールドを全員に使って欲しい」
「この世界にもそんなのがあるんだな」
「太陽があってオゾン層が無かったら凄い事になってる。後は風も強いけど、今は季節の境目だからそれほど強くない」
「季節が関係あるのか」
「夏と冬で偏西風か偏東風かに切り替わる。大きな風台風くらいに強いけど、楓子のシールドがあるから大丈夫」
直風すら弾くシールドって強いよなぁと最近よく思う。
冬でも日差しで暖かいし。
「じゃあ行く」
シャルを先頭に門に入ると、出た先は枝が生い茂って葉が沢山付いていた。
まさに木の上。
何と言うかそう説明するしかない場所に立っていた。
足元は勿論枝なのだが、枝の太さは多少の差はあれど三メートル前後。
その程度の太さなので足元は湾曲しているが、しかし立つ分には不自由も無い。
そこから伸びる細かい枝が、大きくも小さくも無い普通の葉を付ける。
この一部分だけを見れば普通の木だった。
その枝葉の先に見えるのは地平線。
星が球である事がわかる。
その星は青かった。
「この高度まではフライを使っても自力じゃ来れない。ここが宇宙と星の中間」
そう言うシャルだが、正直誰も聞いてないんじゃないかってくらい好奇心を爆発させてあちこち見ている。
こうざっと辺りを見回して気付いたのが、所々に蜘蛛の巣では無いのだが糸が張られていて、強風に煽られても大きくは揺れないのだ。
「あの糸は?」
「ジャイアントワームの糸。自分達が移動しやすいように糸で枝を固定してるけど、そのおかげで世界樹の上層も突風を受けても大きなダメージを受けない」
「って事は居るんだな……」
「いる。あそこ」
そう言ってシャルの指す先を見ると、なんと言おうか、緑と言うには少し暗い、かと言って深緑と言うには少し明るい色をした、某有名なアニメの玉蟲っぽいのがのそのそと動いていた。
模様的にはアゲハ蝶の幼虫を化け物サイズにして短くしたような感じでもある。
結構遠いが何となくサイズ感はわかる。
多分体長五メートル程だ。
……いやまぁなんて言うか、むしろ玉蟲っぽいからこそ受け入れられたと言うか、毛虫風の幼虫だったら悲鳴の一つくらい上げていた可能性もある。
「あれはノーマルな奴。亜種になると小さくなる分、吐く糸も細かくなる」
「でもあれがいるって事は葉っぱも食ってるんだろ?」
「食べない。あの緑色は殆どが葉緑素。たまに染み出る樹液を呑んでて、それで栄養と魔力を補っている」
「じゃあ、飼育する場合もそう言った形で餌をやればいいのか」
「無くても大丈夫。魔力が潤沢で日当たりが良ければ育つ」
それならコボルトの所は勿論、ベスターの所なんかは布の一大産地になりそうだ。
「この星も青い。そして丸い」
「まぁ赤かったりしたら地上にいてもわかりそうだけどな」
「これを見ると頑張れる。私のお気に入り」
そう言うだけあって、ここの風景は言葉では語りつくせない。
上手く枝葉の隙間から地上を見れると、この星はこんなにも美しいんだなと感動する。
宇宙に近いこの場所で枝葉に囲まれた状況と言うのも、非現実感でワクワクする。
そして何より空が、星が近い。
成層圏なんて地球の場合は十キロ弱から五十キロ弱くらいの高度だった気がするけど、似たような星として同じように成層圏があるのなら、世界樹はそれくらい大きい事になる。
何なら宇宙空間に飛び出していると言うのでスケールのデカさにただただ言葉を失うのだ。
うっすら見える大陸の形を見て、そう言えば王都の雑貨屋で見た地球儀っぽいのにもそんな形が描いてあったなと思いだした。
シャルは何かしらの確信を得てアレがある程度信用に足ると思ったようだが、こうやって星を見下ろしていれば見覚えのある地形もあるか。
「ねぇシャルー」
シエルが小さな虫を掴んでいた。
小さなと言っても手づかみ出来るギリギリサイズだけど。
こ奴も虫が平気な民だったか。
なんかあったら二人に助けてもらお、なんて男の癖に思っちゃうけど仕方ないじゃないか。
都会っ子なんだもん。
「これってあのワームの子供?」
「それは亜種の幼生体。シェリールのドレスの素材の元」
「持ち帰っていい?」
「親が怒るから駄目。持って行くのは成体のみで、付いてくる気があれば自分から転移門に入ってくれる」
「適当に捕ってくるんじゃないんだー」
「そう。怒らせたら大変」
「どうなるんだ?」
「目が赤――」
「よーしそこまでだ」
「くはならないけど糸で雁字搦めにされる」
こいつ確信犯か。
「上層でそんな事をされたら、誰かに見つけて貰えない限り帰れない。トモヤの場合すぐ死ぬ」
「丁重にお見送りして差し上げろ」
「はーい」
「ねね、トモヤ君」
「ん」
「ちーちゃんとも話してたんだけど、来て良かったねー」
「……うん、まぁ、うん」
何とも普通の感想に帰結していて気が抜けた。
だがしかしだ、自分の想像を超えた物を見た時、どの程度具体を持って発言出来るかは俺もわからないし、今回に関しては頭を整理しても『うひょー、すげー』と言う感想が一番強いのだ。
シャルもそれがわかっているのか満足そうに無い胸を張って頷いている。
凄いのはトラ子で、シールドの応用っぽい空中ステップをしまくってあちこち駆けずり回っていた。
そしてジャイアントワーム系の虫が気になるようで、尻尾をくねくねさせて猫パンチならぬグーパンチをちょいちょいと繰り出しているのだが、魔王化してるとされるトラ子が変に攻撃すると殺してしまう可能性もあるので早々に止めた。
「じゃあ見学会は終了。一回下まで戻って、弓を回収して帰る」
「うん、シャル、ありがとうな」
「旦那様に見せられて満足」
「お、あ、うん……」
旦那様とか言われてちょっと焦った。
「感激したなら抱っこしてくれてもいい」
「さーて帰るぞー」
頭をぐりぐり撫でると俺達は転移門を通り門番の外側に出て来た。
『また来たよ』と言わんばかりの顔をされたが、大所帯で行く必要も無いしシャルと楓子だけで取りに行って俺達は外で待つ事にした。
シャルがいない事による不安はあるが、アレクサンドルの許可の噂は既に広まっているようで、好奇の視線もあれば視線で射殺さんばかりに睨んでくる奴もいるが、とりあえず実害は無い。
「なんかすごかったわねー」
「人間、凄い物を見るとすげーとしか言えなくなるんだな」
「わかるわ。って言うか逆に事細かに何が凄い何が感動するって言う方が雰囲気壊れる気するわよ」
「ちーちゃん、それは多分言い方の問題だと思うよ?」
トラ子は暇なのかシエルに狙いを定め、『ままー』と言いながらジャンプして肩車した。
あれを俺が食らったのか……良く潰れなかったな。
骨太ドワーフ娘のガーディアン娘からすると、その程度なんてことは無い。
トラ子を肩車して走り回ったり飛び跳ねたりしていた。
その元気と体力とパワーを俺にくれ。
「トラ子の件でも色々あったけど、結果として解決はしたし」
「いやぁ。王国に戻ってからが大変だと思うけどな……」
この姿になってから一人になりたがらないのだ。
下手をしたら学校や公務に付いてくる可能性もある。
「明日には帰るんでしょ?」
「もう一日居てもいいけどな」
「じゃあ要相談で」
そう話してる間にシャルと楓子が戻って来て、明日どーするよと言う話から紆余曲折を経て寄り道をする事になったのである。




