世界樹観光 その2
飛んだ先は斜めに光の入る大きな空洞だった。
世界樹の樹皮に上から亀裂が入った先に出来た空洞、と言うのが形状として正しいと思う。
そこに床材を敷き詰め物を置き、壁には魔法で灯るランタンやら『寝すぎに注意』と書かれた垂れ幕がある。
「なんだあれ」
「世界樹の魔力があれば死にはしないから、寝て起きたら三十年経ってたって事もある。エルフは歳を取る程にそう言う傾向があるから、こういう所で働いているのは五百歳までの若手か変人」
五百歳で若手って。
まぁでも千五百歳くらいまで生きるって言うし、人間換算だと三十代半ばくらいなのだろうか。
「ねぇシャル、世界樹ってこんな風に加工しちゃっていいの?」
そう言う千絵が見るのは、世界樹の空洞の壁の部分を削って綺麗にしている部分だ。
「こう言う部分は放って置くといずれ朽ち果てる。そこはもう枯れてる部分だから大丈夫」
「じゃあシャル、ああいう階段も?」
今度はシエルが上に続く階段を指した。
「そう。こう言った空間は表面部分が多少なりとも枯れてる事が多い。そう言う部分を加工して作ってる。でも多少の例外はあって、トラ子が食べてた樹液ゼリーみたいに樹液が染み出している部分は固まるから穿ったりする」
俺達が来た事を不思議に見ている何人かのエルフがいるし、何ならシエルがドワーフだと気づいてハッキリと嫌悪感を顔に出すエルフもいるが、この場では特に何も言って来ない。
「もっとこう、ハッキリと文句言われるかと思ってたよー」
「私がいなかったら囲まれてる」
「シャル、私から離れないでね」
「大丈夫。どうせすぐ苦情が管理部と警備部に上がる。でもアレクサンドルが許可したから、すぐに噂が広まって変な目で見られだけになる」
シャルはさっきシエルが指した階段で上って行く。
俺達もそれに付いて行くと、今度は中層の二階と言っていいのだろうか、そこにいくつもの設置式の転移門が並んでいた。
「これで開発室に行く。開発室は世界樹の枝や枯れ落ちた葉や皮なんかを使ったり、世界樹と共生する生物の副産物を使ったり、世界樹の管理に使うアイテムを開発してる」
「共生する生物ってのがちょっと怖いな」
「ジャイアントワームの仲間とかが主で、ジャイアントキメラワームやその亜種を捕まえて王国に持って行ったのは私」
シャルが捕まえてって事は、それなりに掴めるサイズなのだろうか。
俺達は当たり前にジャイアントキメラワームの糸で作られた服を着ているが、それがどんな物なのか知らないのだ。
恐らく授業でやっていなければシルクの原材料が蚕の糸だと知らないし、それがどんな物なのかも知らなかったと思うので、正にその状態だった。
だって普通に王都で生活してたら虫なんて見ないし。
野生の虫は魔力の影響で大きくなりがちだとかで、見つけるとすぐに駆除されるから人里では中々繁殖しないのだそうだ。
なので虫が発見されるのは行商人が運んできた先くらいまでと言われている。なんと虫嫌いに優しい世界。
一転して森の中に行くとでっかいのが一杯居る事もあると言うのだが。
「俺達はそれがどんなものか知らないけど、シャルが大丈夫って事はそんなサイズじゃないのか?」
「ん、私の普段の転移門でギリギリ運べるサイズ」
「……は?」
転移門の魔法は使用者の魔力やイメージ力なんかで規模が変わる。
シャルは得意分野なので、コボルト戦で敗退した兵士を一度に二十人回収できるくらいには大きな門を開くことが可能だ。
投げ出されないようにする為に全員がガッチリ手を繋いで行かないと危ないと言う難点はあるようだが。
それで、普段の転移門でギリギリ運べるサイズって事は。体高二メートルはあるって事だ。
「見なくていいや」
「私、これでも虫とか平気。昔はトモヤが取って来たアゲハ蝶の幼虫が遊び相手だった」
そんな事もあった。
琴美の家が割と暖かい土地で、近所にミカン農家とかもあれば琴美の家の敷地内にも明日葉が食用に植わっていたので、そう言うのに卵が植え付けられて孵化するのだ。
当時の俺はそう言う物を素手で扱えたので、適当に捕まえてきては虫かごに入れて琴美に上げていた。
「じゃあ行く。はい」
口元を歪ませて笑いを堪えながら手を出してくるシャルをどうしようかと悩み、もうこうなったらお互い目立ってやろうじゃないかとその手を引いてお姫様抱っこした。
何だかんだあちこちから注目を浴びてる俺達なので、それを見て外野が『あっ』だの『おー』だのと反応をくれる。
俺の肩にぶら下がるトラ子は迷惑そうに『うなー』と鳴いた。
してやったりと思ってシャルを見たらご満悦でした。
……うーん、選択ミス。
さっきの楓子でも思ったが、やっぱりスキンシップ不足なのかなぁ。
とりあえず『開発部』と書かれた転移門に吸い込まれる。
「降ろさないでいい」
「俺の腕がしんどいからダメ」
むしろ今この時がシャルへのお仕置きになってるんじゃないかと言う程に寂しそうな目をされました。
「そう言えば今更なんだけどさ、世界樹って王国と同じ言語なのか?」
当たり前に話せるし読めるので何の疑問も感じなかった。
「元々この世界の言語の大本は旧世界で使われていた特殊な言語から来ている。その言語をエルフが引き継いで今の形になったから、この世界の言語の大本はエルフの言語。だから王国の翻訳の魔法札でもある程度翻訳できるんだけど、王国はエルフ信仰が強いから魔法札にエルフ言語も含まれている。これでもっと離れて、山奥で全く違う文化を形成してる国になると言葉が通じなくなってくる」
「じゃあ、意外とこれ一枚でどこの人とも喋れるのか」
「それは難しい。あくまでエルフの言語が本流の大本になってるから対応されているだけで、違う地方の国に行くとある程度の単語の翻訳は出来るけど会話は出来ない。もう一つ宗教によって言語があって、私達のいる地方とは別のエリアでは信仰する神が違うから、その神の言語が混じってその国の言語になってる」
「めんどくさいなぁ」
「トモヤの場合、言語理解ってスキルがあるらしいから魔力が強化されれば話せるかも」
「何年魔人の国で寝泊まりすればいいんだろうなぁ」
もうベスターの家の子になってしまおうか。
「たのもー」
「シャルって実は時代劇好きだった?」
千絵のその疑問、正解だ。
だって毎日夕方に再放送で見てたみたいだし。
「誰かと思えばシャルロットじゃない。帰ってたの?」
開発部と書かれた扉を開けると、すぐ近くで女性のエルフが何やら読んでいた。
って言うか白衣を着ていた。
あるんだなぁ、そんなものがここにも。
元々エルフの服装は通常のジャイアントワームから採れる糸で作られているので、それなりに質のいい物を着ている。
そこに来て白衣なんて見ると、何となく元の世界の病院にいるんじゃないかと錯覚しなくもない。
「もう二日も前に来てた」
「二日なんてほんの数分前じゃない」
「それはクロエが老いた証拠」
「ほーう言ってくれるわねガキンチョ」
「痛い痛い頭潰れる」
見事なアイアンクローでシャルの前頭葉辺りを鷲掴みだ。
「それで今日はどうしたの」
「どうも何も頼んでた物を取りに来た」
「頼んでた物? えっと、自分用のオムツ?」
「そんな物一度も頼んでない」
「えっとなんだっけ」
「弓」
「あー、えっと、どこだったっけ」
そう言って部屋の奥へ奥へと行ってしまった。
それにシャルが付いていくので、自然と俺達もくっついていく。
開発室と言う場所は、一般的な想像のままに部屋だけ世界樹製と言った感じの場所だった。
ランタン等が見えないのに部屋全体が明るいので、恐らくライトの魔法が何か所で発動していると思う。
一般的に明かりと言えばライトよりかはランタンらしいのだが、これはライトの魔法だと光源云々では無く辺りを明るくする魔法なので、自分の影すら消えてしまう。
それを恐れる人がいるとかで、公共施設や不特定多数の人が使う場所は一般的にランタンを置いているらしい。
俺はレトロな雰囲気なのでランタンも好きだが、揺らめく明かりだと見えにくい事もあるのでライトでも文句はない。
「もっとちゃんと片づける」
「仕方ないじゃない。私、片づけられない女だから」
「自慢にならない。管理部に言って全部捨てて貰う」
「待って待って、物によっては重要なのもあるから。どっかに」
「重要ならちゃんと保管して」
どうやら奥が簡易的な物置――と言うか整理出来ないから奥へ突っ込んでいるだけにも見えるが、そこに人の背丈より大きい弓が無造作に置かれていた。
「それ」
「あ、これ? これだったかしら」
大雑把すぎてヤバいなエルフ。
「他にも一式頼んでおいた」
「えーっと、そっちは私と別部署だから完全に知らないけど、同じ場所に置いてるはずだから多分これね」
そう言って大きな袋を引っ張り出す。
シャルがその中身をチラッと見ると楓子に手渡した。
「あっち、更衣室になってるから着替えてきて」
「うん」
楓子が袋を持って、シャルが指した先の扉へ消えてゆく。
「クロエ。片づけないとこれ全部燃やす」
「待って待って、いつかゆっくり片づけるから待って」
「エルフのいつかゆっくりは死んでも片づけない」
「えへ」
シャルがイラっとしたのがわかった。
元々日本人だとエルフみたいな海外的大雑把なタイプは我慢できない人もいそうだ。
今のシャルみたいに。
「それにしても変なメンツで来たわねぇ。人間が三人にドワーフ?」
「これ私の旦那。後は私と同じ嫁」
「へー、旦那。旦那ねぇ……」
「痛い」
ガッとシャルの頭を掴んでいた。
「私より先に結婚するとは何事」
「クロエは結婚したいならここから一歩でも出ればいい。もう何年出てないの」
「さぁ、百年くらいかしら」
スケールが違いすぎる。
「だって食料と洗濯物だけ誰かに頼めば生きていけるもの」
「それで結婚しようと思っているのだから謎」
それにはシャルに同意だ。
このクロエと呼ばれた女エルフ、見た目はエルフなだけあって悪くはない。
しばらく切ってない伸び放題のぼさぼさを紐で束ね、身長は俺くらいあってスタイルも非常によろしい。
何で細いのに出る所はしっかり出てるんだと言いたくなる千絵と同じタイプだ。
見た目は高得点なのに、百年も開発室にいたら出会いすら無さそうだ。
「シャルみたいにリスト無いんですか」
「リスト? リストって?」
「結婚候補者の」
俺がそう言うと、クロエは鬼の形相でシャルの両耳を掴む。
「この箱入り娘がーっ!」
「痛い痛い千切れる痛い」
「あのねぇ、そんなの一定以上の地位の娘くらいな物なのよ。普通は『このエリアのこの辺りの男から好きに選べ』って感じだから」
「そうなんですか?」
「どーせ、シャルの相手だから一定以上なんでしょ」
「私こっちで結婚する気無い。と言うか既に旦那いる」
「そうだったわね」
そんな事をやっていたら楓子が出て来た。
「凄いよ、注文通りだよ」
そう言う楓子の姿は、つい半年前くらいまで良く見ていた弓道の袴姿だ。
それに弓掛やら胸当てやら、見事に一式揃っていた。
「サイズは?」
「ピッタリ」
「そう、じゃあ後は弓ね。矢は?」
「矢、矢、えーっと」
「どうせ矢筒に入れてあるはず」
「矢筒はー……これね」
中々見つからなくてシャルがイラっとした所で見つかった。
「クロエ、百年ぶりに外に出る」
「えー、面倒だからいいよー」
「うるさい黙れ出る」
何だろう、シャルの淡々とした喋り方って、こう言う同族を相手にしてたから身についてしまったんじゃないだろうか。
元々第一言語に日本語があったせいで、日本人が何となく英語を使おうとすると片言になるようにシャルもそう言った喋り方になってしまったと言う話だったのだが、多分敬うべき相手と思ってないから雑に喋ってたのもあると思う。
シャルは小さな体でクロエを引っ張るも体格差で上手くいかず、更にイライラを募らせてシェリールモードにチェンジした。
「うっは、なにそれ美人」
「私の王女バージョンよ。ほら行くわよ早く」
急に喋り方が変わって面食らった所に大人の体格で力を加えた物だから、今度はあっさりと動いた。
それなら魔力で強化して引っ張ればよかったんじゃと思ったが、小さいシャルだと変に強く引っ張ると斜め下方向に力が加わってしまうので恐らく上手く行かないのだろう。
そう言えば登校初日にそれでシャルを抱え上げたなぁ。
こうしてずるずると研究室から出され、そのまま転移門を通って中層のエントランスに戻ってくるのだ。
こっちはこっちでシェリールバージョンのシャルを見る事が無かったようで、あれは誰だと噂になってるっぽい。
流石にそれが恥ずかしかったのか、シャルはさっさと元に戻って階下の転移門へ向かう。
「ちょっとー、どこ行くのよー」
「中層外壁」
「やーよ寒いもの」
「楓子クロエにシールド」
「はーい」
一瞬チラッとシールドが見えて透明になって見えなくなった。
「そんな防寒着みたいにシールド使っちゃって平気なの? いくら世界樹の魔力があるって言ったって」
「人間だからって馬鹿にしない。この二人これでも勇者」
「へー、じゃあ彼は?」
「遊び人で主夫」
「シャルロット、男は選びなさい」
「結婚すらしてない人に言われたくな――痛い痛い頭潰れる痛い」
こうして俺達はシャルとクロエが行く後ろを付いて行き、中層外壁と書かれた門を潜り抜けた。
そこは直径にして数十メートルから下手したら百メートルくらい有りそうな枝の根本だった。
何でそんな事がわかるかって、後ろは幹なのはわかるし、大分高度が高い事も風景から何となくわかる、何より枝である以上いびつな円柱が横を向いている形のはずなのに、地面はほぼ平に見えた。
そして眼前に広がる湾曲してる地平線。
「ここならあまり人が来ない。楓子、試し打ち」
「でもずっと先に人がいるかもしれないよ?」
「楓子が弱く引かない限りは大丈夫。集落の外は数百キロ無人エリア」
「一応ざっと魔力探知で調べないと……智也君見れる?」
「見てる。シャルの言う通り、魔獣とか魔物は居るけどエルフとか人間っぽいのはいないかな」
「あら旦那使えるじゃない」
「遊び人で主夫だけど高性能」
「シャル、後でお仕置き」
「なっ」
うーん、やっぱりシャルのそう言う仕草がトラ子に移った気がするなぁ。
猫もフレーメン反応で同じような顔をするし。
その場合トラ子が俺の何らかの匂いに反応したって事なので考えたくない。
「それじゃあいくよ?」
自分の身長以上のサイズの弓を持つと、矢を番え上から引きながら下す。
そしてしばらくの後、何の前触れも無くひゅっと弦から指を離した。
矢は音速を超えたらしい。
ドンッと言う音と共に一瞬で見えなくなり、しばらくしてから遥か先で土煙を上げた。
……クレーター?
これシールド無かったら、矢が音速を超えた衝撃か爆音で無事じゃ済まない奴だったな。
「おいシャルどう言う事だ」
「勇者の能力があれば当然。多分チエの攻撃魔法並に威力あるし飛距離は百キロ以上」
そんなん普通の戦闘で使えるかと。
「私は普通に弓道が出来ればよかったんだけど……」
「魔力を抑える練習をすれば出来るはず。でもある程度肉体強化が働いていないと弓が引けないと思う」
「そんなか?」
楓子に弓を借りて指を引っかけてみるが、鋼鉄製と言われても納得できる程ビクともしなかった。
「……これ引いたのか?」
「ちょ、ちょっと智也君、その『ゴリラ女』みたいな顔やめてよー」
「そこまでは思ってない。そこまでは」
「それでフウコ、調整は必要?」
「うんー、的があっての試射じゃないから細かくは出来ないけど、何点かお願いしたいかも」
「じゃあそれの話し合い。戻る」
「私がここに来た意味あった? 開発室にいて良くなかった?」
「百年ぶりの外界。気分転換」
「まぁそうだけどさー」
「ちなみにこれって千絵とシエルは引けるのか?」
そう言って二人に試してもらったが、元々弓道の弓って引くのにコツがあるらしく、千絵でも力任せに何とか引けた程度でシエルは無理だった。
どうやらガーディアンと言う特性は弓に対応していないらしい。
俺達は来た道を戻って研究室に行くと、楓子があーだこーだと注文を付けてそれをクロエが図に起こしていく。
そして改良点を纏めると、一旦弓を返して後で取りに来ると告げて研究室を後にした。
作り直しをする程では無く、ちょっと手を加える程度で済むらしい。
「この後はざっと散策して上層の枝に行く」
「枝って何かあるのか?」
「この星が丸い事がわかる」
そう言う高度なのかと少しビビったのは内緒だ。
既に地平線が湾曲しているのを見たばかりだが、その上で言うのだからよっぽどの光景なのだろう。
いい加減トラ子を乗せる肩が重く、ちょっと反対に来てくれと掴んだらトラ子が飛び降りて千絵の前で座る。
それを見て千絵が察したのか、道具袋に入れておいたシャルのお古をトラ子の上にかぶせた。
「ぱぱー抱っこ」
「いや今ずっと肩に乗ってただろ」
トラ子人型バージョンは少々重たいので勘弁願いたい。
結局俺と千絵の間で三人で手を繋いで歩く事になり、千絵に『なんか親子みたい』と照れながら言われて俺も照れた。
それを見てなんか微妙な表情をする他の面々なのだが、それには気付かないフリをさせてもらいたい。




