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家族の一員



 翌朝、サラダを主食とした朝食を頂いて今日の予定を考えていると、二階からごそごそと何か動く音が聞こえた。

 そのごそごそと言う音はすぐに途絶えたが、何となく軋んだ音がする気もする。

 にしても魔人の森といい世界樹のエリアといい、ただの葉っぱに見える物が美味いって何なんだ全く。


「ん、上誰かいた?」


 シャルがこの場に全員いるのを確認し、むしろ気のせいかと視線を戻してきた所に再びごそごそ、ごとごと、と音がする。


「……トモヤ、ゴー」

「あ、はい」


 まさか泥棒じゃあるまいし。

 でも昨日は区画長の息子が取り乱していたし、噂を聞きつけたのが来た可能性も無くはない。

 やだなぁ、怖いなと思って階段を上って扉を開くと、何か柔らかい物が目の前にあった。

 それは白い部分と茶色い部分があって、毛で覆われている――見覚えのある物だ。


「お前まさかトラ子か」


 うなー、とか細い声が遠くから聞こえた。


「シャルー! ちょっと来てくれー!」


 呼んですぐ、シャルだけじゃなくセシールさんを除いた全員が上がって来た。


「これトラ子っぽいんだよ」

「――トラ子がここの魔力を受けたらダメ。抑えきれずに巨大化してしまってる。うー……チエ、外から壁一枚剥がして」

「いいの?」

「早く」


 シャルが珍しく慌ててるものだから、千絵も慌てて下に降りて行った。

 多分外からフライで飛んで壁を引っぺがすのだろう。

 そう思ったら外から『ともやー! きてー!』と千絵に呼ばれた。


「ん、大変な事になった。トモヤも、みんなで行く」


 残り四人で駆け足で降りていき、フライの魔法で玄関から外に飛んで上に行くと、千絵がどうした物かと悩んでいた。


「トラ子なのよね……?」


 そう言って千絵が見る先には、部屋いっぱいに詰まった毛玉、そして内側からの力で膨らんで見える二階部分、それと窓から少し見えるトラ子の顔とか細い鳴き声。


「チエ、早く」

「私だと家ごと壊しかねないのと、剥がした後にトラ子落ちちゃう。あの質量をフライで上げるのは私にはちょっと加減が難しいから楓子やって」

「うん」

「別に壊してもいい。どうせボロい」

「言ったわね」


 勇者特性とスキルの神の加護で肉体はある程度元から強化されているが、建物を素手で引っぺがせるかとなると難しい。

 なので楓子は袋から短刀を出して二階部分の隅っこに突き刺して切り裂く。

 一部分に切れ目が入ったせいか、内側からの圧力でメキメキと壁が剥がれて来るが、余裕が出来た分巨大化してしまうのか片足が隙間から飛び出して更に大きくなった。

 もう片方にも切れ目を入れると今度は前足が出てきて、ここで力加減の具合を覚えた千絵は上下を一気に切り裂く。

 こうして壁一枚を剥がしたが、その剥がした所から出たトラ子は更に巨大化してしまった。

 シャルの子供部屋は四畳半くらいで高さが二メートル程度だったのだが、そこに押し寿司のように詰め込まれていたトラ子は楓子のフライで次第に地面に降りてゆく。


「このサイズになると転移門の魔法じゃ運べない。フウコ、トラ子を魔力を弾くシールドで囲って。後は――」


 そう言ってシャルは少し考え、転移門の魔法で何処かに行ってしまった。

 トラ子は下りて来る間に大型ダンプよりも大きなサイズに巨大化し、楓子のシールドが覆った所で巨大化が止まった。

 魔力感知で見るとトラ子の中に千絵並の魔力が吸収されていて、それがトラ子をパンクさせようとしているように見えた。

 なんでこんな所にいたんだ。

 そんなの昨日、いつの間にかついて来てしまったとしか思えない。

 じゃあ何で今まで巨大化しなかったのか。

 多分耐えていたのだろう。

 俺達が起きてきて食事をしてる間に耐え切れなくなったのだと思う。

 耐えてる間も魔力を吸っていたはずなので、ベスターの垂れ流す魔力で満ちた、ベスターの居城並に魔力が濃い世界樹の近くで、トラ子が耐えれるかと言うと俺にはわからない。

 でもベスターだって言っていたじゃないか。

 元猫だった魔獣ならそこら辺にいるだろうと。

 昨日狩って来た鳥なんかも魔獣だと言うし、この辺りで生存している生き物はエルフか魔獣か魔物だけなのだ。


「突然連れてこられましたけど……どうなさいましたか?」

「吸って、ドレインで」


 シャルが戻って来たと思ったらフローラさんを連れて来た。

 何の理解もしていないようで、本当に急に連れて来たらしい。


「よくわかりませんが切迫した状況なのは理解しました。少しこじ開けますね」


 そう言って楓子のシールドに手を突きさして無理やりこじ開ける。

 シールドは楓子が魔力を与えている限り自動修復する、楽々とこじ開けられる物でもないのに。

 フローラさんはトラ子の肥大し過ぎて自分の顔以上のサイズになった前足に手を置くと、その魔力を一気に吸い始めた。

 魔力探知で見るとトラ子の中にある魔力が一気に減っていくのがわかる。

 それに従って段々サイズも小さくなって来て、ようやく元のサイズになったがトラ子は殆ど動けなかった。


「吸うだけ吸ってみましたが、もう生物として限界を超えてしまっています」

「その、何とかならないんでしょうか……」


 横たわって息も絶え絶えで、今にも死んでしまいそうで目を背けそうになってしまう。

 でも頭のどこかで向き合わなければならないと言っている自分がいて、突然の状況に何とか打開策は無いのか頭を巡らせるが混乱してる割合の方が多く上手くいかなかった。


「詳しい事はわかりませんが、こうなった以上、生物として死なせてあげた方がこの子の為かもしれません」

「……」


 そう簡単に死なせられるかと否定しようとしてフローラさんの言葉に違和感を覚えた。

 生物として死なせてあげた方が、って。


「何とかなる方法もあるんですか?」

「無くは無いですが、もうこの子では無くなってしまうでしょう」


 そう言われて合点がいってしまった。

 魔獣化だ。

 でもトラ子は魔力に慣れて耐性が付いているとサクラが言っていたし、そのせいか一晩この地で魔力を受けても巨大化するだけだった。


「出来るんですか?」

「可能性は低いです。大抵の子は魔力による変化に耐えられず死んでしまうようですから」


 その言葉に俺は楓子を見た。

 何だかんだ言いつつ、俺達の中で一番猫が好きで、猫に嫌がられようが諦めない奴だ。

 突然の出来事に顔面蒼白で、千絵もシャルもシエルも沈痛な面持ちで殆ど動けないトラ子を見つめている。

 でもどうせこのままだと死んでしまうのなら、答えは決まっていた。


「お願いします」

「ではこの子をお借りします」

「どうするんですか?」

「旦那様と私の魔力を流している魔法陣のある部屋が、地脈が回復した事でとても濃い魔力溜まりになっています。それに指向性を与えて様子を見ます」

「また巨大化するだけなんじゃ」

「その時は吸い取りますよ。私はいくら吸ってもクリスタルで収束して転移門で飛ばせますので、この子がどれだけ巨大化しようが対応できます」

「……お願いします」


 そう言うと、フローラさんはいつものように柔らかい笑みを浮かべて転移門の魔法で帰って行った。

 俺は皆に向き合って、今起きた事をざっと頭の中でざっと整理する。

 結局は最初に気づかなかったのが悪いのだ。


「えっと……トラ子が付いて来てた事に気づかなくてごめん」

「私も、ごめんなさい」


 あの時、寝る前になって思い出して行ったので、帰って来た先もあの部屋で、トラ子は急に場所が変わったので猫の習性でどこか隅っこに隠れていたんだと思う。

 転移門の魔法は術者か術者が触れる者に振れていなければ振り落とされてしまう。

 なので、俺かシャルどちらかにくっついたはずなのだ。

 恐らく俺に。


「ちょっとー、どうしたのー? って壁がはがれてるーっ!」


 騒ぎに気付いたセシールさんが上から見下ろして騒いでいるが、こっちはそれどころじゃ無くてまともに返事なんか出来なかった。

 壁は、後で打ち付けておいた。






 トモヤさんの所のエルフの小さい子がいきなり現れて『ちょっと来て』と手を引いて飛ばされた時は驚いたけど、行った先にはもっと驚いた。

 そして王国の城で見る猫が巨大化しているのを見て、何となく察した。

 多分何らかの事情で連れて来たか、ついて来てしまったのか。

 どちらにしても魔力の影響を受けやすい猫が、世界樹と言うこの星で最も魔力の満ちた場所にいては数時間もしないで死ぬか魔獣化してしまうはずだ。

 元々ある程度強い魔力に曝されていた子だから半日くらいは耐えれたかもしれないけど、元々のキャパが大きくない小動物だから一時間や二時間居ただけで許容量はオーバーしてしまっているはず。


「ママ、一体どう言う事?」


 サクラに魔力操作の応用で伝えると、物の数分で来た。

 既に旦那様にも報告済みで、『トモヤの猫だ、なんとしてでも助けてくれ』とお願いされている。

 ええ、やりましょう。

 とは言っても虫の息を通り越して呼吸が殆ど止まってしまっている中、どの程度その小さな体が持つ事だかわかりません。


「どうやら世界樹に行っているトモヤさんにくっついて行ってしまったみたいなの。巨大化はドレインで魔力を吸い取って何とか抑えたのよ? でも既にキャパシティーを超えてしまっているみたい」

「そんなぁ……トラ子ぉ……」


 サクラも可愛がっていたけど、力なく横たわる猫を抱く我が子を見ると力が入る。

 元々この猫は、小動物にしては異様に利口に見えた。

 もしかしたら脳の一部か全部が魔力による変質を起こしていた可能性もある。

 ――そうだとしたら可能性は高いのではないでしょうか?

 魔法陣の間にサクラが猫を抱えて連れて行き、猫の周りには魔力を弾くシールドを展開する。

 そして漂う魔力に魔物化するように指向性を与える。

 ――必要があるのだろうか?

 ふと思ってしまった。

 この城のあちこちに刻まれた魔法陣がどんな効果を持っているのか。

 この部屋の床に描かれた魔法陣は魔力を集め地脈に送る物だ。

 だが、それだけでは無かったはず。


「サクラ、離れなさい」

「ママぁ……」


 シールドを消した。

 魔力が一気に猫に流れ込む。

 恐らく旦那様に対してもそうだったように。






 家の修理に少しの時間と、事情の説明をしている間に昼になってしまって、そこで食欲が無かろうが料理が出て来た以上食べ、その後で城に戻ってマリーネに事情の説明をして世話はとりあえずいい事を告げた。

 流石の事にマリーネも絶句して涙をにじませていた。

 再びシャルの実家に戻って、いやむしろベスターの居城に行くべきだったかと悩んでいたら外に覚えのある魔力が現れた。

 慌てて玄関から飛び出して落ちるくらいの勢いで梯子を下りる。


「フローラさん」

「お待たせいたしました」


 そう言ってフローラさんはトラ子を抱えて来た。

 見た感じ変わっていないが、魔力探知で見ると身に纏う魔力が濃く、何か違う事がわかる。

 さっきは息も絶え絶えだったのに、今ではゆっくりと安定した呼吸をしていた。


「とりあえず生存は可能でしょう。今こうしていても巨大化しないように、魔力への耐性も問題有りません」


 そう言って渡してきたトラ子を抱くと、完全に脱力しているが確かに生きている。


「本当にありがとうございます。このお礼は必ず」

「世界樹に来れると思っていませんでしたので、お礼はこれで十分ですよ。うちの子も呼んで軽く説明はしましたので、また今度詳細を教えてあげてください」

「はい」

「それと、この子は魔獣になってしまいました。それがどう言う形で現れるかわかりませんので、目が覚めたら必ずシールドを張って対応してくださいね。もしかしたら一口で行かれるかも知れませんので。もし手に負えない状態でしたら私達の城に連れてきてください。サクラが気に入ってる子ですし、うちで飼ってみます」

「わ、わかりました……」

「それでは失礼します」


 ペコリと頭を下げると颯爽と転移門に吸い込まれて行った。

 はー、何はともあれ死ななかった事で一気に気が抜けてしまった。

 しばらく茫然と立ち尽くし、いやいや報告しなきゃだろとトラ子を片手で抱っこして梯子を上って行くと、みんなが上で待っていた。


「とりあえず生きながらえたって」


 そう言って脱力して眠るトラ子を見せると、誰もが同じように脱力してへたり込むのだ。

 俺もなんか疲れて座り込んでしまった。


「でも魔獣になったのは事実だから、起きたらシールドを張って相手してくれって言われた」

「よかったぁ、魔獣でもなんでも生きててくれればいいよぉ」


 楓子がボロボロ泣いているが、気が付けば俺も泣いていた。

 ペットは家族なんだよなぁと今更ながらに実感する。


「とにかく、いつ起きるかわからないから内側から弾くシールド使っておくね」


 そう言ってトラ子をシールドで包む。


「シャル、上で寝かせといていいか?」

「うん」


 俺はトラ子を抱えて上に行き、布団の上に毛布をドーナッツ型に置いてその中央にトラ子を寝かせた。

 完全に熟睡している。

 猫の熟睡って液体に状態変化したんじゃないかってくらいゆるゆるになるけど、抱えて運んでいてもずっとそんな状態だ。

 これで目覚めたら襲ってくるなんて無いよなぁ。

 むかし小さいころに、埋めたら蘇る墓場を題材にしたゾンビ系の映画を見た事を思い出して、魔獣化した事実もあってちょっと怖いなと思うのだ。

 下に降りるとみんな復活し始めていて、ようやく笑顔が見えるようになってきた。


「ホッとした。これで区画長の所に行ける」

「切り替え早いなぁ」

「面倒な事は早く終わらせるに限る。どうせ二時間もあれば終わるから皆で行く」


 その言葉に一番ダメージの大きかった楓子を始め、千絵もシエルもぶっちゃけ俺もやる気の無い顔で対応した。


「……じゃないと区画長が来る可能性がある。それはそれで面倒」


 そう言われてしまうと、最悪何かあっても帰ればいいだけの話なので行ってしまった方がいいかなとも思うのだ。


「でもトラ子が起きるかもしれないからなぁ」

「それじゃあ私が残るよ。変にドワーフが出歩くよりいいでしょ?」

「うー、それじゃあシエルにお願いする。確かにあっちはしょっちゅう人が集まってるから、その方が無難。地脈の報告もしなければならない」

「それは……私がいたら捕まっちゃうかもね……」


 実際のどの程度エルフが世界樹を大事に思っているかは知らないが、場合によっては有罪判決とかあるのだろうか。

 トラ子の事もあるし、シエル本人の事も心配なので留守番させるしかない。


「シエル、頼むな。何かあったら意地でも抑えてくれな」

「ちょっとトモヤ縁起でもないよ、大丈夫だよ多分きっと」

「俺もそう信じてる」


 だがまぁ生きながらえてくれた事だけでホッとしているのだ。

 その後に何かあったとしても受け入れるつもりはある。


「チエもフウコもそれでいい?」

「あんまり気乗りしないけど、報告しなきゃなんでしょ? なら仕方ないわよね……」

「うんー、私もトラ子が気になるけど仕方ないよね……」

「んじゃ俺残るな」

「コラ」

「智也」

「裏切者」


 ちょっと場を和ませようと思っただけなのに、大外れした上に怒られた。

 冗談だと言っても三人そろってぶーたれているが、少ししてそれも笑いに変わる。

 でもこれから行くのかー、なんかもう丸一日動き回ったくらい疲れてる気がするんだけどなぁ。

 ちなみに楓子が離れる事でシールドが解除されてしまうが、シエルが残るのならば何か起きても大丈夫だろう。

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