ある種の人外魔境(いい意味で
アルバート先生には、『公務関係が数日暇になったんで、ちょっと旅行に』と言って学校を休む事を告げて来た。
それに対し、『おー、お前ら新婚旅行もまだだったもんなぁ』と返されたのだが、この世界にも新婚旅行はあるらしい。
とは言え誰もが行く物では無く、貴族等の裕福な家がどこか旅行する程度で、行先も東の海沿いの町だったり北のジャポニー教の聖地がある町だったりが殆どだと言う。
その為、その二つの町には新婚用に割としっかりしたタイプの高級宿が何件かあったり、新婚向けのツアーとか新婚向けの料理とか、何でもかんでも新婚向けに作ってセールスしていると言う。
方や聖地、方や海と元から観光資源があってのソレなので、王都から離れた町でも資金は潤沢で、領主も無視できないようで昨今一気に王都を真似て近代化が進んでいるらしい。
まぁベスターみたいに自分で穴掘って上下水道作るとかは出来ないから、数年掛かりの計画でやっているようだけど。
「よーし、ではこれより新婚げふん、旅行に行きたいと思います」
なんか知らないけど音頭を取れと言われてしまったので、とりあえず今回は新婚旅行と言う事にした。
だけど新婚と自分で言う事に気恥しさがあって、周りからはちょっと冷たい目で見られる事になったのである。
「おー、トラ子よ、お前は留守番な。後でご飯やりに来るから、夜はちゃんと部屋にいるんだぞー」
足元でうねうねしながら頭突きと言わんばかりにスリスリしているトラ子は、多分自分が置いて行かれる事を気付いている。
こっちに来てからはリビングとして使ってる部屋にトラ子のエサ用の皿も置いていて、大体同じくらいの時間にそこで待っているので、誰かしらが気付いて餌をやる。
何ならマリーネとかコレットにお願いしてもいいのかもしれないけど、基本的に自分達の事は自分達でする習慣が身についている為、元よりそんな選択肢は無かった。
そもそも夜は二人とも、何か呼ばれる事が無ければフリーの時間だし。
貴族も家によっては起きてから寝るまでひたすらお世話、なんて所もあると言う。
だがしかし、元の世界でそう言ったことはブラックだと知っている我々にそんな事を言えるわけは無く、何か特別用事が無い限りは夕食以降は休んでいいと言ってあるのだ。
「じゃあシャル、行こうか」
「ん。みんな集まる」
「あ、ちょっと待ってー、忘れ物あったー」
楓子が何やらドタバタとしているが、その忘れ物とやらはテーブルの上に置いてあった虫よけ用の薬液だ。
なんかの樹液とかから作られた物だとかで、元の世界で言うヒノキオイルのような物らしい。
実際そう言った針葉樹から作られているようで、肌にも良く防虫効果がある事から、貴族が森でハンティングを楽しむ時に使うだけではなく肌の手入れや男性の整髪料に微量入れたりと、広い用途に使われるようだ。
香りはいかにも針葉樹のオイルって感じの物で、人によっては少し苦手かもしれない。
それもあって楓子がシャルに『エルフの人達ってこういうの平気?』と聞いていたが、むしろ世界樹の周りは針葉樹が生えているエリアもあるとかで、特に問題ないだろうとの事だ。
そもそも常時シールドなので虫とか平気だと思うのだが、千絵も楓子も過敏と言っていい程度には虫がダメだ。
シールドがあるからどうのでは無く近づいてきて欲しくないのだ。
「ごめんねー」
「じゃ掴まって」
各々小さなシャルのどこかしらを掴む。
そしてシャルの開いた黒い歪みに入るのだ。
自然と閉じていた目を開けると、そこは一面緑の世界だった。
とにかく木。
どうやら集落らしく、その集落はツリーハウスで構成されており、大小様々な木の中程に家を建てていた。
足元はどうやら世界樹の根が幹から地中に入るまでの外に出てる部分のようで、そこから伸びている木なのでツリーハウス自体が世界樹の『木』に作られているようだ。
中には木と言うにはあまりにもでかい物もあるし、何なら見上げた遥か上空には雲を突き抜けて聳え立つ世界樹本体が存在していた。
あちこちから枝を伸ばして葉を付けているが、少なくとも雲の下にはまともに枝が存在せず、恐らくかなり上空に枝葉が広がっているのだろうと想像できる。
足元の根ですらちょっとした丘と言っていい規模で、今踏みしめている地面が土じゃなく木であると気づいてようやくわかるような物だ。
位置的には世界樹の本体の幹から数十キロから数百キロ離れているようなのだが、樹木が生い茂っていて今一良くわからない。
後で千絵か楓子にでもフライで飛ばしてもらおうかな。
にしてもここって、真夏だと世界樹で陽光が遮られるんじゃないだろうか。
今は初夏だから多少曇っていても明るいけど。
「到着」
「凄いわねー、ほんと自然の中って感じ。森の中と同じ匂いがする」
「ねね、シャルちゃん。どこが家なの?」
「そこ。エルフは地位によって家を建てられる高さが変わる。低い木に家を建てている場合は底辺。逆に高い木に建てている場合は責任者だったり管理者だったり、エルフの中でも役職を持っている人」
そこ、と指さした先は低木でした。
まぁそれでも四十メートルくらいある木で、見える範囲で一番大きい木は距離感が今一つかめないのではっきりしないが、多分百メートルクラスだと思う。
「つまりうちは底辺」
「王様なのに?」
「他所で王様をやってても影響が無いくらいどうでもいいって事」
納得しちゃいけないんだろうけど、あのやる気の無さと日がな一日読書で過ごす姿を思い浮かべるに、そんな感じなぁと思ってしまうのだ。
「おお、シャルロットじゃないか」
どこかから聞こえて来たのは渋い男の人の声で、その声の先を探すと四十代くらいの見た目のエルフが手を振っていた。
エルフであの見た目だと五十歳から七百歳くらいだろうか、全くもって年齢の予想がつかない。
それも事前情報としてシャルから聞いているだけなので、実は若作りで千歳だと言われるかもしれないし、逆に老け顔で三十代だと言われる可能性も有る。
まぁそこらへんひっくるめて俺の思考を無駄にするようだが、実際エルフは成人してしまえば年齢なんて一切気にしないらしく、誕生年月日だけ記録しておいて実年齢が知りたくなったら逆算すると言う。
「おひさ」
「親父が会いたがってたよ。たまには王都の話を聞かせろって」
「後でお邪魔する」
「本当だな? 伝えとくからな?」
「私は他のエルフみたいにいい加減じゃない」
「そうだな。で、こちらの方々は? どうやらドワーフもいるが……」
「これが私の旦那。他は私と同じく嫁」
「ほー、嫁かー。嫁ねー、嫁……はあああぁぁぁっ!?」
ガッとシャルの肩を掴んで揺すったかと思えば矛先が俺に向き、再びガッとやられて両肩多分折れた。
で、がっくんがっくん揺さぶられて多分上半身ヒビだらけ。
あんまりにも痛くて無言で楓子に表情だけで助けを求めると、すぐさま千絵が強硬に及んだエルフを蹴り飛ばし、楓子がフルヒールで回復してくれた。
「私の旦那さん、とても弱いから気を付けて。じゃないと怒る」
「いやそうじゃなくて本気で言っているのかシャルロット。そもそも君は」
「エルフのしきたりとかどうでもいい」
「……はー、先に親父にそれとなく言っておくけど、覚悟しておくんだぞ」
「わかってる」
そう言うと、そのエルフはどこかへ歩いて行ってしまった。
何事かとその姿を見送るとシャルを見る。
「で?」
「あの人、ここの区画長の息子」
「それにしては底辺の家の子に食いつき良かったな」
「それはあの父が駄目なだけ。私は神童って言われてる」
いつもの『むんっ』と無い胸を張って自慢げに言うが、エルフにとってもやはり一歳半で自立は早かったのだろうか。
「それってやっぱり早いうちから色々出来たからか?」
「違う。エルフは二歳になれば殆ど全員それなりに出来る。私の場合は転移門を始めとした空間魔法と高度なシェイプチェンジ、他にも色々魔法をすぐに覚えたから」
「エルフでもそれって特殊だったのか」
「そう。でも前の世界の知識があればイメージはしやすかった。魔法は長ったらしい数式みたいな物で、必要な要素を足したり引いたり掛けたり割ったりして成立される。それに気づいて実践してたら神童って呼ばれてた」
俺としては魔法はプログラミングのような物だと解釈していたのだが、シャルにとっては数式みたいな物らしい。
プログラミング自体も構成があって結果があるわけだから、多分イメージの違いで同じことを言ってるんだと思うけど。
「で、なんでシャルの結婚について取り乱してたんだ?」
「私の結婚候補者がエリアに五十人くらいいるから」
「……はー?」
「エルフの若い女の子、みんなこの場所に飽きて嫌気が差して人里に行く。だからエルフの女の子が産まれると、早いうちに候補者としてリストが作られる。結婚さえしてしまえば家に入るから、ここ二百年くらいはそうやってるみたい」
「でもエルフって出生率が低い分、そんなポンポン産まれないだろ?」
「一般的に言われている出生率は一年から数十年で数人と言われているけど、実際はもうちょっと多い」
一般に知られているエルフの話なんて正確なデータでは無く伝聞だから、と言う事らしい。
「じゃあ、俺はその五十人のエルフに怒られるわけか……」
「そうとも限らない。男性陣も若いうちは遊び歩いているし、私の結婚候補者は割と若い年代までだから結婚を急いでいる人は殆どいない。いるとすればさっきの人とか」
「あれも未婚か」
だから取り乱したのか。
区画長の息子と神童と呼ばれたシャル。
多分世間的な評価ではお似合いとされるのだろう。
「とりあえず家に行く」
辺りをきょろきょろとしてる三人に声を掛けると、さっきシャルが指さした家に向かった。
低木とは言えそれなりの高さに家があり、そこまで枝で作られた梯子で上るらしい。
と、思ったらシャルはフライで飛んでいくし、それを見て千絵と楓子も続くし、使えない俺とシエルだけ大人しく上る事になった。
どうせならフライを俺達にもかけて欲しいと思ったが、梯子がそのまま建物の中に続いていて、その入り口が人一人分なので狭いのだ。
変にフライで浮き上がらせたら頭から建物に突っ込む可能性も有る。
やっとの事で追いつくと、そこは板で作られたツリーハウスの中。
家自体がそれほど大きいわけでも無く、何となく元の世界の自分の家みたいな雰囲気だった。
勿論家電があるわけでも無いし、板張りの塗装や壁紙も無い家だから違うのだが、王都では引っ越したばかりで部屋に生活感もそれほど無いし、何なら散らかしているとマリーネが片づけてしまう。
それに比べれば、王都で売られていた土産物の数々なんかが並んでいたりする部屋は、人の住む家の雰囲気を醸し出しているのだ。
「ただいま」
「あらお帰り」
シャルのお母さんらしき人がシャルを見つけて軽く言う。
梯子からの入り口が玄関で、その一つ先の部屋がリビングとキッチン、テーブルを挟んで椅子に座っている女性エルフが二人いるのだ。
片方がシャルのお母さんで、もう片方はご近所さんか友達か。
「あんれ、シャルロットじゃないの。やだー、今お母さんと丁度その話してたのよー。全くいつまでたってもそんな子供の背でー」
もう片方はいかにもご近所のおばさんだ。
「暇が出来たから新婚旅行。三日くらいいる」
「あそう。さてと」
手前に座っていたお義母さんはわざわざ座っていた椅子をこっちに向けて座り直した。
「旦那さんはあなたね?」
「はい、トモヤです。ご報告が遅くなって申し訳ありません」
「いいのよー、私たちは人と違って時間の感じ方が違うから、この子から聞いたのもつい昨日の感覚だし」
ほほほ、と笑いながら手をぶんぶん振っている。
「で、そっちの子達がうちの子のライバルね?」
「ライバル違う。運命共同体」
「あら早々に負けを認めたの?」
「勝ち負けじゃない」
「そう? えっと……」
「あ、すみません、人間の千絵です」
「同じく楓子です」
「ドワーフのシエルです」
ドワーフの、と聞いて少し表情が強張ったが、シエルが申し訳なさそうにしているからかすぐに笑顔に戻った。
「うちの子が小さいわりに色々やりたがる物だからご迷惑をおかけしてると思うけど、何かあったら言ってね。ガツンとしつけるから」
いろんな意味で社交辞令だろうから『体によじ登るのやめて欲しいですけど』とは言えない。
「って感じでこれが私のお母さん、セシール。奥のが区画長の奥さんでソランジュさん」
「区画長って、さっきの人の」
「そう。うちは父がアレなだけで区画長の家とは懇意にさせて貰っている」
「それもシャルロットのおかげだけどねー」
「って事はセシール、この子結婚しちゃったの? うちの子にって思ってたのに」
「そうなのよ。まぁどうせ人間なんて百年も生きないんだから、その後で良かったら貰ってあげて」
「そうねぇ。別にそれでもいいわよねぇ」
歳や寿命の考え方が違いすぎて人間の理解の上を行く会話だった。
「エルフは寿命長すぎて数回結婚する人が何割かいる。だから普通の考え」
そう言うシャルだが表情は硬い。
「私はトモヤ以外に嫁ぐ気は無い」
「そう言ってられるのも今のうち今のうち。さーて、これだけの人数の食事だから手が鳴るわね。あなた達も手伝ってね」
「やめた方がいい。私も含め料理はトモヤ以下」
「じゃあ練習しなさい」
「チエとフウコは刃物を持たせたらうちの木ごと両断しかねない勇者特性持ち。シエルは少し出来るけどそれでも得意ではない。そしてトモヤは主夫の特性持ち」
「そう? じゃあ義理の息子と仲良く料理しようかしら。そう言えばシャルロット、あの人は帰って来て無いの?」
「連れ帰ると探し出して連行するのが面倒」
「しょうがないわねぇ。こうして自己紹介も終わった事だし、もうあなたが変な姿でやってるのも話したって事でしょう? それなら私が向こうに行っても大丈夫よね」
「うん」
「じゃ、あなた達が戻るのと一緒に私も行くわ。どうせ私がいないからゴロゴロしてるんでしょう、あの人」
「うん。仕事すら私とトモヤがやってる」
「あらー、そうなのー。じゃあ二人が――皆さんがちゃんと新婚生活を送れるように活を入れてあげないと駄目ねー」
そう言いながら手をワキワキさせて指からボキボキと音をさせるんだから怖い。
このお義母さんことセシールさんは、実年齢は知らないが見た目年齢は三十代くらいだ。
奥に座るソランジュさんが四十代くらいだけど、ある程度になると見た目の成長が一回止まると言うので見た目から年齢は判別できない。
確かお義父さんでが王になって五百年って話だったので、もしかしたらそれくらいの年齢かもしれない。
で、この二人。
でっかいのだ。
シャルが小さいから尚更思う。
でっかいのだ。
アルバート先生の最初の授業を思い出してしまった。
いいかトモヤ、エルフはな、でっかいんだ――と。
背とかの話では無い。
楓子程では無いが千絵よりかは上なのだ。
エルフと言うだけで平均的に顔が整っているらしいが、正直俺、セシールさんなら行けると思います。
なんて言ったら袋叩きに遭うから絶対言えないが。
「シャルロット、適当に狩りしてきて」
「ん。トモヤも行く」
「色々お話も聞きたいし置いてっていいわよ」
「ダメ。知らない間に食べられる可能性ある」
「やーねーこの子ったら、まさか自分の義理の息子をそんな、ねぇ?」
とこっちを見て薄っすらとほほ笑むのだが、その目があんまり笑ってなかった。
あれ?
「エルフは暇を持て余しているから、そっちも割と奔放。特にうちは別居してるから余計に危ない」
「えーっと、その、お誘い大変嬉しく思うのですが、申し訳ありませんが狩りに行ってきます」
「残念。ソランジュとも一緒に楽しめると思ったのに」
「いやだわぁ、そんな若い男の子とだなんて、むふふふふ……」
ここはヤバい。
エルフは人間にそんな興味無いって話じゃなかったのか。
「ほら行く。みんなも。フウコ、トモヤ飛ばして早く」
「う、うん」
グイグイとシャルに押されて玄関から梯子に足を掛けるが、すぐに楓子がフライを掛けたので軽くずり落ちた。
そしてシエルまでシャルが飛ばし、全員で家から離れる。
狩りと言うから本格的な物かと思ったのだが、少し飛んでわかったのだがこの森は豊か過ぎる。
あんまり整備されていない畑もあふれんばかりに作物が伸び、そこら辺に生えてる木には果実がいっぱいに生り、辺りには鳥だの四足で駆け回る動物だのが一杯いるのだ。
「楓子、ちょっと上空に飛ばしてくれないかな」
「どれくらい?」
「百メートルくらいでいいと思う」
「うん」
楓子が頷くとすぐに上昇が始まる。
俺に掛かってるフライは完全に楓子のコントロール下にあって、俺が何をどうしようと好き勝手に飛べないが、辛うじて方向転換くらいは出来る。
なのでさっき疑問だった世界樹の方をいい機会なので見ようと思ったのだが、百メートル程度上がったくらいじゃ森が深すぎて良くわからないのだ。
根から直接出た枝は酷いと東京タワーかスカイツリーかと思える程高い物もある。
「ふーこー! 後二百メートルとシールド強化おねがーい!」
下に向かって叫ぶと、また一気に上昇する。
シールド強化は風が当たると寒いのと地味に怖いからだったが、上に上がれば上がる程この森の範囲の異常性が見えて来る。
ただただ広い。
地平線まで森だ。
ある程度世界樹から離れるとツリーハウスが無くなるので、恐らくこの辺りからが居住エリアだろうなと言うのがわかる。
地肌の色的に世界樹の根が地に潜ってる辺りが居住区との境目なのだろう。
さっきどこぞのタワーかと思った木には豪邸と呼べる家が建てられていて、もしかしたらあれが区画長の家なのだろうか。
上がり切った所から観察した感じ、どうやら世界樹は何か土台となる山の上から生えているっぽい。
その斜面を根が蔓延り、下に来ると地中に潜るか地面を這って居住区エリアの境目辺りで地中に潜っている。
幹の太さは遠近感が全く分からなくなる程に太いのだが、直径で三十キロや四十キロあると言われても驚かない。
感覚として、昔旅行で行った山中湖の湖畔から富士山を見ているようだ。
そう思ってみると、距離感もそんな感じかもしれない。
魔力感知で見てみると天辺から下まで魔力の塊だ。
濃度としてはベスターの持つクリスタルに及ばないのだが、全体的に豊富過ぎる魔力を持っていてじっと見ていると目が痛い気がしてくる。
魔力感知に関しては視力で見ているわけでは無いのだが、それくらい魔力量が豊富なのだ。
例えばサーモグラフィーで見れば色々通り越して白く見える程に。
上空も雲が晴れて来たが、遠く霞んで枝葉が見えない。
だがしかし、そこに魔力の塊は確かにあるのだ。
以前王都の雑貨屋で見た地球儀っぽい奴を思い浮かべて世界樹に背を向けてみたが、流石に海は遠いようで見えなかった。
縮尺も良くわからないしどの程度正確なのかも不明だが、図的には五百キロ先くらいに海があるのかなーと思ったのだけど。
まぁこれだけ根が凄いから、海も潜った瞬間根に当たりそうな気がする。
と、観察をしていたら急に高度が落ち始めた。
もうちょっと見たかったけど、降りて行った先のシャルがむすーっとしていたので何も言わない事にする。
「トモヤ、遅い」
「悪い悪い。いやほら、世界樹を良く見てみたくて」
「明日にでもみんなで行く」
「あ、そうだったのか」
「そもそも私は世界樹に行くと言った」
その辺りの定義って曖昧じゃないのかなぁ。
まぁ確かに『富士山に行こう』と言って山中湖から富士山を見て帰ったら話が違うと怒るだろう。
行くと言うのなら車で行ける五合目くらいまでは行きたい。
かと言って大変だから足でそれ以上に上りたいとも思わないけど。
「それで狩りは?」
「千絵の範囲パラライズで片付いた。多すぎるくらいだからご近所に分けないと」
「範囲って言ってもほんの円形で三十メートルくらいよ? この森凄いわ」
パラライズって事は麻痺か。
無力化するにはこれほど有効な状態異常魔法は無いが、人相手にはある程度魔力が高いと効かない人もいると言われている。
そこは千絵なのでシャルすら麻痺させられるだろうけど。
「ちなみにシャル、エルフの料理ってどんなの?」
「料理名とか特にない。ある物を調味料で味付けて、生だったり火を通して食べる」
「男の一人暮らしメシじゃないんだから……」
「言い得て妙。そんな感じ。伝統的にある物を過剰に手を加えないで美味しく食べる。この土地の食材はそれで十分美味しい」
「うーん、それはその通りなのかも」
これでけ豊かな森なのだから予想で否定も出来ない。
でもさぁ、そのシャルが首根っこ掴んでる鳥とか、これから捌くんだろ? 俺が? セシールさんが?
料理は好きだけど、あんまグロいのは嫌だなぁ……。
結局セシールさんに言われるがまま、羽を毟るし首を落とすし腹掻っ捌くし、あんまりない経験をする事になるのである。
ちなみに滅茶苦茶美味かった。
寝る前に一回王城に戻った。
勿論トラ子の餌やりだが、戻ってエサ皿を見たら食べた形跡があるのだ。
これはもしやとマリーネの部屋を訪ねると、『折角のご旅行でしたし、もし忘れられたらかわいそうなので一応やっておきました』と。
マリーネいい子。
まぁハメを外して忘れてんじゃねーのと思われた事に関しては、実際ちょっと忘れてて遅い時間になったので何も言えないのだが。
「じゃあ悪いけど、明日もお願いしていいかな」
「ええ、勿論です。休む前にやっておくだけですし」
トラ子は餌さえやれば、後は自分で何でもやってくれる。
散歩も勝手にするしトイレも便器でするスーパーキャットだし。
「じゃあトモヤ、帰る」
「の前にトラ子に挨拶の一つでもしてやらんとな」
「……実はトモヤ、トラ子お気に入り」
そりゃ飼えば愛着も湧く。
咥えられて振り回されて全身骨折した思い出は遠いので無かった事にしているのだ。
なんて話しながら城内を俺の部屋に向けて歩いていると、『ふにゃー』と言う声と共にトラ子がどこかからやって来た。
そして俺の足に纏わりつき、何だコノヤロウ置いて行きやがってと言わんばかりにゴンゴン頭突きをしてくるから可愛い。
頭を撫でようとするとひっくり返って腹を出すし。
「トラ子、かわいい」
そしてシャルも負けるのだ。
少しの間廊下で二人してしゃがんで弄り倒すと、俺の部屋にトラ子を連れて行って扉を閉める。
「寝る時はちゃんと安全な所で寝るんだぞー。城内は色々な人いるからなー」
扉を閉めた所で、トラ子は丸いドアノブ以外なら一通り開けてしまえる特技があるので、勿論交換済みのこの部屋は自分で開けられる。そして体を押し付けて閉めてくれる。
鍵は掛けないが、この部屋には重要な物を置いていないので、仮にサクラが忍び込んで何か盗もうとしても何も困るものは無い。いやベッドとか盗まれたら困るしパン屋まで引き取りに行くが。
「よし、じゃあ後二日か三日したら帰るから、大人しくしてるんだぞー」
「ん、行く」
シャルが転移門を開いて二人で入ると、もうそこはシャルの実家だ。
ツリーハウスの二階が寝室になっていて、辛うじてシャルが昔使っていた子供部屋に全員収まったので、箱詰めされた鉛筆みたいな感じに綺麗に並んで寝た。
この時俺は気付いていなかったのだ。




