異世界寒村生活(その2)
軽く雑談しながら一息入れた後で、気分転換も兼ねて明るい内に外を見て回ろうと言う流れになった。
昨日は見る余裕も無ければ役所で色々やってて日が落ちてしまったし、とりあえず暗くなるまであちこち練り歩き、何なら村の人に話を聞いてみるのもいい。
そう思って割と気楽に外へ出てみたのだが、ふと何気なくアヤメさん宅の扉を見ると鍵が付いていない。
無人にするにも鍵かけなきゃダメじゃね? とどこかで思っての行動だったのだが、近所の家のドアを見ても鍵なんか無く、どうやらこの小さな村では泥棒の心配なんて無いらしい。
それならばと鍵の事なんか忘れて村の中心部へ向かって歩くが、まだ昼間だと言うのに村の中は閑散としていた。
恐らく村行く数人のおばちゃんは主婦なのだろうか、遊び盛りの子供の姿も無い。
「殆ど人いないわね」
千絵はいよいよ持ち直したらしく、あたりをきょろきょろと見渡しながら歩いていた。
楓子はまだ少し慣れていないのか、そんな千絵と緩く腕なんて組んで歩いている。
この二人は割とナチュラルにこんな風に仲良くしている事が多く、一部の層からはそれはもう熱烈な支持があった。
所謂百合と言う奴である。
どうもよくわからないが、ジャンル的にはそもそも男向けでは無く女性向けだとかで、隠れて顔を赤くするのは男子よりも女子の方が多かったように思える。
まぁ明るくハツラツとした千絵と、いかにも日本美人、大和撫子な楓子のツーショットだから、何となく絵になると言うかわからんでも無いかなと。
勿論二人にもそんな噂は漏れ聞こえているようだが、『そんなんじゃないのにねー』『ねー』と。
「中心地に店があるって言うし、それなりに人はいると思うんだけどな」
「店ってどんなのかしらね」
「少なくとも千絵が見たそうな店は無いと思うけどな」
千絵の部活の無い休日は、主に街に繰り出してのウィンドウショッピングと言う名の散歩だ。
一緒に行くのが女バスの友達か楓子か、それに俺も混じるかで多少行動は変わるようだが、基本的に色々見て楽しむのがメインである。
小遣いも多くないし、服なんかは近所の量販店だし、そもそも街まで出る意味が分からなかったが、アクティブな女子とはそう言う生き物なのだと言われてしまった。
確かに友人の一部も休みとあらば電車で街へ出て遊び歩くなんてのは良く聞く話で、自分みたいに割とインドアな方がよろしく無いのかもと思わなくは無い。
こう考えると、部活や千絵の付き合いであちこち行ってた楓子よりもアクティブでは無かったように思える。
中心部に近づくと噴水の水の音が聞こえて来た。
昨日はさほど気にも留めなかったが、こうして見ると水量は結構あるんじゃないか? とは言え昨晩の人出を見るに、全員が使うのを考えると少なくも感じる。
この辺りは噴水のおかげか、村の外周エリアのアヤメさんの家辺りに比べると空気が乾いていないようだ。
そういうのも理由にあるのか知らないが、噴水の辺りには雑談する人がチラホラいて、何なら噴水の周りのベンチに座って本を読んでる人もいる。
その本を読んでいる人は、昨日助けてくれたおじさんだった。
「こんにちは」
「ん、やあ」
昨日と同じく優しい顔で応対してくれた。
いい人や。
「昨日はありがとうございました」
「いやいや、たまにあるからねぇ。しかも今回は大当たりと来たから鼻高々だよ」
すみません遊び人ですみません遊び人で。
「それで君たちはこれからどうするんだい」
「なんか一週間程度で迎えが来るらしいので、それまでこの世界の勉強とか色々やるらしいです」
「そうか。いやなんせこの村から勇者が、それも二人同時なんて異例尽くしだから、みんな夜中まで騒いでたよ」
すみません遊び人で。いやマジで。
「それで君も王都へ行くのかい?」
「自分だけ仲間外れとか、流石に悲しすぎるんで拒否られてもついていきます」
「まぁ王都へ行って正式な検査を受けた方がいいかもね。大変だと思うけど頑張るんだよ」
明らかに遊び人の事を心配されている。
「……ちなみにこれまで遊び人って現れました?」
「一度いたよ。でも確か屈強な男で前衛系の適正の後についてたと思ったから、君みたいに邪険にはされなかったよ」
やっぱ村ぐるみで邪険にされてんのか俺は。
っていうか前衛系の適正持ちなのに、村人以下のステータスらしい遊び人適正が付くってのも何なんだか。
と思ったら、前衛系の適正が付くと相応の能力になるらしく、あくまで遊び人適正はおまけ程度らしかった。
「ああいうタイプなら遊び人でも生きていけるんだろうなぁ。全身筋肉質で王国近衛騎士にいそうな強面で、この村の女性陣はみんな彼がいる間追いかけまわしてたよ」
「そういう人も来るんですねぇ」
「この世界ではそういうタイプがモテるんだよね。女性は彼女たちみたいに美しければ引く手数多だろうけど、男はとにかく強さが一番みたいなところがあるから」
何とも俺とは合わなそうだ。
幸いにも男も顔と言われたら終わっていたが、かと言って強さと言われても村民以下と称される遊び人なので絶望的である。
「それでどうだい、こっちの世界に来てみて」
「まだ何もわからないので何とも言えないですけど、元の世界で死んじゃったらしいんで、こっちで頑張る他無いんですよね」
「異世界人はそうらしいね。もうかれこれ二千年前から異世界人がいるような世界だから、僕らと君たちでは死生観が少し違うらしいんだ」
「まさか生き返りの魔法とか無いですよね」
「神の奇跡として伝説みたいなものはあるよ。そういうのではなくね、異世界で亡くなった人がこっちの世界に来るんだから、こっちの世界で死んでも後の世界があるかもしれない。だったら笑って送り出してやろうって言うのがこの世界の慣わしなんだよ。君たちの所では大抵が悲しんで別れると聞いたよ」
「まぁ、それが自分としても普通だと思いますけど。どこか海外の部族とかになると似た考えの所もありそうですが」
「そんなだから、お前なんて次の世界でやり直してこいなんて使えない使用人にキツく当たる貴族もいるらしいけどね」
俺の未来だろうか。
遊び人のお前なんて使い道無いから死んでやり直してこいとか言われそうな気がする。
「そうそう、僕はジニーだ。これでも村長なんだよ」
「トモヤです。短い間かもしれませんがよろしくお願いします」
「こうして話してると遊び人には見えないから不思議だよなぁ」
「いやほんと自分でも何で遊び人なのかわかりませんよ。そう言えば人が殆どいませんけど、昼間って何をしているんですか?」
「大抵は村の外周で野菜を作ったりミルクを絞ったりだけど、何班かに分かれて森の近くまで行って弱い動物を狩ってくる事もあるよ。
「じゃあ、普段昼間は殆ど仕事に出てるって事ですね」
「僕は村長の仕事が一通り終わると、こうして外に出て村の人たちと交流を持っているけどね」
「村長って言うのも適正に出たりするんですか?」
「いやぁ、うちは御先祖が領主様に村長をするようにと命令されて以来で、特にそう言った適正は関係ないんだ。実際僕は事務仕事向きの適正しかないから天職だとは思うけどね」
こうしてジニーさんと少し話していると、飽きたのか千絵と楓子が合流してきて村の散策を再開した。
千絵も店番のおばちゃんと少し話したようだが、こっちの二人に関しては勇者適正持ちで大人気だったそうだ。と言うかむしろ俺みたいな遊び人なんて放り出してしまった方がいいと懇切丁寧に諭されたらしい。何だおばちゃん遊び人に恨みでもあるのか。
その後も何人かと話して得た情報は多くは無いが、人名に関しては自分たちの世界で言う外人のファーストネームが主流で、ファミリーネームは使わないと言う。
仮に王都へ行っても、貴族でも無い限り自己紹介の時に家名を名乗る事が無いらしいのだが、これは上流階級に同じ家名がいた場合、下々の者が同じ家名を名乗るなんてけしからんとか言うのが遥か昔にあったとかで、そのせいで〇〇村の誰々とか名乗るらしい。
この村の場合は辺境過ぎて村の名前すら与えられてないようで、他の村へ行った場合は『シェーバー領南部、辺境の村の○○』と自己紹介するらしい。
ちなみにシェーバーとはこの辺り一帯の領主のシェーバー公爵らしいが、領土の半分がマナ不足で昔から四苦八苦しているらしい。
日が傾いてきたのを合図にアヤメさんの家に帰った。
アヤメさんは夕食の支度をしていて、「あらお帰り」なんて素っ気なく迎えてくれる。
やっぱなんか手伝わないとなぁ。
と言う事で夕食の手伝いをしつこく申し出て、「じゃあそれ潰して」と布に包んだ昼に食べた根菜なのかよくわからない物と麺棒と言うよりか小ぶりのこん棒みたいなものを渡された。
振りかぶって潰す。潰す。潰す。
千絵と楓子は下手に台所に近づくな令が二人の母親から出ているので、この場でも特に手伝おうとはしない。
決して普段は不器用じゃないのに、二人とも刃物の使い方が危なっかしいとか、何でそこで熱された鍋の縁を素手で掴むのかとか、よくわからない危険な行動が多くて完全に出禁なのだ。
色々手伝いたいし役に立ちたいけど気持ちばっかりで空回りしてる風に見えるのだが、とりあえず刃物と火を使う料理は危険なので、俺が夕食を作る時も基本出禁にした。
「それを水にさらしてでんぷんを採って」
「片栗粉みたいな物ですか」
「質は良くないけど近い物が取れるのよ」
「ちなみに結局なんなんですかコレ」
「この世界の芋よ」
「……」
まぁでんぷんを採るって時点で、芋みたいな大根では無く大根みたいな芋って事なんだろうとは思ったけど、それにしたってもうちょい美味い物にならんものか。
「あっちの世界で普段食べてる物って、殆ど全てが品種改良で味を良くしたり、収穫量増えるようにした物でしょ」
「ええ」
「こっちの世界ではそう言う研究が進んでないから、こう言う食べられる物を何とかして食べるしかないのよ。私も料理なんて得意じゃなかったけど、必死に色々研究したんだから」
「ちなみにこれって、やっぱり何処でも誰でも食べてるんですよね」
「もっと潤ってる土地ならこんなもの食べないわよ」
それを聞いて、俺はここに住む事は絶対無いなと思ったのである。
自分達はこの世界の勉強をする以外は実質やる事が無いわけで、芋の粉で作ったパンのような『おやき』のような物を主食に夕食を済ませた後は、千絵と楓子のシャワー浴びたい騒動に巻き込まれ、とりあえずお湯を沸かして体を拭く事で妥協点とし、『あんたお湯を沸かしてきなさい、覗いたら目にグーぶち込むわよ』と言う千絵と『ダメだからね?』と控えめに恥ずかしがる楓子の二人の言う通り、お湯を沸かす仕事をしつつリビングでぼんやりしていた。
アヤメさん的にはあまり水を使ってほしくなさそうだったし、実際慢性的な水不足だから一日二日で音を上げるとは何事だと言った感じだったが、現代っ子の、しかも年頃の乙女には耐えがたいようで。
問題は使える水の量が限られている事で、アヤメさんからは一人につきヤカン八分目が限度と言われていて、これじゃ髪洗えないじゃないとブーブー文句を言っていた。
千絵でこそ一般的なロングヘア―より長いが、楓子に関しては少し前に屈むだけでも地に毛先が付くくらい長いわけで、それを洗うとなると元の世界に帰るか水を潤沢に使える村にでも行かないとダメだろう。
そう言えば村の女性はみんなショートヘアーだった気がするし、アヤメさんもショートだった。
俺もシャワー浴びたいなーと思いはするが、郷に入っては郷に従えと言う事で黙ってる事にした。決してアヤメさんが怖いわけじゃないよ? 千絵と楓子がギャンギャン言ってる時に、二人に見えない位置で結構恐ろしい顔してたとか見て無いし。
絶対俺はそんなアヤメさんを見てはいない。
洗濯自体は数日に一回まとめてやるらしく、千絵は元々着ていたが楓子もジャージを持っているらしく、とりあえず今晩はジャージで寝て、明日まとめて洗濯する許可を得た。
この場合、俺はどうすればいいんですかねー?
めんどくさそうにしてたアヤメさんにお伺いを立てた所、男物の衣類の予備はあるらしく、それを借りてパンツやらシャツの洗濯をする事になるようだ。
「もうこっち来ていいよー」
客間の扉が開いて楓子が顔を出した。
楓子と千絵がぬるま湯の入った大きな器を持って台所に行くと、それを流したりしないで隅っこに置いておく。
明日はこれを使って洗濯すると言う。
「何なら魔法で、こう水をどばーっと出せないものかしらね」
「ついでに洗濯も魔法で出来たらいいのにね」
誰かこの世界に三種の神器をください。
まぁ洗濯機があった所で水を殆ど使えないし、冷蔵庫はまだしもテレビがあっても放送自体が無いから意味無いんだけどね。
「で、よ。智也。床で寝る気無い?」
「ここにイジメがあります」
千絵のいきなりの言葉に脊髄反射で答えると、楓子が苦笑した。
「そうじゃなくてね、やっぱりあのベッドに三人寝るのは狭いし、その、お風呂入れてないし、えっと、ね?」
「俺なら楓子の全てを受け入れられるから大丈夫」
「智也君が大丈夫でも……」
「ですよねー」
ド変態野郎の言葉でも嫌がらないで恥ずかしがるだけの楓子さんマジ天使。
と思ったら、やっぱり俺に悪いと思ったのか楓子が千絵に縋った。
「ね、ねぇ千絵、やっぱり狭いけど三人一緒でいいよ」
「――楓子がそう言うならいいけど、なんかしたら蹴り落とすわよ?」
「千絵になんかするくらいなら、俺は楓子に何かする」
「だーかーらー! 私だけじゃなくて楓子にもだから!」
「勿論大人しく寝ます、はい」
これまた照れて俯く楓子さんマジエンジェルだと思うんです。
で、結局昨日のようにダブルベッドに三人で横になり、またしても楓子に変顔をして笑わし、鬼の形相でベッドの上に立ちあがった千絵に踏みつけられるように蹴り落とされるのであった。
しょうがないじゃん、楓子相手だとちょっかい出さない方がむしろ失礼に思えてくるんだから。
それに関しては俺だけじゃなく千絵も学校の連中も共通認識で、そう言うキャラだから全方向愛されキャラなんだと思う。
翌日は三人とも普通の時間に起きた。
とは言えこの世界の普通は日の出から少し経ったら起きるらしく、自分達の体内時計的に前の時間で言うと大体七時くらいの感覚で起きてしまった俺達は、この世界の人と比べれば十分寝坊助らしい。
これも夜の時間が長いからそう言う生活サイクルになってくるらしいが、昨晩も千絵に蹴り落とされても喋ったり蹴っ飛ばされたりとしばらく寝なかったので、自分達的には気持ちよく起きれるタイミングがそうだったと言うだけだと思う。
にしても、前まで軽く蹴っ飛ばされても大したこと無かったのに、今では下手するとガチで吹っ飛ぶんじゃないだろうかってくらい威力あるのは勇者適正のせいだろうか。
幸いにも本人が何の疑問も不都合も無く手加減出来てる事で、たまに凄い威力の蹴りが来る程度で実際の被害はほぼ無いんだけど。
恐らく夜普通に眠くなったら寝れば、この世界の人と同じような時間に起きるのだと思うが、そもそも一日の時間が六時間ほど長いので、本来の規則正しい生活をしていたらどんどん起きる時間が早くなってしまいそうだ。とは言えこの三人で居て大人しく寝たためしが殆ど無いけど。
今日は当初の予定通り、遅い朝食の後に洗濯をする事になった。
がしかし、男子禁制と言われ、洗濯場である裏口に近づいたらコロスとまで千絵に言われてしまった。
今更下着くらいいいじゃないか、なんて言ったら千絵に殺された上に楓子にまで嫌われそうなので、俺は大人しくアヤメさんにお使いを頼まれたのでそれをこなす事に。
ちなみに俺の洗濯物は二人がやってくれると言うが、色々心配なのは、あの二人は家事全般が得意では無い。
アヤメさんがいるから大丈夫だとは思うけど。
何となく心のどこかで何かやらかすんじゃないかと思いつつ、食料品と日用品の買い物をし、支払いながら軽く雑談してみたが、やっぱり遊び人は倦厭されるらしい。悲しい。
どうやら昔、村の人間で遊び人適正を持つ人が居た事があるらしく、その人がどうしようもなかったらしい。
だが聞いてみれば数百年前の話なので、その人が数百年経っても語り継がれるクソ野郎だったのか、それとも単純に『遊び人はダメ』と言い伝えられてるのかはわからない。
まぁでもその話を聞くと、以前いた前衛系の後に遊び人が付いていたと言う人は、人間性はまともだったんだろうなぁ。
流石に顔だけ良くてクソ野郎だったら語り草になってるはずだし。
買い物の大半は食料品なのだが、あの微妙な芋は噴水近くの商店で買うのではなく、村の外周部の畑に行って直接買うらしい。
芋以外にもある程度の葉物野菜や根菜も作っているようで、買い物リストにニンジンと書いてあってちょっと期待したが、そもそも色がオレンジ色とかじゃなく白かった。
葉物野菜も小松菜なのかホウレンソウなのか、いやしかし根本を見るとチンゲン菜のような、もう何とも良くわからない物が畑にあるが、軽く触った感じでは葉っぱが硬くて食べるにしても一工夫しないと難しそうだ。
「ただいまー」
一時間程度でお使いを終えたのだが、洗濯組はまだらしく、裏口の方で話し声がする。
行くべきか待つべきか、行けばイベント発生かなと思ったけど、下着を洗ってる現場なんて見ようものなら本当に生命の危機なので、大人しくリビングで待つ事に。
にしても、千絵と楓子の下着か。
色々想像してしまうが、ぶっちゃけ長い付き合いの中で見たことが無いわけでは無い。とは言え千絵も小さく無いし楓子に関しては御立派な物をお持ちなわけで、思春期男子としては色々妄想しても悪じゃないと思う。
だがひとつ言わせてもらいたいのは、別に下着自体にさして興味があるわけでは無い。
それを着けている状態、もしくは手にして恥じらっている姿がいいのである。
これを言ったその瞬間、俺は幼馴染としての権利を剥奪され、二人からゴミ屑を見るような目で見られるので絶対口にしないが。
――洗濯物なんて、洗濯機を回すときに洗剤を入れ忘れたり、逆に多ければ汚れも落ちやすいと思って多く入れたら洗剤の残りカスがついてて怒られた事で、それ以来やったことが無い。
そもそも私は洗濯する側じゃなくて出す側だし。
なんてわけのわからない自己主張を心の中でしてみたが、里中千絵が色々な面で残念なのは自分でもわかってるし仲のいい人には知られている事だった。
「ねぇ楓子。今時洗濯板って無くない?」
「うん。……かと言って電気が無いのに洗濯機も無いよね?」
「昔の人って良く手洗いなんてしてたわよね」
「あんた達、いいから手を動かす」
『はーい』
と二人仲良く答えたはいいが、智也のトランクスを前にして千絵も楓子も動きを止めるのである。
千絵と楓子の仲は、それこそ産まれた病院の新生児室のお隣さんからスタートしている。
そもそも家が近所で母親同士も同い年で仲が良かったが、何なら出産日も一緒にしようと画策して身籠るとか、どんだけ仲いいんだかと聞かされた時に思ったものだ。
実際に同時期に妊娠して出産予定日も近かったが、結果的には日をまたぐ前に千絵が産まれ、日をまたいですぐに楓子が産まれたので、実際の姉妹では無いが母親達には「千絵の方が二時間くらいお姉さんなんだから」みたいな事を言われ続け、いつしか『楓子よりもしっかりしなきゃ、お姉さんだもん』と言う意識が生まれていた。
そのせいかは知らないが、千絵はアクティブな子に育ち、楓子がそれについていくような形になったわけだが、何だかんだ言いつつ色々やってくれる智也と言う幼馴染と入園前に出会い、当時から智也を巻き込み三人であちこち突っ走っては大人を困らせる悪ガキだった。
それも小学校の半ばで落ち着き、その頃から次第に女の子らしさに目覚めて行くのだが、その中で一人異性の智也の存在と言うのは扱いに困った。
こう言うのは特に男子に多いが、女子の中にも『私達よりも男子の斎藤君と遊ぶの?』みたいな空気は割と男子よりも早い内にあり、勿論友達だからみんなと分け隔てなく遊んではいたけど、やっぱり智也といる事の方が多いのは仕方ない事だと思う。
それは家が近所で連絡を取ればすぐ合流できるとか。
何かと気にして動いてくれるから、自分が何か失敗しても大事になる前に止めてくれたり助けてくれたりするからとか。
下手したら家族以上に自分たちの事をわかってくれるからとか。
そんな智也に合わせて、何とか周りの空気を読んで上手い事立ち回り、気が付けばあちこちに人脈が出来ていて、人からの評価が『明るく元気でリーダーシップのある子』になってしまい、気が付けば中学一年の時からバスケ部と兼任で生徒会役員に推薦されてしまい、これはヤバい私一人じゃどうしようもないと楓子と智也を巻き込み、いつしか三人で生徒会を回せる位になっていた。
生徒会に学校側や生徒側から持ち込まれた議題を、あーだこーだと話し合いバッサリ切るのは千絵の役目だったが、その後上手いこと纏めて形にするのは智也の仕事だった。それで上手く行っていたし先生からも生徒からも評判は良かったが、見た目の問題もあるのかいつも千絵や楓子の評価が高く、智也の評価は千絵の金魚の糞程度の扱いだったのは千絵や楓子にとっても永遠の謎だった。
何はともあれ楓子や智也との関係は幼馴染と言う言葉一つで済む。
ただ、異性の智也に関しては千絵も楓子も多少思う所が無いわけでは無かったが、それに関しては楓子と二人で特に話し合った事も無いし、いずれ何かしらでハッキリする事もあるだろうと気長に考えている。
高校生にもなると、高校では生徒会長――自分が推薦されるのが嫌で千絵が押し付けた――だった智也との関係を聞かれる事が非常に多かったのだが、千絵本人も考えようと思うとモヤモヤする気持ちがあって、幼馴染だよとしか答えられない。その辺りは楓子も同じで、何なら一日に複数回告白された事があるような学校生活でも、智也の事が好きなんじゃないかと直接問われても、『勿論好きだけど幼馴染としてだよ?』と言うある種の模範解答で乗り切って来た。
自分と智也の関係性については深く考えないでいたが、こうも周りから言われると億劫で、千絵と楓子でそこら辺の返答の仕方の協議も行ったが、実際智也と付き合うとか別れるとか言う話でも無いし、今まで通りの返答をするしか無いと言う事で結論は着いている。
で、だ。
長ったらしくも、そんな智也と言う幼馴染のトランクスの扱いに赤面してしまい位には、千絵も楓子も乙女だった。
「ほら二人とも働く」
アヤメの言葉に油の切れた機械もかくやと言う動きで、千絵が智也のトランクスを手に取ったら楓子も同時に掴んでいた。
異性の下着と言うだけで父親の下着と同じく嫌悪感があるかと思えば、不思議とそうでは無い事に驚きつつも、何なんだこの緊張感と照れと何か悪い事をしてる気分になるのはと一瞬苦悩し、しかしながらやらないわけにも行かない。
さっきは自分達の下着を見られる事が恥ずかしくて、楓子と二人で智也に裏口に近づくの禁止と言ってしまったし、何ならあんたのも洗うから来るなと言ってしまったが、過去に帰れるなら後で自分の分は自分で洗えと言い換えたい。
「ね、ちーちゃん、私やるよ?」
楓子が女神の微笑みを浮かべ癒し空間を展開していた。
その雰囲気に飲まれトランクスから手を放してしまったが、いやしかし楓子にそんな事をさせるのも、と思った所で楓子はごっしごっしと洗い始めるのである。
ああ、楓子が汚れちゃった。
「あのさー、別に下着一着くらい、トモヤが帰ってきたら自分で洗わせれば良くない?」
『えっ』
その言葉で二人して固まったが、最早後の祭りと言うか何というか、むしろ手にして洗い始めた事で楓子の中で何か吹っ切れたようで、それはもう楽しそうにごっしごっし洗うのである。
それを見て、何だろうなんか負けた気がすると思う千絵だった。
結局洗濯自体は不慣れだったり迷いもあって時間はかかったが無事に終了した。
洗剤の溶けた水を使って後で食器を洗うとアヤメに言われ、いやそれはちょっと生理的にと言うやり取りがあったりもしたが、この一連の苦労と苦悩を考えると洗濯は数日置きでいいかなと思うのであった。




