種族を超えて
ようやく引っ越しの日程が決まったのだが、その前にベスターの演説があった。
以前から前もって日にちを公示し、魔人が怖くてとてもじゃないが受け付けないと言う人は、当日の演説の前後二時間は中央噴水広場よりも王城に近づかないようにと御触れを出してある。
これは見に行ったら気分が悪くなった等のクレーム回避もあるのだが、ただただ魔人が怖いだけの人を暴動の危険のある場所に呼ぶのも悪い。
そう、今回に関しては暴動の可能性も視野に入れている。
と言うのも、人間にとって魔人と言う物は否定するように教え込まれて来たので、それと仲良くしようなんざ反吐が出る程に認められない過激派も存在して然りなのだ。
ただ、暴動が起きた所で楓子のシールドを突破できる人なんていないので、こっち側は安全なのだ。
危険なのは下で演説を聞いている一般市民か貴族だ。
なので、楓子には暴動が起きたら騒いでる所を中心に半径五十メートルは個々人をシールドで守ってくれと言ってある。
楓子なら十分可能だし、暴動で何が怖いって何らかの動きでドミノ倒し等の人的被害が出る事だ。
仮に何らかの攻撃手段に出た場合も、楓子のシールドによって無効化される。
そう、今回のシールドは外から守るだけではなく、内側から外側への動きも阻害する物なのだ。
憲兵として働く魔法師団員が使うバインド系の魔法もあるのだが、それだと対象者のみで仲間までは拘束できない。
その点楓子のシールドなら、過激派が複数人で攻撃魔法を使ったとしても、自分の周りに展開されているシールドで弾かれて自爆するだけだ。
その辺りは知識さえあれば対処出来るようだが、そう言った知識を持つのは魔法師団の人間程度なので、こちら側に盾突く事がどれだけリスクのある事か理解しているはず。
その辺りの事まで告示してあるので、その上で何かやって来よう物なら覚悟してもらおう。
そこまでする必要については多少の議論があったのだが、むしろ言ってしまった方が『何かあった時に女神フーコの加護がある』と認識されて過激派側の行動を抑えられる効果もあるだろうし、演説を聞きに来た一般市民から貴族まで安心してもらえるだろうと。
正直、自分達からしたら楓子のシールドは鉄壁だし無いと不安になるくらい依存しているが、他の人たちはそんな環境下に無いのでアテにしないと思っていた。
だが、公爵家の当主や有識者の皆々様は口々に言うのだ。
曰く、『女神フーコの名前だけでも民衆は安心する』、『その女神フーコの防御魔法で守られるのならば安心だ』、『むしろ何か起きて守ってもらいたい』と。
最後のに関しては言われた楓子を始め、こちら側全員ドン引きだった。
だが、一般的な認識として、楓子と言う存在は人よりは神寄りの認識のようだ。
何なら教皇になって欲しい言い出す人もいたのだが、これが面倒な事に有識者として参加していた教皇猊下本人だから質が悪い。
その会議でも老け顔メイクをしていたが、じっと見ないと確かにご老人の相貌である。
ただ、良く知る人が見れば、体格がやや良くなってるし覇気が違う。
ここしばらくの間は北にある聖地で隠居していたおかげか、今の所教皇猊下を見て訝しがるのはルーベルトの爺様だけだ。
演説の日が近づくにつれて城下の雰囲気は少し変わってゆく。
城下、なんて言っちゃうくらいにはその頃には城に入り浸って会議やら内緒話やらしていたのだが、その雰囲気が一部では物々しいモノで当然かなと思うのだが、他の場所ではお祭り騒ぎを始めていたのだ。
別に『大魔王ベスター歓迎』とか垂れ幕を掛けたりしてるわけは無いが、中央噴水広場がやたらと活気づいている。
なんでかと少し考えてみたが、思い当たるとしたら当日は聞きに来ない人も、考え方次第では中央噴水広場までは近づけるのだ。
怖いけど気になる、そんな人はその辺りでうろつくのも十分考えられる。
参加する人も大抵は中央噴水広場を通るし、ここで盛り上げておいて当日の売り上げを伸ばそうと言う魂胆なのだろう。
嫁ーずを連れて現地視察と称して散歩に出た時も、十分もしない内に全員の両手一杯になるほど屋台の料理を『味見』と称して渡されてしまった。
そんなの初めてだよ。
一番驚いたのは、サクラが根城にしてるパン屋までもが、表にテーブルを出してサンドウィッチの露店販売をしている事だ。
「あーっ、サクラちゃんだー」
そして寄って行く楓子である。
この時点まで俺は、以前寮に持ち帰って来たパンがここの物だと知らず、何ならサクラと知り合いになっていた事も知らなかったのだが、ここで千絵と楓子がサクラと世間話を始めた事で何となく察しがついた。
サクラには後でちゃんと教えとけよと言っておこう。と思ったが、サクラ本人、俺に自分の普段の生活を知られたく無さそうだったので、一々触れてやらなくてもいいかなと思いなおした。
サンドウィッチの露店販売は、サクラが売ってるせいか飛ぶようにでは無いにしてもコンスタントに捌けていき、その補充に来た店主が千絵と楓子に気づいて平身低頭と言うと極端な言い方だし言い過ぎではあるのだが、それくらいの勢いでペコペコと頭を下げて『この前は本当にありがとうございます』と言っていた。
その件については後で聞こう。
そう思ってたら今度は中から奥さんが産まれてそんな経って無さそうな子供を抱いて来て、これまた『妻のアリサです。この前は助けて頂いて本当にありがとうございました。無事この子も産まれまして――』と話だし、赤ん坊を見た千絵と楓子のテンションが爆上がりである。
そして蚊帳の外の俺とシエルだ。
ちなみにシェリールは大勢の民衆に囲まれて拝まれていた。エルフ崇拝すげえ。
しばらくそんな風にしてパン屋付近にいたのだが、どうも楓子が教会で魔法としての『神の加護』と言うのを覚えて来たとかで、そのパン屋の子に施していた。
効果はお守り程度の付与魔法だと言うが、魔力探知でちょっと見た感じしっかりと楓子の魔力がその身を守っているように見える。
神の加護はユニークスキルとして元々千絵と楓子が持っているのだが、それは肉体の能力を底上げするスキルらしい。
どうやらそれを魔法で再現しようとしたら上手くいかず、お守り的な効果になったようだ。
そのお守り的な効果と言うのも伝聞で曖昧なのだが、多分魔力付与による肉体の強化と多少の防御力アップみたいな効果もあると思う。
本来なら産まれて一か月後の洗礼式で付与されるらしいのだが、今回の件で予定がずれ込んだとかで楓子が施したらしい。
まず勝手にやっていいのか疑問なのだが、それ以前に楓子から施された事で変な能力に目覚めないか不安である。
魔法の効果自体は通常数日で消えるらしいが、多分この子のはしばらく残る事だろう。
もう一つの不安は、一応魔族の魔力を持つサクラがいるので、その魔力的な影響だ。
魔力感知で見た感じではそう言った影響を受けてるようには見えないが、子供はそう言う影響を受けやすいと言う。
まぁサクラの事だから細心の注意を払っているだろうけど。
で、それらを目撃した周囲の人々が、楓子を崇め奉り、楓子によって神の加護を施された――と言うか女神フーコに授けられたと受け取られているように見受けられるのだが、『この子は神の御子になるぞー!』と旦那さんが雄たけびを上げるものだから一時騒然である。
「こら楓子」
「はーい……」
そう言う事は軽々しくしちゃいけません、と視線だけで諭す。
こないだ教皇の件でルーベルトの爺様に怒られた俺が言えたもんじゃ無いんだけど。
元々そんな怒るつもりも無いし、ここでハッキリ怒ってしまうとパン屋の旦那と奥さんが今以上に恐縮してしまいそうだ。
「あんまりいると迷惑になってしまうので、自分達はそろそろお暇します」
そう言いつつ、俺もちょっと興味あって奥さんの抱く子供の頬を指でツンツンする。
めっちゃ泣かれた。
「智也君」
「智也」
「ごめんなさい……」
でもさー、やっぱり赤ん坊って凄く特別感あるって言うか、触ると壊しそうだし汚い手で触れないしで恐縮しちゃうけど、なんか触って良さそうだったからつい。
囲まれたシェリールを引っ張り出して俺達は転移門の魔法で城内に戻るのだった。
なお、その後四人から『赤ちゃん好き?』と聞かれるハメになり、しどろもどろになって何も返答できない俺が城内で目撃されるのである。
いやさ、結果的に結婚しちゃってるけど、自分で稼げるほど何かが出来るわけでも無いし、嫁四人ってだけで責任感と言う重圧が襲って来るのに子供とか、なんかもう恐れ多くて。後そう言った事になるとチキンなので。
さて、そんな一幕はあったが当日となり、朝から城にベスターとフローラさんが来て打ち合わせをした。
実はこっそりサクラも来てるのだが、ここ最近サクラの透明化の性能が上がってて、俺でも人が多いと見つけられなくなってきた。
どうやらいわゆる成長期と言うやつで、魔力が増えると同時に色々出来る事も増えるのだと言う。
以前の秘密の会議でベスターと会っていた面々は多少の緊張で済んでいるからいいけど、他のベスターと初対面の人達の緊張具合がヤバい。
下手したら倒れるんじゃないかと言う程緊張、と言うか恐怖しているのが散見される。
演説をするに当たって主要な公爵家とその分家、そして伯爵家とその分家へのお目通りを兼ねての挨拶があったのだが、ベスターってほら、素で大物感出してるじゃん? 俺と見た目年齢変わらないのに。
だから、『なんだあの若者は』とあえて聞こえるように俺達と喋ってるベスターに陰口を叩いていた人なんかは死にそうな顔をしている。
この貴族社会、どうしても階級で物を語ってしまう風潮があるので、そう言う事も致し方ないのだ。
ただ今回は相手が悪かっただけで。
あえて言わせてもらえるならば、今日が何の日でどういう人間が集められていて、その場に自分の知らない人がいたら例え異世界人風の若者が相手だろうと、紳士の対応であるべきだったんじゃないかなと。
恐らく俺を下に見てる人で、その俺と仲良く喋ってるものだから邪険に扱ってしまったのだと思う。
城内の中央エントランス下に人が集められ、階段の上に自分達が揃っていた。
そこからの挨拶でベスターは自分が元々人間である事、だからこそ人に危害を加える気は無い事を強調する。
人からすれば魔人は敵なのだが、このベスターの『元々人間である』事や、『故に敵意は無い』とハッキリ言う所。
そして異世界人の若者の風貌である事と、立ち居振る舞いや言葉使いが貴族然としている事で、ある種の威圧感は発生するのだが受け入れがたくはないのだ。
ただ、魔人であると言う予備知識のせいで上手くいかないだけで。
挨拶が終わるとまばらな拍手を受けつつも即座に下がり、人の目に付かないように控室へ行く。
これは挨拶を受けた参加者への配慮だった。
ざっと見た感じ、ベスターを好意的に受け入れる人は半分には届かなくても結構居たと思う。
逆に敵意を滲ませていたり警戒する人が見えなかったので、それほど悪い結果でも無いようだ。
何となく見まわしてからベスターと共に下がったが、歴史の古い家の人間と新しい家での差は無かった。じゃあどう言う人に好意的に受け入れられたのか考えてみたが、割と若い人には受け入れて貰えたような。
後は旧来の頑固と言っていい家だ。
これが意外だったのだが、ベスターの貴族然とした振る舞いを高く評価しているようなのだ。
勿論それによって魔人を受け入れたかと言うとそうでは無いのだろうが、少なくともベスターに関しては悪い印象を持っていないように見えた。
なんせあのシュバインシュタイガー家の当主であるジークフリートが険の無い顔でベスターを見上げ、最後にまばらだった拍手を打つ一人だったのだ。
「手ごたえとしては、こんなものだろうなと言う所か」
そう自己評価を下すベスターは、フローラさんからコップを渡されて用意されていた水を飲み干す。
決して満足はしていないようだが、かと言って落胆もしていないようだ。
「魔人の印象を変える事が出来るかどうかが、私の演説に掛かっていると言うのは少々プレッシャーだな」
「その割には堂々としていたけど」
「魔人の社会は強い者が上に立つ。オドオドしてたら舐められて喧嘩を売られるからな」
「それを片っ端から粛正するフローラさんの姿が目に浮かぶんだけど」
「ん、彼女とは私が魔人化して百年と少し経った頃に一緒になったから、魔人化してしばらくは何事も一人でこなしていたぞ?」
「それはそれで、良くあの森が吹き飛ばなかったもんだな……」
「ん? 何度か吹き飛ばしたぞ?」
「あ、はい……」
土壌が豊かで本当によかったな。
「じゃあ、どこでフローラさんと出会ったんだ?」
「ここで馴れ初めを聞くのか」
「後でもいいけど」
「聞かないと言う選択肢は無いのだな……」
珍しい。
ベスターが少し照れているようだ。
「私の成長期が終わり、同族の中でも異常な魔力で耐性のある同族すら魅了するようになってしまい、旦那様の所へ逃げて来たのが最初です」
「んむう」
ベスターが何やらもにょってる。
「本当に旦那様には良くしていただきました。事情を説明したら城に住んでいいと言ってくださり、私を追いかけて来た様々な魔人を撃退し、守っていただきました。
「えーっと、……一目惚れ?」
ベスターの顔が赤くなっていた。
こんなん初めて見る。
てっきりフローラさんからかと思ったら、実はベスターが一目惚れとか予想外だ。
「だから言いたくなかったのだ……」
「まぁ惚れるのはわかるけど――」
そう言った矢先に四方からのプレッシャーである。
だってしょうがないだろ。こんな美人。
「でも最初はベスターの一目惚れだとしても、フローラさんもベタ惚れですもんね」
「ええ、そうですね。でも旦那様は極度の奥手でしたので、結婚には更に百年くらいかかったんですよ」
「……一緒になったのが魔王になって百年くらい後って言ってなかった?」
「つまり魔王化して十年しないでフローラと出会ったのだ」
「そこから百年手を出さなかった?」
「記憶がないものでな」
それは関係ないと断言しよう。
「手を出して頂くまでには、その後もしばらくかかりましたけど」
「……むしろ魔人化してよかったんじゃないかなぁ」
こんなんじゃ一生結婚なんて出来なかっただろうに。
「けじめと言う意味では必要なプロセスだったのだろうが、私はフローラとの共同生活で既に満足していたのだ」
「それでフローラさんは、はっきりしないベスターの面倒を見ながら悶々としてたんですね……」
「ええ、ですので私のようにならないように、トモヤさんの奥様達にはしっかりと言い含めておきましたので」
飛び火してきた。
「あ、その……。ごめんなさい」
「ふん、それ見た事か」
自分がちゃんとしてないのに人をからかうもんじゃなかった。
「さてトモヤよ。そろそろ時間だが、トモヤは上手くいくと思うか?」
「まともに話を聞いてくれれば、聞いてくれたうちの大半は興味を持ってくれるし、二割くらいは許容してくれると思う」
「二割か」
「残りの八割の半分くらいは賛成できないけど反対とハッキリ言えない層で、残りは否定的って所じゃないかな」
「では六割、まともに聞いてない分を除いて約半分は期待が持てると言う事だな」
「楽観的に考えてだけどね」
「意外とトモヤの見る目はしっかりしてるからな。感では無く判断材料を検証した上でそう思ったのなら、それを信じて頑張ろうではないか」
「俺が何と言おうとやって結果を出すしか無いんだから、ベスターはベスターの思うようにやればいいと思うよ。あんまり余計な事まで喋るとヤバいけど」
「トモヤは私の事を信頼し過ぎているのではないか。これでも小心者なのだが」
小心者とか言いながら顔が笑ってんだから、多分本人としてもそれなりに可能性はあると思っているのだろう。
この間の騙し討ちみたいな会議での演説、そしてさっきの挨拶。
ベスターには確実に人を惹きつける力がある。
話さえ聞いて貰えれば、大半の人が興味を持つだろうし、中には考え方を変える人も出て来るだろう。
国民性としても、日本人みたいに慎重派と見せかけた無関心と正反対だ。
「さ、ベスター。行こうか」
「小心者だと言うのに信じておらんな」
「小心者が魔王ってのもネタとして面白いから話に入れればいいんじゃないかな」
いや信じてないわけではないんだ。
進んで表立って何かやろうとするタイプでも無いだろうし。
他の魔族から風貌で馬鹿にされるからとフードを被っていた事も、小心者な部分があっての事だと思う。
でもさぁ、本当に小心者だったらさっきみたいな挨拶は出来ないし、これから演説に立とうとすら思わないはずなんだよなぁ。
演説の場は、ここ最近何かあると使われがちな王城正面二階のバルコニーだ。
そこに俺とベスターとシェリールの三人で姿を現し、その後ろからフローラさんや千絵と楓子とシエルもついてくる。
サクラも隅っこに透明化の魔法を使って隠れているが、これは何か不意の事態に対しての保険なので今回は特に出番は無いだろう。
もし何かあったら楓子のシールドで民衆を守り、その中で不穏な動きをしているのがいたら千絵のバインドで一本釣りしてもらう事になっているが、これも攻撃をしようものならシールドの中で跳ね返って自爆するだけだし、そもそもその事も通告してあるしなので、何も起こらない見通しではある。
それで言うとシエルは今回いるだけではあるけど、一応装備は付けて貰って護衛として傍に立って貰っている。
『お集りの皆さん』
バルコニーの手すりにまで寄って、シェリールの拡声魔法に声を乗せる。
見下ろして驚いたが、恐らく人数的には王都の住民とほぼ同数くらいいそうだ。
中には四方の公爵領から来てる貴族もそれなりにいるのに、恐らく七割程度は王都民が来てくれているようだ。
仕事の都合で来れない人なんかも一定数はいるから、参加率はかなり高いと言っていい。
『本日はお集まりいただき、ありがとうございます。幸いにも天気が良く、最近は暖かくなってきて――』
ざっと挨拶をすると、今度はシェリールにバトンタッチして注意事項を告げてもらった。
『皆様方に於かれましては、魔人の存在に恐れを感じてパニックになるかもしれません。しかしこちらには女神フーコがいますので、何かあってもお守りいたします。しかし、もし耐えれないと感じてしまった場合は、無理をせずこの場から離れてください。ですが私は断言します。こうして私の夫であるトモヤ、そして私と同じく妻であるフウコ。そしてチエとシエルが今現在も魔人の王と肩を並べていて何も問題が無いのです』
怖さでパニックになるかもと軽く脅しておいて、いざベスターが演説に立った時に『思ったより怖くない』と思わせる。
そして、至近距離でこうして肩を並べていると言って安全性もアピールしておく。
あんまり意味は無いかもしれないけど、特にこの王国はエルフであるシェリールを崇拝している人が多いし、同じように楓子を崇拝している人も多い。
その二人が平気なんだから大丈夫だとハッキリと言う事で、最初に脅しておいたのを脅しと思わせない効果も狙ってみたが、どの程度効果があるのかわからない。
こうしてついにベスターが一歩ずつバルコニーの手すりに歩み寄ってゆく。
姿は異世界人の若者が正装をしているだけにしか見えない。
バルコニーから下を見下ろしたベスターは、右から左へと辺りを見回す。
『私が魔人の王、魔王ベスターだ』
場は静寂だった。
この風貌故に、本当にこれが魔王なのかと疑問を持つ人もチラホラいるようだ。
『魔王となる前は、この王国に飛ばされて来た記憶を無くした勇者だった。もうかれこれ三百年も経ってしまったが――』
ベスターは淀みなくしゃべり続ける。
ベスターの声は、当初俺も三十代か四十代ではと思う程落ち着いた男らしい声だったのだが、落ち着いた聞き取りやすい声なので聞き入ってしまう。
『今回は地脈の件もありトモヤと友好を深める事が出来た。我が魔人の森の隣の国であるドワーフ王国とも、非公式であれど交流を持つことが出来た。私はこの三百年、やはり寂しかったのだろう。そんな私の我が儘で申し訳ないのだが、この国との交流を許して欲しいのだ。交流と言っても魔人が一挙に押し寄せて来るわけでは無い。私や私の信頼する従者である彼女が、何不自由なく王国の地を歩ける許しが欲しいのだ。将来的には人と大して変わらぬ魔人との交流も考えているが、とりあえずの所は私の願いは以上である』
時間にしては恐らく二十分に満たない程度の演説だったと思う。
自分の事、魔人の王となった事、魔人の森や城での生活、魔法陣による魔力の搾取。
将来的な話として魔人の受け入れの事も入れたが、流石に早い内にやるなんて誰も思わないだろう。こうして当たり障りのない範囲で自分の事を語って聞かせている間、観衆はただじっと聞いていた。
ベスターは一通り喋り終わったからか、こっちを振り向いてこの先の指示を待っている。
うーん。
民衆が何も言わない動かない。
ボケーっとしてるわけでも無い。
この場では可否を出せない人が多いのかもしれない。
まぁ出されたところで集計を取るわけでも無いけど。
『今お聞きの通りです。後はこの王国に住まうあなた方にお任せします』
俺はベスターを連れて城内まで下がった。
後はシェリールが終了を告げて終了だ。
「トモヤから見てどう思った」
「うーん」
こうも反応が出ないとも思わなかったので何とも言えない。
「もっと反応があると思ってた。ヤジすら飛ばないんであれば、ベスターの言葉をじっくり聞いてくれたんだろうと解釈するほか無いかなぁ」
「私は手ごたえを感じたぞ」
「手ごたえ無くは無いんだけど、掴んだはずが掴み切れてなかったような。実はがっつり掴んでるんだけど感じ取れないだけならいいけど」
「まぁ終わったのだ。後は待とう。さ、腹が減ったぞ」
「やっぱ小心者じゃないんじゃないかなぁ……」
この後はある程度上の貴族を交えての会食が予定されていたのだが、そこでもベスターへのハッキリとした態度は見えて来なかった。
でもベスターを見て恐れる人がいなくなったのだ。
これは受け入れられたと見ていいと思うのだが、はっきりしないので悶々としてしまう。
それから三日後に投票が行われ、実に七割が交流に賛成で残りの二割が反対、一割が棄権となった。




