お土産
コボルトの魔王と普通に対話、と言うか交流出来てしまった事で、模擬戦自体は行われる方向で話を付ける事が出来た。
シエルとの、結果腕試しとなったタイマン勝負も加味されている。
この手のは本来議会とか通さないで現場の責任者だけの話し合いでもいいのに、なんせ相手が魔物で尚且つ魔王に率いられていてパワーアップしている物だから、特に公爵家の当主付近のお偉方がうるさくてかなわない。
そりゃ自分の息子や場合によっては娘が戦うんだから、心配になる気持ちもわかる。
何なら最悪の場合、最悪の事態が起こる可能性も考えているが、この間のシエルとコボルトのタイマンを見る限りは相手も正々堂々戦う姿勢を見せていたので、こう汚い戦いと言うか、とにかく意地でも殺し尽くせみたいな事にはならないように思えたのだ。
シエルがドワーフだから殺気がそれほどでも無かったと言う話もありはしたが、かと言って人間である俺や千絵や楓子に殺気が向くわけでも無く、単純に自分の力を示そうとしていたように見えたのだ。
そう考えていて自分が思い違いをしていた事に気づいた。
そもそも魔物とは言え、魔王の影響があろうが無かろうが心があるのだ。
人間が憎いと思う心、強者と戦って勝ちたいと思う心。
魔物だから、人と違うから、農作物を荒らしたり街道で悪さをするから。
コボルトの魔王も言っていたが、対話が出来ないのであれば意思疎通は難しい。
だが、全くできないわけでも無いのではないか。
とりあえずの所、俺が魔王と話せるので意思疎通は出来るが、将来的に対魔物マニュアルみたいなものを作るのもいいかもしれない。
まず殺そうとするな、相手が何をしたいか、何を望んでいるか考え、可能なら叶えるし不可能なら殺さない程度で追い返す。
これの問題点は、魔物がとにかく武闘派だった場合その場で殺し合いに発展しかねない事と、追い返した後で群れで纏まって反撃に出て来られる可能性がある事だ。
うーん、やっぱり対話が必要だ。
でも、何となく糸口が掴めた気がしないでもないのだ。
現状では勇者並の強さが無ければ話にならないけど。
そんな事を議会が終わった後でルーベルトに話してみたら『絵空事だ』と一蹴されてしまった。
あの人は年長者で取りまとめ役だからか、俺の事も尊重して話を聞いてくれる。
なのでくだらない話を聞いて貰う事が度々あるのだが、その時の反応で何となく本心がわかる。
今回は『実現出来たらいい事だが現状では無理だろう』と言うニュアンスだった。
ちなみにコボルトとの模擬戦を相談した時は、『お前は馬鹿か』と軽く怒気を孕んでいたので本気で怖かったです。
これ自体は特殊能力とかじゃなくて、単に顔色を伺っていると何となくわかる程度の物なのだが、こちとら相手の顔色を伺いながらじゃなきゃ生きていけない立場なので、そりゃ嫌でも鍛えられる。
ともあれ、学校生活と政治に片足突っ込んだ生活、そして新婚生活がかれこれ三か月を過ぎた。
ふっと現れたベスターに拉致られる形でベスターの居城へ飛んでみれば、見渡す限り綺麗な街並みで度肝を抜かれたのもつい先日。
ベスター関連でやらなければならない事は残すところベスターの演説だが、これも予定日が近づいて来て王都が少々物々しい雰囲気ではあれど、人間は逞しい物で生活は普段と変わらない。
反魔人派の過剰反応する人が荷物をまとめて王都を出て行く可能性も考えていたのだが、そう言った報告が上がってこないのだ。
むしろ四方の公爵領から面白半分で見に来たと言う公爵家の人間や伯爵家の人間がチラホラいて、慢性的な娯楽不足を感じるのである。
なお、最近人気の娯楽は、『トモヤ、地脈の異常に揺れるドワーフ王国と魔人を取りなす』と言う演劇である。
何部かに分かれているうちの一つなのだが、俺を題材にした演劇とかマジでやめてくれ。
半ば義務として一回だけ見に行ったが、終始恥ずかしくて悶え死ぬかと思った。
そして関係者にはニヤニヤされた。
そして程々に仕事が片付いて気が抜けたある日。
「これは――お茶だな」
寮の食堂におやっさんを招いての食材消費の日、コボルトからの土産を見せたらおやっさんの顔色が変わった。
「どこで栽培していたんだ」
普段はサングラスを掛けヤの付く自由業の方々も真っ青な某海兵隊的坊主な風貌の人だが、これが料理の事になると一気に料理人の顔に変わるから不思議だ。
元々お茶っぽい物はおやっさんが葉の栽培と収穫から全て一人でやっているのだが、やはりお茶っぽい物であって違うと言えば違うのだ。
「さぁ、コボルトの集落にストックがあったくらいなので、恐らく付近で栽培してると思います。えっと、集落の周りは斜面なので元の世界と育成条件は変わらないのかな?」
「気候、寒暖差とかその他諸々要素はあると思うが。そうか、あったんだな……。にしても魔物が育てているのか……」
「そこらの顔色ばっか窺って何もしない貴族よりかは格段に頭のいい奴ですよ」
ちなみにその顔色を伺ってばっかの奴に自分も含めている。
こちらの陣営に勇者やガーディアンがいるからいいものの、何にも無い中で交渉しろとなったら俺には無理だ。
結局俺は虎の威を借る狐であって、一人じゃ何もできない。
「香りが緑茶だったので、とりあえず飲んでみたら味もしっかり緑茶でした」
「なるほど、だからそこのが睨んでるんだな」
そう言って、明らかに機嫌が悪いですと言わんばかりの千絵が俺を睨んでいた。
今日は楓子は教会で神聖術の勉強、シエルは学校で万全な状態になったアルバート先生との稽古だ。アルバート先生が稽古を受ける側で。
そしてシェリールは王城への引っ越しの為、あっちに行って色々と調整をしている。
たまたま暇だった千絵が、俺の護衛としてくっついて来ていた。
「悪かったって」
「全く反省してないじゃない」
何に怒っているのかって、あの時俺が千絵達に確認を取らないでお茶を飲み干してしまった事だ。
まず第一に毒の混入の危険性。
第二に人間の体にとって毒である可能性。
第三に速攻毒では無いが有害である可能性。
そう言った事に気を付けないで、あろうことか一気飲みした事に一同お怒りなのである。
ちなみに第一と第二は同じようで別である。
コボルトが故意に混入したのならその場で殺す事もあり得るが、人間の体にだけ有毒だったら確認しないで飲んだこっちが悪いからだ。
「そう言う千絵だって一気飲みした癖に」
「私は状態異常抵抗大があるから、即死クラスの毒でも死なないわよ」
「不公平だよなぁ……」
何ならフグとかそのまま食べても大丈夫って言ってるようなものだ。
多分俺が千絵くらい強かったら、あちこちへ肉やら魚やらハントして片っ端から食べていくなんて事をやってるかもしれない。
「それで智也よ。このお茶を使って何かやったか?」
「とりあえず見せようと思って。おやっさんなら色々料理に使えそうだし」
「うーむ、ほぼ同一の物と思っていいだろう。なので使い方もこれまで通りでいいが……量に限りがあるなら普通に飲みたいと思うのは日本人だからかな?」
「賛成です」
「私はケーキにしてくれてもいいけどー」
それはそれで後で作ってもらうとして、とりあえずお茶を入れて一服だ。
既に夕食の仕込みは出来ていて、搬入した食材の大半は調理済みだ。
元々豊かな王国では無いせいか、だからこそ食材を巨大な木箱に詰め込んで献上品とする事が結構多くて心底困るのだ。
放っておいて腐らせても勿体ないし、かと言って一人で食べていても腐らせるし。
そこでちゃんとお給料を払うのでお願いします、とおやっさんを雇って腕を振るって貰っているのだが、寮の調理担当者もおやっさんの弟子らしく、その仕事をじっと見て何かを盗もうとしていた。
「まぁ贅沢を言うなら、もうちょっと高級な茶葉も欲しいぞ」
「今度向こうに行ったら聞いてきますよ。でもあるのはこのタイプだけだったから期待しないでくださいね」
「高級だと何が違うの?」
その辺り疎い千絵だが、そもそも消費する専門だから仕方ない。
「味は勿論だが香りがう。智也よ、それを栽培出来ないか検討しておいてくれ」
「えっと、それに関してはベスターとも相談したいんです。あっちはあっちで質のいい紅茶があって、その茶葉も調べてみない事には」
「今度持って来てくれ」
「勿論です」
まぁ魔人の森で栽培されている茶葉に関しては、ベスターが緑茶として飲んでいない以上、発酵させて紅茶にして飲んだ方が美味しかったのだと思うけど。
でなければ紅茶の作り方は知っていて緑茶の作り方を知らなかったと言う可能性もあるが。
何にしても我等日本人、お茶を愛する民族である。
元々緑茶や紅茶は葉っぱが同じで発酵の具合で変わるようだが、ベスターの所の葉とおやっさんが栽培していた葉は別物らしい。
と言うのも、おやっさんが魔人の国の葉っぱを知らなかったからだ。
まだまともに交流も無く、俺がベスターの所で飲んだ紅茶から緑茶を連想出来なかったせいもある。
なので、その辺り気付けていたら、ベスターの所から一本貰ってうちで栽培を試す事が出来たのだが、生育環境によって緑茶向きとか紅茶向きってのがあるらしいから、どうなっていた事やら。
「とーもやーくーん、おなかすいたよーぅ」
お茶を飲んでほっこりしてたら、普段ほっこりしてる楓子がふらふらとやって来た。
今日は午前中から教会だったから、昼食を食べ損ねたのかもしれない。
「嬢ちゃん、メシはまだだぞ」
「えーっ」
まだだとか言いながら、おやっさんは魔力式の冷凍庫の中からアイスクリームを出すのだ。
アイス自体は牛乳と卵と砂糖があれば何となく出来るし、そこに植物のバニラっぽい実があれば更にいい。
卵と牛乳の質が違うせいで元の世界の物とは風味が異なりはするが、それは確かにアイスクリームなのである。
まぁ正確には昔アイスクリンとして売られていた物の方が近いようなのだが。
「やったー、おじさんすきー」
「おやっさん、ちょっと話がある」
「智也、この件に関しては話すだけ無駄だ。俺は俺の作った物を誰かに食べて貰いたい、それだけだ」
くそう、楓子の心を一瞬でも盗みやがって。
よっぽどお腹が空いていたのか、楓子はスプーンで掬って何とも美味しそうに食べるのである。
「ねー、私には無いの?」
「勿論あるが、この間太るから間食させないでくれって言ってただろ」
「ぐぬぬ……」
事実、千絵のお腹は少しふくよかになって来たのである。
この間抱き着かれた時に手を回したらボリュームに違いを感じてしまい、ストレートに聞いたらストレートパンチと共に『太ったの!』と告白された。
まぁ元々細いから言うほどのことでもないと思うのだが、それを言うと余計怒らせそうなのでやめておいた。
「にしても、お前ってこの嬢ちゃん二人とあっちの二人で温度差あるよな」
「あー、うーん」
そう言われても仕方ない。
恐らくある程度俺達を知る人なら、誰でも感じているだろう。
「まぁ元々好きだったってのはあるんですが……」
そう言った矢先、千絵と至福の顔で食べていた楓子まで照れ笑いを浮かべるのである。かわいいぞもっとやれ。
「シェリールに関してはちょっと色々あってワンクッション置く必要があるのと、シエルは好きではあるけど政略結婚の色合いが濃かったせいで踏ん切りがつかない部分がありまして……」
「何だワンクッションって。あんな堂々と『トモヤすきー』ってさっきの嬢ちゃんみたいになってんのに」
「えっと、おやっさんのシェリールのモノマネ気持ち悪いです。特に裏声」
「あ? 吊るすぞコラ」
「さーせん」
強面が裏声使う方が悪いと思うんだけどなぁ。
「シェリールに関しては、多分城に引っ越しになったら解決する問題だと思います。シエルも時間が経てば解決するかなーと」
「まぁ俺は部外者だから特に突っ込んで何か言う気は無いけどよ。たまにあっちの二人が寂しそうな顔でお前を見てるもんだから、ちょっと気になってな」
「その、ご心配をおかけしまして……」
「そう言う杓子定規なのはいいんだ。嫁にした以上、ちゃんと責任は果たすように」
「なんか港の数だけ女がいそうな厳つさでそんな事言われると……」
「よーし表に出ろ。この間完成した百層越えのステンレスナイフの切れ味を確かめてやる」
そう言ってどこからか刃渡り三十センチくらいある包丁を出してくるのだ。
ガチ凶器じゃねーか。
百層と言うのは折り曲げて叩いて折り曲げて叩いての繰り返しで作るとかで強度アップとかの効果があるとかなんとか。
「ああそうだそれで思い出した。なんかベスターの所で出た鉄鉱石で刃物を作ったら変なのが出来たって言って、サンプルを渡されたんですけど、おやっさんわかります?」
この異世界において、刃物について一番詳しいのは一般的には鍛冶を生業にするドワーフだ。
だがしかし、料理人として元の世界で数々の刃物を扱ってきたおやっさんも、ある意味では刃物のエキスパートなのだ。
その知識で調理器具一式をプロデュースしてるし、勿論その中には刃物も含まれている。
俺は道具袋の中から、俺が扱うには少々重すぎる一振りの片手剣を引っ張り出した。
その剣は刀身に不思議な幾何学模様っぽいものが出ていて、ドワーフの長い歴史の中でもそう言った物が出来た事は無いと言う。
「ほー、これはアレだな、俺達の世界でも復活させようとして完璧には再現できなかったって言われてるダマスカスって奴じゃないのか」
「なんすかゲームの装備ですかですか」
「いや遠い昔実在したって言われてる、絶対に錆びない滅茶苦茶頑丈な金属だな」
そう言いながら刀身を指でなぞる。
元々ドワーフの剣の作り方は特殊と言われていて、人間の鍛冶もその作り方を知らず真似る事が出来ないと言われている。
ドワーフの特性なのか環境なのか、仮に鉄鉱石の産出があっても技術面で劣るせいで、結局高品質を欲するならドワーフに頼らざるを得ないのだ。
とは言え、一兵士に使わせる剣でドワーフ製なんて勿体ないから、実戦レベルの装備で言ったら他所の国はほぼ同じくらいの装備らしい。
そこでうちはドワーフ王国のロイヤルガードが使うのと同じのが欲しいなーと言っているのだから、何とも贅沢なのである。
「錆びないって言うけど、おやっさんが持ってるソレもステンレスなんでしょ?」
「ステンレスって言っても錆びないわけじゃない。ダマスカスってのは嘘か本当か何千年も雨ざらしで錆びないって言われてるんだ。これが本当にそうなのかはわからないが、こういった波紋が出来る事で有名なんだよ」
「じゃあ、見た目が変でもいい物なんですか?」
「変って、一応芸術品としての価値もあるはずなんだが……。まぁそうだな、これが仮にダマスカスだとしたら、戦闘で何人たたっ切っても刃こぼれの無い切れ味が落ちない剣って事だから、どれだけ凄いかわかるな?」
この世界は特性によって補助されているから、人間くらいはあっさりと切れる。とは言え太い骨なんかに当たれば刃こぼれもするし、簡単に刃がボロボロになるものらしい。
それによって前進する軍が次第にスローダウンする事もあるようだ。
「ちなみに似た何かだった場合は?」
「それでもこの世界の金属としては固い方に分類されるだろうから、もし量産出来るんであれば他との大きな差になるんじゃないか? まぁ見た目だけで中身が全然違う可能性も有るが」
「んじゃあ、そこら辺の検証をお願いしときます。一本くらい包丁作っときます?」
「今度頼むかもしれん」
「わかりました。ちなみになんでベスターの所で取れた鉄で作るとなるんですかね?」
「どうも何かの混ざりものと製鉄の方法によってなるらしい。ドワーフの製法と特別な何かが混じってる鉄鉱石の両方があってこそじゃないかな」
「へー……」
魔人の森の地下から取れた鉄鉱石だから、何があってもおかしくは無いんだよなぁ。
鉄鉱石自体に魔力が宿ってるとか、魔人のおしっことか魔物化しかけてる植物の出す成分が地中にしみこんでとか。
検証して従来より強い金属だったら、一本は本気で作ってもらってシエルに使ってもらおう。
ベスターから纏めて買い取った鉄鉱石で発見したから、ストックはまだ沢山ある。なので他は近衛兵団に供給して、その後で公爵家の私兵だ。
ある程度薄くても十分な強度を発揮するなら鎧にしてもらいたいが、その辺りも要検証と言う事で後回しだ。
何にせよ製作費が高くついたら考え直さねばならないから、その辺りも早めに調べておかなくては。
「ちなみによ、智也」
「はい?」
「お前らが城に引っ越したら、正式に雇う気無いか?」
「誰を……っておやっさんを?」
「おう」
「店とか他の仕事はいいんですか?」
「そっちは趣味でやる」
「まぁ両立出来るんであれば、こちらとしても喜んでですけど……。何が目的で?」
「そんなんお前、魔人の森の食材とコボルト産のお茶に決まってんだろ。他にも色々手に入りそうだしな」
「何とも料理人として真っすぐで……」
おやっさんは何ともいい笑顔で言うのだが、元が強面なせいで子供が見たら泣く。絶対に。
「まぁその辺りはシェリールと相談しないとですし、元々いる料理人の意見も聞かないとならないので確約は出来ませんよ?」
「おう。何なら下働きでもいいぞ」
「指導側で王城の調理室に入ってる人が下働きとか、現場が扱いに困るんでやめてください」
そんな話をしているうちに楓子が食べ終え、その満足そうな顔を見て千絵が歯噛みし、なんでこの子は太らないのかと唯一肥えてる胸を睨みつける。
それは遺伝子のいたずらとしか俺には答えようが無いが、答えた所で顰蹙を買うだけなので黙するのみだ。
ちなみに後日、正式におやっさんが城で働く事になったのだが、そのせいで俺までもが調理室に顔を出して料理をするもんだから苦情殺到でシェリールに怒られるのである。




