遥々来たぜ西の山
何とか魔人関係の話が先に進み、水面下ではあれど受け入れ態勢が出来つつある。
問題は一般市民への対応だが、これに関しては前述の通り知らせない方向で行く事に最終決定となった。
公爵家側としても条件付きで認めはしたが、認めた以上何らかのバッシングは受けてしまう。
それなら人に完全に混じって生活出来る魔人を受け入れていき、何か問題が起きた時に『実は既に魔人が人間の暮らしを経験して帰って行った』と事後報告にした方がいいだろうと。
仮に何かあった場合は全て俺の責任と言う事にして、魔人が何も起こさず一定期間過ごして帰る分にはそれでいいじゃないかと言う事だ。
この場合、裏切者が出て情報を流したら大騒ぎになるわけだが、ここでサクラの存在が活きる。
あの会議の場でどうやって俺が情報を知ったのかは、俺とベスター一家を除いて誰も知らないのだ。
特に一番危険性の高いシュバインシュタイガーだが、ここは過去に正体不明の誰かが入り込んで寝室にメッセージを残すなんて事をやっているので、恐らくその犯人の同一か近いモノ、何なら魔人だろうと予想は出来ているだろう。
そして俺に何かあったらどうなる事かと脅したベスター。
もし情報を流そうものなら、遠くない将来消されると勝手に思い込んでくれるだろう。
勿論そんな事を指示していないし、するつもりも無いのだが。
と言うのも、俺はある程度の時点でバレてもいいと思っている。
魔人がどの程度人間に混じって不都合なく生活できるかは知らないが、サクラの話を聞く限り全く問題が無さそうだし、仮にサクラが特殊だったとしても最初はサキュバスとインキュバスの中から選出するつもりなので、多少の魅了の効果で何とかなるはずだ。
もしそれで悪さをした場合はお帰り願うが。
一応魔人同士は知り合いだったとしても他人のフリをしてもらい、万が一バレた時に『あいつが同郷だって言ってたからあいつも魔人だ』と言った二次的な被害を無くすつもりだ。
後はベスターの演説の件だが、元々そのつもりで考えていたのは俺とその一味で、公爵家以下は将来的に何となくそう言う場が設けられるかも程度にしか聞いておらず、後でルーベルトにそれはもう怒られた。
まぁ怒ると言っても雷が落とされるとかネチネチと嫌味を言われると言った物ではなく、何が問題かと懇切丁寧に説明されるだけなのだが、掘りの深い顔立ちのせいで怖いんだよマジで。
とりあえず演説の件は了承してもらって、演説の内容に関しても魔人とはどういう物か、将来的にどうしたいかの話でとりあえず纏めて貰おうと言う事になった。
あんまり変な事を言いすぎて民衆をパニックに陥れてもしょうがないし。
そして、民衆に対しても最初から『魔王ベスターの演説が休日の何時からある』と告知をして、怖いようなら近づかないようにして欲しいと警告した。
正直な所、演説に関してはもっと後でもいいのだが、早いうちにやっておかないと、少数でも魔人が王国民として生活してる事がバレたら王国や魔人への不信感が募るし、後過ぎると魔人との関係性や問題が棚上げされて風化していってしまう。
なので、とりあえずやるだけやって、あんまりにも国民の評判が悪いようなら、しばらくの間は魔人の話題を避けるようにしようと思うのだ。
下準備として、爵位持ちの当主に関しては極力出席と言う事にさせてもらった。
これで城の前庭付近が閑散としてたら、ベスターにも国民にも印象が悪い。
勿論そう言ったところで来ない者は出るだろうが、逆に出席した者からしたら顰蹙だし、今後本当に魔人と交流が始まった場合に指を指して笑われる事になる。アイツは弱虫だと。
貴族の悪いところは下の者にマウントを取りたがるところだと思う。
他には、地脈の異常のせいでベスターが三百年ほど王国の地下を通る地脈に魔力を注いでいた件も噂話で流しておいた。
あんまり抽象的だったりすると曲解されてしまうので、情報自体は少なく、しかし重要なワードはしっかりと入れる。
王都の人々はその噂を話半分にも信じていないだろうが、一部の魔力探知の得意な者や南の地の回復を知っている者は、その話を無視できない。
そしてそう言う力を持つ者は大抵がそれなりに上の貴族なので、その家族や知人、関係者にある程度は肯定的な意見を言う事もある。
魔人との交流に関しては否定派と言ってもいいシェーバー家も、そのベスターのおかげで領地がギリギリ干上がらないで済んだ事は事実として受け止めているので、その辺りは好意的に解釈して噂を流してくれている。
そうして次第に噂は信憑性をもって広がり、ハナから魔人なんて信じてたまるかの人達とは別の、何となく話だけ聞いてみようかなと思う層が出来て来るのだ。
それと並行して、コボルトとの演習の提案をしてみた。
議会的には何を考えているんだこいつはと言う空気だったが、現場の人間の士気は高く『やってみたい』と希望する団員が思いのほか多く、それなら企画と根回しだけしてみて行けそうならやろうと言う運びになり、一同シェリールの転移門の魔法で、西のピレネー公爵領の山脈手前までぶっ飛んだ。
シェリールとしてこの山を一度は踏破しているらしいのだが、何年も前なのと、あの時の戦闘で結構荒らしてしまった事もあり、変に飛ぶよりも手前に出て徒歩で向かった方が無難との判断だった。
実際の所、シャルないしシェリールの転移門の魔法の自由度はかなり高く、行った事が無くても何とかなってしまうらしい。
だが、今回は千絵がかなり荒らしてしまった事で、飛んだ先が落とし穴になったら危ないと馬鹿にするように言って千絵をからかっていた。
かれこれ三か月くらいだろうか。
あの千絵の魔法で竜巻が暴れ狂った場所は荒れたままで、何となく道が踏み固められている状態。
一応人や馬車の通行はあるはずだが、魔王がいるコボルトの集落が近いと言う事もあって、前に比べれば殆ど通らないようだ。
この先は関所があって、それを超えたら西の国なので、元々交通量は極端に少ない地域ではある。
行商人はスパイ活動でもしない限りはあまり気にしない事だが、一応国の関係性の良し悪しは考慮して仕事を選んでいるらしい。
それもあるが、それとは関係無く、この山脈を超えるは結構な重労働で、行商人も特別料金を取って仕事をしているらしく、それだけの金額を払うならと仕事が少ないのだそうだ。
まず道のアップダウンが激しい事、山肌をくねくねと進まなければならない事、そして結構な距離がある事で、馬も歩かなくなってしまう位に大変な行程らしい。
「酷いわね。チエの仕業ね」
「私だって失敗くらいするわよー」
「今度行軍のついでに補修させるわ」
余計な手間を掛けさせて本当に申し訳ない。
って言うか前よりも片付いている気もするし、もしかしたらコボルトがやってくれているのかもしれない。
「あの後こっちの調査とかしなかったんだな」
「コボルトの魔王と話が出来ない人間が、この辺りでウロチョロしても危ないだけじゃない」
その通りだった。
荒れた道を進み、ある程度歩いた所で横道が現れた。
以前よりも整備が進んでいて、道の端には所々松明か何かを置ける台が作られている。
夜でも往来があるのだろうか。
その道を歩く事一時間弱。
以前一度来た事があるせいか、多少気楽と言うか思いのほか早く着いた気がする。
――早く着いたのは、集落が大きくなっていたからではないだろうか。
まず門や塀が以前の造りではなく、切って来たぶっとい丸太をそのまま使った物ではなくしっかり加工してあった。
丸太から角材へ、その角材も何やら塗ってあるようで、何気なく魔力探知で見ると塗った物が少し魔力を帯びている。
これはもしかしたら多少は攻撃魔法の威力を削ぐかもしれない。
入り口の扉自体は以前と同じように橋を下すタイプで、普段は上げてあるので簡単には入れないようだ。
うーむ。
俺が声を上げた所で、会話出来るのって魔王だけなんだよなぁ。
「飛んでいくか」
「結局?」
千絵がだから言ったのにと批難轟々の顔で見て来るが、山に入る前にその案はあったのだ。
だが、いきなり勇者が飛んで来たらコボルトも度肝を抜かれるかなーと思って徒歩を選んだのだが、すんなり開けて貰えそうになければ仕方ないと思う。
一応見張りらしきコボルトには何度か目撃されているので、人間が来たと言う話はコボルトの魔王にも行っていると思うのだ。
「ねぇトモヤ、壊す?」
シエルがドワーフ謹製の方の袋に手を突っ込んで言うのだ。
いつも使ってる剣がちらりと顔を覗かせている。
「まぁ待つんだ。恐らく魔王には話が伝わってるから、少しすれば開くんじゃないかと――」
言ってる傍から橋が降りて来た。
コボルトは人間に対しての警戒心が強いから、近づけば絶対に連絡が行くと思っていた。
「な?」
「そう言う智也君が一番ホッとしてるよね」
「いやほら、向こうも俺達が来た事でそれなりに対応する気があるって事だしさ」
もしくは暴れられて壊されても困るからかもしれないが。
橋はゆっくりと降りてきて、目線より下に来て中が見えるようになってくると正面に大人のコボルトが立っているのが見えた。
「お久しぶりです。勇者一行の人間よ」
そう言って流暢な言葉で挨拶をしてきた。
前見た時は子供と大人の中間サイズだったのに、ほんの数ヶ月でこうも成長するのか。
コボルトの寿命は人よりは短いらしいが、それでも数十年あるとされている。
この間話した時は、まだ生まれて数年程度と言ったニュアンスだった気がするので、コボルトは早く大人になる種族なのだろう。
「急に来て申し訳ない。折り入って相談があって来たんだ」
「とりあえず中へどうぞ。以前より多少拡張はしましたが、それほど文明レベルが上がったわけでも無いので大したおもてなしは出来ませんが」
「落ち着いて話せる以上に望む事もありませんから」
魔人の件があったせいだろうか、俺の中でコボルトへの恐怖が前よりも和らいでいる。
対して向こうは、自分達よりも圧倒的に強い人間が来た事で物凄く警戒しているようだった。
取り合えず魔王の案内に従って後ろをついていくが、まー何というか物陰からだったり堂々だったり見られる見られる。
十分ほど歩いた所で、この間の広場みたいな所に出た。
そこを超えて少し歩くと大き目のログハウスが現れ、魔王はそこに入っていく。
「ここが自宅兼会議の場なのです。一応我々が飲むお茶をお出ししますが、人の口に合うかわかりませんのでお好きにしてください」
そう言いながら部屋の奥へ消えて行った。
案内された場所は会議の場と言うだけあって広い間で、木製の大きなテーブルを取り囲むように丸太の椅子が並んでいる。
何となくそこに並んで座って辺りを見渡すが、外も中も完全にログハウスだ。
「凄いな、コボルトにこんな建築技術があったんだな」
「そうねぇ、私達の世界でもログハウスって昔からあるから、わからなくはないのかしら」
「ねね、智也君。私機会があったらこんな所住んでみたい」
千絵と楓子は何とも気楽な感想である。
楓子の案には賛成ではあるのだが、ログハウスってのはある程度の規模を超えると丸太のサイズ的にも大変なのと、最早我々が暮らす事を許される建物と言うのは最低限公爵家クラスの王都の別邸くらいになってしまうので、どこか別荘的な扱いで建てるしか無さそうだ。
うーむ、北のハイリッヒの北部辺りなら材料もありそうだしいいかもしれない。
「この世界、と言うかこの付近の国々でログハウスを建てるのは、もっと北の木がいくらでもあって寒い地域ね。コボルトがどこから知識を得ているのか知らないけど、これだけのモノが建てられるのなら弱い魔物として侮ってはダメでしょうね」
「私ちょっと戦ってみたいなぁ」
「シエルは大人しく座っていなさい」
「はーい」
別に血気盛んとかバトルジャンキーと言うわけでも無いのだが、話には良く聞くので魔王が統制するコボルトの兵隊がどの程度の強さか興味があるようだ。
「お待たせして済まない。他の者が恐れて出て来ないので全て私がやる事になってしまって」
「それなら特に何もしていただかなくても」
「客人をもてなすのは最低限のマナーでしょう。それが魔物であれ人間であれ変わりません」
「なんか申し訳ない」
「いやいや、いいのです。実は私もあなた方に聞きたいことがあって、何とか会えないかと考えていたものですから」
コボルトが聞きたがる事なんて予想も付かないんだが。
喋りながら湯飲みみたいなコップを俺達の前に置くコボルトの魔王は、配り終えると俺達から見て対面に座った。
他の者が恐れて出て来ないと言っていたが、確かに他の部屋に何人かいるらしい。
これはお手伝い的なコボルトか、それとも奥さんと子供だろうか。
「では先に、そちらが知りたい事を聞いていいですか」
こっちはなかなか面倒な提案があるので、先に聞いてしまった方がいいだろう。
「よろしいですか? どうやら魔人の王が何やら動いているようなのですが、それがこの王国と関係があるようなので、一体どうしたのかと思いまして」
物凄く納得した。
コボルトにだって魔力探知が得意な者がいておかしくは無いから、ここ最近の魔力の動きや変化を見れば何かあったと思っても不思議じゃない。
「実は魔人の王とは友達になりまして、何とか魔人と交流を持とうと動いている所なんです。その件でドワーフとも懇意になり、こうしてドワーフの王女を嫁に貰った次第で――ああ、つい先日ここにいいる勇者二人とエルフ、ドワーフと結婚致しまして」
「それはおめでとうございます」
そう言う顔はおめでとうと言うよりビックリと恐怖だろうか。
力が一点集中してる事に関しての危険性は俺も全く考えないわけでは無いけども。
なお、結婚したと言った事で照れてる嫁四人がおりますが、その点には触れてたまるか。
この四人は俺が通訳しない限りわからないので、あたりの警戒をしてもらっている。
「それにしても魔人の王とですか……。こう言っては失礼にあたるのかもしれませんが、大丈夫なのですか?」
「魔人の王が元々異世界から来た自分達の仲間だったので、その点については問題ないと思っています」
「では地脈が変化したのも?」
「その辺りは元々異常があったのを正常化しただけなので」
「我々の知らない所で何やら大きな出来事があったようですね」
「自分も少し気にはしていたのです。あれ以来特にやり取りも無く、何となく接しないようにすると言うのも変な緊張感があるので」
「では、そちらが今日来たのは、やはり我々コボルトが他の集落からも集まって大きくなっているからですね?」
惜しい。
「それは情報として知っていたのでいいんですが、そこから更に突っ込んだ話がありまして……人間対コボルトで模擬戦をしませんか?」
「は?」
おー、犬面のコボルトだと表情の変化が読みづらいのだが、ポカンとする顔は割と人間に近いようだ。
口を半開きにして何言ってんだこいつと言う目で見て来る。
「我々人間の軍隊――とまでは呼べない規模ですが、以前コボルトと戦って大敗した事によって精神的な弱さが残っているのです。それを何とかしたいと思いまして」
「……つまり、今回は負けはしないだけの準備があると。その上で、こちら側にも人間と戦う事のリスクを知らしめると言う事ですね?」
コボルトの魔王は自分が戦うよりも考える側だと言うが、ちゃんと推察してくるから驚く。
「まぁ言ってしまえばそうです。何ならこちらが勝てるとすら思っていますし、それによって今後、前回の戦闘を知らない血気盛んなコボルトが人に手を出す事が無くなればいいと思いまして」
「ご懸念の通り、他所の集落から来た大人のコボルト達は私の魔力で強化され、人間達へリベンジしようと息巻いております。正直な話、あの時あの魔法を見せていただけなければ止められなかった可能性の方が大きいとすら思う程です」
「そこまでだったんですか」
「やはりどこの集落も、多かれ少なかれ人間によって家族を狩られた経験を持つ者は多いのです。特にコボルトは通常群れて行動しないので、目に付いたらとりあえず殺してしまえばいいとされているようで、他の魔物よりもそう言った被害が顕著なようです」
「流石にこの間の戦い以来は無いと思いたいですが……」
「ええ、あれ以来では聞いておりません。ですが過去にあった事実は変えようがありません。私も仕方ないから諦めろとも言えませんので、その模擬戦の話はいい機会なのかもと思っております。が――模擬戦で終わるかどうか」
その点も考えている。
「まず最初にですが、この話自体が我々人間側にも異常な提案なので、実際行われるかわからないです。そのつもりで聞いてください。こちら側からは二百人から二百五十人程の部隊を出しますので、大体それくらいの数で考えておいてください。武器は刃を潰した物を使用し、戦闘前にチェックします。刃が無くとも鈍器として十分凶器になりますので、もし行き過ぎた行動があったら勇者の防御魔法で人間もコボルトも守る予定です。万が一死者が出た場合、事故として処理はします。こちら側に死者が出たとしても、コボルト側に責が行くようにはしないので安心してください。そもそも言い出しっぺの俺が批難されるだけですし、何なら最初から全員こっそり勇者の防御魔法で守っておいてもいいと思うのですが」
「全員ですか? 可能なのですか?」
「長時間に及ばなければ」
楓子大先生の能力を侮るなかれ。
「まぁそれだと、勇者の防御魔法があるとわかった時点で無茶出来てしまうのですが」
「そうでしょうね。ですが、そんな提案をしてくるなんて、こう何といいますか……」
「異常だと思っていただいて結構です。正直自分でもそう思いますが、なんですかね、こうしてあなたと話せるせいか、長い目で見れば普通に交流出来てしまうんじゃないかと思う部分が少しあるのです。魔人との関わりもありましたし」
「ですが普通は我々とは会話が出来ない。意思疎通ができないと交流は難しいです」
「なので、とりあえずこうして我々で意見交換をして、少しずつ人間とコボルトの溝を埋めて争う事が無いように出来ないかなと」
「それは素晴らしい事ですが……やはり他の集落から来た者達を抑えられるかに掛かっていますね」
「ちなみにそれって言えばすぐ集まりますか?」
「ええ、この来訪で厳戒態勢が敷かれておりますので、外に出ていた者達もそろそろ全員戻ってきている事でしょう」
「なんか申し訳ないです」
厳戒態勢とか怖がれてるなぁ。
まぁ俺も大人のコボルトに囲まれもしたら怖くて何もできないけど。
「しかし、集めてどうするのですか?」
「とりあえずの息抜きと言いますか、うちで戦いたがってるのがいるので、一対一でじっくりやってもらってはどうかと思って」
「なるほど。仮に暴動が起きてもそちらの勇者でしたら抑えられるでしょうし、いいかもしれませんね。それでは伝えて貰いますので少々お待ちください」
そう言って立ち上がると外へ出て行った。
「で、トモヤ。一体どんな話になってるの?」
シェリールとしてのシャルがつまらなそうにしている。
今回は転移門の魔法で飛んでこれるようにとシェリールモードで来て貰ったので、既にシェリールとしての仕事は終えているのだ。
「ちょっとした雑談と今回来た件の話。後は向こうの大人の個体が人間憎さに戦いたがっているのがいるから、シエルにちょっと揉んでもらおうかと思って」
「私大丈夫? 実はトモヤに何かしてて怒ってるとかない? ここでお仕置きとかじゃない?」
「なんで急に不安になるのかわからな――くはないか。結構色々好き勝手されて来たし。大丈夫だよ、シエルなら問題無く戦える強さのはずだから」
「えへへ」
結婚云々からしてシエルにはしてやられたが、正直な所シエル本人を好く気持ちはあれど、どちらかと言えば政略結婚的な意味合いの方が強いと思っている自分がいて、今も踏ん切りがつかない部分がある。
シエルもそれを感じているのか、ガンガン夜這いに来るんじゃないかと身構えていたのに一切無かった。
むしろシャルが毎日いつも通り潜り込んでくるのだけど。
「俺の言葉を聞いてたように一対一でだから、シエルが負ける要素は無いと思う。ただ気を抜ける相手でも無いと思う。楓子はシエルとコボルト両方にシールド張っといてもらいたいんだ。それなら武器をそのまま使ってても大丈夫だから」
「それで向こうは納得するの?」
「ぶっちゃけシエルの技量で納得しないんであれば、そこまでの相手だったって事でシールド切ってグーパンチでいいと思う」
コボルトの戦士として対峙するだろうから、そんなので負けたら恥で今後が辛かろう。
仮にコボルトが一匹それで倒れても、その後はそうならないようになるはずだ。
「楓子は俺達にもシールド維持で、千絵は俺達にちょっかい出して来たのがいたら抑える程度に相手してもらいたいんだ」
「別にいいけど、一応向こうも魔王で統率取ってるんでしょう?」
「いやー、なんか話した感じまだまだって感じかなぁ。前みたいに自分は何もできないって言わないだけ進歩があったんだと思うけど」
こう話してる間にも、このログハウスの前にコボルトが集まってくるのを感じる。
魔王の魔力の影響で強化されてはいるが、シエルに敵いそうな個体は確認できない。
とは言え力もスピードも結構な物なので、侮って掛かると手痛いしっぺ返しに合うと思うのだが。
「お待たせした。少しすればまだ集まると思いますが、とりあえず二十ほど集まりました」
「よし、行こう」
そう言えばと出されたお茶のような物を手に取り、匂いを嗅ぎ、あれ? と思って口にして一気に飲んだ。
それを見た四人が驚いているが、俺はもっと驚いている。
「緑茶だこれ。それもおやっさんが作ってる奴よりもよっぽど」
俺がそう言うと千絵と楓子とシェリールまでも湯飲みを口にして、なんかホッとした顔をするのだ。
シエルには渋さと苦さが合わなかったようだが。
「お口に合ったようで」
「元の世界であったお茶と変わらない味だったので。後で茶葉を見せて頂いてもいいですか?」
「ええ、何でしたら一袋お持ち帰りください」
これは収穫だ。
一行はログハウスの外に出ると、それはもう突き刺すような殺気を浴びせられた。
あの時、大人のオスは多分ほぼ全て倒してしまったと思うが、ここに集まるオスは全て他の集落から来た者なのだろうか。
もしかしたら成長して大人になった者もいるかもしれない。
「じゃあシエル、用意して」
「はーい」
この戦い自体はやってもやらなくてもいいと思ったのだけど、シエルが戦ってみたいなんて言うのでストレスか欲求かが溜まっているのではと思ったのだ。
そもそも夫婦なのにそう言った事が無く、前のように友達付き合いの延長線上にいるのが問題であるのはわかっているのだが。
シエルは袋から装備一式を出して装着すると、その身長からは大きく見えるロングソードと体の大半を隠してしまう角の取れた三角形、逆さのおにぎり型の盾を持って集団の前に出る。
魔王から再度配下のコボルトに説明をしてもらい、我こそがと言うオスが出て来てシエルと対峙した。
そして魔王の合図でタイマン勝負が始まる。
向こうは以前見たこん棒で、合図と共にシエルに向かって振り下ろす。
シエルはそれを受けもせず一歩足を踏み込み、次の瞬間には懐に飛び込んで剣を振り下ろしていた。
ガシィン! と言う硬質な音がその場に響き、自分が真っ二つになったと思ったのか吹き飛ばされたコボルトが自分の体をぺたぺたと触って確認している。
そこからは並んでる順と言っていい程に次々に対戦相手が出てきて、魔王の合図で戦いが始まる。
コボルト達はしっかり学習するようで、懐に入れたらヤバいと思ったのか間合いを取って戦ってみたり、逆に懐に入るのならベアハッグで潰してやろうとする奴もいたがシエルは難なく切り伏せた。
「私に抱き着いていいのはトモヤだけだからねー」
うむ、俺も抱き着こうとしてたコボルトを見て、なんか凄く嫌な気分がしたので、やっぱりちゃんと好きなんだと再認識致しました。
シエルは長い槍による横薙ぎも盾で防ぎきり、やはり懐に入って一刀で仕留める。
「彼女は一体何なのですか。勇者では無いのですよね」
あまりにも無双する物だから、コボルトの魔王もシエルが特別である事を感じ取ったようだ。
「特性がガーディアンで、近接戦闘においては勇者に次ぐ実力があるようなんです」
「なるほど……。我々にもそう言った特性と言う物はあるのですが、ガーディアンのような上位職は見た事も聞いた事もありませんね」
「魔物にもあるんですか。まぁ魔法使ったりしてるのを見てるので、やっぱりかと言う所ですが」
「我等コボルトはどう足掻いても魔物の中では弱い種族です。なので特性に恵まれる者も滅多にいないのでしょう」
「となると、オーガとかはあり得ると?」
「オーガは数が多く無いので、必然的に可能性は低いと思います。あるとすればオークでしょうか。あの種族は我々と同じくらい繁殖能力が高く、人間を攫って来て子を産ませ人間の能力を取り込んでいくので、長く続くオーク族ほど凶悪化する傾向にあると言います。亜人よりは魔物寄りですが二足歩行で人並みに器用ですので、人に現れる特性の殆どが可能性あると思いますよ」
「――オークが人を攫って?」
「ええ。割と亜人に近い種族なので交配が可能なのです。そして彼等は力では劣る人間が実際は手ごわい事を知っているので、その力を欲するのです」
「この辺りにオークっているんですか?」
「南の大陸にいるので、もしかしたら北上してくる可能性はありますが、大陸の裂け目があるのでそこで足止めでしょうね」
「そもそもどこで仕入れた情報なんですかそれ」
「何故か知っているのですよ。それがコボルトの魔王と言う物です」
配下を鍛えたり強い武器を作ったりと言うのも『知っていた』と言うので、そう言う物だと受け入れるしかないのだろう。
「ちなみに亜人って言うとどういう物を言うんですか?」
「亜人は微妙な立ち位置なので、場合によっては迫害に遭っているのですが――、人であって人ではない、魔人のようで魔人ではない、魔物のようで魔物ではない、何とも中途半端な種族なのです」
「はあ」
「体の一部に何かの動物や魔物の特徴が出る種族でして、昔はその特徴毎に村を作って暮らしていたようなのですが、最近では交配が進んで両親が馬の特徴を持っていれば馬の特徴を持った子が産まれたり、隔世遺伝で白と黒の模様がある上に馬の特徴を持ってる子が生まれたりするようです。この近くでは南の大陸に住んでいるらしいですが、そこの亜人は種族を維持しているようですね」
つまり亜人って、そう言う亜人の事なのか。
猫耳とかウサミミとか。
「この星は赤道直下ほど暑さが厳しく人が暮らしにくい環境なのですが、亜人はそう言った環境でも適応できるので、大体が赤道から少し離れた人間が住みにくい辺りで亜人の集落を作っているようです」
「暑さが厳しいってどの程度なんですか?」
「うーん、真夏は直射日光を浴びれば火傷を起こし、むき出しの大地が干上がる程度でしょうか。亜人は魔力が元から強いので、自然とそう言った環境に順応して生きていけるらしいですよ」
「見てみたいけど難しいだろうなぁ」
「ちなみに人間が亜人を捕らえて奴隷として売買している所もあるようです」
「人より魔力が強いのに捕らえられる?」
「そう言った戦闘行為には適応していない種を選んでいるようです。一部戦闘が得意な亜人もいるようですが……」
何となくウサギの亜人を思い浮かべ、そいつらがめちゃんこ強かったらなんか嫌だなぁとは思う。
同時にライオンとかトラの亜人が頭に浮かび、無双してる姿を想像してしまった。
でもそう言う事なんだろうきっと。
「さて、うちが全滅ですね」
いつの間にか三十体以上の個体が辺りで座り込んでいた。
「シエル、どうだった?」
「凄いよ。早いし重いし、これを人間が倒そうとするのは大変だと思う」
実際大変だったんだよ。
「でも、私がドワーフだからか人間に向けるような殺気が減っちゃってるのかな?」
「あー」
なんか種族とか割とどうでもいいやな人間なので、シエルがドワーフである事をわかっているはずなのに失念していた。
「でも実際シエルより千絵や楓子のが強いわけだしな」
「うんー。色々考えて戦い方に変化を付けて来るのはいいけど、一対一だと単純に能力差で勝てちゃうから申し訳なかったかも」
「さて、コボルトの魔王。人間じゃなくてドワーフが相手だったけど、少しは発散させられました?」
「どうやら多少は効果があったように見受けられます。彼らもぶつける先が無かったので、いい機会だったでしょう」
「では模擬戦も実現出来たら大きな効果がありそうですね」
「そうですね。実際、実現できそうなのですか?」
「今の所は現場の人間が乗り気なので、恐らくやる事になると思います。正式な事が決まりましたらまた来ます。今度は転移門の魔法で来るので、突然になりますがご容赦ください」
「わかりました。そのつもりで周囲の者にも伝えておきます」
「では今日はこの辺りで――、あ、お茶ください」
とりあえず見せて貰ったが、見た目からして緑茶のソレだった。
おやっさんが持っていた奴は少し物が違ったので、恐らく植物自体が違うのだと思う。
一袋持って行けと言われて喜んで飛びついたが、その一袋が乾燥茶葉なのに二十キロくらいある巨大な物で、もしシェリールがこの場にいなかったら嫁の誰かに担いでもらう事になっていた事だろう。
後でおやっさんに見せにいこっと。
ここ数本はストックない中での更新になっているのですが、何となく毎日更新出来たらなーとか思ってると自分の首を締めるやつ。




