人と魔人と
しばらく王都を見下ろしながらダラダラ話し、そろそろかなと来た道を戻る。
女性陣は女性陣で何やら話が盛り上がっているようだが、古今東西そう言うのに男が首を突っ込んでも歓迎はされないものだ。もしくは突っ込んでみたら、いいように弄ばれるかだと思う。
正直、フローラさんがここまで馴染むとは思っていなかった。
シャルも最初数日こそ警戒してたが、本質的に悪者では無いと判断したようでその後は普通に交流を持っていた。
流石に魔人全てを許容したわけでは無いようだが、俺が許容していくつもりなので多分馴染んでくれると思う。と言うのも、シャルも昔から魔人は悪と言われてきたのが染み付いているだけだからだ。
エルフ的にそれほど関わりなさそうだし、種族的には気にしてなさそうなのに、ある意味では世界樹の魔力でエルフとして生きている種族なので、魔力で変質した生物という物自体が似て非なる物として嫌悪の対象になるようだ。
幸いにもシャルは琴美の転生体なので、そのあたり頭は柔らかい。
まぁフローラさんに関しては悪者では無く悪魔じゃないかと思うけど。
多分仲良くなった一番の要因は、フローラさんが主婦として最高クラスであると言う事だろう。
悲しい事に我が妻四人、家事が壊滅的である。
千絵と楓子は生活に支障が無い程度の掃除なら出来る。
シェリールとしてのシャルは割と活動限界が早いのと、そもそも前世では体が弱く、今世では幼い頃から王国での王城生活で家事をして来なかったので何もできない。
この中で唯一シエルは一通り花嫁修業を受けていたようだが、それでも特性に主夫を持つ俺に及ばない。
そこに現れた完璧に家事をこなすプロ中のプロ、フローラさんである。
寮の部屋に遊びに来た時も、大半はそう言った話をしているように思える。
で、参った事に聞いたら実践したくなる新婚さんである。
掃除はまぁいい。
だが料理、てめぇはダメだ。
勇者としての特性で包丁は武器となり、まな板のみならずキッチンの作業台を切り裂くわ、某エルフさんは料理の経験が殆ど無いせいで全てが雑で完成品も滅茶苦茶だったり、程々に出来るせいで俺の作った物との差が歴然としてる事がわかってショックを受けるドワーフさんだ。
よって、我が妻四人は交代制で掃除と洗濯だけをする事になりました。
料理はそもそも寮で出るからいいんだけどな。それを言ったら洗濯物も出しておけばクリーニングされて部屋に届けられるのだが。
にしても、『我が妻』ってよくよく考えると恥ずかしいフレーズだなぁ、なんて思ってたら会議室に到着した。
「話はまとまりましたか?」
ぞろぞろと中に入ると、どうやら大分紛叫していたようで顔からも頭髪の乱れからも疲れが見て取れる。
幸いにも話は終わっているようで、各自席について脱力していた。
そこに俺達が戻って来たものだから、一気に緊張感が増してガタっと椅子から音を発する程に背筋を伸ばした。
「何とか、な。ベスター殿は久々の城内、どうでしたかな」
ハイリッヒの当主、ルーベルトが即座に持ち直した。
「久々と言っても実はトモヤの式の時に短時間だが来てはいたのだ。流石に城下を見下ろす程の時間は無かったが、いやはや懐かしいと思うだけの感慨が自分にあるとは正直思わなかったな。あいや、この王国の事をどうとも思っていないわけでは無く、記憶が無くこの世界に来た上に二か月程しか滞在してなかったのでな」
実は魔王になってから初めて来たわけじゃない事がわかり、一同辟易した顔で俺を見る。
いやまぁ俺のせいと言えばそうだけどさぁ。
「ごほん、それでだが、話はまとまった」
「どうやらベスターを倒せるなら倒してしまえと言う案や、ついでに俺も消してしまえとか出たようですね」
この言葉に場が凍り付いた。
俺が何も考えなしにこの面々を放置するわけが無いんだよなぁ。
変に結託されたら面倒だから、逆に意地でもこっち側に引きずり込んでしまいたいのだ。
シュバインシュタイガーはどう足掻いてもこっち側にはつかないだろうが。
「幸いにもハイリッヒ卿のおかげで話がまとまったようで、本当にありがとうございます」
「――我々の事を信頼していただいていないのですかな?」
流石に監視されていた事にはカチンと来たらしいが、それは終始ルーベルトだけがベスターを受けるしかないと言っていたからだろう。
他の面々も条件付きのピレネーやスズウキの本家と分家、元々魔王と共存だなんて領地が離れていても無理だと言うシュバインシュタイガー、シェーバーも本家と分家揃って反対ではあったが、全体的に微妙に受け入れ気味の雰囲気になってきた事で条件付き賛成になったらしい。
この部屋に戻って来てすぐ、実は透明化して隠れていたサクラから報告を受けていた。
魔力探知をするとベスターとフローラさんの持つ、超高密度の魔力の塊になっているクリスタルに目が行ってしまうので、魔力を隠匿して透明化しているサクラに気付ける人なんてよっぽど魔力探知が得意な人くらいだろう。
サクラがいるって知らなかったら、俺も見逃す可能性がある。
「信頼していないわけでは無いんですけど、今回に関しては敵に回られると厄介なので」
「……では結果をご存知のようなので、こちらとしてはその路線で行こうと思っている」
「とりあえずベスターやフローラさんの受け入ればするけど、他の魔人の受け入れには審査を要する。その審査は公爵家が自分の家から一人ずつ選出した審査員による多数決で、仮にそれを通過して何か問題を起こした場合は全てトモヤ――つまり自分の責にする、ですか」
「ああ。何か問題が?」
「まぁその辺りかなとは思っていました。しかし、それだと分家や伯爵家の方々の意見が反映されないのでは?」
「逆に問うが、意見が増えれば増える程、そちらが不利になる事は理解しているな?」
そりゃまぁ条件付きでも魔人を受け入れてもいい、なんて事自体が異例中の異例である事はわかっている。
意見が増えればその同数反対が増えると言っても過言では無いだろう。
つまり、この場にいる人間はそれがわかっていて、現状ではそこに落ち着ける他無いと判断したのだ。
それだけベスターを脅威に感じているのか、それとも魔人全体の脅威を考えたのか。
「だと言うのに審査員が四人、それだけでいいと判断していただいた事に感謝します」
「……トモヤ、君は若い。そしてその特性から馬鹿にされがちだが、時折私でも恐怖を感じる事がある」
「そんな、俺なんて行き当たりばったりで、他の人が強いから何とかなってるだけですよ」
「我々は大魔王に恐怖し、受け入れなければただでは済まないと考えている。実際それがどうなのかはベスター殿次第だが、それが一般的な感じ方と言う物だろう。逆にそれが味方に付くのであれば、これ以上に心強い事は無いが、トモヤにとって味方でも我々にとって味方かはわからない。ベスター殿が味方であっても、その配下がどれだけ人間に順応できるのかと言う問題もある。よって、我々は恐怖によって受け入れざるを得ないし、何かあった時に認めたのは、審査員自体が恐怖によって認めざるを得ない事もあり得る。だからこそ責は全てそちらで受けて貰うと言う形で無ければ認める事が出来ない」
そこら辺に関しては俺もベスターを信じるしか無い。
「まぁそうですね。配下の魔人くらいならこちら側で対応は出来ると思いますので、その形でお願いします」
そもそも、この話はベスターが俺の友達だから可能で、ただの知り合いで要請を受けただけだとしたら俺も断っている。
だってベスターが本気で暴れたら絶対抑えられないし。
「で、こちら側をとりあえず殺して無かった事にしようと言う案ですが」
シュバインシュタイガー当主のジークフリートが真顔を維持しつつも微かに表情を歪めた。
「話していませんでしたね。そもそもなんですが、ここ数百年では最強と言われてる千絵や楓子ですけど、この二人がなりふり構わず戦ったとしてもベスターには勝てません。フローラさん一人ですら能力的には勝てても経験で負けているので、倒せるかとなると難しいと思います。その二人が率いる魔人と我々が戦った場合、王都だけなら二時間、王国全土で考えても三日もあれば制圧されます」
俺のその言葉に最初は何を言っているんだとポカンとしていた一同も、俺を見、千絵や楓子を見、その後でベスターやフローラさんを見て俺の視線が戻って来た。
「そのベスターが、こうして我々王国の人間に敵にならないで欲しい、受け入れて欲しいと言ってきているのです」
「――それは何か、脅しなのかな?」
「と思われても仕方ないと思いますが、そうでは無いのです。それだけ力のあるベスターが我々を頼ってきているのです。力で制圧して人間に今まで通り暮らせ、そこに混じると言って来た方が話は早いのに、それをしない。それだけベスターは我々人間を尊重してくれていますし、そもそも思考が人間と変わらないと言う証拠でもあると思います」
最後は割と力業だが、言ってる事自体にそれほど間違いも無いと思う。
ベスターが力で何とかしようとしないだけマシなんだから、こっちも最大限譲歩していいよな、と暗に脅しているだけだが。
「……一つ聞きたいのだが、この我々の動きにドワーフ王国は何か言ってきているのかな? 彼等とて、我が王国が魔人と関係するようになれば影響が無いわけでもなかろう」
「実は今回の件、対話によってドワーフ王国と魔人を協力させて解決してなんて話にはなってますし、実際そうではあるのですが、色々あって立場的にドワーフ王国が弱いんです。よっぽど無理なお願いで無い限りドワーフ王はベスターやフローラさんの提案を呑むと思っていただいて構いません」
「それは大問題ではないのか。結果として魔人側が頂点に立ってしまう」
「力関係だけで言えばそもそも魔人がこの付近の国々で一番上ですよ?」
「それは、そうだが……」
やはり貴族視点で物を考えると、自分達が極力上位でなければならないようだ。
「しかし、やはり力関係と言うのは均衡を保っていなければならない物だ」
「それで言ったら、ベスターがこちらについている以上、王国が一番強いわけですが」
「そんなものはトモヤが生きている間だけであろう」
まぁそう言われても仕方ない。
「ちょっといいだろうか」
今まで黙っていたベスターが声を上げる。
「そもそもだが、私は魔人となってしまったが心は人間のままであると自負している。まぁそれを信じるかどうかはそちら次第ではあるが――前提として人を害する気は無いのだ。そちらだって魔物がいた所で悪さをしなければわざわざ殺しはしないだろう」
それは場合によっては群れを怒らせて、逆に攻撃される恐れもあるからだ。
「トモヤが言うように支配した方が話が早い事は事実であるが、それでは共存とは言えぬ。我々魔人は人の生活が恋しい。最終的には人と同じように、何なら人と一緒に暮らしたいと思う者もいよう。それなのに支配した人間と一緒に暮らした所で何の意味がある? そんなのはただの紛い物でなはないか」
「ではベスター殿は、むしろ魔人は人間側だと言いたいのかな?」
「そもそもが人間だからそう言いたい気持ちはあるが、やはり隔たりがあるのはわかっているので、そこまでハッキリとは言わん。そうだな、以前あったと言うコボルトを許容したと言う事実、それと近い物だと考えればいいのではないだろうか」
「あれは何かあった時にこちら側の戦力で対応できるからであってだな……」
「前提として私自身はトモヤの友として人間と争うことは無い。他の魔人は彼女等で難なく対処できる。変わらぬであろう」
そう言われるとそうではあるが、ここの人達は俺とベスターの友人関係にも疑問を持ってる気がする。
「だがいずれ彼は死ぬ。その後はどうするおつもりだ」
「トモヤの家族や子孫を見守る事にしよう。トモヤに限った話ではなく、私が友と認めた者ならば同じように接する事であろう」
「……人と変わらぬ、と」
「少なくとも私はそのつもりだ」
ベスターのその言葉にルーベルトは辺りを見渡し、他の四公爵家や分家、伯爵家の表情を確認する。
俺も会話しながら見てきたが、少なくとも公爵家関係は頷いてもらえそうだった。
「ならば我々はベスター殿を信じてみよう。だが肝に銘じてほしい。何かあればトモヤに責が行く。最悪迫害され王国を追い出されたり殺される可能性もある。それでも人と魔人の交流をしたいと申すのだな?」
「ああ、その通りだ。だが一つ言っておく。放逐は目を瞑るがトモヤやその家族、関係者に手が及んだ場合、私は手を下した者とその関係者を一掃する。どんなに隠蔽しようが必ずだ」
「……落ち着いてもらいたい。誰かがそう言った事をやりかねないと言うだけであって、我々がそうしたいわけでは無いのだ。人の世はいつも裏で何かあるものだからな」
「理解している。何、私のデコピン一発で死ぬほど弱いトモヤだ。これくらい言っておかねば、ちょっとしたちょっかいくらいならと手を出しかねないのと、それであっさり死んでしまう可能性があるからな」
「わかった。では書面を用意しよう。シェリール様、そちらでご用意できますかな?」
「ええ、勿論。ですが口約束でもいいと仰っていたのに、この場で決めてしまってもいいのですか?」
「最終的に何かあればトモヤに責が行くだけの話だ」
「それもそうですね」
そう言ってシェリールは転移門を開いてスッといなくなる。
そして一分もしない内に戻ってくると、重大な契約に使われる羊皮紙とインクをテーブルに置いて何やらこっちの世界の言葉で書き始めた。
単語として成立する度に翻訳されていくが、要は今話していたように、『何か問題が起きた場合、トモヤが全責任を負う』と書かれているようだ。
うーん、責任重大だけど俺個人で何か出来る問題でも無いんだよなぁ。
それを各自確認し、署名と血判を押してゆく。
それが最後に俺とベスターの所に来るのだが、血判かー、血判ねー、うーん。
「ちょっとトモヤ、血判くらいで何ビビってるのよ」
「そうだぞトモヤ。この程度慣れぬのでは、今後王など務まらんぞ。ほれ貸してみよ」
そう言ってベスターは、俺がじっと見ていた手を掴んで親指を爪の先で撫でる。
それだけで血が出て来た。
どぱっと。
「おっとすまん」
ギャーっ! と言いたい気持ちを抑えて羊皮紙に押し付け、後ろの楓子に表情だけで助けを求めるとすぐにヒールが飛んできた。
はー、痛いのは嫌だ。
「さて、これで私で最後だな。よもやここまで話がまとまるとは思っていなかった。ありがとう」
そう言ってベスターはこの場に集まる公爵家や伯爵家の面々に頭を下げた。
その姿が自然で誰もが普通に受け入れてしまったが、その後で慌てて何か言おうとして何も言えない面々である。
貴族社会で面倒なのが、上の者に頭を下げられると対応に困る事だろう。
元々上の者が下の者に頭を下げるとかありえないわけだし。
で、これでわかるのが、この場に居る人がベスターを上の者として認めてしまっている事だ。
そもそも単純な力で勝てるわけは無いのだが、これまでの会話でそれだけの人物である事が理解できたのだと思う。
故に、ハイリッヒの当主であるルーベルトだけは堂々と構えて微動だにしない。
彼だけはベスターと対等であろうとしている。
それを見たベスターも満足そうにルーベルトを見て笑みを浮かべるのだ。
この二人が結託したらうちの貴族社会を牛耳られる気がする。
こうして魔人との条約が締結してしまった。
そう、今回の件は正式に魔人の王であるベスターと王国とで、条約として締結してしまったのだ。
条約に必要なプロセスは公爵家の当主四人と王族の同意となっており、この場には公爵家の当主四人とシェリールがいる。
本来なら慣例として議会を通さねばならないとかあるだろうが、一応今回の件は秘密裏に行われている事だ。
議会を通してとなると外に話が漏れるし、そうなると公示しなければならない。
そう、バレなければいいのだ。
バレたら『国民に言ってしまったら身構えられてしまうので言えなかった』として謝りまくって誤魔化そう。
にしても、サクラの話では終始魔人に対しての恐怖が前面に押し出されていて、貴族にありがちな利益に関する話にまでは発展しなかったと言う。
ドワーフ王国の時とは大違いだ。
俺としては、ベスターとの交流で魔人の森で栽培されてる野菜や果物の流通が出来ればいいなーと思っているのだが、現状は転移門の魔法が無いと鮮度が持たないと言う問題がある。
果物なんかは青いうちに取って流通出来る物もあるだろうが、どうしても味は落ちてしまう。
となれば、王国でも同じように作れないかの実験をするとかだが、魔人の森ほど肥沃な土地はこの王国に存在しない。
まぁ数日に一回でいいからフローラさんが運んでくれるだけでも何とかなりそうだけど。
「あ、それと近々ベスターに国民に対して演説してもらうつもりなので、根回しをお願いします」
「トモヤ。我々にも堪忍袋と言う物があってだな、ん?」
ヤバい。
ルーベルトが折角落ち着いた所でと怒ってらっしゃる。




