建国と交流に向けて
あの結婚から一ヶ月が過ぎた。
本来ならもうちょっと早く話を進めたかったのだが、なんせ事が事なのと、今回の件はシェリールが絡んでおらず俺の独断だった事もあり、何ともいばらの道だった。
あの時、シェリールじゃなくシャルのまま拉致するかのようにベスターの居城に飛んだが、こうも面倒だとシェリールとして来てもらって一枚かんでもらった方が良かったとすら思う程だ。
まぁその場合は貴族からの批判が全てシェリールに向いて、もっと大変な事になっていたと思うが。
で、あんまりにも埒が明かないので、大魔王に関する説明会と称して四公爵家とその分家の当主、割と協力的な伯爵家と魔人なんてとんでもないと真っ向から対立する伯爵家を王城に招いた。
結婚生活?
忙しすぎてそれどころじゃ無いのと、冷静になって現状の確認をしたら恥ずかしすぎて手も出せんわコノヤロウ。
ただまぁ、四人は前よりも更に距離感が近くなり、当たり前のように触れて来たり抱き着いて来たりするようになったので、なんか余計に悶々するのだが。
この説明会にも四人共参加で、事ある毎にベタベタしてくるものだから一部の方々の目が非常に怖いし痛い。
何も言わないで睨むより、時と場合を考えろとハッキリ怒ってくれた方がマシだ。
「さて、お集りの皆さん。本日はご足労頂き誠にありがとうございます」
王城の中心部にある会議室は、本来王族と公爵家と有識者しか入れない場所だ。
そんな場所に呼ばれた公爵家の分家や伯爵家はどこか緊張した面持ちである。
「今日お集まりいただいたのは、前もってお伝えしていたように魔人に関する事です。まず最初にですが、魔人自体は確かに恐ろしい。これ自体は否定しようがありません」
それ見た事かと鷹揚に頷く面々。
「がしかし、それは全てではなく、知性も理性も持ち合わせた魔人は存在するのです。そして何より件の大魔王が元々人間の勇者だった事もあり、人間と友好を結ぶつもりで他の魔人を教育するとの事です。勿論基準外であれば外に連れ出す事は無いのでご安心ください」
「そもそも、その大魔王が信用ならないのだ」
そう言うのはスズウキ家当主のオルジフ・スズウキだ。
スズウキ家は昔いた鈴木さんと言う勇者が祖のせいか、魔物や魔人と言う話には敏感な印象だ。
「いくら知性があっても魔人と言うだけで人類の禁忌に触れてしまう。我々は先祖代々魔人は敵だと教えられ、存在そのものが悪だと言われて育ってきたのだ。それを今更仲間と言われても対応しきれない」
「その通り。仮に大魔王が何か企んでいた場合、一体どうすると言うのだ。友人らしいトモヤ殿」
シェーバー家当主のロメオ・シェーバーと分家の当主が嫌味を込めて来た。
四公爵家の中では特にこのスズウキ家とシェーバー家が強く反対を表明しているが、ハイリッヒ家は学校で子供が俺と交友がある事で表立っては強く反対はして来ず、ピレネー家に関しても教皇が言い含めておいてくれたようで同じように強い反発は無い。
とは言え賛成なわけが無く、一体こいつは何でこんな無理難題を言って来るんだと渋い表情で語っている。
「次期国王のトモヤ殿は功を焦っておられるのではないかな?」
そう言うのは、とにかく強く反対するわ色々問題あって何とかしたい家ナンバーワンのシュバインシュタイガー家当主、ジークフリート・シュバインシュタイガー。
ハイリッヒ家主催のパーティーでもとにかくビシッとしていて、むしろ執事っぽいイメージで勝手にセバスと脳内で呼んでいたが、元々几帳面で旧来の貴族の在り方こそ素晴らしいと考える堅物だ。
どうも俺の事が気に食わないらしく、周りの情勢を見つつではあるが何であっても基本的に反対されてばかりだ。
「功を焦っておられるのなら、わざわざこのような説明会など開かずに強硬されるでしょう。彼はそれだけの人脈をお持ちだからな」
そう言って諫めるのはウィリアム・ハウスで、弓術部部長のスティーブンの親父さんだった。
あれ以来それほど交流は無いのだが、どうやら一家まとめて良識あるタイプのエルフ好きらしく、シェリールと結婚した俺に対しても悪い印象を持っていないようだ。
だがまぁ、なんというかそう言ってくれると少々心苦しいのだ。特に今回は。
「勿論そう言ったこの世界の常識は承知しております。ですので、ここは思い切った形で皆様に納得してもらった方がいいと思い、この場を用意させていただきました」
そう言うと俺は何も無い会議室の隅を見る。
そして一同に向く。
「紹介いたします。大魔王ベスターと従者のフローラさんです」
その言葉に驚愕の表情を浮かべるが、そう言った直後には俺の隣にベスターとフローラさんが立っていた。
ベスターは貴族の正装としてスーツを着ていたが、なんせ若い日本人の顔でスーツなので少し違和感を感じてしまう。
その隣にいるフローラさんはいつものように、ベーシックなメイド服に身を包んで薄っすらと笑みを浮かべ、手を前に揃えて小さくお辞儀をしていた。
「ただいま紹介に預かったベスターだ。隣にいるのが従者でサキュバスのフローラと言う。本日はよろしく頼む」
フローラさんはただの付き添いに徹するようで、既に一歩下がっていた。
この場にいる人間の反応はほぼ二パターンで、ただただ驚いて何も言えないスズウキ家、シェーバー家、シュバインシュタイガー家、ハウス家と、ベスターの隣にいるフローラさんの完成された究極の美に目を奪われているハイリッヒ家、ピレネー家である。
この見とれてる方の二つの家は、先陣切って反対反対と声高に言ってない分、この場では多少気楽な立場なのだろう。
ちなみに分家の方々は総じてフローラさんに釘付けである。
正直、この反応だけでこの場にどれだけ本気で来ているかが窺い知れると思った。
多分ハイリッヒやピレネーの当主は、俺がこうして動いている以上、最終的に何らかの形で交流を持つであろうと見通していると思う。
逆に反対派は俺を嫌ってる部分もあるだろうが、単純に魔人に対して恐怖しているのだ。
勿論ハイリッヒやピレネーの当主も受け入れ態勢があるわけでも無し、怖くて当然だとは思うが、少なくとも元勇者のベスターであれば何とか平静を保てるようだ。
これで見た目から人の姿を逸脱してるタイプの魔人を連れて来たら、現れた瞬間恐怖で魔法を撃つ人が出て来てもおかしくはない。
「ふむ、ちなみに我々の魔力はこちらのクリスタルで集中させて、小型の転移門の魔法で我が城に送っているので、魔力が漏れる事による危険に関しては安心してほしい。我々の本来の魔力を見たいと言うのなら見せるが――」
「気絶するのが出て来るから止めてくれ」
「と、言われてしまったので自重しよう」
そう言って薄っすら笑うだけの余裕がベスターにはあったが、他の面々は身動きを取れるほどの余裕もなさそうだ。
顔が強張り、何なら逃げ出せるように少し腰を浮かせている人も数人見える。
公爵家の意地なのか何なのか、公爵家の当主達は努めて冷静を装い微動だにせず座っているが、その額には次第に冷や汗が滲み出ていた。
「さて、私からの願い、そう、ただの願いなのだが、旧来の魔人への考えを少しずつでも変えて行って貰えないだろうか。私も元人間として考えれば、其方達の恐怖はわからんでも無い。だが、本来大半の魔人は温厚な性格をしているのだ。人間が魔人のおぞましい風貌に怯えて攻撃をするから魔人達は防衛行動として反撃してしまうだけで、何もしなければ魔人側も何もしない。勿論血の気が多く頭が足らんのもいるのは事実だが、そう言った厄介な魔人は表に出さないと誓おう」
まだベスター登場で場が緊張しているが、ベスターの人間と変わらない普通の言葉に面食らっているようでもある。
「私の望みは私を含め一部の理性ある魔人の行き来――これに関しては定員を決めて確実に人間にバレないレベルで擬態出来る者を選ぶが、その者たちに人の生活を学ばせたいと思っている。そうだな、フローラを見て頂こう。彼女を一目見て人間じゃないと判別出来る者が居たら挙手を願う」
その言葉に誰もが手を上げない。いや上げれない。
ズルいのがベスター本人では無くフローラさんを指名した事だ。
こんな美の化身を見て、お前は化け物だなんて言える人の方が人間じゃない。
ベスターに関しても何も知らない俺が見たとしても普通の日本人に見えるのだが。
「彼女程整っている者はいないのだが、こうして見る分には人と変わらないであろう。そして知性も並外れているのでその場に合った行動も取れる。私の言う人の生活を学ばせたい魔人はそう言った者たちを選ぶつもりだ」
ここで勇猛果敢に手を上げたのは、流石元勇者の家系であるスズウキ家当主のオルジフだ。
「そ、その、ベスター殿にお聞きしたい。人の生活を学んでどうするおつもりだ」
「北に広がる魔人の森と言われている一帯。あそこに都市を築こうと思っている。まずはざっと整備をして街を作り、数十年から百年くらいを掛けて人と変わらぬ文化を作っていきたいのだ」
「その目的は?」
「なるほど。そもそも魔人とはなんだと言う話をするべきだったのだな」
そう言うとベスターはフローラさんを見る。
あ、ズルい。
フローラさんに説明させて、魅了の魔力を使わずとも心を奪うつもりだ。
「私から説明させていただきます」
ここでの第一声となったフローラさんだが、美の化身が作り物ではなく動いている事に感動すら覚える。割と見慣れた俺でもだ。
「魔人の発生ですが、皆さんご存知の通り魔力による変質でございます。偶々発生した魔力のホットスポットによる高密度の魔力を浴びた、もしくは元々魔力耐性が低く変質しやすい体質だった等諸説ございますが、魔力によって変質してしまった人達が交配を重ねた結果、魔人としての種を確立しました。古い文献を見るに、北に位置する町が丸ごと無かったことにされているので、そこがホットスポットとなって町民が魔人化したのが魔人の森の祖先では無いかと私は考えております」
すらすらと説明するフローラさんを見て一同目も耳もくぎ付けだ。
こちら側の参加だけして何も喋らない嫁四人ですら聞き惚れている。
「元は人間だったモノがおぞましい風貌に変われば、人間としてそれを受け入れる事は出来ないでしょう。ですが私達の心の中には人間だった証拠として強い渇望があるのです」
フローラさんの声は特に高音と言うわけでは無いのに良く通り、とても聞き心地がいい。
数値化できないくらい微量な魔力が声に含まれてると言われたら信じる。
「そう、私達魔人は、総じて人間の生活に戻りたいと言う思いが心の奥底にあるのです。ですが人間に交じっての生活が出来ない事も承知しております。ですので自分達で都市を作り、管理しようと言うのが大魔王様のお考えなのです」
「まぁ都市と言うのは風呂敷を広げすぎだと自分でもわかっているのだ。だが、将来的には各国と交流を持って普通に生活出来る環境を作りたいと思っている」
フローラさんの言葉を真摯に聞きながらもどこかぼーっとしていた面々は、ベスターの言葉で我に返った。
「何も最初から全てを認めて協力してくれだとか、正式に外交をしようと言うわけでは無い。我々の敵にならないで貰いたいのだ。さすればいずれわかって貰えると信じている」
「では――、ベスター殿。その魔人は政治を行えると?」
ハイリッヒ家当主、ルーベルト・ハイリッヒが動いた。
議会でも議長をするだけあって、四公爵家の中でも最も発言力が強い重鎮だ。
「正直すぐは無理であろうな。これまでも私とフローラがざっと取りまとめて来たが、そこには政治と言うよりも単純な力による統制だった。それこそが手っ取り早いと言ったら政治なんて出来ないが、魔人は基本強い者に従う。つまり私が整備さえすれば可能であるのだが、その政治の基本が無い。実は人間の生活を学ぶのと並行して、この国の政治を学ばせて手本にしたいと考えている」
「それが本当に出来ると?」
「出来るとも。私がやるのだ。妥協はしない」
何とも当たり前に言うのだ。
それを見て、ルーベルトも『いいや出来まい』とは言えず黙った。
政治の基本が無いとは言うが、ベスターは様々な書物、それこそ俺の教科書すら読んでいるのだから、様々な政治の形態を知っているはずだ。
理解度としてはどの程度かわからないが、少なくともトライアンドエラーで何とかなってしまう程度には知識があると思う。
それでもなお学びたいと言うのだから、本気で政治をしようと思っているのだなとわかるのだ。
俺はそろそろかなと思って声を上げる。
「やってみなきゃわからない部分もあると思うんです。なので、とりあえずベスターには自分の思うように街を作ってもらって、その後で細かい事は考えればいいと思っています。勿論皆さまの一応の賛同は頂きたいのです。条件付きでも拒否でも構いません」
この場にいる大魔王と言う脅威と、とりあえず纏めてこの場を終わらせようとする提案。
俺のやり方もズルいとわかっている。
「トモヤ殿。少し我々だけで相談させてもらってもよろしいか。いや、本来ならもっと大勢の意見が欲しいのだが――」
「元々とりあえずの賛同を得られればいいと思っての人選ですので、正式な物と言うよりかは口約束程度だと思っていただいて構いません」
「わかった。では一時退席させて――」
「それには及ばん。我等が席を外そう。なんせ三百余年ぶりの城だからな。少し王都を見下ろしたいのだ」
この間来たくせにとは言わない。
結婚式の時はサクラの様子見はしたようだが、さっさと帰ったようだし。
まぁ予定調和なんだけど。
「付き添いに自分達も出るので、一時間程休憩を入れて再開しましょう」
「そう言う事ならそうしよう」
表情を意識して変えないようにしているのは何となくわかったが、この提案にはホッとしたようだった。
俺としては、外に出したら話が漏れる危険性を考えていたのだが、ざっと見た感じ貴族らしい思考を巡らせているようにも見える。
多分、利益云々の話が始まるだろう。
ベスターを実際見て話を聞けば、下手な貴族よりも信頼できるのはわかると思う。
つまりベスター本人の信頼は簡単に得られるのだ。
後は他の魔人の問題だが、それもフローラさんを見ればある程度は信用するだろう。
残るは魔人との取引でどんな利権が生まれるかだが、これは俺にはわからない。
俺はただベスターと真っ当に交流を持ちたいだけだ。
考えようによっては魔人に脅かされない事が確約される事ではあるが、魔人の森まで遠ので元々被害は無いようなものだし。
会議室を出て城内を歩く。
向かう先は上階のバルコニーで、上にあるが故に城下から見上げても誰がいるのかわからない。
「疲れたー」
「ああ言う空気って疲れるよねぇ」
何もやってない千絵と楓子だが、実際俺一人であの連中と対峙しても雑に扱われる可能性もある。
「そうかしら。ああ言った貴族は最終的に身の安全と利益のアテさえあればいいから、深く考える必要は無いわよ」
「身も蓋も無いけどそうだよねー」
シェリールとシエルはああ言う場には慣れっこだ。
シェリールは分家や伯爵家以外は毎度の面々だろうし、シエルも元ドワーフ王国王女としてシェリールと共に政治の世界に首を突っ込んでいるので、ああいった会議は既に何度もこなしている。
「思いのほか上手くいったのではないかな」
「後々こっそりベスターを呼んでた事に対する嫌味を言われる程度で済んで欲しいなぁ。ハイリッヒの御当主怒るとすげー怖いんだよなぁ……」
「トモヤさんにはいつも苦労をおかけして申し訳ありません。今度森で取れたフルーツを使ってパイかタルトでも作ってお持ちいたします」
「それがあれば頑張れます」
やったー。
ぶっちゃけクリスタルのおかげで、この二人はしょっちゅう王国に来ていたりする。
まだ寮生活なのだが、むしろその方が人目に付かないのでベスターは普通に語らいに、フローラさんはその付き添いと思いきや普通に嫁四人と仲が良く、毎回差し入れに何か持って来ては夜遅くまで談笑して帰ってゆくのだ。
なので寮の一室のみの行き来だから外の様子が見たいと言うのは事実だった。
勿論シェリールはシャルとして参加で、たまーにシェリールとして表れて誤魔化すが、いい加減誤魔化すのも限界に来ている。
この間もシャルがちょっと出かけて来ると言い、その矢先にシェリールが来て、『シャルちゃんさっきまで居たのにねー』と楓子に言われて冷や汗をかく事があった。
近々王城に生活の場を移すので、そうなると寮にシャルが一人残る事になってしまうから心配だと主に楓子が言っていて、更に冷や汗をかく俺とシャルなのである。
でも今更どうやって説明すりゃいいんだ。
かれこれ四か月くらい、シャルと同衾してたんですが。
そしてシェリールとしてではあるけど結婚してしまったんですが。
嗚呼、ロリコンと呼ばれる日も遠くはないのかもしれない。
あの結婚から既に一か月以上経っていたが、あの結婚したての頃を思い出すと嬉しくも恥ずかしくもあって今でも顔がにやける。
まぁ、結婚式の翌日には王城の一室で早速夫婦会議をしたのだが。
なんでって、そりゃしっかりと話を聞いておかなければならない。




