閑話:建国
ドワーフ王国に正式に条件を提示し、それが受け入れられてから早くも三か月が経った。
丁度真冬に差し掛かろうとしていた時期だったので、あの作戦自体は少し切羽詰まっていたと思う。
事実、片付いた次の週には大雪によって森は閉ざされ、魔人達は大木の洞や地中に穴を掘って冬眠したり、多少の建築の知識がある者は簡易的な家で冬を過ごした。
そして春が訪れ、冬の間ドワーフ王国で急ピッチで制作されていた各種資材、建材を魔人の森に運び出す。
そう、これから楽しい楽しい街づくりである。
まずは更地を作る必要がある。
魔人を範囲内から退避させ、気合を入れて手刀を横に一閃。 それだけで一キロくらい先までの樹木の切り倒しが終わった。
後は根を抜いて地面を均し、木の枝を落として皮を剥ぎ、魔法で乾燥させて木材にする。
急激な乾燥は割れや変形の原因になりかねないが、この森の樹木に関しては豊富過ぎる魔力によって半ば魔物化しかけているので、その程度で音を上げる材質ではない。
手刀を振る前に魔物化したトレントが大慌てで遠くまで逃げていたが、トレントはトレントで非常に上質な木材になりそうだったから残念だ。
いや勿論本気で殺す気は無い。
根を抜く作業は力の強い魔人、木の加工はある程度器用な魔人なら出来るので仕事を割り振る。
後はレンガも増産に次ぐ増産が掛かっていて、道路に全て綺麗に敷き詰める予定だ。
建築の知識自体は長年色々な書物を読んでいるので全く無いわけでは無かったが、王国にいた元建築士だと言う異世界人に話を聞く事が出来たので大体は何とかなるはずだ。
あちらの知識としてこれが限界だとされている事でも、この世界では魔力による強化もあるし、そもそも木材自体が魔力を帯びているせいで下手したら倍くらい強度も粘りもある。
基本的にはこの世界には殆ど無い木造建築を主体にするつもりだが、その理由は木材が手に入れやすく加工しやすい事が一番大きく、他には魔力が潤沢な土地なので勝手に魔力を吸って強化される事を見越している。
流石に加工した木材から魔物は生まれないだろうが、特に何か魔法を掛けなくとも数百年持つ家になるはずだ。
更地は作った。木材の準備も進んでいる。後は地下の準備だ。
上下水道完備で下水処理施設もちゃんと作らねば、将来的に汚点となってしまう。
やるからには百年後も千年後も素晴らしいと言えるモノを作らねばならぬ。
それには街を円形にするか碁盤の目状にするかで悩んだが、後の整備を考えて碁盤の目状にする事に決めた。
となると、地下も碁盤の目状に穴を掘り、掘りながら出た土は転移門を開きっぱなしにして放り込み、地上の切り開いた隅っこに積んでおく。
魔力で強化した腕で掘り進めつつ、鉄の粉末をはじめ色々混ぜた土を塗り付けて炎系の魔法で高温で焼く。
こうして直径三メートル程の下水管を作り、上水道用の横穴も同じように施工した。
少し太すぎるかとも思ったが、何かが原因で詰まったり逆流したりする可能性が無いとも限らないので、無難に太くすることにした。
上水道用はある程度細くないと水圧が下がって水が出なくなってしまうので、下水道の設置よりも細々とはしていたが時間はかからなかった。
下水なんかは下水道さえ出来てしまえば排水管を繋いで流すだけだ。
後は下水処理施設として何段階かに水を貯める仕組みを作り、段階を追って汚水の不純物を沈殿させて上澄みを川に放流する仕組みにした。
沈殿物の処理をどうしようか悩んだが、それに関しては魔人がいくらでもいるから汲み取りの仕事を作って誰かにやってもらおう。
一応毒素等を分解する魔法陣を刻んであるが、汚染具合や量によっては完全に機能するか分からないのと、分解したカスやゴミまで更に分解させると下水処理施設付近の魔力が枯渇する可能性もある。
魔人の森に一番近い川はその先がすぐ海なのだが、河口付近の魚を食べたとしても問題無いレベルにまで処理出来るはずである。
やってみてダメなら追加で漕を増やそう。
下水は一通り完成したので上水道だが、これは川の上流から水を引っ張って来て貯水池に溜め、吸引と圧送の魔道具をドワーフに作ってもらって解決した。
一応魔人を目の敵にする輩が毒を流す可能性も考慮し、貯水池は地脈の上に設置して強めの浄化の魔法陣を仕掛けてある。
魔人はその姿によって住みやすい環境が変わる。
人型は人並みの生活を送りたがるので普通に住居を作るが、人の姿を無くしてしまったモノたちにはそれも難しいので、屋根があって板張りの床なだけの建物をいくつか作り、そう言う場所よりも元の森を選ぶのであれば伐採してない森に案内した。
その中間くらいのが少々面倒なのだが、何が大変なのかって手が枝のようだったり平べったかったりと普通の形で無いから掴めないとか、同じく足が変形してるので段差が上がりにくいとかがメインなので、バリアフリーの屋敷を作って様子を見る事にした。
目玉は魔力で動く自動ドアとエスカレーターだ。
流石にこの手のものを各住宅にと言うのは消費魔力量としても難しいので、通常の一軒家やアパートメントタイプでは無く、屋敷サイズにして共同生活をさせる事にした。
元々各種属は共同生活をしていたのも多く、特に不満は出ていない。
一番の問題は巨人系の魔人だが、巨人系と言うと知性に問題があったり動きが遅いイメージだがそんなことは無い。
なのでそのサイズに合わせて大きな家を建ててみたが、これが評判が良く巨人の街として全体の一角を整備する事になる。
巨人系と魔人と言ってもサイズは精々人間の倍程度だから、建物も単純に二倍弱程度で事足りる。
まぁその後作る役所等の施設も大き目にしておく必要があるのだが。
それら一通りの整備に一月半程要し、納入初日にドワーフの王が来て以来二度目に来たのがその頃だったが、まさかここまでとは思ってなかったのか目をひん剥いて茫然としていた。
まだまだ住居も全て完成したわけでは無いし、居住エリアの整備がある程度終わっただけに過ぎない。
住居は建築が出来そうな魔人を集めて一通り教えたので、恐らく建材さえ途切れなければ一ヶ月もしないで全部完成すると思われる。
後は商業施設を作り、魔人に仕事を割り振って行かなければならない。
これまでのように魔人の森で各々自給自足の生活もいいが、魔人の大半は今回の革新で住みやすく便利と言う物を知ってしまった。
それの維持にはそれなりの仕事をしてもらわなければならない。
幸いにも姿が人型を維持していない魔人も、最低限の知能と理性を持っている種は多い。
中には理性に欠け事ある毎に力での解決を図る種もいるが、むしろそう言う連中の方が言う事を聞かせやすいので助かる。
人型の中でもインキュバスやサキュバス、そしてヴァンパイアは特に知性が高いが、その分要望も多く『お前ら少しは自分でやれ』と言って道路整備をさせたり溝さらいをさせたりしたが、知性の高い者ほど力仕事や汚れる仕事を嫌う傾向にある。
仕方ないので、まだ先のつもりだったが行政府を作り、各部署にそう言った連中を割り振って仕事させることにした。
知性もあるが力仕事を嫌がらない人狼には助けられたが、こいつらはこいつらで食事のグレードアップを要求してきて、仕方ないので食料調達班として人狼の半分を狩りに、暇にしている巨人系の一部を荷物持ちとして同行させた。
奴等は力仕事を嫌いはしないが、種として狩りを楽しむ傾向にあるので力仕事組と食料調達班でローテーションする事にした。
こうして一通り仕事が決まり、働ける種族が全員働くようになると次は賃金だ。
これまで銅貨や銀貨と言った物を見てきてない奴等が九割を超える魔人の森で、そんなものを賃金として渡して納得されるわけが無かった。
食糧を寄越せと大騒ぎになるのも自然の流れだったが、そこは我等魔人に深く根付く渇望を刺激した。
「人の生活をしたいのではなかったのか。人は働いて賃金を得、その得た賃金で食料や衣類、生活雑貨などを買って生活する生き物だ。貴様等は整備された街を得て家を得て仕事を得た。そして賃金を得たのだから、それを使って買い物をするのだ。適正な価格はわからぬだろうから一年間はこちらで値を付けるが、その後は利益を考えて値段を付けて売買してもらう。今、我々はただの魔人から共同生活をする人に近い種へと変わろうとしているのだ」
金の価値と言う物がどうしても理解できない魔人は森に住まう魔人の一部くらいで済んだので、この際『人並みに生活できる魔人』と『原始的な生活しか出来ない魔人』として完全に分けてしまった方がいいだろう。
後者は何を言っても最終的に理解出来ずに元の生活に戻ってしまうので、むしろ無理に新しい生活に馴染めと言う方が苦しめてしまう。
ただ、管理しないと何かあった時に面倒なので、大雑把に種族毎に『このエリア』と決めて柵で囲ってしまった。
元々広大な森林で、何なら開発した一キロ四方よりも広い森林部に作ったエリアなので、こちらも何か問題が起きない限りは大丈夫だと思う。
一応人間が迷い込んできた時用に、『この柵から先は魔人の居住エリア、接近禁止』と言う立て札をこれでもかと言う程立てて来た。
そもそも人間の国からは海岸線沿いに北上して迂回でもしない限りはたどり着けないエリアなので大丈夫だと思う。
どちらかと言えば何も知らないドワーフが興味本位で入り込む可能性の方がある場所だが、立て札を見て入る以上は自己責任だ。
新緑の緑も深みを増し、気温が上がってきた頃。
街を作り始めて丸二か月くらいが経った。
まだ街と言うよりかは町だが、魔人が自分で商売を始める等の動きも見せ始めた。
箱さえ作って人間はこういう生活をしていると教えてしまえば、それをやりたくなるのが魔人と言うものだ。
城から動けなかったせいでこれまでやりたくても出来なかった事。
自分が身動きが取れず、かと言ってフローラに丸投げしては絶対に出来ない事。
恐らく今後、今まであえて交流を持たないで来た種族同士の軋轢が生まれたりするだろうが、そう言った争いすらも未来の種族を超えた交流の為に必要な物だ。
何かあったらフローラが半殺しで場を収めてくれるから安心して見ていられる。
ここに来てようやく見せてもいいかなと思ってトモヤを呼んでみた。
「……いや早すぎるでしょ」
そして絶句させられた。計予定通りだ。
「街は荒れてないし清掃はしっかりされているし、魔人が人間みたいに生活出来る街になってる。まぁ所々喧嘩してるけど――」
「どうだ、凄いだろう」
「いや凄すぎて何が何だか。だって、ついこの間建築士の人に話聞いてたじゃん」
「無駄に魔力もあれば力も有り余っている体だからな。土木作業をしたら一人で千人分くらいの働きが出来たわ」
「はー、いやもう凄いって言葉しか浮かんでこないよ。ここまでやったって事は、やっぱり人間側との交流を考えてるだろ?」
「将来的には考えているが、こちら側がまだまだ人としての生活に慣れていない。そちら側も魔人のイメージが変わらぬ以上、受け入れなど出来ないだろう」
「まぁ、そうだよね。何とかしたいけど」
「ただ、外貨は稼がねばならぬ。定期的に魔獣の肉と鉄鉱石を王国に売りたい」
「鉄鉱石も?」
「ああ、ドワーフ王に鉱脈を聞いて、我が方の地下を掘ってみた。しばらくの間はこの鉄鉱石で外貨を稼ぐ事になると思うが」
「そうだなぁ、魔獣の肉も品質によってはこっちでもしっかり売れるけど、それよりも鉄鉱石は喉から手が出るほど欲しいな。どうせなら鉄に加工して流通してくれてもいいんだけど」
「それはドワーフの領分だから手を出してくれるなと言われたわ。実際精製するだけの設備も無ければ石炭等の燃料もこちら側には無い。よって原材料での輸出となる」
「まぁそれならそれで。多分設備はこっちで作れるから。もしくは今更ではあるけど、ドワーフ王国とそっちとこっちで秘密裏に契約して、鉄鉱石はドワーフに売って、精製された鉄をうちが優先的に買うって形でも良いな。シエルが嫁になった以上、ドワーフ王国と継続した取引も必要だし」
「そう言う事なら後日向こうも交えて話し合おう。出来ればうちの完全に人に変化出来る人狼とヴァンパイアを王国に送って、人間の暮らしを勉強させたいと思っている」
流石に人間を連れて歩けば魔人に絡まれる可能性もあるし、トモヤの貧弱さを考えると何かあっただけで死にかねないので、今回は少し離れた王城から見下ろすだけになっている。
遠くから見るだけでも約一キロ四方の街の発展具合には驚きを禁じ得ないようだし、魔人の国として付近に認知させることは可能だなと言う実感を得た。
そう、これまで魔人の森として放置してきたが、これからは人類と対等に国交を持てるように魔人の国として再出発するのだ。
地脈の問題が解決され、だがしかし自分が人間に戻れるわけは無く、ドワーフを恨んで八つ裂きにした所でなんにもならない事は承知していた。
だから、どうしたら自分の夢見た生活に戻れるのかを考えたのだ。
それには人並みの生活が必要だ。
今でも人並みの生活はしてはいるが、そうではない。
生活と言う物は一人では出来ないし、我々家族だけでも出来ない。人の生活に適応できる魔人達を育てるのだ。
国として魔人の地位を上げ、いずれは人間の国と、圧力をかけるのではなく対話で対等に交流を持つのだ。
そんな夢がポンと自分の中に生まれた。
どうせ寿命なんてあってないような体になったのだ。
出来る事ならトモヤが生きているうちに王国との国交を正常に持ちたい所だが、事を急いては仕損じるので後はゆっくりやって行こう。
この魔人の国の建国は付近の国々を恐怖のどん底に陥れたが、その裏で王国とドワーフ王国の援助が見え隠れしていた事もあって長い年月はかかるが次第に受け入れられていく事になる。




