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異世界なんてクソくらえ  作者: 南都河埜
住めば都の異世界生活編(自分を除く)
5/194

異世界寒村生活(その1)



 起きたらいつの間にか川の字の中にいた。

 これはつまり、千絵が一回起きてトイレにでも行って、俺と楓子が寝返りで左に寄ってて、右側しか空いて無かったとか言うオチだろうけど。

 にしてもあくまでもダブルベッドなので三人で寝るにはギリギリなのだが、どの程度かと言えばギリギリ肌が触れるか触れないかの状態で川の字なら収まる程度。

 つまり寝返りでも打てば隣に当たったり、それこそ覆いかぶさったりされたりなわけで、この場合幼馴染の女子二人を触っていても罪には問われないと思いたい。いやエロ目的じゃなく。と言うのもふと目覚めたら千絵の腰に手を回していて、目の前に千絵の穏やかな寝顔が目の前にあったりして。

 これはやばい。

 とは言え朝だ。

 起きてこの世界の事を勉強しなければならない。

 腰に回っていた手を外してゴソゴソと仰向けになり、少し様子を窺ってみるがどうやら二人はまだ寝ているらしく、俺が上半身を起き上がらせても寝息を立てていた。

 とりあえずトイレにでも行こうと思って起き上がり、そう言えばこの世界は室内も土足だったなと通学用の革靴を履く。

 さしあたっては服装をこの世界バージョンにした方がいいんじゃなかろうか。

 日本では夏だったが、どうやらこの世界では秋くらいの気温で、朝の気温としては半袖では少々寒い。

 夜中寒かったのか千絵はブラウスの上にジャージを着てたし、楓子も夏用のベストを律儀に――胸のサイズの関係とかブラ透けを嫌っていつも――着てたが、男なんて肌着にワイシャツなので少々お寒いのです。

 一応薄手の毛布はあったが、俺はともかく二人とももう少し暖かくした方がいいのでは、と思わなくもないのだ。

 やっぱそこらへん女の子だし。


 客間を出て裏口から外に出ると、夜はわからなかった裏口側の全容がわかる。

 この村自体は噴水を中心とし、中心から順に商店系、割と裕福な家、その他の家と言う風に円形に広がっているようだったが、この家はその一番外側らしく、しばらく先に村を囲っているらしい柵があった。

 その手前には自給自足なのか普通に農業なのか知らないが畑が広がり、少し離れた所には牛なのかヤギなのかわからないが割と大型の家畜も十数頭確認できる。

 トイレはどうやら先客がいるらしく男子用の前で待ちながら色々観察してみるが、家屋は基本的に形が整ってないわ表面が気泡だらけな質の悪いレンガ系か土壁だし、村の外は見渡す限り荒野だった。

 となると役場を作った木材を集めるのには相当手間がかかったろうに。

 少しして個室から出て来た子供に「あー、遊び人のにーちゃんだー」と笑われて走り去られた。

 おう……子供からもそんな扱いとは……。

 で、無事トイレを済ましたのだが、うーん、ちょっと気になってトイレの裏手に回る。

 思った通りで、トイレ自体は少し床を上げて作られているのだが、排せつ物は裏手から出せるようになっていた。

 で、裏手に広がる畑。

 昔ながらの肥料ですかそうですか。

 なんか問題もあって日本ではやらなくなったとかって何かで見た記憶があるんだけど、この世界の文明レベルを考えればこんなものなのかもしれない。

 何が問題かって非加熱だから寄生虫だか感染症がどうのと言う話だった気がするので、ちゃんと処理されていれば問題はないのかもしれないけど。

 何にしても生野菜なんか出てきたら断固拒否だわ。

 と思ってその後アヤメさんに確認した所、加熱等のある程度の処理をしたり、直接作物に触れさせないように使う分には元の世界でも安全性には問題ないらしい。

 他にも公衆衛生の観点からもあるらしいけど、少なくともこの村では他に肥料に使える物が乏しいとかで、なんと出身が山奥で自給自足してたらしいアヤメさんの提案で行われていた。

 元々痩せた土地でもなんとか育つ野菜がそれによって大きく育つようになったので、村の人達も当初は困惑していたらしいが結果的に大喜びだったそうな。

 うーん、でもやっぱ気分的に良くは無いし、千絵と楓子には本人たちが気付くまでそっとしておこう。


 客間に戻ると、二人が抱き合ってと言うかもつれ合って寝ていた。

 眼福ですもっとやれ。

 色々仕方なしに制服やジャージ姿のままだから、余計にいやらしさがある。

 何より部屋に入った途端に感じた千絵や楓子の部屋みたいな女子の匂いが充満してる事に気付いてちょっと興奮。

 ヤバいなこれは精神衛生上よろしくない。

 今が何時かわからないが、すっかり日は上ってたのでそろそろ起こさなければなるまい。

 でも、二人が起きて現状を再認識した時に、またショックに思わないだろうか。

 俺にはそれが怖くて、この問題を棚上げにして再び客間から出た。

 そして向かうのはリビングで、足音でアヤメさんは気付いたのか「この寝坊助め」と言ってくる。


「おはようございます。と言うかこんにちはになるんですか?」

「お昼前くらいね。あの子達は?」

「まだ寝てます」

「そろそろ起きてもらわないとだけど、まぁ来て翌日だしいっか」


 その辺り、アヤメさんも甘えさせてくれるらしい。

 考えてみれば本人も死んでこの世界に来てるんだし、何なら数年に一人か二人は異世界人を迎えてるわけだから、既に慣れっ子であっても二人に共感しない事も無いんじゃないだろうか。


「もう王都には二人の事を連絡したから、後は連絡を待ちながらこの世界の事を勉強していくことになるわ」

「はい」


 連絡手段が少々気になる。

 どの程度距離があるのか知らないが手紙なのか、はたまた魔法でサクッと連絡してしまえるだろうか。


「お、遊び人君はやる気じゃない」

「遊び人であろうが何であろうが、男である以上守らなきゃって思うんです」

「すっごい男気見せてもらったところで悪いけど、この世界じゃあの子達滅茶苦茶強いから簡単には死なないわよ」

「……」

「ほら、昨日の適正の。例えばウィザードってだけで下手したら一般人の数千倍の魔力を持ってるし、しかもアークウィザードだから万倍や億倍は違うでしょうね。体力なんかも村人に比べれば段違いであるし、そこに勇者適正なんかもあれば高い木から落ちたって怪我もしないわよ」

「……すげーゲームっぽいですね」

「残念ながら、適正ってそういう物なの。ちなみに遊び人は村人以下だから気を付けてね」


 俺、この世界で既に詰んでる気がします。


「にしても、やっぱり魔力ってあるんですね」

「それに関してはよっぽどの特異体質で無い限りは誰もが持ってるみたいよ。昨日使った水鏡も使用者の魔力を読み取る物だし、誰もが低級の生活必需魔法を使うしね」

「生活必需魔法?」

「竈の枝とか葉っぱに火を点ける為だったり、農作業中に怪我した時は感染症の危険性があるから誰もが低位のキュアポイズンとヒールを使えるし。ただ、普通の人で一日数回程度しか使えないから、生活必需魔法なんて呼ばれるけど緊急時用の物よね。すっごく昔はもっと魔法を使える人が多かったらしくてね、それこそ重量物の運搬とか、水浴びの時に人肌の温度に水を温める湯沸かし器みたいな魔法とか色々あったらしいわ」

「それって俺にも使えるんですか?」

「水鏡が反応した以上何かしら使えると思うけど、遊び人としか出なかったから、もしかしたら極端に魔力が少ないのかもしれないわ。その人に魔力から読み取るから、極端に魔力が少ないと読み取れる量に影響あっても不思議じゃないしね。王都にあるオリジナルの水鏡を使えば、性能が良くて詳細にわかるから、今後の身の振り方はそれを見てからの方がいいかもしれないわね」


 って事は昨日使ったのはコピー品と言う事か。

 札のコピーも簡単だと言っていたし、既存品を複製する事自体はハードルの低い作業なのだろうか。


「そう言えば千絵のアークウィザードと楓子のアークプリーストって、どっちもアークってついてますけど、意味合いとしてはそのまんまなんでしょうか」


 話飛ぶわねぇ、と軽く呆れられた。

 俺にとっては知りたいことが多すぎてしょうがないわけだが。


「元は一般的な職のウィザードとプリーストってのがあるわけよ。魔法使いと司祭ってとこよね。魔法使いは想像通り色々な魔法に長けた職だけど、ゲーム脳な人からしたら魔法使いって職だから魔法を使えるみたいに思うらしいんだけど、あくまで適正だからね? 魔法使いとして才能がある、もしくは既に魔法使いとして必要な知識や能力を得ている場合に水鏡にそう出るだけで、あの子自身は今何か魔法が使えるわけじゃないでしょ?」


 確かにその通りだ。

 魔法使いって職だから魔法が使えると言うのは少々横暴な理論だが、そういう事なら勉強すれば覚えられるし自由に使う事が出来る適正を持った人と言う事なのだろう。


「で、この世界の人達ってウィザードとして修業して、一定以上の能力に達するとアークウィザードとして認められるの。まあウィザードが千人いたとしても一人とかの割合だけど、単純に能力の大小ね。アークって言葉も、長ずる者とか上位って意味からつけてるみたいだけど、ここでこの世界の言葉の問題」

「はい」

「私達は魔法の翻訳札で自動翻訳されて、そう認識してるだけに過ぎないわね?」

「って事ですよね」

「なので、ファンタジー系の設定とかそっち方面の知識が札に込められてるみたいで、それによってアークウィザードとかアークプリーストって職名になってるだけなの。だから、実際この世界の人たちは魔法使いと大魔法使いって呼んでるかもしれないし、メイジとアークメイジって呼んでるかもしれない。たかが呼び方の違いだけど、自分たちの常識とこの世界の人たちの常識は違うから、その言葉の差によって多少の齟齬が出て来るから注意してね」


 それは考えてみたらその通りだ。

 基本的には翻訳と札に記録されてる辞書機能みたいな物からマッチするものを自動的に認識するだけらしいので、この世界にしか無くて元の世界に類似品が無い場合、それの名称を告げられても意味不明な言葉の羅列に翻訳されることがあるらしい。

 そう言う事が起こるたびに、札を管理しているウィザードの本院が、異世界人から意見を聞いて新しく理解できる言葉で命名して札に登録しなおしたりするらしい。

 つまり、翻訳サイトで翻訳してみたら微妙に意味わからないんだけど、と言う状況が今後出てくるだろうと言う事だ。


「ちなみにプリーストの司祭って神に仕える者の事を言うんだけど、どっかの宗教で神を崇めていた人とかがなってるみたいね。そうじゃなくて特に信仰が無い場合は、ここの神様から、あなたは私の元で司祭となりなさいって事みたい」

「楓子も両親も、そういうのに縁が無かったはずなんですけど」

「じゃ、ここに来る前に気に入られたんじゃない? 私も含め大多数の人は死んだショックで殆ど覚えてないんだけど、神様に色々説明されたり異世界へ行く気があるか聞かれるらしいじゃない」

「楓子はショックで固まってただけですけどねぇ」

「じゃなきゃ巨乳JK好きね、神様は」

「うっわひど」


 恐らくは、俺がボーナス寄越せみたいな事を言った関係じゃないかと思う。

 じゃなきゃただの変態だが、正直信頼は全くしてないものの、そう言った類の変態には思えなかった。


「俺はいかにも浮浪者な感じで信用してませんでしたけど、あれが本当に神様だったら一発蹴り入れたいとこですね」

「何で?」

「遊び人にしやがって、って」

「あー。嫌われたのね」


 きっとそういう事なのだろう。

 くそう。


 とにかく細かな説明は午後にでも三人まとめて勉強会をするから、と言ってアヤメさんは昼飯の支度を始めた。

 なんか申し訳なくて手伝いを申し出たのだが、アテにされてないようで大人しくしてろと言われてしまう。

 これでも、両親共働きな関係で家事全般得意なんだけどなぁ。

 そのせいで、千絵も楓子も気付けば勝手に人の部屋に上がり込んで漫画を見てたりして、メシどうすんだーと聞くと『適当にー』とか『智也君のお任せでー』なんて言葉が飛んでくるのだ。

 二人の両親とか俺の両親は、こんな関係が普通だったために文句は言われなかったが、両家のおばさんからは『どっち嫁にする?』と真顔で聞かれた事が一度や二度じゃない。

 ある種の膠着状態ともいえる俺達の関係も、三人ともそれが居心地良かった為に誰も何も言わなかった。少なくとも俺はそう思うしそうだった。

 そう言えば三家族の両親は大騒ぎしてるんだろうなぁ。

 唯々両親には申し訳なく思う。

 早くに死んで、と言うか異世界に飛ばされてしまったことに。

 向こうでは死んだ扱いだろうし、何なら死体もあるんだろうけど、こうして実感を持って生きていて活動している以上、どうにも死んだと言う事実と実感に齟齬があるから、何とも微妙な気分なのだ。

 扉を開けたら実家で、ただいまーなんて言って元の生活に戻れやしないかな、なんて淡い期待が心のどこかに残っている。

 二人はどうなのだろうか。

 聞いてみたい気持ちもあるけど、今はまだ何も聞けない。


 昼飯が用意されて少しした頃に二人が起きて来た。

 俺は芋なのか根菜なのかよくわからない野菜を、これまた何とも表現しにくい味の調味料で味付けされた煮物を頂いたのだが、この辺りの主食なのだと言う。

 荒野でもそれなりに収穫できる野菜で、調味料に関しては野菜自体の味がおいしい物では無いので誤魔化し程度の物だと言うのだ。

 栄養価自体はそれなりに高いらしく、これだけ食べていれば死にはしないとかなんとか。


「私もあっちにいる時はストレスで結構太ってたんだけど、こっち来て一気に痩せたわよー」


 なんてアヤメさんは言うが、なるほど納得である。

 多分、食べ慣れる頃にはすっかり痩せてると思う。

 昨日の夜のお祭り騒ぎでは肉なんかも振る舞われていたが、特別な日でも無いと家畜を潰して食肉にしないらしい。

 外の家畜は、元の世界で言う牛の体にヤギの頭を付けたような一般的な家畜で、基本的にはミルクの為に飼われているらしい。

 他に動物性たんぱくは無いのかと聞くと、荒野をしばらく行くと大森林が広がっていて、その中には食肉に出来る動物も沢山いると言うのだが、同時に魔物も沢山いるから狩りには行けないのだと。

 この世界では、森こそ魔物の住処であって人はその森から離れた場所に町を拓く事が多いらしい。

 ここから離れた王都は、付近に大きな川が流れ、あたりは荒野では無く平原なのだと言う。

 と言うか王国内で一番荒れた土地がこの辺りで、それ以外は割と豊かな土地と言う事だった。

 一応、少し離れた森からたまに出て来る小動物を狩るハンターがいて、肉の供給自体はそれなりにあるのだとか。

 あえて弱い魔物や動物が住む付近に村を作って、狩猟で生活している人もいるらしい。

 少なくともこの村は辺境扱いらしく、もっと中央寄りの町に行けばマシな生活になると言う。

 アヤメさんみたいに前の世界の知識がある人なら王都にも行けるんじゃと思ったが、どうも食事をしながら話を聞いていると、人間関係で大失敗をした経験からか、この村くらいの人口で親しい人も作らずにのんびり生きるのが丁度いいらしい。

 もっと優遇されてもいいはずなのに、村の外縁部に住むのもそう言う所からなのだろうか。

 人間嫌いというわけでは無いけど、進んで関わる気もそんなに無い。

 仕事だし同郷のよしみで助けてくれているだけ。

 そんなスタンスらしく、俺達にもたまに凄く冷たい言葉を放つのは少々勘弁して欲しいと思うんです。

 能力的な部分でも、自分には大したことが出来ないから、

碌な仕事に就けないと言っていた。

 この村では物々交換で何とかなるらしいけど、もっと中央寄りの街になると稼ぎが無ければスラムで路頭に迷うらしい。



 千絵と楓子の二人は「おはよ」と小さく挨拶を言っただけで、現状を受け入れきれないのか沈んだ顔で食べていた。

 俺が二人の顔を見ていると、二人も俺の視線に気づいたらしく揃って苦笑いと言うか作り笑いをして誤魔化そうとする。

 やっぱり、俺がちゃんとしないとだよなぁ。

 アヤメさんからしたら、俺よりも二人の方が断然強いから大丈夫でしょみたいな扱いのようだけど、肉体的な強さと精神的な強さは違うし、何なら二人は死んだときの事をハッキリ覚えてるようだったので、まだ立ち直るにはしばらくかかりそうだ。って言うか覚えてない俺が逆にアホみたいに見られやしないか心配だ。


 アヤメさんのレクチャーで、この世界の常識を知るための講習は昼食後に休憩をはさんで行われた。

 場所はついさっきまで食事していたリビングで、食事して落ち着いたのか千絵も楓子も軽く雑談する程度には持ち直したようだった。

 座り方は俺の正面にアヤメさん、右に千絵、左に楓子なのだが、さぁ始めるぞとなったら二人ともしっかりアヤメさんの方を向いて聞く体制ばっちりだ。


「さ、じゃ最初にだけど、この世界は今まであなたたちの居た世界とは全く別の世界です。研究者は別の宇宙の地球型惑星じゃないかとか、並行世界の地球じゃないかとか言ってるのもいるけど、覚えている人はここに来る前に神様と会ってるから、ここが別の世界だって言うのは漠然とはわかってるわね」


 うん、と俺達は頷く。

 少なくとも同じ世界なんだったら意地でも帰ろうと思うが、自分の持つ知識ではこんな土地が地球上にあるなんて知らない。

 この村の人種はヨーロッパ系っぽいが、昨日夜の宴会で集まった人を見る限り、地球人類では染めなきゃならなそうな髪色の人が何人もいた。

 紫とかピンクって大阪のおばちゃん? って感じだし、普段見ない色合いなのに妙にしっくりきて、これは染髪じゃなく地毛なんじゃないだろうかとは思ったが、そこら辺突っ込める状況でも無かったので何も聞けなかった。


「王制で、付き合いのある国は大小合わせて二十くらい。この国は小規模な方なんだけど、それでも国土は日本よりはあるって言われてるわ。世界規模で何ヵ国あるかはハッキリわかっていないけど、恐らく五十や六十はあるって言われてるの」

「それって、他の国はもっと大きいって事ですよね」

「そう。って言うかこの星自体が巨大みたいね。それもあって重力やらなんやらが地球とは違うんじゃないかって話もあるんだけど、ハッキリと計測した記録は無いし、ちょっとの差だったら体感でわからないしね」


 そもそも、あのオッサンが神々の気まぐれかなんかで作った世界とかって言ってたから、そう言った設定が適当なんじゃないだろうか。


「ただ一日の時間が違って、今までの二十四時間基準の感覚で言うとこの世界では三十時間くらいあるわね。居住者のいるエリアでは日照時間が十八時間時間前後、明かり無しで働ける時間は十五時間程度。それだけ働いても肉体労働者でも一晩ぐっすり寝ればしっかり回復するらしいから、夜の時間が長いようで丁度いいらしいわね。ちなみに私達あっちの世界の人間は二十四時間で慣れてるけど、不思議とこの世界での時間間隔に馴染めない人がいないから、多分そこら辺調整されてるんでしょうね」

「調整って、弄られてるんですか」

「そりゃ使えなかった魔法が使えるくらいだもの。もう何が起きても『そういう物なんだろう』って納得するのが利口よね」


 順応性の高さを試されてんだか、それとも順応性そのものが上げられてるのかはわからないが、特に問題が起きてないなら後者なのだろうか。


「で、基本的に私たちは異世界人って呼ばれてるわ。まぁ私達もこの世界の人たちがそうなるから当然よね」


 異世界人と言うワードを聞くと厨二心が疼くが、しかしいざ現実として直面すると笑えない。


「ちなみに転生した人もいるんだけど、この場合の転生ってのはこの世界で生まれ変わった人の事ね」

「……生まれ変わった人もいるんですか?」

「私もこんな僻地にいるから正確な情報か怪しいし多くの情報があるわけじゃないけど、どうも寿命とか病気で亡くなった人とかは転生させてるみたい」

「それって記憶しっかり残ってるんですか?」

「何処まであるかとかはわからないけど、成長の過程で自我に目覚めた時には自覚があるって言うから、脳が出来上がれば自動的に思い出すんじゃないかしら。ほら脳の神経ネットワークの構築って産まれてすぐ完成してるわけじゃないらしいから」

「産まれた直後から記憶あったら拷問っぽいですもんね」

「中にはいるらしいわよ? おっぱい吸って不味い離乳食食べて、おしめの中はうんことおしっこだらけでかぶれて痒くて、生き地獄よね」


 おっぱいの事はとりあえず置いといて、この世界の離乳食は美味しくなさそうだしなぁ。おっぱいは置いといて。


「で、異世界人だったり転生者の中には、この世界の人よりも高い能力を持つ人が多いのよ。生前が単純に学者先生で知能が高かったとかもあるんでしょうけど、数十年に一度ペースで勇者適正持ちが発見されるのよね。この世界の人達から勇者が出ない事も無いらしいんだけど、確率的には段違いらしいわ。勇者じゃなくても前衛職の適正持ちとか後衛職の適正とか、ありていに言うと冒険者になりやすい人ばっかりね」

「この世界の人から勇者が出ない事も無いって、前に出たのっていつなんですか?」

「さぁ、記録上では千年くらい前らしいけど、何か偉業を成し遂げたわけでも無いから眉唾なのよね。何なら記憶が戻らなかった転生者だった説もあるし」

「じゃあ、異世界人の中から出た勇者で何かやった人いるんですか?」

「大体がどこどこの高レベルモンスターの討伐をしたとか、そう言った記録ばかりね。中には勇者なのに料理人だったからってラーメン屋やってたのがいて、それが人気で功績として認められたとか」

「……えー」


 勇者。おい勇者。


「じゃあ勇者って言っても別段特別な事も無いんですね」

「ところがどっこいよ。戦わせたらちょー強いから、国としては囲っときたいわけじゃない。辺境の地のこの辺りでは魔物討伐系の仕事も特にないけど、王都からは地方の要請で冒険者が派遣されてるらしいし。ただ勇者なんて滅多に出ないから、使える人を増やそうと冒険者育成学校も作ったくらいだから」

「なんか話を聞いてると特性である程度決まるし、育成学校なんて物があっても特別強くなったりとか無さそうですけど……」


 そう言うと、アヤメさんも軽くうなづいていた。


「魔王に関してはチラッと話したけど、実は魔王って強弱の幅が大分あるんだけど、ほぼ種族ごとにいるとされてるのよ」

「王の意味とは。いやまぁ種族ごとにトップが王だと言えばそうなのかもだけど」

「ゴブリンの王とかも居ればワイバーンの王とかゴーレムの王とかドラゴンの王なんてのもいるらしいわよ。ちなみにゴブリンの王ですら普通の勇者だと勝てないらしいけど」

「……普通の勇者で勝てないってどう言うパワーバランスですか。クソゲーじゃないですか」


 そもそも普通の勇者の実力が低い疑惑がある。

 しかし戦闘ではちょー強いらしいし、そうなると魔王クラスが極端に強いだけなのだろうか。


「ぶっちゃけ、魔物も自分たちの領域を犯してこなければ人間に手を出す事が少ないから、そもそも戦う意味が無いのよねぇ。中にははぐれ者とか迷宮に沸いてる凶暴な奴とかいるけど」

「つまりそう言うのの対処をするために冒険者養成学校があるって事ですね」

「そう。適正別とか得意分野で色々授業が分かれてるみたいよ。魔法撃ちまくったりしてるらしいわ」


 ロマンだ。

 これぞ異世界。

 やったね異世界。


「ま、基本的に遊び人が入る事は無いけどね」


 さようなら異世界。

 マジで何なんだ遊び人って。


「それであなた達は王都に招集されると思うけど、貴族には気を付けなさいね」

「やっぱ貴族もいるんですね」

「異世界人ってだけで物珍しさで価値があるから、抱え込もうとするのが結構いるらしいわよ。中には特性も普通の一般人程度で、この世界では生きにくいような子を側室にだったり、場合によっては奴隷みたいに扱うヤバいのもいるって言うから。そうそう、遊び人の男娼率高いけどどう?」

「自分結構です」

「実際問題、そうでもしなきゃ生きれない子ってのもいて、一応戦闘系の適正があれば冒険者養成学校には無償で入れて衣食住の保証はされるんだけど、ぶっちゃけそこって私達の感覚で言うと有名大学みたいな扱いで、貴族の子息令嬢ばっかりなのよ。一応一般人もいるけどね。そんな中で貴族ですら、特に高い能力も無く何も出来ない子は虐められて心が折れて自主退学しちゃったり、虐めの延長で奴隷扱いされて慰み者になる事が多々あるらしいわね。一応国としても問題視はしてるんだけど、王国運営の学校で個人に過剰な施しを行うには貴族の反発が大きいらしくて、環境は良くないみたい。トモヤも気を付けなさいよ?」

「何で名指しですか」

「だって遊び人なんて何も出来ないからいいカモよ? ってそうだ、遊び人だから入れるかわからないわね。勇者の付き添い的なポジションならワンチャンあるかもだけど。そもそもこの世界での遊び人って、女にだらしないとかニートとかヒモ男の事を言うのよね」

「いやまぁ確かにうちらの世界でも似たようなものですけど」


 仮にあのオッサンがわざと俺を遊び人にしたのなら、千絵や楓子と幼馴染だから遊び人に当てはめた説が俺の中で最有力だ。


「平均値というか適正値な時点で最低限の能力は持ってるって事なんだけど、トモヤは多分、前衛系の適正持ちの小学生くらいの子にもボロクソに負けるわよ?」

「……そんな違うんですか?」

「そんな違うの。死にたく無ければ彼女たちの影に隠れてなさい」


 そうします。

 ここまで一気に話してきたが、千絵も楓子も特に発言は無く聞いているだけだ。

 それでも真面目な顔で聞いているし、昨日に比べれば顔色も良くなってるからとりあえず大丈夫だろうか。


「既に勇者が現れたことは王都に知らせてあるから、近日中に迎えが来ると思うわ。それまでに受け入れて立ち直らないと、王都に行ったら忙しすぎて死んじゃうわよ?」

「知らせてあるってどうやってですか? ほら、電話とかメールがあるわけでもないのに」

「そこら辺はローテクに報告書を直接渡しに行ってるわよ。一番近い転移門がある街までは早馬で三日、そこから設置式転移門を何度かくぐって王都付近の街に行って、そこからさらに三日間馬に頑張って貰えば王都近くの関所までは着くから、そこに報告書を上げて、そこで責任者印を押してもらって王都――中央って呼ばれる政治の中枢の異世界人管理部に行って、そこで大騒ぎした後で王城にいる空間魔法の得意なアークウィザードが設置式じゃない空間魔法の転移門の魔法で迎えに来てくれるわ」

「長い」

「ま、関所に一人は転移魔法使いがいるから関所から王都までは一瞬だし、早くて一週間でしょ」

「なんで転移門ってのがもっと近くに無いんですか」

「その土地の地脈ってのがあって、そこに一定量の魔力が流れていないと常設の転移門が作れないらしいのよね。王都には作れるらしいんだけど、防衛の観点で作ってないらしいわ。それに転移門って結構魔力を使うらしくて一日の使用回数とスパンが決まってるのよねぇ。術者に必要な魔力と能力さえあれば、土地の魔力を使わず本人の魔力で飛んでこれるんだけど、お迎えはソレね」

「はー。いよいよファンタジーだ」

「ちなみにこの土地は地脈が弱くて、そのせいで作物も育ちにくいし水も潤沢じゃないし、ほんと何でこんな場所に村なんか作ったのかしらね」

「あれ、でも真ん中の噴水は?」


 水が貴重って話にちょっと違和感を覚えたのだが、そう言えば噴水からは水が勢いよく出ていた。


「あれは水が滞って痛まないようにしてるだけね。飲み水にするには濾した後で煮沸するんだけど、私達の常識だと湧き水って汚染されてない限りは綺麗なイメージだけど、この世界だと地面に近くて動きの無い水は魔力が反応して痛むらしいわ。こんな地脈の弱い土地でも痛むって不思議だけど、逆に水が少ないからこそ大事に使うから痛みやすいだけで、王都なんかだと水道があって停滞する分が少ないから魔力による痛みが殆ど無いみたい。ちなみに一般的には自然発生的な魔力はマナって呼ばれてるけど、そこら辺は人それぞれだからあんまり気にしなくて大丈夫よ」

「じゃああれですか、魔力って魔法を使うのに必要で便利な物だけど、管理されてないと毒にもなるって事ですか」

「そうね。変に魔力が濃くて淀んでる場所は動植物の変異種が発生しやすいって言うから、毒と言うよりかは魔力を使って魔法にすることで火や水になるように、変質の特性を持つエネルギーなんでしょうね」


 その魔力って物自体が自分達からすれば不思議且つ意味の分からないものだか、変質させる物として考えると納得しやすいと思った。


「ちなみにこれまでの内容は私が来た当時の事と噂で聞いた事で、今の王国は王女が神とやり取りできるような噂で、前よりも大分良くなってるって噂よ。あくまで噂だから、私の言う通りにしておけばとりあえずは大丈夫」

「なんか突飛も無い内容だったにも関わらず、それも正確かわからないって言われるとほとほと困るんですが」

「とりあえず今日はこれくらいにしときましょうか。明日はこの国の簡単な地理とか、魔力を感じて発現させる練習をしましょう」

「もう終わりですか?」

「昨日の今日で詰め込んだってしょうがないでしょ。ほら、そこの二人なんか疲れちゃってるわよ」


 そう言われて千絵と楓子を見ると、疲れたと言うか理解に困ってるようだ。

 何にしても三人で少し話し合う時間はいるし、アヤメさんの言うように解散した方がよさそうだ。


「お茶は大体リビングのポットに作り置きしてるから自由に飲んでね。お茶ってよりも薬湯みたいな味だけど、一応栄養もあるから」

「わかりました。ありがとうございます」

「じゃ、私は役所に顔出してくるわね」


 そう言ってよっこらしょと立ち上がると家を出て行った。

 さて、何だかんだ言いつつちょっと疲れた。

 二人ともアヤメさんがいなくなるとテーブルに突っ伏すし、俺もそれに習って突っ伏す。


「あー、俺、遊び人なんだけど、どうなってんのこれー」

「……やっぱり私達、変な世界に来ちゃったのよね?」


 千絵が恐る恐る確認してきて、それに俺は頷いて答えた。


「やっぱり死んじゃったのかぁ、これから大学行って社会に出てって人生設計一応作ってたのに」

「予定は未定とは言うけどレベル違い過ぎて何も言えないわね」

「ねぇ智也君。私達これからどうなっちゃうの?」


 楓子からの質問に答えられるだけの情報は無い。

 と言うか、さっきアヤメさんから聞いた事以外には無いのだ。


「アヤメさんの言うように王都とやらに行って学生生活なんじゃないの。変に知らない世界に放り出されるよりかは、学校ってのがあるなら入っちゃった方が安心な気はするし、二人の能力が本当に群を抜いて高いのであれば待遇はいいと思う」

「だよね。はぁ、でも智也君が一緒で良かった」

「何で」

「結構お気楽だから」


 酷い。


「私とちーちゃんだけだったら、今頃大騒ぎだよ」

「それには同意ね。ほんと無理」

「あれ、珍しく俺が重宝されてる」

「そう? 私、智也君がいてくれて良かったーって思う事多いよ?」

「例えば」

「えっと、うーん、ごはんとか」


 ですよねー。


「そうよ、そう言えばこっちの世界のごはんヤバいわね。何さっきの芋だか硬い大根だかわけわかんない奴」

「さぁ。見てた感じ、あれの葉っぱでケツ拭いてるし重宝される作物なんだろうけど」


 二人してうわーって顔で見て来た。


「そんなんに使ってるから食べれるのは根っこっぽい部分だけなんだろうけど、とりあえず栄養価的には何とかなってるらしいし、おいしく無くてもちゃんと食べないとな」

「わかってるけどー」

「毎日あれは辛いよねー」


 こんなところで女子高生っぽい同調とかいらん。


「あんま言いたくないけどハッキリさせよう」


 全ては先に進むためだ。


「よくわからんが俺達は死んだ。んでこの世界に来た。俺は遊び人でアウトらしいから、二人に寄生しないと生きていけないっぽい。って事ですまんよろしく」

「しょーがないわねー、シェフとして雇ってあげるわ」

「それなら私は――、何がいい? うーん、こういうのパッと浮かばないから苦手なのに……」

「いや、あの楓子さん? そこは普通に幼馴染のよしみとか親友とか色々あるよね? 千絵みたいに俺を雇用する方向じゃなくてもいいよね?」

「でもそれだと、智也君がヒモになっちゃう」


 そうでした。

 くそう、精神的ダメージを食らってんのに、楓子の醸し出す癒し空間のせいで和んでしまう。



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