一名様ご案内 その2
夜中、うとうとしながらも寝ずに過ごし、全員寝てしばらく経った所で行動を開始した。
まずは抱き枕よろしく張り付いてるシャルを引っぺがし、上の段で眠るシエルを揺する。
シエルもちゃんと寝てはいなかったようで、二人して洗面所と風呂場に着替えを持って行ってそそくさと着替えると、物音を立てないように部屋を出た。
行先は中央噴水広場である。
通常、中央噴水広場は日付が変わる頃までは酒場も営業しているし人の往来もそれなりにある。
今は天辺を当に過ぎていて噴水広場には誰も居らず、特に夜間の見回り等も無いので物音さえ立てなければ一晩中誰かに見つかる事は無い。
だがそれでは困るのだ。
魔力探知をするとサクラがあの辺りにいるな、と言うのはわかったが、多分あれパン屋じゃないのか。
どうしようかなぁ、大声でサクラを呼ぶか、あのパン屋の周りをうろうろすれば気付くか――。
「まさか翌日に来るとは思わなかったわ」
一瞬で透明化したまんまのサクラが現れた。
窓が開いてるから飛んできたな。
「パン屋?」
「客として来ないでね。来ても他人の振りしてね」
「とりあえず俺とシエルを送ってもらいたいんだ」
「別にいいけど、知らないわよ? 色々大騒ぎになりそうだけど」
「一応書置きは残したけど怪しさ大爆発だからなぁ」
『ちょっと急用が出来たので護衛にシエルを連れて出かけてくる。数日帰らないかもしれないけど死ぬような危険は無いから大丈夫』と書いてきた。
そもそも急用で外出って時点でおかしいし、それなら護衛にシエルじゃなくて千絵や楓子を選ぶべきだし、移動するにしてもシャルに声を掛けない方が不自然だ。
「トモヤぁー、誰と話してるのー……?」
「それじゃ行くわよー」
見えない手に掴まれたので、俺もシエルの腕を取る。
そして現れた転移門に入るのだ。
飛んだ先はどこかの一室で、何となく雰囲気からサクラの部屋なのかなと思った。
置物とか家具とかはアンティークっぽい物でよくわからないから、多分部屋の匂いでだと思う。
この時点でサクラは姿を現していて、扉の前に立っていた。
「こっちよ」
そして案内されるがままに城内を歩くのである。
物怖じしないシエルと言えど、いきなり姿の見えない誰かが転移門の魔法で拉致って来たのだからびっくりだろうし、出てきた先が何か凄い建物だったら腰も引けよう。
その証拠に俺の腰にしがみついてしまっている。
「フローラさんは帰って来てるのかな」
「この時間ならいると思うわよ」
そう言いながら進むが、最初から最後まで知らない場所だ。
前に来た時はベスターの私室と食事をした部屋の往復だけだったが、今回は違う部屋に行くらしい。
しばらく歩いた先の一室で一度立ち止まった。
「ここが家族用のリビングなのよ」
「そう言うのもあるんだな」
「ほかの部屋が大きすぎるのよねぇ。ただいまー」
そう言って入るサクラの後ろに続くと、ベスターがソファーに座って何かを読んでいた。
他が大きすぎると言うだけあってこの部屋は十畳程で、それでも広くはあるが二人掛けのソファーがテーブルの周りに四つあるせいか室内空間は程よく思える。
「やっと来たな」
「やっと来れたけど、お察しの通りと言うか何というか」
「何、まぁ座ればいい。そこのドワーフのお嬢さんも」
シエルはベスターの魔力に中てられて硬直していた。
ここに来た時から強大な何かを感じていたとは思うが、それが強大過ぎて何なのかわからず、いざ発生源を見れば異常の塊だ。
魔力探知が人より得意な俺でも、普段王国から感じているから慣れているが、いきなりこんな巨大で濃密すぎる魔力の塊を見たら発狂するかもしれない。
今この場で魔力感知で探った所で、ベスターの力が強すぎて俺たちの魔力なんて埋もれてわからないほどだ。
恐らく千絵程は無いにしろ莫大な魔力を持つはずのフローラさんだって、ベスターの魔力の前には霞んで存在すら感じられない。
「あらあら、サクラちゃんが来る予感はしてたけどトモヤさんまでとは思わなかったわ。お茶を入れるのでちょっと待っててくださいね」
フローラさんは来たと思ったら引っ込んでしまうし。
仕方なく、固まってるシエルを引っ張って来て無理やり二人掛けのソファーに座らせ、俺がその隣に座る。
「四か月ぶりか。王都暮らしはどうだ」
「色々必死過ぎて目まぐるしいって言うか、自分の弱さが辛いよ」
「それは仕方あるまい。魔人化してもいいのならいくらでも魔力を注入してやるが」
「魔人化したら殺されるレベルで怒られるだろうなぁ……」
シャルの激おこがムカチャッカファイヤーになってしまう。いやもうだいぶ死語だと思うけど。
この魔人化と言うのも正直どう言うメカニズムかわからないから実験したくは無いが、仮に俺のキャパ以上にベスターの魔力を注入されたらどうなるのだろうか。
魔人は何かしらの傾向があり、それによって種族が分けられているようではある。
ならば、その傾向に仕向ける魔力を与えれば自由な種族に魔族化させられるのではないかと思うのだが――。
とりあえずキャパ以上に注入されたら、体が風船みたいに膨らんではじけ飛ぶイメージだけ頭に浮かんだ。
「ト、トモヤ、トモヤ、えっと、その……」
意外と早く再起動されたようだ。
「こちらベスター、それと連れてきてくれたのが娘のサクラ。さっきの人が奥さんのフローラさん」
「そ、そそそそそ……」
ガタガタと震えが止まらないようだ。
「そうじゃなくて!」
「馬鹿みたいな魔力してるけど、とりあえず何もされないから大丈夫」
「だっ、だって魔人でしょ!?」
どうやら理解はしてるらしい。
「お茶はいりましたよー」
「丁度いいんで、フローラさんも聞いてください」
「ええ、もちろんです」
シエルはベスターの隣に座るフローラさんに対しても『ひゃーっ!』とオーバーアクションで反応していた。
そんなんじゃ今晩中に過労で死ぬんじゃなかろうか。
「シエル」
「なっ、何かなっ!」
「まず最初に言っておくけど、魔人が今回ドワーフ王国に侵攻したのは、どうやらドワーフが地脈に何か細工して、その先の魔力の供給を止めてしまってるらしいからなんだ」
「そんなの知らないよ!」
「だから多分ドワーフ王国でもトップシークレットなんじゃない? で、申し訳ないことに地脈関係を調べる事になった切っ掛けが、俺とベスターが出会って色々話をした結果であって、その点は非常に申し訳ないと思っている」
「どうしてかなっ!」
もう緊張で滅茶苦茶だ。
「なぜかと言うと、ベスターはその途切れた先の地脈の維持の為にこの城から離れられないからなんだ」
「どう言う事かなっ?」
いい加減落ち着いてもらわないとこっちも落ち着けないので、シエルの手を取って優しく握る。
そして目を見る。
「深呼吸して」
「すーっ、はーっ」
素直だ。
「大丈夫?」
「……大丈夫に見える?」
「まぁ敵のはずの魔人の住処に来てるんだから大丈夫じゃないとは思うけど」
「うわーん! トモヤのばかーっ!」
「はいはい、話が進まないから落ち着いて」
どうぞ、と渡されたお茶をシエルに渡し、俺もそれを頂いた。
はー、美味い。
「どういうシステムかはわからないけど、魔人の王になるとこの地から王国に延びる地脈に魔力を供給しなきゃならない事になってるらしい。まぁそれは当人の自由意志もあるんだろうけど、そもそも供給しないと魔人の森と呼ばれてる一帯の魔力も尽きるしな」
「王国の地脈が何か変な感じしたのはソレ?」
「多分ドワーフ王国で感じる地脈の魔力と、王国で感じる地脈の魔力は違うと思うんだ。その異常の原因がドワーフ王国にあるらしいんだよ。大きすぎてわかりにくいだろうけど、王国の魔力は魔人の王であるベスターの魔力で賄われている」
「……魔人の王?」
「このベスター、大魔王」
「……大魔王?」
「まぁその辺りは気にしないで大丈夫。魔力が千絵の比じゃないお化けってだけだから」
「……大丈夫なの?」
大丈夫だと思ってもらわないと先に進みにくいんだが。
ベスターもフローラさんも、サクラですら俺とシエルを何か微笑まし気に見ている。
「と言うわけで、かれこれ三百年くらいは城から出ないでいるらしく、その原因がドワーフ王国にあるとわかったら奥さんのフローラさんが怒らないわけも無く、こうしてドワーフ王国に侵攻と言う事になったわけで。オーケー?」
「……多分大丈夫」
「良かった」
ぶっちゃけ説明なんてその程度だ。
「って事は、トモヤは知ってたって事?」
「うん、一応」
「私が散々悩んでいたのに?」
「うん」
「酷くない?」
「その点については申し訳ないと思うけど、それを言うなら俺もいくつかシエルに言いたいことがある」
「う……何かな……?」
「まず最初に、うちの王国に来た事。これは勇者がいるのをわかっていての確信犯だろ」
「……なんでそう思うの?」
「だって隣の西の国に行った事があるって言ってて、なんでわざわざドワーフと仲の悪いエルフが治める王国に来るんだよ」
「……」
「シェリールと俺が婚約関係にあるのも知ってたけど、シェリールにそれとなく聞いたらわざわざ教えてないって言ってたから、恐らくそこら辺も知ってただろ」
「……」
「で、上手く勇者と仲良くなって、魔人が侵攻して来たら助けてもらおうと思ってたな。これに関してはギャンブル性が高いかと思いきや、シエルの強さなら絶対目に付くから交流自体は持てる確信があったはずだ」
まぁハナからシャルの計らいで同室になってしまったわけだけど。
「……」
「で、そこら辺をひっくるめて確信犯だなと思ってはいたけど、それでも俺はシエルが好きなので助けたくて連れてきたわけなんだけど、そうやって黙られるとちょっと困る」
「……」
顔を赤くしてぷくーっと膨れてしまっている。
怒気をはらんでいるせいかハリセンボンなイメージだ。
「いじわる」
「なっ」
「全部わかってて何も言わないなんて、いじわる」
「いや最終的に違和感が確信になったのは相談を受けたさっきだけど、それ以前に『シエルってこの辺り言ってる事おかしくない?』って聞いたところではぐらかすだろ」
「うーっ、トモヤにしてやられたーっ!」
でだ、もう一つシエル本人の事で確信に近い予想があるのだが、これはとりあえずいいだろう。
「と言うわけで、シエルには選んでもらいたいんだ」
「……何を?」
「地脈の異常の調査に協力するか、魔人と戦う事を選ぶか」
そう俺に聞かれ、多分言葉を反芻しているのだろう、少し考えているようだった。
「……地脈の事は何も知らなかった。もしトモヤの言う通りなら調べなきゃとは思う」
「じゃ、明日フローラさんに連れて行ってもらおう。って事で今日お邪魔したんですけど、いいですか?」
「ええ、勿論ですよ」
「……フローラさんが連れて行ってくれるって?」
「奥さんとして怒った挙句に軍団を率いて攻め込んでる本人だから。何ならベスターの次に強いですよね多分」
「あらいやだ。怒ってはいますけど冷静ですから安心してくださいね」
そう言うシエルを見る目が笑ってないんだよなぁ。
ついでにベスターの次に強いって部分に否定が無い以上、恐らくそうなんだろうなぁ。
だって、この森で一番大きな魔力は勿論ベスターだけど、他に感じる魔力ってフローラさんだけなんだもん。
ベスターの魔力に混じって感じる位には大きな魔力で、他にそう言った物を感じない以上、少なくとも魔力保持量第二位はフローラさんだ。
「ちなみに今日はどこまで進んだんですか?」
「意外と激しい抵抗に遭って、地脈の通る最奥まで数百メートルって所ですね」
「向こうの被害は?」
「旦那様からもトモヤさんからも殺すなって言われておりましたので、せいぜいフルヒール一回分程度の怪我だと思います。殺して良ければ今日中に地脈に辿り着けたのですが……」
なんかこう、嬉々として手刀でドワーフを刻んでるフローラさんの姿が頭に浮かんだ。
やべえ、怖いけど美しい。
って言うか前はご主人様って呼んでいた気がするのだが、夫婦である事を知られているからか呼び方が旦那様になっている。
まぁ旦那様って呼び方も雇い主に対してならおかしくは無いのかもしれないけど。
「と言う事で、シエルが心配してる事はとりあえず大丈夫そうだ」
「よかった、けど……。そもそも何でトモヤが魔人と知り合いなの?」
そりゃ普通に生活してたら魔人との関わり合いなんて無いだろうし、普通じゃない生活をしていても魔人と関わろうと思う人なんていないだろう。
「俺が王都に来る前に転移門の魔法でトラブってぶっ飛んでったの、誰かから聞いてるだろ」
「うん千絵に聞いた」
「飛んだ先がここで、一晩でベスターと仲良くなって翌日フローラさんに王都近くまで送ってもらったんだ」
「……偶然が過ぎると嘘みたいだよねぇ」
「一歩間違えたら死ぬより嘘みたいな偶然の方が良くないか。一直線にぶっ飛ぶせいで、もしあの時一ミリでもズレていたら俺は魔人の森に放り出されてたかもしれないんだからな」
「それはそうだけど」
「これは千絵や楓子も知らないしシェリールにも話してない、勿論シャルにも。知られても、危ないから会うなって言われるだけなのはわかってるから内緒な」
「うん……」
この転移門の魔法からはぐれてぶっ飛ぶのも、どうやら最大距離は使用者の魔力次第であろうとの事だ。
つまり、ブライアンがもっと実力者だったら超えていたし、王都に辿り着くだけの魔力を込める器用さがあったらベスターと会っていなかったと思われる。
その点に関してはアレにも感謝しているのだ。
とりあえず説明も終わったし、シエルも落ち着いてくれたのでこの場はクリアーと言う事でいいだろうか。
シエルも出されたお茶を飲んで『あ、おいしい』なんて言う余裕くらいは出てきた。
「さて、トモヤよ」
「うん?」
「語らう時間が欲しいが、今日はそうも言ってられないだろう。部屋を用意するから早く休むといい」
「本当に助かるよ」
「あの、私も……」
「それは勿論用意させるが?」
「トモヤと同じ部屋でいいですか……?」
「は?」
「ふむ」
何を言ってんだと思ったら真っ赤になっていた。
「だ、だって緊張しすぎて寝れないよーっ!」
「なるほど。と言う事なので一部屋でいいようだ。いいかな?」
そう言ってフローラさんを見ると、フローラさんは笑いだしそうな顔を必死に抑えた笑顔を浮かべるのだ。
「かしこまりました。すぐ支度をしてまいります」
「えっ、ちょ、まっ」
言い淀んでる間にフローラさんは出て行ってしまった。
嗚呼……。
「それじゃ私もそろそろ帰るわね」
「あ、サクラ。ありがとうな連れてきてくれて」
「いいわよ。元々連れて来る予定はあったんだから
「うん、まぁ慌ただしくはなったけどな……」
「準備出来ましたのでこちらにどうぞ」
「ああ、それなら私もそろそろ寝るかな」
フローラさん仕事はええ。
多分廊下に出てすぐ転移門の魔法で客間に飛んだんだろうけどさ。
「マジで? ねぇシエル本気?」
「一緒に寝てくれたら黙ってた事許してあげるから」
「……それって俺が悪いのか……?」
フローラさんを待たせるのも何だし、とりあえず部屋に案内してもらい、二人して天蓋付きのベッドに座ってぼーっとする。
これは何というか、恥ずかしい。
だと言うのに、シエルは布団を引っぺがして中に潜り込むのだ。
「トモヤも」
「……」
「早くー」
「……」
もう知らん。
俺だって寝ないと明日が辛いんだから。
だがしかし背中を向けて寝るチキンです俺は。
と、シエルが背中にくっついてきた。
「あっ、あのシエルさん?」
「……あのねトモヤ、ありがとうね」
「いやそのあの」
わたわたしてる間に背中から寝息が聞こえてきた。
マジかよ。
マジかよー。
緊張して寝れないんじゃないのかよー。
俺は違う意味で緊張して寝れないかもしれないだろ。
これで寝れなかったら覚えてろよ。
まぁ寝れてしまったのだが。
背中を向けて寝てたのにいつの間にか向かい合って、しかも腕枕なんかしてたりして、小柄なシエルが目の前で丸くなって寝ていた。
おう……。




