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異世界なんてクソくらえ  作者: 南都河埜
住めば都の異世界生活編(自分を除く)
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「あらやだ奥さん、あの異世界人ったら遊び人ですってよ」と言う噂話が聞こえる件




 時計と言う物が無いので正確にはわからないが、日の傾き加減で言えば夕方には一通り片付いた。

 そう、この世界にも当たり前のように太陽は存在しているのだ。

 それだけで何となく安心してしまうのだが、今の俺は非常に凹んでいて何をやるにも気力が無かった。

 特性、遊び人。

 目を疑ったね。


 役所の中は、天井付近の壁の至る所にある窓から入る光である程度明るかったが、一部では明かりが足らないようでランプを用いているようだった。

 自分たちからすれば室内で日が入らないのであれば電気を点けるのが普通だが、やはりと言うかこの世界ではそういった常識は無い。

 アヤメさんの話では、役所の仕事は日が陰ってきたら終了だとかで、明るい内に来てくれてよかったとの事。どうやらこの世界の人たちは、日の出と共に起きて日が沈む頃に家に帰るのだと言う。

 つまり時計が無いのかと思ったが、そこは日時計がどこの町にも一つ、大きな街だったら何か所かに設置されていて、鐘を鳴らすことで時報にしているようだった。まぁこの町に関しては鐘が壊れていて鳴らないらしいが。

 その時間自体は地球基準とは違いがあるらしく、地球の感覚で言うと一日が三十時間くらいあるらしい。

 日の出てる時間は、この世界のこの星の地軸の傾きや軌道の差で地域差が出るといい、その辺りは地球と変わらないらしい。

 アヤメさんがあれこれ説明してくれるが、細かな事に関しては聞き漏らしもあるだろうし、また後でゆっくり教えてもらいたい。

 どうやら目的地らしい二階の一室に着くと、ノックして扉を開けた。

 そこでアヤメさんは四十代くらいのおじさん職員の人と何やら話始め、職員の人は俺達をじろじろと観察し、机の中から木の板に何か掘った札みたいな物を三つ取り出した。


「これを持っていれば、魔法の力でこの世界の言葉がわかるようになるの。先人のウィザードが頑張って作ってくれた物だから無くさないでね。まぁコピー品は簡単に作れるから再発行は出来るんだけど」

「ほんと助かりました。一からアルファベットの羅列みたいな言葉を勉強するとか考えたくなかったです」

「それなのよねぇ。私も最初は絶望したわ。ただ文字を読むのは勝手に日本語訳されるからいいんだけど、書くのがダメなのよ」

「自動筆記してくれればいいのに」

「そこら辺は、異世界人ですって言えば役所とか書類を交わさなきゃならない場所では代筆してもらえるわ。まぁそもそも読み書きできる人の割合がそんな高くも無いから、私たち異世界人用ってわけでもないんだけどね。一応異世界人と対応する可能性のある人は、その魔法の翻訳札を持っているから、日本語で書いても読み取ってはもらえるわ」


 大変便利ではあるが、細かなニュアンスなんかが間違って伝わる可能性はあるらしい。

 識字率については王都付近はまだしも、辺境になればなるだけ教育体制が無いらしい。

 つまりは幼少の時から仕事の手伝いなんかをやらされているとして、そうでもしないと食っていけないような状況なのか、単に教える側に立てる人がいないのか。

 例えばアヤメさんなんかはそれなりに知識を持っていそうだが――そこはこの世界の文字が書けないから不利か。

 どうやら職員さんが何やら準備をしていて、その準備が終わったようで部屋の隅っこに呼ばれた。

 大理石か何かの材質で洗面台のような形をしていて、水を張られたその上には極限まで磨かれた鉄と言おうか、洗面台で言う鏡のある位置に、鏡では無いけど割としっかり良く映る銀色で長方形の板がある。


「この水鏡に自分を映すと、ゲームみたいに職業適性とか色々情報が出てくるのよ。私の場合は商人って結果だったわ」

「これは魔法のアイテムって奴ですか」

「そう。これまで間違った結果の報告は無いから信頼性は高いわよ」


 そう言われ、正直あの自称神様なオッサンの冒険者にもなれる風の言葉には少々胸躍る物があったので、自分の職業が何かと言うのは非常に楽しみだから最初に試すことにした。

 水鏡をのぞき込んで数秒、何もしてないのに波紋が広がって、それはすぐに落ち着いた。すぐに備え付けの盤に浮かび上がって来た文字は、例の翻訳アイテムのおかげかスムーズに読むことが出来た。

 『職業適性:遊び人』

 以上である。

 これにはアヤメさんも、『うっわめずらし。一言で済まされたの初めて見た、って言うか遊び人とかどうすんのよ』とぼやく有様。


「えっとね、遊び人って特に何も出来ない人を指す事が多いんだけど、人によっては遊びの発想で色々やってるのよ」

「……色々とは?」

「え、えっと……大道芸とか?」


 終わった。

 正直な所、勇者とか聞いて、これはキターと思っていた部分は多分にある。

 やったぜ異世界に行って尚且つ勇者なんてワードが出たら俺がそうだろ、と微かにでも思ったあの時の自分に言ってやりたい。

 お前は遊び人だと。


「他にはアイディア商品を作ってる人もいるけど……奇抜なのが多くて正直微妙だったりするのよねぇ。じゃ、千絵ちゃんに楓子ちゃんだっけ、二人もやっちゃいましょう」


 アヤメさんに促され、先に千絵が水鏡をのぞき込む。

 俺へのフォローは無しですか。そうですか。

 どうも、異世界人としてこいつ使えねえレッテルを張られたようで、興味の対象は千絵と楓子に向かったらしい。

 くそう、役所の人も俺を厄介者みたいな目で見て来るしな。

 千絵も同じように波紋が広がり、その後に盤に出て来た文字は非常に多かった。


「職業適性:アークウィザード、勇者。ユニークスキル:消費マナ減少率大、物理ダメージ増加大、被物理ダメージ減少大、魔法ダメージ増加大、被魔法ダメージ減少大、状態異常抵抗大、夜目効果最大、知恵の者、神の加護……」


 アヤメさんがざっと読み上げて絶句している。

 他にも細々と書いてあるが、どうやら主だった部分はアヤメさんが読み上げた所までのようだ。

 どうやらユニークスキルと言うのはその人に発現してる特殊能力の事らしいが、それで言ったら俺にはただの一つも無かったね。

 ただの人間万歳。


「第一適性がアークウィザードだけど第二に勇者の素質もあって、確か神の加護って人並み外れた運動神経になったりする凄いスキルよ。うわー、これは王都行き確定ね」

「……これって凄いんですか?」


 さっきぶりの千絵の声は、幸いな事にもハッキリしていた。


「歴代の勇者適正持ちの中では最上位クラスじゃないかしら。ただ、アークウィザードが第一に来てるから、あくまで得意なのは魔法みたいね。うわー、うわー、すごーい。じゃあ次は楓子ちゃん」

「……はい」


 楓子はいまだに辛そうだが、促されるままに水鏡をのぞき込む。

 そして出て来た文字数は、やはり滅茶苦茶多かった。


「職業適性:アークプリースト、勇者――は? また勇者とかどう言う確率よ」


 相当レアの後にレアらしく、アヤメさんが驚きよりも呆れている。


「ユニークスキル:消費マナ減少率大、回復効果増大、物理ダメージ増加大、被物理ダメージ減少大、魔法ダメージ増加大、被魔法ダメージ減少大、状態異常抵抗大、自己回復力大、神の加護、神の慈愛……この子もぶっ壊れじゃないの。神の慈愛って確かいるだけで周りに回復効果あるスキルよ。何なの貴女たち」


 まるで妖怪か何かでも見るかのよう。

 楓子ももっと細かく色々書いてあるのだが、最初の数行で奇跡レベルの特性らしい。

 なお、俺。

 遊び人。

 唯々凹む俺から少し離れた所では、役所の窓口のおっちゃがめっちゃ拍手していた。

 こっちにも拍手ってあるのね。

 はぁ。




 その後、突如現れた二人の勇者適正持ちの噂は一気に広がり、見物客が押し寄せ、いつの間にか役所の近所の人がテーブルを外に引っ張り出して集まった人たちと酒盛りを始めた。

 主役の二人は唯々呆然とするばかりで、色々な人に祝福の言葉を貰い、ついでに料理やら何かしらの飲み物やら色々貰い、しまいにはアヤメさん曰く町のほぼ全員が集まってくる事態となり、その晩はお祭り騒ぎに発展したのだった。

 あまりの出来事に二人は俺に助けを求める視線を投げかけて来るのだが、町の人たちに囲まれてしまっている事と、異世界人の男の方は遊び人で使い道が無いって噂にもなっているようで総スカンを食らっていて、二人に近づこうものなら排除される勢いで人の壁に阻まれた。


 マジかよ。

 そんな悪いのかよ遊び人。

 いや遊び人だけどさ。


 国民的ゲームの遊び人の使えなさは、そりゃ大概だったけど、そいつも一定レベルに達すれば賢者に転職できると言う奇跡の職だったと言うのに。

 ちなみにこの世界には、特性での転職は無いと断言されました。アヤメさんに。

 どうやら遊び人の転職の話題は他の異世界人からも聞いているようで、『ないない、そんな簡単に適正が覆ったら信憑性無くなっちゃうって事よ? まぁあくまで適正だから抗えなくはないけど』と言われてしまった。抗う云々に関しては良くわからないが、強く生きなさいと励まされ余計凹む俺です。


 夜も更けて、そろそろ解散なのかなと言う空気になった所で、ようやく二人が町人の囲いから脱してこっちに来た。


「ちょっと助けなさいよ!」

「薄情者だよ」

「ガード硬すぎなんです。農業かなんかで鍛えられたおっちゃん達の壁は厚かったんです」


 自分でもびっくりするほど拗ねた口調になってしまった。


「うそ、あんたまさか拗ねてるの?」

「そりゃ主役の二人と違ってみそっかすだしな」

「ね、気にしないで。智也君がいなかったら私達どうすればいいのかわからないんだから」


 さっきまでショックで死にそうな顔をしていた楓子が、俺を気遣ってなのか癒し力最大発揮の笑顔を向けて来た。

 うわー、なんだろうこれ妙に癒されるんだけど。


「お疲れさまー、今日は三人とも私のうちに泊まって行って。明日から簡単なレクチャーあるからね」

「いいんですか、俺みたいな遊び人でも」

「蔑ろにして悪かったわ。ほら、勇者適正の人って救世主になり得るわけだら、やっぱり町の人たちからの期待も大きいし区別しなきゃならないのよ。しかも三人の内一人だけ遊び人って、そりゃみんな邪険にするわ」

「遊び人は悪ですかそうですか……」

「うーん、一般的に仕事もしないで、適当に女ひっかけてヒモ生活ってイメージがあるから、どうしてもね」


 酷い話だった。


「もう俺、楓子の元でヒモになる。決めた」

「だ、ダメだよ智也君、私収入とか無いから……」

「あったら?」

「あったらいいけど……」


 このチョロさが非常に心配なのです。


「お前そんなだからほんと心配なんだよなぁ」

「ひどい、遊び人の癖に」

「……今はその遊び人って言葉が一番酷いと思うんだ……」

「ちなみに私はあんたなんて養う気ないからね」

「誰も千絵には頼んでませんので」

「はー!?」

「ほら見ろ、この妙に癒しな楓子を」

「あ、そうそう、それってさっきのスキルの神の慈愛よ多分。ちょっと調べてみたら、体力も精神力も回復するみたい」

「なんかすげーゲーム設定じみてるけど、俺は楓子に婿入りします」

「ふざけた事言ってんじゃないわよ。全くこの遊び人が」


 だからな千絵、その遊び人って今後禁止にしようぜ……。

 なんかもう口を開けば遊び人と罵倒されそうなので心折れそうなのだが、楓子のおかげか何となく元気って言うのが何とも微妙な気分である。

 にしても元凶はあの自称神のオッサンだな。

 二人には特性モリモリにしといて、その代り俺には遊び人一択とか絶対嫌がらせだ。

 そう言えば、最後に何かボーナスは無いのかと聞いた時、千絵と楓子には何かやるような事を言っていた。

 この手のお約束では行った先で使えない奴扱いされる事なんてあまりないので気にしていなかったが、どうやら主役は俺じゃなく千絵や楓子らしい。

 くそう、あのオッサン今度会ったら覚えてやがれ。


 何だかんだ騒ぎは夜中まで続いていたらしいが、主役たちはアヤメさんの家にさっさと引き上げ、今回みたいなことで使うからと用意されている客間のベッドに三人で寝る事になった。

 三人でってのもどうかと思ったが『仲いいし間違い起こしそうもないからいいわよね?』とアヤメさんニッコリ。

 それは信頼と言うよりかは、俺の理性を苦しめてやろうと言う悪意が少し感じられなくも無いんですが、俺が嫌われてると言うよりかは、リア充爆発しろ的な方面での弄りようだ。

 確かに過去相当数、男どもからのやっかみは受けて来たし、遊び人がヒモになりがちって話のせいもあるんだろうけどさ。


 こっちに来て半日、普段は元気を絵に描いた上に品行方正で、多少猫は被ってるけど誰にでも平等且つ愛嬌を振りまく千絵ですら、俺にアタリが強いと言うかずっと緊張しっぱなしと言うか何とも目も当てられない状態だったし、楓子に関してもさっきようやく笑顔を見せてくれたけど、ふと見ると暗い顔で何か考え込んでいる。

 かく言う俺だって、テンション高めにして何とか乗り切った感じで、もうあの場所に帰れないのかと思うと泣けて来そうだ。

 アヤメさんは早々に就寝したようだが、俺達はただベッドの上で無言で横になってるような状態で、誰か何か言わないかな、でも答えに困るような事を言われるのはな、と二人を気遣いたいけど掛ける言葉も無く。


 異世界人の為に用意されたようなものだと言うこの部屋は、ダブルサイズのベッドが一つあるだけの寝る為の部屋として在るらしいが、そこに男子一人と女子二人を押し込むの雑だと思う。

 とは言え割と最近も、俺の部屋で夜通し遊んだ上に寝落ちし、起きたら三人仲良く並んでましたみたいな事があって、母親には心底呆れられたものだ。

 『あんた重婚は犯罪だからね?』って酷い物言いだ。

 正直その手の話題は日常的にあちこちから言われているので耳タコだが、最早当たり前の関係過ぎてどうしようも無いと言うのが実情だった。

 そりゃ二人とも身内の贔屓目にも客観的に見てもピンでアイドルやれそうなくらいの逸材だと思う。

 俺と言うムシが付いていても、千絵や楓子と仲良くしたいと思う奴は山ほどいて、酷い時は三人で歩いていると言うのに通り魔的にどちらかに告白しだす奴もいる程だった。

 多分俺の幸運は、この二人の幼馴染として産まれて来た事だろう。

 ま、そりゃ俺の初恋はこいつらになりますわ。

 どっちとも言えない蝙蝠野郎で申し訳ないけど、気付いた時には一定以上二人が好きだったのだからしょうがない。

 だから今までも二人の為に色々頑張ってこれたし、これからも何とかして守ってやりたいと思うのだ。




 はっきりと苦しんだり死んだ記憶が無い俺は不幸中の幸いなのかもしれない。

 まだ寝付けてはいないが、寝たら多分二人とも夢に見るんじゃないだろうか。

 死んだ以上、もはやどうしようも無いと全てを放棄してもよかったのかもしれないが、虫だのラットだのに生まれ変わるとか言われたらそりゃ選択肢なんてあって無いような物だと思うが、だからこそあのオッサンは確信犯だったと言える。

 そもそも、その転生先とやらも実際異世界かどうなのか俺達にはわからない。

 そして実際に死んだかどうかも正直わからない。

 俺たちは重症かもしれないが実は生きていて、回復魔法なんてのもあるし治して異世界に飛ばした、なんて可能性もあると思う。いや前提がおかしい回復魔法があったらそれはファンタジーだ。

 そう言った魔法の力があるけど気付いていなかっただけで、自称神様が治してくれた可能性が無いわけでも無いと思うが、まぁ何にしてもファンタジー過ぎて荒唐無稽もいいところだ。

 そんな事を考えた所で、結局俺達に答えがわからない以上、もう先を見据えて動くしか無いと思う。

 そう一応の結論は出したものの、それを二人に豪語出来る程図太くも無いし、二人の精神状態を心配してないわけでもない。


 ちなみに現状の位置関係として、俺が一番右側で真ん中に楓子、一番左に千絵なのだが、チラッと見た感じ楓子は目を開けたまま天井をぼんやり見ているようだった。

 枕元にある魔法のランタンの揺れる炎の赤やオレンジ色の明かりに照らされても、楓子の顔色は白いように見える。

 ぼんやりと天井を見ている割に、俺の袖口をぎゅっと握って離さない。


 アヤメさんの家に来てからも少し問題があった。

 この町は水が潤沢にあるわけでは無いらしく、気候的にも乾燥気味でよっぽど汗をかかない限りは数日に一回の水浴びと、場合によっては濡れタオルで体を拭く程度だと言われたのだが、千絵も楓子も部活後だったし、そもそも真夏だったので何とか水浴びでも出来ないかと話したのだが、そこで一言『でもこっちの世界に来たって事は、体は綺麗になってるわよ? 血とかついてないわけだし』と軽く言われ、そう言えばそうだなと納得もすれば、もうちょっと言い方何とかなんないかなぁと思わなくもない。


 トイレも問題で、使い捨ての紙なんて贅沢な物は無いと。

 だが、そこは葉っぱを乾燥させたものが代わりになると言われたが、これまた紙に慣れた現代日本人からしたら使いづらくてしょうがない。って言うか運営さんウォシュレットの実装求む。この場合の運営ははたして神なのか、王制らしいから王様なのか。そもそも開発されてなさそうだけど。

 何にしても衛生面では日本のもやしっ子には辛い。

 なんせ昭和初期みたいな、わざわざ裏口から外に出て、板で囲まれてる建物に入るとすぐ足元に穴があって木枠で補強されており、そこに致せと言うのである。

 しかも一家に一か所では無く、数件で管理してる共用トイレ。

 それを見た千絵と楓子の血の気の引いた顔は結構衝撃だった。

 そもそも和式トイレですら苦手な現代っ子だ。

 その点、男の俺は多少は気楽っちゃー気楽だったが。


 ゴソゴソと物音がして、チラッと左を見ると楓子と目が合った。

 特に言葉を交わす事も無く、何となく俺も横を向いて目を合わせたままでいる。

 真上を向いているのが辛かったのか、何となく寝返りを打ったら、と言う事だと思うのだが、唯々二人して目が離せなくなっていた。

 色々と言いたいこともある。

 大丈夫かとか、元気出せよとか、頭に浮かぶのは何とも陳腐な言葉ばかりだけど。

 そんな事を考えていたら変な顔にでもなってたのか、それとも長い付き合いで俺の考えを察してくれたのか、ふっと小さく笑顔を作ってくれた。

 うーん、俺はこいつの為なら命を投げ出してもいい。


 佐久間楓子は気づかいの人である。

 小さい頃から俺達三人で行動してばかりだったが、俺と千絵が突っ走っても楓子は遅れてでも必ずついて来て、何があっても俺達を否定せず、すべてを許す慈愛の心で向き合ってくれる子だ。

 俺と千絵がたまに喧嘩をしても、楓子が間に入ると何だか楓子に申し訳なくなって仲直りしてしまう。

 小学生も半ばになれば、お前女子と遊んでるのかよだせーみたいな煽りを食らったし、それが嫌で脱退宣言もしてみたが、あの時の楓子の悲しそうな顔は忘れられない。

 何かあって俺と千絵が悲しんでいれば、的確に励ましてもくれる。

 そう言った行動は俺達だけに留まらず、学校でも楓子が誰かに嫌われたり虐められたなんて話を聞いたことが無い。

 出る杭は打たれる物だし、そういった楓子をやっかむ奴もいたと聞くけど、しばらくすればその楓子の在り方に負けたと言うか受け入れてしまうようだった。

 楓子の存在は俺達にとっても学校のみんなにとっても大きい物だった。

 俺はそんな子に何かしてやれたかと言えば、これと言って特に何も浮かばない。

 勿論誕生日とかクリスマスプレゼントなんかはお互い送りあったりしていたけど、ただ単純に楓子にお礼を言った事は無いかもしれない。


 こう思い返すと、こんなにも感謝してる人なんて家族以外では楓子以外いないんじゃないだろうか。

 なので、とりあえず思い切って変顔をして、一番左にいる千絵が飛び起きるくらいに楓子を笑わせてやるのである。

 千絵にはめっちゃ殴られました。反省はしてない。


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