表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界なんてクソくらえ  作者: 南都河埜
ドワーフ王国編
38/194

パン屋の居候娘 その2



 翌日には、近所で噂の好青年がパン屋のサクラに振られたらしいと言う噂が流れていたようで、噂話好きの近所の奥さん連中が代わる代わる『あんなにいい子なのに、やっぱり他に好きな人でもいるの?』と何度も聞かれた。

 やっぱりって何だやっぱりって。

 少なくとも、普段の生活では異性の影なんか無い――誘いは山ほどあるけど――から、そっちの噂になるのもおかしい。

 と思ったが、よくよく聞いてみると、『ほら、田舎にいい人でもいたんじゃないかと思って』と言われ、そう言えば出稼ぎ設定だった事を思い出した。

 どうせだったら、婚約者でもでっち上げといた方が誘いが減って楽かもしれないが、今更言い出した所で後付けっぽいので何となく誤魔化す程度にしておいた。

 後は噂好きの奥さん達が好き勝手に尾ひれ背びれを付けてくれるだろう。


「いらっしゃいませー」


 近所の奥さんの一人であるアマンダさんの会計をしながらドアベルの音に答えると、若い貴族が入り口に立っていた。

 なぜ貴族とわかるのかは服装で、ピシッと折り目の付いたズボンに真っ白なシャツに銀糸でも使われているのか光に当たるとチラッと光るタイ、そしてズボンと同じく上質のジャケットを着ていたからで、そんな恰好の平民はまずいないし、貴族の中でも男爵や子爵では無さそうなのは服装と嫌に堂々とした存在感で何となくわかる。

 上級の貴族の間ではワンポイントは目立つ物を持つのが流行りらしいので、恐らくタイがそれに当たるのだろう。


「何かお探しでしょうか」


 アマンダさんを見送った後で声をかけると、その若者はじっとこちらを見ている。

 年齢は二十五に届くかどうかで、いかにも女性ウケの良さそうなゴリマッチョ系の爽やかイケメンだが、その視線がどうにも気に食わない。

 こちらを値踏みするような、人を見るよりかは商品を見るような目だ。


「お前がサクラか」

「はい、サクラは私です」

「うちで使ってやる。来い」


 またこの手か。

 この間は執事っぽいロマンスグレーのおじさんが来たが、今回は貴族の子息が直々に来た。

 子息が来るとなると貴族、それも爵位持ちだった場合は爵位まで口にして平民に圧を掛けられる。

 強制力は無いにしろ、例えば公爵家の人間だったら公爵家直々に来いと言ってるわけで、流石に行かないと何が起きても不思議じゃなくなってしまう。

 この間の執事みたいな代理人でも男爵家だったからまだしもだったけど、流石に上の方の爵位持ちっぽい子息直々にとなると言葉の重さが段違いだ。

 これは困った。

 正直な所、自分の雇われ先はある程度時間に都合が付けられればどこでもよかった。

 貴族の家で家政婦として働けと言われたとしても、どうせ登用の理由は愛人候補か何かなので家政婦としての期待は殆どされてないはずだ。いや勿論仕込まれているので並以上には出来る自信はあるけど。

 ある程度卒無く仕事出来れば適当に屋敷を抜け出して動き回る事も出来るだろうが、『愛人候補』として『飼われる』と言うのが種族の教示に反する。

 我々は愛を司ると言われるが、その愛は本人が好きになった人にしか向けてはならない。

 ここで人間との差は、その愛が一人に向けられるか大勢に向けられるかは別問題と言う事であって、同族の中でも好色なのは何人にも手を出すらしい。

 ともかく命令されても当人を好きで無ければ願い下げなのだ。

 そして、その愛は愛情であり親愛であり友愛であり、愛と付く全ての物に当てはまる。

 さらに言えば、ダリルとアリサ夫婦の事を、種族は違えどとても好きだった。

 ――が、仮にも平民として、それも出稼ぎで来てる事になってる自分が断るのは非常に難しい。

 あまりにも立場が弱すぎる。


「おーいサクラ、……ん、どうかしたか?」


 奥からダリルさんが出てきた。

 流石に一発でいいところのお坊ちゃんである事は見抜いたらしい。


「おたく、どこの貴族だい。うちの子にあんまりちょっかいかけないでやって欲しいんだが」

「シュバインシュタイガー伯爵家の者だ」


 ダリルさんが『うわ、伯爵家に強く出ちまった』と小さく呟いた。

 ぱっと見でそれなりに上の貴族であるのは、同じく一応貴族であるダリルさんにもわかったはずなのに、それでも自分の事を庇おうとしてくれたのは非常に嬉しい事だった。


「これは伯爵家のご子息。して、うちの子に何かようですかね」

「サクラを引き受けに来た」

「と申されましても、この子がいないとうちとしても困ったことになりましてな」

「必要な額は払う」

「いや、お金の問題では無くて……」


 シュバインシュタイガーと言えば、この間の件の首謀者だ。

 何なら内部からじっくり探ってやろうかなとも思いもしたが、こうもダリルさんが庇ってくれると何も言えない。

 行きたいかどうかで言えば行きたくはないし。


「あまり言いたくは無いが、逆らえば店の一つや二つ、なんて事は無いんだが」

「いやね、そりゃ伯爵家からしたらうちなんか平民と変わらない一般貴族ですわ。だけど伯爵家が横暴を働いたとなれば問題となる昨今、あまり実力行使はされない方が御家の為ではないですかね」

「言いたいことはそれだけか」

「いや、まぁ、当人が行きたいと言うなら止められないのですが……」


 違うよな? と目で問われる。

 伯爵家だとわかっても負けずに向かって行ってくれるが、普通だったら出稼ぎの子なんかをそこまで擁護はしないと思う。

 向こうが言うように、場合によっては何らかの方法で店を潰しにかかる事くらいできてしまうのだから。


「まぁいい。ここで諦めて帰ってもいいが、産まれてくるはずの子が流れてしまうくらいはあるかもしれんが――」

「行きます」


 ダリルさんはシュバインシュタイガー家の子息とやらの言葉に絶句していたが、自分の即答にもびっくりしたようだった。

 目の前まで歩いて来て、両肩をガっと掴まれて、今までにないくらい真剣な顔で見つめられた。


「なあサクラ、俺には大した力は無いが、うちの奴やサクラくらいなら何とか守ってやれると思うんだ」

「いいんです。それこそ魔法一つで簡単に胎児は死んでしまいます」


 でもな、と言いかけてダリルさんは俯いてしまった。

 どう考えたって産まれてくる子供の無事が優先だ。

 いいんです。

 このようなふざけた家は、数日中に当主や主だった子息の変死で離散する事になりますから。

 一体誰の差し金か知らないが、当主の枕元に不穏なメモが毎晩置かれる事から異変は始まるだろう。


「あのー、すみませーん」


 いつの間にか他にお客さんが来ていて、何事かとこちらを見ていた。


「どうかしたんですか? なんか不穏な会話でしたけど」

「子が流れるとか怖い事言ってたわよね」


 そのお客が一人では無く二人組の女子で、一方的にこちらが知ってる二人だった。

 と言うか、恐らく王都に住む国民の大半が知っているだろう。


「あ、いやね、すみませんお客さん、お待たせして。少々込み入った話でして」

「私がシュバインシュタイガー家で働かないと、この家の奥さんのお腹の子を殺すと言う話です」


 何て事を、と言うダリルさんと、こいつやりやがったと言う顔の名も知らぬ子息。

 そして、その家名と凶行にあからさまに顔を顰めるチエとフウコ。

 なんでこの二人がここに来たのか知らないが、この際利用させてもらおう。


「そこのあんた。私達が誰かわかってるわよね? 今の事がただの冗談で、大人しく帰るし今後何もしないって言うなら聞かなかったことにするけど、どうしてもその子を連れて行くって言うのなら家が無くなるわよ。私の魔法か王女の権力で」

「教皇猊下に報告します」


 どちらの言葉も貴族にとっては死と同義だ。

 流石に分が悪いと思ったのか、名も知らぬ子息はこちらに軽く頭を下げて謝罪をする。


「わかった。全て忘れて欲しい。今後関わらない」


 そう言うと足早に店を出て行ってしまった。

 貴族が少しでも頭を下げるなんて事は、目下に対してはよっぽどの事が無い限りしない。

 あの淡々とした口調からも、どうも自分を欲していたのは名も知らぬ子息本人ではなく、彼に命令できる立場の兄や親だろう。

 うーん。


「ごめんなさい。二人を利用するような事をして」

「いいのいいの。むしろ良く使ってくれたわ。にしてもあの家ってキナ臭いとは思ってたけど、家宅捜索でもしたら十回くらい取り潰しに出来る証拠出てきそうじゃない?」

「あとでシャルちゃんからシェリールちゃんに言っておいてもらおうよ。香苗ちゃんにもそれとなく言っておいた方がいいかなぁ?」

「あの子はあんまり巻き込みたくないから言わなくていいんじゃないの」


 大人しく帰ったのに聞かなかった事にはしないらしい。

 まぁ、あのシュバインシュタイガー家に関しては、何かしらあったら警戒するに越したことは無いと思う。


「その、勇者様と女神様。この度はサクラとうちの奴を助けていただき、本当にありがとうございます」

「勇者様……」

「女神様……」


 あ、二人して凹んだ。

 フウコに関しては女神呼びが嫌らしい事はトモヤから聞いていたけど、チエの方もあまり面と向かって勇者様と呼ばれ慣れていないようだ。


「お礼と言っては何ですけど、うちのパンなら好きなだけ持ってってください」

「あ、別に私達は買い物に来たわけじゃなくて、この子が何かあそこの人たち嫌な感じがするって言うから」

「なんか魔力の質が違うって言うか、うーん、良くわからないけど変な感じがしたから見に来ただけなんですよー」


 そのフウコの言葉には少し焦った。

 多分、一家纏めて潰してやろうと思った時にでも抑えていた魔力が漏れてしまったのだ。

 魔人の魔力は質そのものが人間とは違うので、押さえている分にはわかりにくいけど漏れてしまうとわかりやすい。

 王都に張られている結界も人間の物とそれ以外で自動的に見極めていると言うので、こうして魔力を抑えていないと中に入る前に気付かれる。逆に入ってしまえば何の制約も無いけど、転移門の魔法で飛ぶ場合も魔力を抑えておかないと結界に反応してしまう。

 母がトモヤを王都に送る際も、母の膨大な魔力を人間規模まで抑えるのが無理だったので外に置いてきたらしかった。


「ああ、流石女神様だ……。そうだ、今焼けたばかりのがあるんだ。是非それを持ってってください」

「うーん、楓子どうする? お腹空いたって言ってたけど」

「私の前にちーちゃんが言ったんだけどなー。私のせいにされちゃってる気がするなー」


 にしても、なんでこの二人はこんな所にいたんだろう。

 フウコに関しては教皇の関係で動いてるらしいと聞いていたけど、チエとセットとは聞いていなかった。

 まぁ、逆にエルフのシャルロットが来て面と向かったら、低い確率ではあれどバレる可能性はある。


「あの、二人は学校からあまり出てこないと聞いたのですが、今日は何でここまで?」

「うそ、そんな噂もあるの? うーんと、この子が教皇猊下にちょっとした雑用を頼まれて、普段一緒に行動してるちっちゃいエルフの子がどうしても予定があるって言うから私が付き添ってただけなんだけど、やっぱりもっと普段から外出るようにしないとダメね」

「シェリールちゃんも過保護だから」


 最悪、自分の事を気付かれて調査に来た可能性も考えたが、どうやら違うらしい。

 この二人がいるならトモヤも一緒にいて不思議では無いのに、いないと言う事は寮で大人しくしているのだろう。

 って事はチャンスだったのかもしれない。勿体ない。全てはあの貴族のせいと言う事にしておこう。

 にしても、勇者様に女神様に教皇猊下とに王女殿下とエルフの子。まぁ一部重複してることを自分も知ってはいるけど、正直武力無しでもこの王国を簡単に変えられるだけの人脈だ。

 その大半がトモヤに矢印を向けてるっぽいのだから、この世界は不思議に満ちている。


「うん、それじゃおじさん、その焼き立てパンください。いくらでもって言われても食べきれないし」

「ちーちゃんだったら食べそう」

「最近智也の試作品を食べまくって太ってきた子が何を言ってるんだか」

「それはしょうがないと思うの」

「しょうがないわよね」


 トモヤが元の世界の料理人と会って教わった事も、たまに寮で作ってることも知ってるけど、この二人は胃袋までがっつり掴まれているのか。


「へいお待ち。こっちがバゲットでこっちが食パンだ」

「ありがとうございます」

「いい匂いだねー」


 それじゃ、と二人は出て行った。

 残ったのは嵐の去ったお客のいない店。


「……ダリルさん、疲れたからお茶飲んできていいですか?」

「おう。おう……。俺も疲れたから五時まで休憩って外に貼っとくわ……」


 ちなみに、昼寝していたアリサさんが起きてきて、二人して様子がおかしい事に気づかれ事情の説明をした所、自己犠牲とは何ぞやと言うお説教を五時まで延々とされる事になった。

 尚、今後あの二人はうちの常連となる。


 その晩、この際憂さ晴らしにシュバインシュタイガーへ報復に行ってやろうかとも思ったのだが、何者かが伯爵家を襲撃ともなれば王国を上げての捜査となる。

 各種防犯用の魔法を無傷で突破する事は自分にとって容易だが、だからこそ人外の仕業だとバレるのも時間の問題で、ともすれば王国内に何かが紛れ込んでいる事になる。

 そうして警戒レベルを上げられると、何かあった時に『検査』と称して王城内にあると言う高精度な水鏡ほどでは無いにしろ、それの劣化版で見られてしまうので、恐らく特性から人間で無い事がバレてしまうだろう。

 サキュバスは種族的に魅了の特性が必ずついている。

 そして、人里に紛れる魔族と言えば、争いを目的としていない場合は十中八九、好色のサキュバスかインキュバスだったりするのだ。

 そう言った輩はベスターの支配下である森林では満足できず、人里に紛れては異性を食らう。

 この場合の食らうは勿論性的な方だが、魅了と共に吸収の特性も持っているので一晩だけでも男は衰弱してしまう。

 これの加減が上手ければバレず、下手ならすぐに魔人疑惑が出て村や町から逃げる事になる。

 実力的には制圧なんて容易だし、王国の魔法師団や近衛兵団がダース単位で来ても何とかなるが、我々サキュバスやインキュバスは争いを是としない。

 表に出ていく同族はみんな好色だが、かと言って人間族に恨みがあるわけでも無いし、何より慈愛に満ちた種族なので攻撃されない限りはやり返さないし、攻撃されたとしても自分が悪いと思っていれば反撃しない。

 こうして、過去何度も起きた『魔族による吸性事件』は殆どが嫌疑不十分で、犯人はサキュバスやインキュバスと断定された事件は下手打ってバレた数人のみである。

 我々魔族が人の世で生きていくには、何がなんでも問題や異常を起こさない事が大事なのである。

 そんなこんなで、秘密裏に動いたところで結果として捜査されるのでは自分の首を絞めてしまうから、少々問題があってトモヤ達が気を揉んでいる家だとしても手は出さない。基本的には。この間の襲撃未遂みたいな事が無い限り。

 当主の所に置手紙を置いて数日様子を見ていたが、置手紙を見た瞬間の当主の青ざめ方や、警備主任へ警備の強化を命令していたり、明るみに出ては不味い資料なんかを燃やしたりと家の中では大騒ぎをしていた。

 その灰は回収済みで、母に頼んで復元してもらってあったりする。

 それだけ色々な事をしている家なのだなとは思っていたが、まさかアリサさんとお腹の子供を人質にして自分を迎え入れようとは思いもしなかったけど。


 夜は少々暇なので、部屋の明かりを消して布団にダミーを仕込むと転移門の魔法を使った。

 行先は実家しか指定できない。

 『一度行った事があって場所のイメージが明確に出来る、且つその場に障害物が無いかの探知が出来る事』が転移門の魔法の最低条件とされているが、実際イメージだけ出来れば飛べはする。

 その先に人が居たり物があったら、大抵ぶつかって物理的に弾かれるが最悪融合してしまう可能性があるだけで。

 自分はそう言ったイメージ力が弱く、自分の部屋ならイメージが出来るから何とか飛べる。

 帰りもこの店の自分の部屋ならイメージが出来るので帰ってこれる。

 この世の物全てに魔力が含まれているから探知とイメージ力次第で可能になるが、探知自体は決して千里眼みたいな力ではないので、転移門の魔法を使える人はよっぽどのセンスがないと危険が伴う。

 あの小さいエルフが得意らしいから探知系も得意だと思うのだが、それでも隠れられてる自分の方が上手なのかな、とちょっといい気になってしまう。


 転移門の魔法を展開し飛ぶと、そこはいつもの自分の部屋で、すぐにリビングへ向かった。

 あのバカみたいに広い城の中でも一家団欒の場としては狭くてよかったので、城の中でもこじんまりとした部屋を家族用のリビングとして使っていた。

 他には一応来客があった時用にと応接室の用意もしてはいるけど、父と友好を結ぼうとする人間族は勿論いないし、他の亜人系も魔人を恐れている為にまずありえないと言える。

 他種族も仮に魔王が色々交友を広げようとしたとしても、魔人は一番最後かスルーするかのどちらかだろう。


「ただいまー」


 ガチャっと扉を開けて中に入ると、父であるベスターがワイン片手に何かの資料を読んでいる。


「お帰り。サクラが帰ってきそうだって言ってあいつが夜食を作っているよ」

「ママのその予知能力何なの」

「さぁ、最強の主婦だからじゃないか?」


 自分が転移門の魔法を使った瞬間の魔力を探知したとかならまだしも、その前に動いてるっぽいので本当に謎だ。

 それも確実に当たる勘は勘じゃなくただの未来予知だ。

 二人掛け用のソファーが四つと中央にテーブルがあるのだが、ベスターの前に座るとぐたーっとソファーの上でとろける。

 何だかんだ言って今日は疲れた。


「何かあったのか」


 そう聞かれ、今日の出来事をダイジェストで軽く話していると部屋の扉が開いた。


「おかえりなさい、サクラちゃん」

「ママー、トモヤが殺すのは出来れば避けて欲しいってさー」

「あら、あのドワーフの子の影響かしら」

「うん」

「それはちょっと難しいけど、出来る限り殺さないようにするわね。四肢切断しても焼いとけばしばらく生きてるし大丈夫でしょう?」


 基本温厚な人だけど、今回はドワーフ族のせいで自分の夫が三百年の間縛り付けられているのだ。

 表にはあまり出さないが、過去見た事無いくらい怒っている事は重々承知している。


「まぁ待て。やっと解決の糸口を見つけたんだ。向こうが素直に案内してくれるなら良し、反抗するなら身動き取れない程度に相手してやればいいだけの話じゃないか」

「ちょっと当たり所が悪い事もあるかもしれないですけど」

「あのな、フローラ。相手を殺せばその分恨まれるものだ。将来的に、あの時の恨みと言われ命を狙われるのも面倒ではあるし、お前がそう言う事になってほしくは無いし、その恨みがサクラにも行く可能性がある。何より同族の恨みと言われドワーフの技術力で徹底抗戦に出られた場合、万が一お前が怪我をする恐れもある。出来る事なら穏便に済ませよう」

「ですが」

「これはトモヤの意見云々じゃなく、お前の夫としての想いだ」

「……そう仰るのでしたら、可能な限り穏便に進めます」

「だが、命の危機を感じたら何をしてもいい。絶対に生きて帰ってこい」

「勿論です。サクラちゃんの結婚を見るまでは何百年でも生きて見せますから」


 ちなみにサキュバスは、この森林から出ない限り結婚なんて殆どあり得ない。

 サキュバスが対象に出来るのは最低限人型からで、それ以外となると流石に子を成す事が出来ない。

 逆を言えば人型であれば出来るとされているが、その人型の魔人が思いのほか少ない。

 この森林を根城にする魔人で完全に人型なのは人狼か吸血鬼、それ以外の色々交じってて辛うじて人型の魔人か、ほぼ同族と言っていいインキュバスだが、インキュバスに関してはお互い吸収しあってしまうので不毛極まりない。

 普段から森林で暮らしていれば交流も有れど、自分は大半をこの城で過ごしてきたので交流が殆ど無く、異性と言えば父であるベスターだったので人型と言うよりか人間族に近くないと対象にはならなそうだった。


「それだとママ、私が朽ちるまで生きる事になりそうね」

「あら、わからないわよ? 意外と身近にいい人がいるかもしれないじゃない」

「お店のお客さんには言い寄られてるけど、そう言う風には見えないのよね。今日も食事に誘われて行ってきたけど」

「そうねぇ。サクラちゃんだと普通の男じゃ無理かもしれないわねぇ」


 そう言ってニヤニヤする。

 これは嫌な予感だ。


「トモヤさんとかどうかしら」


 『そう来たか』、と言う思いよりかは『やっぱりか』が正しい。


「サキュバスが寄ってったら、チエとフウコに消されるわよ」

「でも、トモヤさんって私たちが人間じゃないってわかってても大丈夫でしょう?」

「そうだけど」

「それに、出来れば魅了に掛からない格上の人の方が理想的じゃない」


 この世界共通と言っては語弊はあるが、この世界の女性は強い男に魅かれやすい傾向にある。

 好いた男を魅了して落とすのもいいが、それは飽きやすいと言われている。

 魅了自体が自身の魔力に含まれる能力なので、その魔力以上に強い場合は魅了が効かないとされていた。

 実際自分の父親は世界最強の一角と言って差しさわり無く、そんな人に魅了をかけるなんて無理な話。

 なので、この夫婦は正しく愛し合った夫婦であり、そう言う物がサキュバスの中でも理想とされていた。


「まぁ、確かにトモヤは魅了に掛からないけど」


 弱い癖に効かないと言う不思議な奴だ。


「ファイト」

「いやいや、私にも好みって物が――」

「嫌いじゃ無いでしょ?」


 そう言われ、言葉に窮した。

 確かに嫌いじゃない。

 ビジュアルはもっとガッチリしていた方がいいかもしれないが、トモヤの人となりは決して嫌いでは無い。

 粗探しよりも愛すべき場所を探すサキュバスの本能もあるが、粗を上げると貧弱な事くらい。


「勇者の子達に殺されないように頑張ってね。サクラちゃんが殺されたら私がやりに行かざるを得ないし、そうなったらトモヤさんも悲しむもの」


 暗にあの二人を相手に殺しきると言っているのだが、多分多重に魔法を使えば千絵のシールドを破れるだろうし、対人規模の魔法なら魔力量や出力だけじゃなく慣れも大きな要素なので、初見なら二人を殺しきる事は出来るだろう。

 もし生き延びて二回目となったら、あの二人のポテンシャルが高すぎて勝負がつかないだろうけど。


「……トモヤ以外でもいいじゃない」

「サクラちゃんが好きになるならいいわよ?」


 なんか、トモヤ以外はそう言った対象にならないと言われてる気すらする。

 まぁ確かに対象として見るならトモヤが一番いいのかもしれないが、人として尊敬するのであればダリルを尊敬しているし、同性ではあるがアリサも大変好ましい。

 近所の人たちも決して悪くは無い。

 そう言う目で見れるかと言ったら見れないのだけど。


「……って言うか、私がトモヤとくっついたら喜ぶのってパパでしょ」

「勿論それは喜ばしいが、お前が好きになった相手じゃないと意味が無いだろ。トモヤとは友人であればそれでいい」

「その友人、こっち来ようとはしてるけど周りの目があって無理みたいよ」

「うーむ、まぁいずれ時間もできよう」

「パパだけじゃなくてママも嬉しいわよ? だってトモヤさん、私の魅了に掛からない珍しい人だもの」


 これは、仮に自分がトモヤを落としたとしても、母親のいいおもちゃになりそうだ。


「とーにーかーく、今はそう言うのいいから。私のパートナー探しなんて百年後だろうが二百年後だろうが大丈夫なんだから」

「そう言ってると、いい相手がいなくなるわよ?」


 両親は好きだけど、こう言う過干渉な所はどうかと思う。


 夜食に出てきた何種類かの果実を使ったパイを食べながら二時間ほど喋った後、再び転移門の魔法で店に戻った。

 両親は自分の王都での暮らしを嬉しそうに聞くけど、魔人全体に言えるのだが、人の街で普通に暮らすと言うのは憧れであり夢だった。

 魔人の成り立ち自体が、魔力によって変異してしまった人間である。

 人里から離れなければ生きていけなくなった祖先の渇望が、脈々と受け継がれていると言ってもいい。

 サキュバスの場合は潜もうと思えば人里でも十分暮らせるが、成長しきるとどうしても色に目覚めてしまい、そこで丁度いいのがいれば手を出しかねない。

 そうして結果的にやり過ぎて人里から去らねばならなくなる。

 世界広しと言えど、完全に人間に紛れて暮らしているサキュバスなんて何人もいないだろう。

 仮に暮らせたとしても、寿命が段違いなので十年もすれば町を出なければならない。

 きっと母親も人里の生活に憧れはあるし、父親なんて元々人間だから帰れるなら帰りたいだろう。

 そう思うと、とにかく今の生活を謳歌してやる事が親孝行にもなるし将来に繋がるのではないかと。

 いずれ自分が成長しきり、異性を欲するようになったらどうなるかわからない。

 魔力が上がり切って発情期に似た何かが始まり、魔力が上がったことで周囲に魅了を振りまく。

 生物としては自然と言えば自然なのだと思うけど、そうなった時に上手い事誤魔化せればいいな、なんて思いながら眠りについた。

 その時トモヤなら、魅了されないし多分味方にはなってくれるんだろうなぁ、とか。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ