全ては筋肉に始まり筋肉に終わるとマッチョは語ったらしい
アルバート先生の近衛兵団復帰の話が持ち上がったが、本人としては『この治った体だからこそ、生徒をもっと鍛える事が出来る』と言って断ったらしい。
実際は教職員でいた方が安全だし給料もそれなりだからのようだが、言った通りビシバシ教えるようになっていた。
王国の兵士は近衛兵団と魔法師団が話に上がりやすいが、実際の所人数としては一般兵団がダントツで多い。
一般兵団は一般兵になるための入団テストを行い、それに合格した後に月に二回か三回訓練に参加する事で王国からレベルに応じた一定の給料が出る。
最低レベルでも月の食費の半分くらいは出るらしいし、毎日のように兵舎に赴いて訓練をする、もしくは兵舎に住み込んで訓練をするようになると、平民の平均年収よりかは少し少ない程度の給料が貰えるらしい。
そう言った参加比率以外にも、特性や技術が優れていると一般兵団の中でのレベルが上に上げられる。
一般兵団でも団長クラスになると高い給料が出るが、そのクラスにまで上がってしまうと年間の半分くらいは王国内を飛び回って魔物との戦いの日々になるのだとか。
とは言え王都の一般兵団の団員は基本的に他に仕事を持っている。
それは居酒屋だったりパン屋だったり色々だが、何かある度に休むわけにもいかないので、団長は必ず一般兵団一本で生きている人じゃなければ駄目だし、幹部クラスも大半はそうだ。
そんな少人数で事に当たれるのかと言えばノーで、そもそも公爵家には公爵領を守る為の私兵が存在し、領内で何かあれば私兵が動くべきだ。
そこで格差と言うか何というか、一般兵団はぶっちゃけ壁役である。
王都に情報が上がってきたら一般兵団を派遣し、派遣した先で私兵と合流し調査と場合によっては戦闘が始まり、片づけて帰って来たら報告を上げる。
公爵家の私兵もつまらない事で被害を出したくないので、矢面に立つ人間が欲しいのだ。
それで駆り出される一般兵団もかわいそうではあるのだが、公爵家から派遣代と王国から遠征費用が出るので、団長クラスともなれば一般庶民の三倍くらいは稼ぎがあるらしい。
何でそんな話になったかと言うと、学校の実技系の授業では体が持たないので、一般兵団の訓練に参加させてもらったらどうだと言うアルバート先生の提案があったのだ。
自分のレベルに合った相手と訓練する方が身につくはずだと言う事で、シャルに転移門の魔法で送ってもらったのだが、興味津々なのがついて来てしまっていた。
千絵や楓子は当然ながら、この二人と訓練してるシエルまで。
「と言うわけで、今日はコレの事をよろしく頼む」
「いやコレってアルバート元隊長、次の王様じゃないですか……」
アルバート先生と知り合いらしい兵隊さんは、どうやら遠征から帰ってきたばかりらしい一般兵団の団長だった。
年齢的には、アルバート先生も団長さんも西洋人の見た目なのでハッキリはわからないが、多分アルバート先生が四十代で団長さんは六十代近いんじゃないだろうか。
話しぶりからして歳は離れているが気の知れた友人と言った感じ。
場所は王都東にある平民街の外壁側、兵舎の裏手にある、ぶっちゃけ校庭と言って差しさわり無い作りの広場だった。
だだっぴろい踏み固められた黒土に、敷地の隅っこにはトレーニング器具っぽいのがいくつか設置されている。
「学校の連中じゃ全く話にならん。と言うか下手に真面目にやられたらこいつが死ぬから、むしろこっちの方がいいと思ってな」
「確かに次期国王様は一般人程度だって話は聞いてますけど……。本当にいいんですか?」
滅茶苦茶年上の人が、心配そうに敬語で聞いてくるこの状況が本当にいいのか俺は聞きたい。
「実際お話にならない位弱いんで……」
「と言うわけだ。暇な奴はシエルの嬢ちゃんにでも相手してもらえばいい。近接戦闘に関しては俺よりいい先生かもしれん」
当初シエルの事を一生徒として扱うためか呼び捨てだったのが、あれ以来『嬢ちゃん』を付けるようになった。
シャル相手にもそう言う呼び方をする事があるので、自分より格上とか敬うべき相手みたいな場合にそう言う呼び方をしているっぽい。
「はぁ……。とりあえず普通に訓練に参加って事で、最初は走り込みからかな……?」
「やり方はそっちに任すよ。よーし、俺は先に帰るから後は任せた」
やる気に満ち満ちた顔で一人去って行ってしまった。
多分この後は、どこかに顔を出して生徒をばったばったと倒して回るのだろう。
元隊長の名は伊達じゃなかったようで、成績優秀者であろうとアルバート先生の前では子供同然に倒されていくのだ。
それが剣や槍を使う近距離戦闘型や、弓や魔法の長距離戦闘型でもお構いなしに。
弓や魔法なんて近接戦闘タイプが一人で相手しちゃいけないと思うのだが、複数人で射られた中で自分に当たる矢を判別して盾で叩き落し、魔力探知で相手の撃ってくる魔法を即座に感知、分析して即座に避けて接近する。
シエルの戦いを見た時は異次元がそこにいると思ったが、アルバート先生も十分人間の枠組みから逸脱してるように思えた。
ちなみに万全な状態のアルバート先生がガチ装備でシエルと戦った場合、防戦一方ではあるが十分間は激しい戦いを繰り広げる事が出来た。
シエル自身が戦闘巧者と言って差し支えない程の使い手で、ガーディアン対ナイトでアルバート先生が格下だったのだが、戦闘訓練を積めばこれだけ戦えると言う実証を見せてくれた。
そのシエルは、千絵や楓子を相手にしても一歩も引かないで攻撃しまくるのだが、参ったことに楓子の物理シールドを突破できず、平均的なメイジレベルの攻撃魔法を織り交ぜても物理と魔法の複合シールドで易々と無効化され、千絵の単発の魔法攻撃を避けはするが範囲魔法になると避けれるわけも無く、結果じわじわ削られて負けてしまう。
驚くべきは、近衛兵団でもバタバタ倒れていた中距離よりかは近距離寄りまで魔力拡散を狭めた範囲魔法を何度も耐えた事だろう。
本人のタフさは元より、魔法の質に合わせて相対する魔法を放って中和したり、盾の使い方で最大限ダメージを抑えたりと非常に技巧派なのだ。
ここまでくるとチートな千絵と楓子でない限り、普通の一般兵なんて三桁いてもシエルを倒せない気がする。
「では連中を集めるので少々お待ちを」
「あの、お願いなので普通に話してください。少なくとも今はただの雑魚異世界人なんで……」
「う、うん……? まぁそう言うのなら……」
困惑の残る団長さんが集合の合図を出すと、各々訓練をしていた一般兵団の人達が集まってきた。
年齢層は非常に幅広く、学生くらいの見た目から団長さんくらいの年齢の人までいる。
その大半がゴリマッチョなのだが、近衛兵団の人たちはもっとスマートだったので、おそらく差は個人の特性なのだろう。
「あー、今日は次期国王のトモヤ――本人の意向により普通に呼ぶが、我々の訓練に参加する事になった。我々が毎日どのような訓練をしているのか体験してくださるそうだ」
言い方がなんというか、俺が視察に来たみたいだ。
「各々、失礼が無いようにと言いたい所だが、本人の希望により普通に扱ってくれとの事なので、普通にしごいてやって欲しい。では走り込みからだ」
解散の合図で一斉に散っていくが、一人残る人がいた。
これまたマッチョなオジサンで、斜め上を見て敬礼している。
うーん。
「では私について来てください! 三十分ほど走ります!」
サー! とか言いそうな勢いだが、なんかもう一々突っ込んでたら夜になりそうなので、黙ってついていく事にした。
そこから言った通り走る走る。
遠くて女子四人が『がんばれー』なんて言ってるが、そんなの返す余裕が無いペースで走る走る。
いつの間にかシエルが近接戦闘を見はじめ、一緒になってやったかと思えば全員吹っ飛ばして楓子が治して回っているが、まぁそれも一般兵団の皆さんにはいい訓練だと思いたい。
一般兵団は学校の劣化版みたいな感じと言えばいいのか、扱う武器は人それぞれだ。
ちなみに魔法師団は魔法師団で隣に兵舎を持っていて、隣に見える巨大ドームの中で訓練をしているらしい。
一般兵団の人はそれこそ一般的なロングソードを使う人もいれば、立ち回り重視なのか授業の時のアルバート先生みたいにショートソードとスモールシールドを使う人もいるし、槍や見た目からして重量級な両手剣を軽々振り回す人もいれば、一体何に使うのか知らないがハンマーを担いでる人もいるし弓を扱う人もいた。
どうしてこれほどまでに様々な武器使いがいるのかと言うと、モンスターの中には素早いから片手剣の方が効率がいい敵、硬すぎて剣では太刀打ち出来ないから戦斧だったりハンマーの方がいい敵等様々だからだそうだ。
学校の生徒に関しては基本的に片手剣か両手剣、もしくは杖や弓と言った物なのだが、これは貴族ともなれば戦い方にも優雅さが必要だとかで、ぶっちゃけ見た目の問題らしい。
実際片手剣や両手剣の流派も貴族の中ではあるようで、アルバート先生もベースは片手剣の何処かの流派を修めているらしい。
あくまでベースであって、実戦の中で得た知識や動きで最早原型は留めていないと言っていたが、この世界の剣技と言うものはそうやって変化して行くのが当然と教えられているらしく、だからこそ流派と言っても基本的な物ばかりだとか。
必死に走りながらもあちこち見た感じでは、兵士の動きは決して悪いようにも思えない。
生徒との違いを上げるとすれば、威力だろう。
大体の生徒は手持ちの武器を生かす特性を持っているらしいので、軽く振り下ろされても俺だと潰れた蛙一歩手前みたいな状態になるが、一般兵対一般兵を見るとそう言った変な威力は見られない。
一応大半の人が何かしらの武器に対応する特性を持ってはいるようなのだが、千絵や楓子に見られるように威力の倍率みたいな物の掛かり方が貴族と平民では違うようで、学生のような威力が見られないようだ。
まぁ流石に両手剣対ハンマーの戦いは一撃必殺に近い物があるので、お互い受ける気も無いようで重量物を持ってるくせに避けまくってるが、これも生徒だったら盾で受けきってしまうだろう。
こうして実際に見てしまうと、特性と言うのは素晴らしいのだが不公平だ。
「三十分経ちましたー! 流石次期国王陛下、このペースについて来れるとは驚きました! では失礼します!」
ビシッと敬礼して走り去っていった。
俺は努めてしっかり歩いて楓子の元へ行く。
「あの楓子さん、低級のヒールお願いします……」
「ちゃんと休んで自己回復しないとダメなんだよ?」
「じゃないと今すぐ倒れそう」
「もう」
ヒールは回復魔法と言うだけあって体力回復効果も多少はあるが、基本は怪我を治す魔法である。なので疲労自体は殆ど癒えないが、ズダボロになった足の筋疲労はそれなりに緩和された。
次はどこかなと思ったら筋トレらしい。
うーわー。
迎えに来た兵士に連れられ隅っこまで行くと、ボディービルダーかな? と思える程のゴリマッチョ達が筋トレをしていた。
「さぁ全ては筋肉だ!」
これはヤバい奴。
「人間何をするにも筋肉が無ければ何も出来ない! さぁ、腕立てをゆっくり三十回からだ!」
ヤバい奴と思ったけど内容は優しかった。
いや、違う。
目が、『お前の筋肉を育ててやる』と言っている。
ゆっくりの筋トレは滅茶苦茶効くらしいし、何ならプロテインみたいなドリンクもそばに置かれている。
やっべ、これはランニングよりキツイ。
結局楓子にスタンバってもらって三回ヒールで助けてもらいました。
その後も腹筋とスクワットの後に懸垂やらウェイトトレーニングやらと言い出したので、他も回らなければいけないからと逃げた。
で、近接戦闘の訓練に参加したのだが、普段から大層重たい一撃を受けてるせいで、一般兵のショートソードやロングソードくらいならそれなりに受けれるし受け流せるようになっていた。
槍の攻撃も間合いを取って突きと薙ぎ払いを避けたり受けたりしつつ、隙をついて切りかかるくらいは出来た。
こうしてみると、意外と動けるじゃん? と思うのだが、実の所コボルトとの戦闘以来、武器を持った人の前に立っても怯まないで向かっていけるようになっていた。
元々戦う事なんて出来ない現代日本人だったわけで、授業でそう言う事をやっても逃げ腰になってたのだが、あの経験以来図太くなったのか立ち向かえるようになっているのだ。
まぁそれでも怖さはあるし痛いのは嫌だけど。
で、やっぱり問題は俺の攻撃が弱すぎて、簡単に打ち払われる事だ。
弱いと言っても一般兵団の人たちにはそれなりに威力があるようだが、楓子のシールドを突破できないシエルの如く、よっぽど相手が大振りをして隙だらけにでもならない限りは相手に刃が届く事が無い。勿論届いたところで向こうは鎧を着てるからダメージが無いし、こっちも一般兵の皆さんの攻撃くらいなら無駄に頑丈な制服が守ってくれる。
「よし、今日はこれまでだ。解散!」
さー飲みに行こうとかメシだとか口々に言いながら散っていく兵士達。
兵士一本の人は全体の半分もいないらしく、これから帰って明日の仕込みをしなければなんて人もいた。
「さて、半日とは言えどうだったかな」
「死にそうです」
「動きを見た限り悪くはないようだが、いかんせん攻撃力が無さすぎる。一般兵団基準でアドバイスをするなら、とにかくパワーをつけて一撃の威力を上げなくては壁にしかなれん。が、壁も無理そうだな……」
いかに俺が戦いに不向きかを再確認してしまうじゃないか。
「だが一般兵でも鍛えに鍛え、訓練すれば学生の真ん中くらいまでのレベルなら難なく倒せるだけの力と技術は身につく。トモヤ、君にやる気があるのなら、またくればいい」
「はい、ありがとうございました」
「では失礼する。女神フーコ様やシエル嬢も今日はありがとう」
そう言って頭を下げると去って行った。
「……ここでも私って女神扱い……?」
まぁ、今や千絵よりも楓子の方が王国内では有名だし人気なのだから仕方ないと思うんです。
なお、楓子が怪我を癒してくれたと噂になり、翌日の一般兵団の訓練参加率は女神フーコ見たさに驚異の十割だったらしいがそれはまた別の話。だって参加してないし。
「帰る。ん」
シャルが転移門の魔法を使い、そのまま俺たちは寮の部屋まで飛ぶのだった。
ちなみに翌日は筋肉痛でベッドから起き上がる事も出来ず、シャルとシエルにいいようにつつかれまくった。
後で覚えてろよ。




