シエルさんマジぱねーっす
イエーイめりくり
男は黙って一人で更新
シエルの初登校は慌ただしかった。
シャルの寝坊が原因なのだが、それ以前に俺の寝起きが心臓に悪かった。
昨晩最後のやり取りのせいか、どう言うわけか俺がシャルを抱え込みつつ頭を抱いて寝ていて、うっわマジかよと半ば飛び起きたのだがシャルは起きず。
この時点で俺も寝起きで頭が回っていないのだが、ベランダに出ると割としょっちゅう会うアハト・ハイリッヒと朝の挨拶を交わす。
残念なことにアハトとはクラスが違うのだが、これで同じクラスだったら一番話す相手になっていたかもしれない。
「そう言えばマリーネって王城でメイドやってるけど、ここに通わなかったんだな」
ハインリッヒ家からはアハトの姉が通っていてしばらく前に挨拶をしたが、公爵家は基本的に男は学校で女は花嫁修業な空気がある。
元々一夫多妻制で多くの子がいる公爵家だが、能力に秀でていなくても入れるなら男子は入学するし、女子は能力にある程度秀でていても、特出していない限りは王城でマリーネのようにメイドのような事をするか、親の仕事の手伝いをしているらしい。
実際、性別の差なのだろうが戦闘系は男子の方が優秀な傾向にはあるらしい。
女子は前衛職よりも後衛職が多く、魔法師団も実は男女比率がほぼ半々だと言う。
「ああ、マリーネは戦闘系の特性がからっきしでね。その代わり家事関係の特性に恵まれていたから、王城の中でも中央に近い位置で使ってもらえているんだよ」
「へぇ」
「トモヤが戴冠した暁には、マリーネを使ってやってくれるとうちとしては嬉しいんだけどね」
まぁ仮に王城で生活する事になったら、一番面識があるのがマリーネだから十分可能性はあると思うのだが、いやそもそもその未来は少々受け入れがたい。
つーか中央に近いって言うか、シェリールの姿を知ってるど真ん中勤務だったのだが、そこら辺も家族には言えないようだ。
それよりも普通に結婚しないのだろうか。
「アハト的にはマリーネの政略結婚とか考えなかったらどうなんだ」
「政略結婚の道具に使われるくらいなら、どこかでいい人でも見つけて恋愛結婚すればいいとは思うよ。どう言いつくろった所で僕達公爵家の血はとても濃い。どこかの家が外の血を入れないとならないんだ」
政略結婚と言っても、長い事四公爵家態勢でやってきた王国だから、四公爵家の血の九割は四公爵家の物であると言われるくらい濃い。
近い遺伝子同士での交配が進むと色々問題があるとは言われるが、数世代に一人か二人異常が出る程度なのでそれほど問題視はされていないようだ。
大抵の女子は他の公爵家に嫁いでいくらしく、ハイリッヒ家も四人以上娘がいれば公爵家以外の有力貴族に嫁がせるらしい。
この事から、割と公爵家以外との結婚が多いハイリッヒ家でも、各公爵家との繋がりを保とうとする意図が見て取れる。
それもそのはず、王国である以上領土は王の物と言ってもいいのだが、この国の成り立ちからしてある意味では異常だ。
エルフが代理として治めていても、実はエルフがさほど国家の運営をする気が無かったので、王制と言う形で貴族が暴走しないように監視しつつ、領土に関しては公爵家に任せますよ、と言った自治になっていた。
元々王制の前は各公爵家が持ち回りで代表を務める共和国だったとかで、領地も当時から基本何も変わっていないと言う。
幸いにも悪い領主が殆どいなかった為、婚姻で絆を深めつつお互いを監視し合うシステムで平穏無事に領地運営をして来たようだが、その風習のせいで取り合ず三女までは他所の公爵家に嫁がせようと言う流れが自然になってしまっていた。
実際の所、件のシュバインシュタイガー家が公爵家から落ちたりと多少の変化はあった物の、過去千五百年間うまい事やってきている。
「何ならトモヤの側室に貰ってやってくれるといいんだけど」
「それこそ政略結婚じゃないのか……」
学校では基本的にジャンと少し話す程度なのだが、朝の挨拶ついでにこうしてアハトと話す機会はある。
あるのだが、残念ながら共通の話題が無くて中々会話に発展しないのが実情だったりもする。
今日なんか良く続いている方だと思うのだ。
「そう言えばドワーフが入学するって聞いたけど」
「耳が早いなぁ」
「うちの親が、『トモヤ様の様子を見て決めろ』ってわざわざ転移門の呪文を使えるメイジを雇って言いに来たよ。ほら、お国柄ドワーフって微妙な扱いだからさ」
「それに関しては昨晩、シェリール本人がドワーフ本人を連れて部屋まで来て、一晩でそれなりに仲良くなったと思うけど」
「――隣にいるのか」
「うん」
「仲良くしているのか」
「シェリール自身、敵対する意思が無ければ全然構わないって感じだし、うちら異世界人にとってそこら辺知ったこっちゃないからな」
「わかった。ありがとう」
どうやら友好的に接する事に決まったらしい。
「って、シエルの準備あんの忘れてた」
「シエルか。って言うかここ男子寮なのに、そっちの女子率ヤバいなぁ」
「……いや全く、ほんとその通り」
これで俺がゲスい奴だったらハーレムだと喜んでいたのかもしれないが、女子率が高いって事は女子の意見が強いわけで、千絵と楓子と幼馴染だった事で今に始まったことじゃないけど、やっぱり力関係としては向こうが強い。
俺たちの影響っぽいので一つ上げるとすれば、前は女子を連れ込んで云々と言った事があったらしい男子寮三階だが、そう言った噂が一切無くなった。
シェリールとしてのシャルも少し心配をしていた案件だったのだが、俺たちが来たことで抑止効果があったらしく、実際どこの家の誰がやった、と言ったはっきりした証拠が掴めないままではあったが、結果オーライと言う事で一応解決扱いになっている。
連れ込み方が権力をかざしての強制だったら大問題なのだが、ある程度見聞きした感じでは、少なくとも四公爵家自体に性根のひん曲がってるタイプの子息は入学してないっぽいので、むしろ女子側からの『売り込み』があったんじゃないかとも言われている。
なんせ平民から伯爵家の女子から、公爵家の子息と知り合えて将来の可能性が全く無くも無いわけだから、野心溢れる家や場合によっては当人だったら可能性も十分ある。
これで上手い具合に隠蔽してたらわからないが、三か月間で千絵と楓子の女子ネットワークは大分広がっていて、その中でも公爵家の悪い噂を殆ど聞かないらしい。
殆ど、と言うのはやはり人間である以上一長一短があるので、多少の事は仕方ないと思うんだ。特に異性から見て『あいつキモいんですけどー』みたいなのは俺の耳にも入れなくていいです。心痛い。
この三階には公爵家以外にも主だった伯爵家の子息が使ってる部屋もあるのだが、そっちの連中も特に問題無しだと思う。
件のシュバインシュタイガー家の子息は二階なので交流は殆どないのだが、一度横山香苗の手引きなのか偶然廊下で鉢合わせを演じての挨拶があった位で、今の所特に何かあるわけでは無いし。
この三か月生活した時点では、家自体はどうだか知らないが子息は問題有りと言う風では無い、が俺の中での結論だった。
勿論家の命令で何か起こる可能性もあるが。
「んじゃまたな、王様」
「まだだからな……」
幸いな事にアハトは普通に接してくれてはいるが、公爵家の人間と言う事で次期国王、それも人間の王と言う部分は無視できないようだ。
それで弄ってくる辺り、いい奴だと思うけど。
さて、アハトがいたと言う事は後三十分もすれば朝食の時間だ。
部屋に戻り、千絵と楓子に声をかけて起こす。
そして自分のベッドで熟睡するシャルに声をかけ揺するが無反応だ。
元々朝が弱いシャルだけど、揺すっても熟睡して反応しないなんてことは今まで無く、どんだけ深い眠りなんだと少し呆れる。
その間、千絵と楓子が起きて間仕切りの向こうで着替え始めた所で上のシエルが起き、『おはよー』と今まで寝てた割には元気に挨拶をしてくる。
この子はシャルと真逆で朝に強そうだ。
昨晩はシエルに、『男と同室って大丈夫なのか? あと実はここって男子寮なんだけど』と言ったが、ドワーフ王国自体がそこら辺の感覚が薄いらしく、男女特に区別しないらしい。
だからと言って異性の前で着替えると言った事はせず、あくまで配慮すべき点は配慮しているとは言っていたけど。
で、千絵と楓子の支度が終わり、あともう少しで朝食と言う所に来ても起きないので、ぺちぺちと頬を叩いたりして強引に起こす。
これがまたうっすら目を開けはするが意識は夢の中だ。
しばらくの格闘の末、鐘が鳴り朝食が始まった所でようやくシャルが半覚醒し、タオルを水で濡らしてべたんと顔に張り付けたりしてようやく動ける程度に起きた時にはさー大変、シエルの支度してる時間が。
「うー」
なんで起こしてくれなかったんだと言わんばかりの視線ですが、起こしましたよねぇ。
「取ってくる」
そう言って転移門の魔法を使って消えると、一分もしないで制服一式とカバンとその他諸々を持って戻ってきた。
シエルには急いで着替えてもらい、慌てて朝食を済ませて登校と言う、申し訳ないが何とも慌ただしい朝になってしまった。
なお、シャルに寝坊の事を聞いたところ、『いつもより気持ちよかった』との事。
その発言については千絵と楓子が何やら恐ろしい顔をしていらっしゃいましたが、いつものようにくっついてくるシャルの頭を撫でていると『まぁいつも通りね』と、特に普段と何ら変わり無いと判断されたようだった。
そもそも何が変わったって、シャルの実年齢が分かった事で俺に余裕が出来た事と、年の離れた妹みたいな感じに思えて可愛いなこいつとストレートに感じれるようになってしまった事だろう。
いやほら、さすがに自分の年齢の半分以下の子とか、シェリールの姿であっても絶対手出さないと言いきれますし。
クラスへ行くとすぐさまホームルームの時間になり、アルバート先生が『お前らおはよう』と言いながら入ってきた。
それでもあちこちでドワーフの話題が囁かれているのだが、アルバート先生もその辺りは予想の上だったようでスルーしていた。
クラス自体は他にも何クラスもあるので、うちのクラスに来る保証は全くないはずなのだが、恐らく今朝のうちに俺達の部屋に住む事になったことが広まっている。
犯人はアハトで現場は食堂だろう。
ちょっと迂闊だったかなと思わなくも無いが、まぁ大した問題でも無いだろう。
その事により、ならうちのクラスに来るだろうと誰もが予想しているようだが、すまん、俺もどこのクラスになるとか聞いていないが、シェリール直々に面倒見てくれと言いだした以上、同じクラス以外の選択肢があるとも思えなかった。
「おまえらー、うわっついてるが簡単に予想が当たると思うなよー」
と言った瞬間、入り口がノックされてアルバート先生はニヤッと笑うのだ。
この人は。
案の定シエルが入ってきて、うっわ遠くから見ると余計小さく見えるなぁとドワーフの見た目の幼さに驚くが、当の本人は昨晩の顔合わせの時のオドオドが一切無く、堂々とアルバート先生の隣まで歩いて行く。
「ドワーフ王国から来ましたシエルです。よろしくお願いします」
「こんな見た目に騙されるなよお前ら。なんせ希少なガーディアンな上にある程度魔法も使える万能型だからな」
アルバート先生のその言葉に一瞬で静まった。
誰もが絶句だったり単純に驚きだったり、とにかく生徒的には大事らしい。
隣でシャルが、『ガーディアンは勇者より希少』と今更ながらに付け加えてきた。
どうやら、この世界の住人でも嘘か本当か極々少数人の勇者が産まれたとされてはいるらしいが、異世界人が数十年に一度の確率で勇者なので、実は一世代に一人以上は勇者が現れるらしい。
それもこの王国だけでその数なので、他の国も含めればそれなりの人数が居てもおかしくは無いらしい。
この世界の住人としては、勇者特性を異世界人以外が引いた人が過去にいるなんて言われても眉唾らしく、実は転生してこの世界で生まれてきた元異世界人だった説が根強いらしい。
実質その次に強いアークメイジとガーディアン特性が現れないかと期待されるらしいが、アークメイジは家系的に魔力を強めれば輩出されなくも無いらしいが、どう言うわけかガーディアンだけは百年や二百年現れた記録が無いと言う。
その為、単純に生まれ持っての肉体の強さが無いとガーディアン特性が現れないんじゃないかと言われていたらしいが、そこに来てドワーフ少女がガーディアンだと言うから一同騒然らしい。
そう、一瞬の静寂の後に訪れた大騒ぎはアルバート先生も収集がつけられず、やれやれと頭を掻くと俺をビシッと指さした。
「シエルの世話役はトモヤらしいから全てトモヤを通すように。以上」
げ。
その瞬間には誰もの視線がこちらに集中していた。
多分レンズを俺の一メートル前あたりに置いたら、いい感じに収束して燃えると思う。
「席もその辺りで適当にやってくれ」
そう言われ、シエルは何事も無くこちらにやって来る。
「あー、もう」
席は普段から大体こんな感じと言う風に各々グループ分けされているのだが、俺たちはシャルが一番後ろの窓際を占拠していたために、その辺りに何となく気分で座っている。
最初こそ俺を防壁のごとく使っていたが、最近では次期国王と言う事もあって微妙な立場になってしまったため、俺も最後列のシャルの隣に座る事が多々ある。
うーん、とりあえずシャルと俺で挟むか。
シエルの前には千絵、シャルの前に楓子がいるので、正面から攻めてくるには鉄壁で防げる。
実際俺を介してコンタクト取ろうとする人なんて限られているので、俺がこの位置でもさほど問題は無いと思う。
「よし、じゃあホームルームは以上」
もう一回俺を指さして出て行った。
『お前が何とかしろ』と言いたいのはわかったけど、どうすりゃええんや。
「と言うわけで、よろしくお願いします、先輩」
上目使い且つ笑顔で言われて不覚にもときめく俺は罪人でしょうか。
いや先輩ってフレーズは元の世界にいる時なら結構聞いていたが、こんなロリ可愛い子に言われると破壊力半端ねえな半端ねえよ。
「むー」
我々的には本家ロリがお怒りの様子ですが、とりあえず授業の支度だ。
幸いにもこの状況で突っ込んでくるクラスメイトはいないが、俺たちの時みたいに遠巻きに観察はしている。
今後の授業の中ででもシエルと話す機会はあるだろうし、そんながっつかなくてもいいとは思うのだが、それだけガーディアンと言う特性はこの世界の人にとって重要な物らしい。
シエルもドワーフ王国にいたら戦いに参加させられるような事を言っていたし、肉体的に屈強らしいドワーフ的にもシエルは戦力として認められているようだ。
よくよく考えてみれば実年齢的にも少女のシエルが魔人との戦い云々と言ってた時点で何となく察してもよかったのかもしれない。
まぁ初期の適正の知識の辺りでそこら辺ちゃんと教えてくれなかったアルバート先生を恨めばいいや。
ここに破格の特性モリモリ勇者が二人もいるんだから、そっちのが優先されて当然ではあったんだろうけど。
とりあえず、やはりドワーフと言うのが少々問題なようで、俺達の時みたいに突撃兵にされる子もおらずひたすら遠巻きに見られるだけで済んだ。
午前中の座学は無事終了し、昼食を挟んで実技の時間となった。
普段は千絵と楓子の魔法系の授業に顔を出すか、俺の如き矮小な雑魚でも一縷の望みをかけて近距離物理戦の授業に行ってみたりするのだが、今日はシエルの事があったので全員で近距離物理戦の授業に行く事になった。
細分化すると片手剣の実技とか両手剣の実技とかタンクの戦い方なんて授業もあるのだが、大体は近距離物理戦用の練習ドームに集まって何グループかに分かれて行われている。
こちらは魔法戦を想定していないので、建物に魔法シールド系の魔法は一切付与されていないのだが、逆に物理系シールドの魔法は多重にかけられているので簡単に破壊されない――のだが、千絵と楓子は杖で床をブチ破ってアルバート先生が冷や汗をかいていた。
その辺りから結果一番すげえとされたのは、勇者の膂力を持っても破壊出来ない世界樹の枝製の杖だったりするのだが。
勿論シエルが行く先にくっついていく人間はクラス外にも多いわけで、今日に関してはドームに生徒が詰めかけて、本職以外立ち入り禁止となってしまった。勿論俺達は除外されるけど。
「そう言えばシエルって武器どうしてんだ?」
「私は自前ですよ。ほら」
シエル自前の鞄の中に手を突っ込んで片手剣を引っ張り出した。
シエルの身長はシャルと変わらないのだが、それなのに剣は近衛兵団が使うのと変わらないサイズのロングソードで、しかし刀身の輝きがなんか違う。
もう一度手を入れると、自身を八割くらいは隠しそうな、角の取れた三角形と言うかおにぎりみたいな形の黄土色の盾が出てきた。
いわゆるタワーシールドの枠組の物なのだろうが、大抵のタワーシールドは並んで地面に置いて壁を形成するのにも使うので四角い。
その点、シエルの持つ盾はサイズさえ小さければ持って受けたり払ったりと動かしまくるタイプだ。
「鞄って入り口のサイズ無視できたっけ……?」
「ドワーフ王国特注品なんですよー。その代わり剣と盾の他は小手とかちょっとした防具を入れたら一杯になっちゃうんですけど」
そんなんあるの? とシャルを見ると、渋い顔をして見ていた。
どうやらエルフには無い技術っぽい。
見た感じではうちの生徒の武具なんか目じゃない位に物の良さそうな剣と盾なのだが、俺に目利きの才能があるわけでも無いので正確な事はわからない。
だが、剣と盾を携えたシエルの姿は堂に入っていて、窓から差し込む光に盾が照らされて金色に輝いて見える。
なんかもう只者じゃない感が半端ない。
「よーし、とりあえずどの程度か見させてもらうぞー」
いつの間にか来ていたアルバート先生も剣と盾を持って来ていた。
こちらは指導用の軽いショートソードと、受けるよりかは流す事を主体としたスモールシールドだ。
「よろしくお願いします!」
「よっしゃこい」
アルバート先生とシエルの間は十メートル程あり、そこから更に二十メートル程離れてみんなが見ているのだが、シエルの入り方が凄い。
一瞬でスイッチを切り替えて実戦モードの集中になっている。
「でぇぇぇいっ!」
一歩踏み込んで気合の入った声が上がったと思ったら、一歩の踏み込みがダッシュで一瞬でアルバート先生の目の前で剣を振り下ろしてた。
想定してたのかはわからないが、アルバート先生はそれを半身を引いてギリギリで避けるとバックステップで距離を取る。
シエルの振り下ろした剣先は床材の石を綺麗に切り裂いていた。
避けられた後の判断が早く、シエルはすぐさま踏みとどまって床材を切り取るかの如く地面を切り裂きながら剣を抜き、サイドステップでアルバート先生の方に飛びつつ、アルバート先生から見て体の側面を見せていたはずなのに、くるっとつま先と頭のてっぺんを軸にして回転しながら再びアルバート先生を切りつける。
それをスモールシールドで無理やり払ったまではいいのだが、その時点でスモールシールドが切り裂かれて使い物にならなくなっていた。
それでもカウンターを当てにアルバート先生が剣を振るったが、シエルは振り下ろした剣をまっすぐ振り上げてアルバート先生の握る剣を綺麗に切った。
金属が金属を綺麗に切る光景。
いや物理系シールド魔法が重ね掛けされてるはずの床材を切り裂いた時点でおかしいのだが、ここまでで三秒程度の出来事である。
そして、シエルが切りつける度に変な衝撃波みたいな物がこっちに来る。
「うん、無理だ」
切られた剣の断面を指で触りつつ、アルバート先生が降参を宣言する。
「ありがとうございました」
「ちなみにどの程度の力でやったんだ?」
「失礼のないように本気で」
「うーん、現役時代の俺でも数分持たすので精一杯だろうなぁ。シエルは今後そこの勇者二人組とやるように」
「わかりました」
「それと、えーっとフウコ。ちょっとすまんがヒールくれ。右手も左手もへし折れたわこれ」
ええ、とアルバート先生の声がはっきり聞こえていた人は驚いたが、そう言った瞬間には両手の剣と盾を地面に落としてしまっていた。
今の今まで切れた断面を触っていたのに、よくよく見ると両腕が変な方向に曲がっている。
「えっ、えっ? 今ので……?」
流石に想定外だった楓子が驚いているが、当のアルバート先生の顔には脂汗が玉で浮かんでいた。
「すまん、急ぎで頼む滅茶苦茶痛い」
ついでに膝をついてしまった。
「ああ、ヤバいな。盾で受け流し損ねたせいで腕だけじゃなくてあちこち折れてるぞこれ……」
元隊長なんてやってただけあるのか、自分の状況の確認は冷静だった。
「ごふっ」
「ちょ、楓子ヒール! ヒール!」
内臓にも来てたのか血まで吐いてしまった。
「え、えっと、うー、フルヒール!」
どのヒールにすべきか迷った挙句、体の中身がどうなってるかわからないからフルヒールにしたらしいが、フルヒールは怪我の部分を意識しながら使わないとちゃんとした効果が発揮されないと言う。
だから前の楓子は手で触る必要があったのだが最近はそうでもないらしい。
それでも、今回はどの程度のダメージか見た目で全然わからないし緊急を要する必要もあったからか、アルバート先生のおなかに手を当てていた。
「智也君、これ、全身骨折してるよ……?」
プリースト系は体のどこが悪いのか魔力探知で探る技術があるらしいのだが、楓子がポカンとしてそんな事を言った。
「古い怪我も多いみたいだけど……」
まだ手を離さず、体をぺたぺた触りながら俺が死にかけた時以上にフルヒールをかけ続けている。
怪我を探りながら回復させているようだが、たっぷり一分くらいかけてようやく手を離した。
にしても、アルバート先生って左手もろくに動かないらしいのに、よくもまぁ受けるだけ受けたものだ。
俺だったら反応しきれないで綺麗に真っ二つになってる自信がある。
「はー、死ぬかと思った。……おいフウコ。握手」
「はい?」
アルバート先生が左手を突き出し、楓子が反射的にそれを取ってシェイクハンド。
「……腕治ってるんだけど」
「治るかなーと思ってやってみたんですけど……」
手を離すと、今度はその場でジャンプしたり体をひねったりとしている。
「って言うか左目が戻ってる」
眼帯を外して両手を顔の前に広げてそんな事を呟いたかと思ったら、感極まったのか楓子を思いっきり抱きしめて離した。
「大司教のフルヒールですら一命を取り留めるので精一杯で、お情けで教皇猊下にもフルヒールを頂いて駄目だったのに、全部綺麗に治ってるぞー!」
一同ぽかんである。
が、歩くのですら片足を引きずるようにしていたアルバート先生が走り回っている光景はある種異常で、その上失った左目が戻ったと騒いでいるのだから次第に事の重大さがわかってきた。
「……楓子、お前のヒールってどうなってんの?」
「さ、さぁ……」
うおぉぉぉぉぉっ! と言う雄たけびがドーム内を轟かせる。
「って言うか今まで試してなかったのか」
「教皇猊下が既にやって治しきれなかったって話しだったから……。あんまりやると通常の細胞分裂が止まっちゃうかもだし……」
本来はシエルの異常な強さが話題になるはずだったのに、これのせいで聖女フーコ伝説が増えてしまい、『ドワーフっ子も凄いけど聖女フーコ半端ねえ』と評価されてしまったのである。
がしかし、俺としてはそれはそれでよかったと思ったのだ。
シエルのあの強さは本当に異常の一言だ。
本気を出しての強さならまだしも、一発目はともかく二発目は不安定な状態だったので百パーセントの力は発揮できていないと思う。
それこそ過去のそれほど強くなかった勇者よりも強いんじゃないだろうか。
――だって、コボルトロードくらいなら簡単に切り捨てられるくらい強い個人とか、一人でも近衛兵団二桁くらいと普通に戦えそうだ。
ちなみに、この件が司祭長の耳に入り、大司教にまで情報が上がってしまい、自分が出来なかったレベルの神の奇跡を起こせるのはもはや女神だと教会直々に宣言がされてしまい、呼び名が聖女フーコから女神フーコに変わってしまった。
俺個人としては女神は大仰なので聖女くらいにしといてくれた方が可愛げがあったのだけど。
大司教が我が協会の女神であるとハッキリ言いきってしまい、呼び名としてではなく存在として教会から正式に女神と崇められるようになってしまったのだからどうしようもないけど。
ちなみに大司教の上に教皇と言う教会を束ねる頂点がいるのだが、その教皇が今度楓子に会いに訪れるらしい。
現在は王国北のはずれにある、教会の聖地とか呼ばれてる神殿みたいな所にいるらしいのだが、殆ど隠居みたいなもので実質大司教が全ての取りまとめをしているらしい。
それなのに王都まで出てくると言うのだから、教会にとって楓子の存在と言うのは正に神に近い物なのだろう。
その後、実技系の訓練は千絵と楓子、そこにシエルが混じってドンパチやるようになったのだが、敷地内では物が壊れすぎるのでシャルがだだっ広い平原に転移門の呪文で移動させてやるようになったのだった。
なお地形は変わった模様。




