シャルロット
学園生活も三か月が過ぎた。
もはや千絵も楓子も魔法に関しては基礎から応用まで一通りこなし、今では近衛兵団や魔法師団の合同訓練に週一回ペースで参加『させられ』ている。
ちなみにこの合同訓練は、先のコボルトの魔王発生時における対応力に問題ありとされた為にやる事になった。
千絵一人で一国の軍そのものの戦闘力がある、と言うのが魔法師団の評価だが、それは広範囲魔法を使わない場合の話だ。
諸々含めて考えると、一人で一国を容易に壊滅させられると評価されているが、それに関してはコボルトを脅した時のサンバーストのせいだろう。
遠く離れた王国でも地上に巨大な太陽が現れたと大騒ぎになったと言う。
実際はそれまでの魔力消費を考えても、あの極大サンバースト一発の魔力消費が大きすぎて一発限りではあるのだが、連発出来ない事を加味しても一国の首都丸ごと吹き飛ばす威力の魔法なんて超広範囲魔法クラスになるので、その脅威度は半端ない。
仮に普通の人が超広範囲魔法を千絵並の威力で発動させようと思ったら、魔法師団に入れるレベルの人が最低千人は必要だと言う。
ちなみにサンバースト自体は本来近接魔法に近しい物で、扱い的には近~中距離範囲魔法である。
プロセスは以前千絵がやった通り、魔力を一点に圧縮させて爆発させる魔法なのだが、その一点集中が可能な範囲と言うのが一般的に視力の限界辺りであるとされている。
と言うのも結局は自身が自身の感覚に基づいて魔力を集中させなければならないので、目で見て魔法の発動を確認しなければならないと言うのが大前提であるらしいのだが、千絵の場合は発動の時点で魔力が大きすぎて見やすいせいで、雲にさえ隠れなければ上空数キロは余裕で範囲内だと言うのだ。
そんな規格外な事をやっているのだから、一部で化け物扱いされてても否定は出来ない。
その上で楓子の強固すぎて千絵の魔法でも貫通出来ない防御魔法は、訓練をする上で無いと学校施設を一瞬で壊してしまう。
コボルトの集落では千絵のサンバーストの余波をある程度食らいはしたが、示威行為としての魔法の行使である事をわかっていた楓子がギリギリ自分達が耐えれる程度に調整していただけであって、実際は熱と爆風程度なら完全にシャットアウト出来ると言う。
まぁ実際一点集中の威力で言えば千絵の杖の殴打の方が強いわけだし、熱エネルギーと言うのはロスが大きいのでサンバーストの核にあたる部分ならまだしも、何キロか離れた地上にいた我々には多少のシールドで遮れるらしい。
そして極めつけは、楓子のヒールがあれば何とかなる。
ここ最近は王国を代表する近衛兵団や魔法師団の練度が爆上がりで、近衛兵団と魔法師団全員対千絵と楓子と言う模擬戦を郊外で行った所、合同訓練初期は千絵の超広範囲攻撃魔法と楓子の防御魔法で、攻撃を一切受け付けないわそもそも千絵の魔法で開始即ほぼ壊滅状態だわで話にならなかったのが、最近では防御主体のパーティー編成で千絵の超広域攻撃魔法なら防御しきるし、一斉に囲んでの飽和波状攻撃で楓子を休ませない。
結果として近寄ってきてくれるから超広範囲まで魔力を広げなくても良くなり、通常の範囲魔法クラスの魔力拡散率で攻撃魔法を放てる為、囲んできた連中を吹っ飛ばして終わりだ。
大体だが半径五キロ以上は超広域魔法の範囲内で、一キロから五キロくらいまでは通常の広範囲魔法の対応域らしい。
超広範囲から広範囲まで狭めれば威力にして三倍程、一キロ弱なら更に倍ほどに威力が上がる。
――ちなみに近距離でのファイヤーボールといった範囲魔法は個人で使えるが、普通の魔法師団員では上位勢でも広範囲魔法が関の山で、仮に実用レベルの超広範囲魔法を使うとなったら魔法師団上位十名の合同魔法でのみ可能で、発動までにたっぷり三十分はかかるのだとか。
千絵レベルのサンバーストで千人だと言うのだから実用レベルのハードルが結構低いんじゃないかとも思ったが、その国の首都丸々一つをターゲットにして効果を及ぼす魔法なのだから、仮にそれが『眠気を誘う魔法』だったとしても脅威ではあるのだけど。
そもそも千絵の魔力の出力が異常だからこそ一瞬で魔力の影響範囲を広げて広範囲まで射程に置けるが、普通は準備時間の三十分をかけてようやく超広範囲魔法規模まで広げられるわけで、ただただ千絵が異常なスペックなのだ。
千絵自身の魔力と大気に満ちた魔力に属性と指向性を与えて爆発的に広がっていくので、魔力感知に特化した人であっても『あれ、なんか空気かわった?』程度に思った頃には吹き飛ばされている。
対する兵士達だが、超広範囲の時点で防御策の無い王国最強クラスの兵士達がバタバタ倒れていくのに、近づいて来て威力が上がればある程度しっかりした防御魔法を張っても余裕で貫通してばったばった倒れるに決まっていた。
それも下手したら近衛兵団と魔法師団合わせて数百人を瞬殺してしまうので、それなりに千絵も加減しながらやっている。
近衛兵団と魔法師団で心の壁と言うか、近衛と言うだけあって通常の兵士では無く王の護衛をするエリート揃いと言う強い自負があるらしいのだが、逆に魔法師団はあくまで通常の兵なので双方に優越感やら妬みやら色々あったらしい。
それが千絵の魔法を防ぐためには近衛兵団も魔法師団の防御魔法に頼らざるを得ず、魔法師団も自分達が攻撃する隙を作ってもらう為に近衛とは協力せざるを得ず、結果として近衛兵団と魔法師団の仲は次第に良好になって行ったと言う。まぁ、そこに辿り着くまで数回の訓練が必要だったのだが。
千絵の攻撃魔法も楓子の回復魔法も、どう考えてもあまりにも破格すぎるてシェリールですらポカーンとしていたが、これに関しては各々のスキルの問題らしかった。
千絵は元々強大な魔力の保有者にも関わらず魔力消費を減らすスキルを持っていたわけだが、それの効果がこれまでのデータとは比べ物にならない倍率だったらしい。
同時に威力増強も想定外の倍率で、結果的に魔法師団最強の団長が百人居たって太刀打ちできない魔法使いの出来上がりと言うわけだ。
楓子に関しても、魔力はこの世界のトップエリートの数倍程度しか無いのだが、千絵と同じように魔力消費減のスキルや神のチートスキルのせいで司祭長クラスが束になってもできないレベルの回復魔法を楽々使いこなしてしまう。
ただ、防御魔法だけで言えば楓子の魔力操作能力が単純に秀でているせいらしいけどな。
なんで俺がそんな細かい事まで把握しているのかと言えば、二人の事だからと言うだけの話では無く、国の所有する戦力の把握はしておかなければならない立場になりそうだからだ。
――と言うか近衛兵団と魔法師団の代表者達の報告書が実に真面目で誇張無く非常に細かく書いて寄越すので、嫌でも頭に入ってしまう。
読まないと言う選択肢はシェリールのせいで無い。
幸いにも今すぐ結婚だの戴冠の儀だのと言うわけでは無いらしいが、そこら辺の話はこっちに降りてこないので戦々恐々としております。
何とかして御破談にならんかなと考えもしたが、ああも宣言された以上、嫌です辞めますと言ったら何が起こるかわからないし、何ならシェリールの神託の巫女としての影響力も無くなってしまいかねない。
その辺りを慮る必要があるか無いかで言えば、正直無いのだが――無視もできないよなぁと甘い奴なのである。俺は。
あの一件以来、俺の生活はガラリと変わった――事も無かった。
そもそも勇者二人のおまけ的な扱いで、クラスメイトはジャンくらいしかまともに話しかけてくる人は居なかった。
それが、シェリールの婿取り宣言で次期国王として遠巻きに見られるようになっただけ。
嗚呼、多分俺にまともに友達が出来る事って、もう無いんだろうなぁ。
「癒しはお前だけだよ」
何事も無く俺に並んで平然と同じベッドの上でゴロゴロしてるシャルは置いといて、俺に撫でられてゴロゴロ喉を鳴らしているトラ子だ。
「幼女も癒し」
むーっとした顔で抗議してらっしゃる隣の方は、俺をロリコンにしたいんだろうか。
しかも自分で幼女って。
「トモヤ、後で一緒に城行く」
「はいはい」
隣にいるシャルロット嬢は三か月前も今も変わらず小学校中学年から高学年くらいの北欧系の容姿の美少女だったが、これが曲者で王城では俺と歳の変わらない北欧系美少女になる。
ここであえて美幼女と言わなかったのは、仮にも婚約者が幼女とかヤバいからだ。
シャルが化けの皮を剥がしたのは単に寝起きの意識混濁によるものだった。
あの時振り向いたシャルは、とりあえず笑って無かったことにしようとしたが、そうは問屋が卸さないのである。
抱っこしていたトラ子を顔の前に抱え上げてバリアとして使っていたが、捕獲と言う形で破ると取り合えず核心を確認した。
「シャルがシェリールなのか、シェリールがシャルなのか、どっちなんだ」
「……えっと、本物はシャルロットで神託の巫女としての仮の姿がシェリール……」
「一体何で」
「その、王城でシャルロットの姿じゃ目立ちすぎるのと、もしバレた時に子供すぎると話にならないと思って――」
と、シェリールの見た目で語るシャル。
どうやら見た目と一緒に口調なども変えるようにしていたようで、本来はシャルなのだそうだ。
なのでシェリールの時間が長いと滅茶苦茶疲れるとかで、いつも早い時間に眠くなってばたんきゅーだったとか。
って言うかシェリールが精力的に活動し始めたのって五年前とかだった気がするけど、その頃には既にシェイプチェンジや転移門の魔法をマスターしていたと言う事か。
「じゃあ、エルフの中でも特別な髪色って」
「本当はあっちのうっすらグリーンのプラチナブロンドの事なの」
やっぱりか。
って言うのもシェリール程では無いけどプラチナブロンドの子って貴族に少数いるから、特別とは何ぞやと思わなくも無かったのだ。
「よくばれなかったな」
「学校の中でしかシャルでいなかったもの」
あれこれ聞いていくと、シャルはシャルで色々考えてたんだなぁと感心はするものの、巻き込まれてる自分としては勘弁してほしいわけで。
だが、結婚に関しては絶対譲れないからと拗ねながら照れながら顔を真っ赤にするシャルが印象的だった。
断っても駄目と言われ、嫌だと言っても最終的にはシャルの姿で半泣きで嫌だと言われたら(泣く寸前にシャルの姿に戻ったので確信犯)勝てるわけが無く、結局『シェリール姫の婚約者』と言う肩書は変えられなかったのだ。
にしても、神託云々があるからかあっても関係無いのかまではわからないが、そこまで俺との結婚と言うのは重要な事なのだろうか。
正直、シャルが降りるのを許してくれるのであれば、公にやっぱやーめたと言っても良かったのだが。
元々シャルも変に俺に懐いてるとは思っていたが、この予定があったのだろうか。
あの発表の前、と言うかコボルトの魔王が現れる事は神託で知ったわけだが、その神託で俺の事も言われたのか、それとももっと前から言われていたのかは俺は知らない。
だがまぁ、状況に流されてしまっている現状を良しとは出来ない物の、この世界に来てしまった以上何が起きても不思議じゃないと言うか、正直自分の役割みたいなのが示されてホッとした部分は多少なりあった。
それが一国の王と言うのはどうかと思うのだが。
シャル、と言うかシェリールとの結婚話に関しては、千絵と楓子辺りがぶち壊してくれたら男冥利に尽きるかなと夢想しなくも無かったのだが、当初の反発も今は鳴りを潜め、どう言うわけか今まで通りシャルを可愛がる二人だ。
いや二人はシャルがシェリールだとは知らないから関係なかった。
とは言えシェリール本人とも拗れた風では無いので、何らかの密約があったと見て間違いない。
うーん、俺は二人が好きだけど、二人は俺がシェリールと結婚してもいいんだなー。
ちょっと凹んだ。
さて、俺の学校生活はと言うと、次期国王と言う事以外では特に変わりはないのだが、この世界の言語を学び始めた。
と言うのも、翻訳の魔法札は非常に便利なアイテムではあるのだが、翻訳具合によっては問題が出かねない。
人名に関しても、その人がどの国の人っぽいかで何となく翻訳されてる部分があり、こちらが相手の名前を呼ぶ場合は魔法の力で無理やり解決してるのだ。
例えばベスター一家、ベスター、フローラさん、サクラの三人が並んでいたとして、俺がベスターの名前を呼ぶと翻訳の魔法札がベスター相手に翻訳魔法を飛ばし、俺が呼んでいるように感じさせられるのだが、フローラさんの顔を見ながらフローラさんの事を考えてサクラと呼ぶと、フローラさんを呼んだ扱いになる事がある、と言った風にだ。
つまり自分の意識している人の名前を呼ぶことで、その人に自分が呼ばれたと知覚させるのが翻訳の魔法札のシステムで、対大勢ともなれば不具合が出ないわけがない。
ちなみにベスター関連の話では、あれ以来ベスターやフローラさんとは会っていないが、サクラは偶にふらっと現れて雑談をして消える。
この世界の言語の習得具合はボチボチと言った所で、聞き慣れれば何となく聞き取れるし、単語自体はそれなりに覚えたし、驚くべきことに文法が日本語寄りで覚えやすかった。
日本語自体が倒置法だなんだと自由度が高いが、同じようにこの世界の言葉も主語と述語さえ間違って無ければ大体何とかなる。
なので問題は聞き取りなのだ。
暇があればシャルに教えて貰っているのだが、ようやく何とかなりそうかな、と希望が見えてきた感じ。
この件で知ったのだが、実はシャルは日本語を習得していて、翻訳の魔法札が無くとも俺と会話が出来たのだ。
流石に普段から使ってる言葉でも無いので、どこか発音がおかしかったりもするのだが、一朝一夕で何とかなるレベルではない。
考えてみれば神も日本語を喋ってたし、不自然ではないのだが――と言うか神が他の言葉も喋れる可能性もあるわけだが。
言語だけではなく剣術も頑張ってみたが、そもそも一太刀受ける度に盾ごと床に切り伏せられる。
怪我に関しては楓子やシャルのヒールがあるからどうにでもなってしまうのだが、こっちが切りかかっても軽く受け止められ、切りかかられたら確実に負けると言う酷い有様。
それならば避けてやろうと立ち回りを変えた所で身体能力が違いすぎる。
一太刀避けた所ですぐさまこちらに向かってくる刃は、俺が横っ飛びで避けて着地するまでに到達するのだ。
これでは話にならないので、楓子に防御魔法を付与してもらったが、攻撃力皆無で結局なにも出来なかった。
全ては身体能力の無さが問題だ。
それの解決策は今の所無いが、一応鍛錬と称して一通りのトレーニングはしている。
正直その程度で何とかなるのなら、何度も切り伏せられ吹っ飛ばされてる間にある程度強くなってもいいと思うんだ。
魔王と会話出来る事で再び特性のチェックをしてみたのだが、結局の所遊び人と主夫のままだった。
だがしかし、この結果で魔力不足により読み取り不可だと言う事が結論付けられもした。
本来なら何かしらの能力名がつかなければならないのだ。
なので、実際は身体能力の強化云々よりも、どうにかして魔力を高めなければならないのではないか、とシャルに言った所、シャルは大慌てでそれを否定した。
「魔力にはその人にとっての相応な量がある。無理やり魔力を注入しても中々定着しないし、仮に吸収する能力があっても分不相応な魔力は人を魔人に変えてしまうかもしれないからダメ」
一応だが、高濃度に魔力が満ちている空間に長時間いれば魔力量が上がりはするらしいのだが、同時に変質させる力が働いて魔人化しやすいと言う。
ふと思ったのだが、王都に来る前にベスターの居城に飛ばされたが、あの後王城で再検査をしたら主夫が追加されていたのだ。
もしかしたらベスターの居城で多少なり魔力の吸収をした可能性はあるんじゃないだろうか。
「ちなみに魔人の何がダメなんだ?」
「肉体が大きく変化する可能性がある。肉体が変われば精神も変質してしまう。それ以上に他人に受け入れられなくなって、人の町では暮らせなくなってしまう」
これだけ聞いてると、シャル自身は魔人に何か恨みとか偏見があるわけでも無く、ただ俺を心配しているようだった。
と言うのも、今後のベスターとの関係を考えないとなと思うわけで。
「だから無理に魔力を高めようとしちゃダメ。チエやフウコにもそれは言ってあるから」
むーっと唇を尖らせて、説明が長引けば長引くほど涙目になるシャルは正直可愛いと思うのですが、これが許嫁かと思うと犯罪臭がやばい。
と言うわけで、俺の強化案は軒並み暗礁に乗り上げていて、改造人間にでもならない限り無理じゃないのかな、と言うのが現在の状態。
ベスターの方の進捗としては、地脈に関して調べ始めたらしい事は前に聞いていたが、どうやら寸断されていて、それがどの辺りかの把握は出来ているらしい。
と言うのも人それぞれ魔力の質には微妙な差があるとかで、あの北の森一帯から南はベスターの魔力で満ちているが、その北東方向に世界樹自体の魔力に満ちたエリアがあったらしい。
そこをポイントにどの様に広がっているかを調べた所、おそらくここがそうだろうと言うポイントが見つかったと言うのだ。
寸断されていても地脈自体にはベスターの魔力が流れているわけだし、太い地脈を逆に辿って行けば一応のアタリは付けられたんじゃないかなとも思ったのだが、地脈自体があちこち行き渡っているものなので極力正確性を上げたかったらしい。
で、勿論ベスターは動けないのでフローラさんが調べまわったらしいが、少なくとも地上には大地の裂け目等の異常が無かったらしいのだ。
エリア的にはドワーフの王国があるらしいが、ドワーフの王国自体が地中に巨大な空洞と蜘蛛の巣状に張り巡らされたトンネルで構成されているらしく、地上から地下がどうなっているかはわからない。
そのドワーフの王国の作りも言い伝えであって、今どのようになっているかもわからないと言う。
ドワーフに関してシャルに何気なく聞いたところ、ドワーフ達も世界樹の根を伝う魔力を欲しているらしいが、それこそ根に接する事すら出来る種族なのだから大事に扱わないわけは無いと思う。
ドワーフが長い年月地中で暮らしている事から、おそらく地殻変動の影響が極端に少ない地だろうから、プレートの歪みや地割れ等による世界樹の根の切断と言うわけでも無いだろう。
そもそも地殻変動で世界樹の根がどうにかなってしまうのなら、世界中で断絶が起こっていても不思議じゃないので何かしらの情報があるはずだ。
となれば故意なのかどうか、と言うのが現状考えられる最終地点。
エルフを嫌ってるらしいからこちらから調べる事も出来ないだろうし、それこそ戦争になりかねない。
サクラの話では、フローラさんが魔人を束ねて攻め入る可能性もあると言っていたのだが、少なくとも並の勇者が森のそこら辺にいる魔人に軽く倒される程度には強いのだ。
まともに攻めたら普通に勝ててしまう気がするのだが、ドワーフと言う種族はタフで猛烈な力自慢であると同時に、様々な工業に通じていると言う。
まさか大砲とかマシンガンとかそう言った武器が出てくるとは思っていないが、これまでベスターの勢力圏と接していて特に何も問題が起きていないようなので、均衡を保てる程度には強いのではないだろうかと言う予想も出来る。
まぁ、つまりは現時点ではただの予想でしかないのだ。
では政治的に現実的な話をすると、あの千絵のサンバーストは西の隣国からも観測できたとの事で、しばらくの間緊張感が高まっていたらしい。
こちらは争う気が無くとも、向こうはこちらを好いてはおらず、それなのにあんな馬鹿げた魔法が炸裂したのだから、王国側の新しい魔法の実験と示威行為ではなかろうか、と思われても仕方ないっちゃー仕方ない。
実際は既存の魔法なのだが、千絵のサンバーストは魔術師団員が使うそれよりも規模が違いすぎた。
通常は半径十数メートルから精々二十メートル程の空間を、炎魔法を圧縮しまくって解き放つことで吹き飛ばす爆風魔法らしいのだが、千絵の場合は爆発の規模が目算で半径五キロ、爆風と熱風の有効射程距離は半径十キロ以上あるのではと言う話だった。
で、西の隣国もそれに関しては同じような観測をしているだろうと言う事で、そんなものが国の中央で使われた日には数万、数十万の民衆と共に国が滅びてしまう。
そりゃ慌てるってもんだ。
勇者に関しては、強さが規格外すぎて人間の理解の限界を超えてしまっているので特に隣国に情報規制をする意味も無いし、逆に抑止効果もあると言う事である程度の情報を公開し、今回はこういう事情でコボルトを脅すために使っただけで、特に何かするつもりはありませんよ、と菓子折りを持って説明してきたとかなんとか。
ちなみに菓子折りの中身はお菓子ではなく世界樹の枝だそうな。
サイズにもよるらしいが世界樹の枝で作られた武具は最高位の攻撃力と強度を有するとかで、あちらとしてもそんな物を持ってきた以上、こちらの話を鵜呑みにしないまでも何割かは信じたらしいとの事。
俺としては、むしろその程度くれてやれるくらいに王国側の戦力は増強されたんだぞ、と言う脅しにもとれると思ったのだが、まさかあちらさんも本気で勇者一人の魔法であんな馬鹿げた範囲魔法が出来るとも思わないか。
何にしても脅威である事には変わりないが、あれ以来どこの国とも知らぬスパイがあちこちから紛れ込んできているとかで、『暗殺されないように気を付けてねー』なんてシェリールの姿で軽く言うのだ。
まぁ大抵俺は千絵や楓子は当然ながらシャルと一緒だし、何かある時は必ず一人で行動しないと言う決まりで動いている。
ちなみにシャルが人のベッドに潜り込んでくるのも護衛の一環とか言っていたが、それに関してはデコピンだ。
これもどうやらベスター達が言ってたように、微弱ながら俺の持つ魔力と言うのは好まれる性質があるらしい。
最近では、俺がロリコンにクラスチェンジする事もあるまいと言う信頼だけは勝ち取り、シャルが潜り込む事自体は千絵も楓子もお咎めなしになってしまったが、俺としては慣れてきても好ましい状況じゃないよなぁと思うのだ。
まだ二人はシャルがシェリールである事を知らないから、多分許されているんじゃないかな? 流石に許嫁と同衾だって知ったら止めるよな? 俺たちいい感じの幼馴染だよな? と意味も無く不安を覚えるわけだが。
結局はシェリールとの婚約話で二人が許容してしまった事に寂しさがあり、俺ってただの幼馴染だったんだなぁと言う寂しさが未だに消えていないのだが、果たしてそう言った微妙な男心を察してくれる人はいるのだろうか。
さて、何となく落ち着いたような浮ついたような雰囲気の中、俺はいつものように学校生活を過ごすとシャルと共に王城に来ていた。
本当にこの転移門の魔法と言うのは便利で、まさに猫型ロボットがポケットからひょいっと出すアレみたいだ。
この魔法も相当曲者で、基本的にその場に一度でも行って場所を覚えなければならない、出口に人や障害物が無いかを探知する能力が最低でも必要で、尚且つ非常に細かい魔力制御の元で『地点A』と『地点B』の空間を繋げて十秒間は維持しなければならない。
場所を覚えるのは誰でもやろうと思えばできる。
探知も基本は魔力探知なので千絵も楓子も、俺ですらそれなりに出来てしまう。
魔力制御に関しては楓子は非常に精密にやってのけるが、千絵はそこまで細かいと苦手分野になってしまう。
維持に関してはやってみないとわからないが、楓子に関しては防御魔法が得意技なくらいなのでいいが、千絵は得意ではない。
サンバーストのように魔力を注いで膨張させたら魔力で圧縮する単純作業ならまだしも、ずっと一定の力で同じ魔法を行使するのは苦手なようだ。
と言う事は最も早く覚えられそうなのは楓子なのだが、空間魔法と言う物に属するらしい転移門の魔法は難しくてまだまだ使えないようだ。
厳密にいえば出口の安全確認をしなくても転移門を開くことは出来るようだし、俺が振り落とされた時も安全確認なんて出来る状況じゃなかったが、もしこれで門の開いた場所に誰かしら何かしらがあった場合、それはもうどえらい事になるのだそうだ。
それらをクリアーした人が、魔法師団副団長のブライアンとか言う俺を置いて行こうとしたクソ野郎だったりするのだが、そいつでも一日に一往復しか使えないと言っていた。
シャルの魔力量はどうやら大分多いようだが、それに魔力の消費が減る特性が多少ついても連続では五往復分程度、千絵や楓子の消費魔力減少率がどの程度かは定かでは無いが、二人の場合はもしかしたら連続で百回とか使えるかもしれないとシャルは言う。
転移門の魔法を使いこなすことが出来れば、時間はかかるが世界中を踏破する事も可能になるらしい。
と言うのも、王国にいる以上王国の事はわかっているので帰ってこれるし、後は毎日夜が来るまで進み、夜が更けたら転移門の呪文で戻り、起きたら昨日の地点まで転移門の呪文で行って再スタートすればいいからだ。
実際にシャルもそれで一年くらいかけて交流のあるいくつかの国家まで行ったと言うのだから、この小さい体でよくやるものだ。
少なくとも毎日毎日野宿で進むよりかは何十倍も楽な方法だとは思うけど。
「ん」
到着、と言いたいようです。
出てきたのはシャルと言うかシェリールの部屋で、もはやシャルが何かしたら頭を撫でると言うお決まりの行動を取ると、シャルはシェリールになって部屋を出る。
今日は夕方から会議があるとかで、王族から各部門の責任者から一部有力貴族まで集まるらしい。
議題に関してはいくつかあるようだが、主に王へのお願いだ。
例えば下水工事をする資金が欲しいから出して欲しい、と言う事を工事の必要性から作業員の人数や人件費以外にかかる諸々の費用なんかのプレゼンをしてお願いする。
王が頷けば無事認可で書類が作成される。
議題自体は既に下院と上院を通過した物なので、あくまで王に国費を出してくれとお願いをする場なのだ。
なんでそんな場に俺が、と思うのだが――こればかりは次期国王候補として出席し、貴族へ顔を売り、場の空気に慣れておくようにと言うシェリールからのお達しだ。
会議が行われる議事堂は国会みたいな造りで、これも多分シェリールがどっかから知識を得て作ったのだろう。
本来議長が座るべき高い場所に王が座り、その隣にシェリールが座り、更に隣に俺が座る。
王の逆側には進行役の北のハインリッヒ家の当主が座っているが、これは公爵家の中では現役最高齢者が進行役を命じられるのが慣例らしい。
議題は既にこちら側に通達されており、一通りの資料もあり、順番に王の下に立ってあれこれプレゼンを進めていく。
どっちかと言えば審議とかに使われる場所をモデルにした方が良かったんじゃないかと思うが、王制である以上、王が貴族と同じ高さには居れないみたいな物もあるようだが、進行役に関しては王と同じ高さにいる事を許されるのだとか何とか。
俺からすれば何から何まで『あっそう』の一言で片づけられてしまうのだが、王制である以上貴族の中で最も誉れ高い役職はこの進行役だとかで、仮に不治の病に倒れたとしても這ってでも行くと言った人が過去にいたとか。
で、酷い話がある。
この王、アドルフ陛下は既に数年前からシェリールの言いなりだ。
傀儡と言うと語弊が無きにしも非ずだが、内政に関しては、神託の巫女として王国に来た時点で殆どシェリールとしてのシャルが請け負っていたらしい。
そもそもアドルフ陛下は貧乏くじを引いて国王に収まったとか言う話で、本来はやる気では無かったらしい。
適当にやって国を滅ぼすわけにもいかないと最低限の事をしてきたらしいが、シャルが動いたことによって殆ど丸投げしたと言うのだ。
実際そのおかげで多くの改革をして王国がいい方向に変わったと言うが、それにしたってなぁと思うわけで。
流石にこれまではシェリールとして人前には出ていなかったので、対外的な部分は全て王が請け負っていたとは言うが、基本方針なんかは全部シェリールから指示が来ていたらしい。
にしても、シャルも幼すぎたが故にシェリールと言う神託の巫女を作ってしまったせいで、今後本人として表舞台に立つ事は無いと言うのはどうかと思う。
まぁ後になって『実は……』とか言い出しても混乱を招くだけだし、そんな幼女と結婚したのかお前はと突っ込まれるのも嫌だし、とりあえず国は回っているのだから今はいいやと現実逃避をするのだった。
会議は滞りなく進んで行ったが、全く問題が無いわけでは無かった。
と言うのも、俺は貴族連中に目の敵にされている。
理由は明白、ぽっと出の弱小異世界人が王候補、と言うかこの場合シェリールの許嫁となったことだ。
城内の噂は嫌でも聞こえてくる。
『シェリール様もお年頃だから』とか『遊び人で主夫と言う事は女たらしだな』とか『それならうちの子で丁度歳も近いのがいるから』とか。
まず前提にあるのが、俺がシェリールを誑かしたと言う事。
次は、俺が魔王の言葉がわかるだけのゴミ屑だと言う事。
最後には大抵自分の息子を宛がおうとする。
だが、俺には負けられない理由がある。
色々な問題は置いといて、シャルをそこらの厳つい男に預けてたまるかと言う保護欲だ。
この世界において、男とはゴツくて強い者がカッコいいとされている。
もちろん顔の良し悪しの感覚は俺とそう変わらないが、前提として戦士としての強さを求められてしまうのだ。
その点魔法師団の面々はヒョロいだなんだと言われがちらしいが、この世界の女性もマイノリティーではあれど細見を好むのも決して少なくは無いと言う。
もちろん強いのが前提だが。
さて、俺はどうかと言うと、幼子を除いて最弱である事が決定されている。
顔はいいかと言えば普通だし、体格も普通と言うかこの世界的には貧弱だ。
そんな俺が王女の婚約者とか、貴族が黙ってるわけも無かった。
幸いにも俺は普段学校で寮生活だし、こうして王城にでも来ない限り悪意に曝される事は無い。
学校でも嫌な視線を向けてくる奴がいなくは無いが、そもそも学校ほど俺に何かしたら危ない場所は無いのだ。
近衛兵団と魔法師団全部を相手にしても勝てる二人が俺のそばにいる上に、何かあれば転移門の魔法で逃がしてくれるシャルもいる。
そんなわけで、俺は今現在針の筵なのだが、それに対しても厳しい視線を飛ばすのがシェリールことシャルである。
「私の婚約者が何か?」
「い、いえ……」
チラッと見ただけでこれなのだ。
俺を見て死なねぇかなこいつみたいな顔をしてる奴でも、シェリール王女への心象悪化だけは避けたいと思うのは実に当然の事だ。
結果、参加した貴族は、俺を蹴落とすのはリスクが大きすぎると判断せざるを得ず、ついでにシェリールが恐ろしいまでに異世界の少年に心奪われてしまっていると見えてしまうのだ。
俺が何もしなくても、勝手に物語が進んでいく。
王城を中心とした話題に関しては、少なくとも自分は中心人物の一人だと思うのだが、それでも周りの力が強いのか自分が弱すぎるのか、何もできないままに一日が終わろうとしているのだ。
「疲れたな」
「疲れたー」
寮に帰ってきてベッドにぶっ倒れると、布団の中にトラ子がいたらしく慌てて出てきた。危ない。
既にシャルに戻っているわけだが、ベッドにぶっ倒れた俺の上に飛んでくるのはいただけない。
この見た目だし、シェリールとしての働きを見ているから引っぺがしはしないけど、前よりも甘え方が酷くなってきてる気がしないでもない。
「あ、二人とも帰ってきてたの?」
どうやら風呂上りらしい千絵がパジャマ――ベビードール的なアレではなく普通の――姿で間仕切りから顔を覗かせた。
「次私入るけど、シャルちゃんどうする?」
楓子が着替えを持って同じように間仕切りから顔を覗かせた。
「いい」
「ダメだ入りなさい」
「やー」
「じゃあ潜り込んでくるのも駄目な」
「汚くない」
「ほーらシャルちゃん、いくよー」
ちなみにこういう時の楓子は強引だ。
かわいがってるシャルとお風呂に入れると言う喜びが原動力となり、本人が嫌がろうがずるずると引っ張って行って服を引っぺがすのだ。
最近では妨害系のシールド魔法を覚えたとかで、物理シールドとの合わせ技でシャルの転移門の魔法すら無効化すると言うのだから、シャルにとってはある意味一番の天敵なのかもしれない。
ずるずると引きずられて行くシャルを見送ると、千絵がこっちに来た。
「お城はどうだったの?」
「どうもこうも、貴族の恨みの視線だけで俺の寿命が縮む」
「ま、しょうがないわよねー」
ちなみにシャルと行動を共にしている理由は、単独行動を取らないと言う事もあるが、転移門の魔法で王城まで行くからと言う事で千絵も楓子も不思議には思っていない。
「それにしても、シャルちゃんって最近精神年齢下がってきてない?」
「あ、やっぱそう思うか」
「と言うか智也といるときだけなんだけど」
シェリールでいる時の対比なのか、ここ数週間は特に甘えん坊と言ってもいいくらいに俺について回っている。
千絵や楓子としては、その光景を見ても『智也に懐いた』の一言で片づけられてしまうようなのだが、こちとら一応婚約者だ。
幸いにも『懐いた』と見える姿に異性間のそれを匂わす物が無いからいいが、仮にシェリールの姿でその甘え方をされたら俺の理性も大変だ。
シャルとなら恋人としてのベタベタと言うよりかは仲のいい兄妹の、妹が兄にじゃれついてるように見えそうだから助かりはするけど。
それほどまでに、今のシャルは、なんというかこう自然に懐いているのだ。
俺は頭の片隅に婚約者と言う言葉がチラついてしまうが、どうもシャルはそこらへん特に気にせずくっついて来てるような気もする。
懐かれたの一言で片づけてしまえるなら非常に楽でいいのだが、シャルはシェリールであって婚約者だと頭にある俺としては、何ともこうモヤモヤを感じるのだ。
そう、シェリールである事を知られていないのに、むしろ逆に自然に懐きすぎではないか、と。
それもこれもベスターの言う俺の魔力による親しみやすさならいいが、はっきり言おう、この学校でこうしてくるのはシャルだけだ。いやトラ子もいた。
どうせならもっと他にモテてもいいんじゃないかな、なんて思いもするのだが、その辺りを口にすると三方向から攻撃魔法が致死レベルで飛んできそうなので私は貝になる。
「正直、突き放していいんじゃないかと思わなくも」
「何言ってるのよ。別にいいじゃない、妹みたいなものだと思えば」
「妹、ねぇ」
俺に実の妹はいないが、何となく妹分的に千絵や楓子の事を思わなくもなかったが、その点を二人に言うと『私が姉だ』と千絵のみならず楓子まで言い出すのでとりあえず置いておく。いや楓子に関してはその時の気分次第っぽいのだが。
他に妹分としては従妹がいた。
正確に何歳離れているとかそう言った事は、当時の自分には特に興味も意識も無かったので覚えていないが、今のシャルよりも幼かったと思う。
過去系なのは、病気で亡くなってしまったからだ。
家が車じゃないと行けない田舎にあって、年二回ほど親に連れられて行っていた。
元々体が弱いと言うのに俺が来ると外で遊ぼうとするし、努めて元気でいようとしたらしく俺が帰った後で高熱を出す事もしょっちゅうだったらしいが、それも当人曰く『おっきくなったらともやにーちゃんのお嫁さんになる』と言っては照れる、割と良く聞く幼い頃の甘酸っぱい思い出だ。
田舎にいたのもその子の体を思っての事だったらしく、既にその親戚はそこには住んでおらず、あの子の葬式の後に都内に越してきたと聞いた。
親戚付き合いがそういう物なのかは知らないが、あの子がいないからなのか、それ以来そこの家のおじさんとおばさんに自分が会う事は無く、年に一回か二回、うちの両親が会ってるような事は聞いた。
もしかしたら俺が行く事であの子を思い出すからと言う配慮だったのかもしれないが、もはや今となっては確かめる術もない。
「お姉ちゃんにならなってあげるわよ?」
「馬鹿言え」
何となく思い出して考え込んでたのを察知してか、千絵がそんな事を言ってきた。
千絵や楓子も会ったことは無いが知っている。
だから、千絵も余計に妹を避け姉になると言ってるのかなー? とちょっと考えてはみたが、どう考えても俺の上に立ちたいだけだと思うのだ。
「それよりもシェリールとはどうなのよ」
「どうって言ってもなぁ」
だってシャルですし。
「実は俺に惚れてたんじゃないか疑惑がある。と言うか王城内では、シェリールが俺にべた惚れだからこうなったって思ってるのが大半だな」
「別にそんなのはいいのよ。どこまで進んだの」
「……」
面と向かって千絵からそう聞かれると、やっぱ俺ってただの幼馴染だったんだなぁと思うんです。
「特には何も」
「あそ」
「冷たいなぁ」
「怒るわよ」
既に怒ってるんですがその顔は。
そもそも、シェリールとしての姿のシャルと会うのは数日に一回程度だ。
それは千絵も知っているはずなのだが。
「やーっ」
そんな事を話していたら、ドタバタと太ももまである丈のキャミソール姿のシャルが出てきた。
その後ろには、同じく肌着で下はパンツと言うかショーツな楓子がバスタオルを両手に広げて追いかけてくる。
で、俺の目の前で楓子はシャルの頭をバスタオルで捕獲し、『よーしよしよしよし』とわしゃわしゃ髪を拭くのだ。
どことなく動物好きで知られる人の顔が思い浮かんだ。
「ちょっと楓子」
「なーにー?」
自分自身、まだ髪が全然乾いていない楓子だが、今はシャルの髪を乾かす方が優先らしい。
「せめてバスタオルを肩にかけて来なさい。ブラ透けてるわよ」
「ちょっと恥ずかしいけど智也君だから大丈夫」
スパーン、と傍にあった俺のノートで千絵が楓子の頭をひっぱたいた。
「うー……痛いよ……」
少なくとも勇者の能力補正があるわけで、スウィングを俺は見えなかったしノートは一瞬で丸められたようだが途中で折れ曲がっていた。
あーあ。
一応日常生活では敵意が無いと攻撃能力が発揮されないとか、武器に類する物で攻撃しないと発揮されないらしいのだが、どうやら丸めたノートは武器扱いらしい。もしくは本気でイラっと来たかのどちらかだ。
「こっちは私がやっとくから」
「はーい……」
そう言ってすごすごと洗面所の扉を開けて去っていく楓子。
流石に半裸と言うか透けてる姿をガン見は出来ず、その後ろ姿を見ないようにシャルに目を移す。
すっごい迷惑そうな顔で千絵に頭を拭かれていた。
「トモヤ、助けて」
「風邪ひくか知らないけど、乾かさないで寝たら明日の朝大変だぞ」
寝癖で。
「じゃあトモヤがして」
「はい」
シャルの要望に対しノータイムで千絵からタオルが渡された。
何と言うか、もうお世話係でしかないんじゃないか俺は。
仕方なく、横になっていたベッドの縁に深く座り、自分の前にシャルをちょこんと座らされると後ろからタオルでわしゃわしゃとする。
「何かしらね。智也にされてる分には気持ちよさそうなのよね。別に嫌われてるわけじゃないから私たちでもいいはずなのに」
「トモヤの方が優しい」
「誤解するなよ千絵。あくまで拭き方が、だからな」
「わかってるわよ」
千絵としてもシャルを構いたい側の人間なので、こうして俺の方がいいと言われるとちょっと思うところがあるらしい。
「うー……」
わしゃわしゃやる動きに合わせて小さくうめいていたシャルが、次第に力が抜けうめき声も無くなり、こてんと頭を垂れた。
落ちた。
寝た。
幼い子供かよ。
「ちゃんと責任もってブラシもかけてあげてね」
「おぅ……マジか……」
「シャールちゃーん」
ちゃんとパジャマに着替え、湿った髪で濡れないように肩にバスタオルをかけた楓子が意気揚々と戻ってきた。
ちなみに千絵の場合は、付着してる水分を攻撃魔法の要領で集めた上に、同じく温風を魔力で操作してドライヤーのようにして乾かしてしまう。
楓子も出来るのだが、今はシャルを構う方を優先にしたらしい。
「あれ、寝ちゃってる」
「よしバトンタッチ」
「ダメだよ智也君、ちゃんと責任取らないと」
何の責任だよ。
結局ちゃんと乾かした上にブラッシングまでして、いつものふわふわのシャルにしてから二段ベッドの上に上げて寝かせた。
その間爆睡してるんだから、シャルも今日の会議で本当に疲れていたのだろう。
あの場では特に何かを言ったりやったりする立場では無かったのだが、それでもシェリールの姿でいる事や、色々思いを巡らせて考えている事で人一倍疲れるようだ。
で、朝目覚めるとちゃっかり隣で人を抱き枕にして寝てるんだからな。
まぁ正直、婚約者云々と言うのは置いといて、かわいい奴だなと思わないわけも無いのだ。
結局俺も千絵や楓子みたいに、シャルには甘々なんだよなぁ。




