シェリール・ユグドラシル
今回で第一章が終わりになります。
「やべえな、本当に死ぬかもしれない」
「知ってはいたけど、シャレにならないくらい弱いわよね……」
「もういやぁ……。むにっとしたーっ!」
楓子はいまだ傷心でございます。
卓越した術者なら患部に触れなくても治せるらしいのだが、楓子はまだその域には達していないらしいので今回は犬に噛まれたとでも思ってもらうしかない。だって死ぬし。俺。簡単に。
コボルトを千絵の魔法で一掃したところで、俺は噴き出した血を拭った。
すっかり治っているけど切られた時の痛みはしっかり記憶されていて、出来る事なら二度とごめんだと強く思わないわけが無く。
ちなみに制服のズボンの下腹部は切り裂かれているが、断面を合わせて軽度のヒールをかけると直るんだそうだ。
これもジャイアントキメラワームの吐く糸が生体物扱いだからだと言うが、そんな便利さを置いといてパンツが血で真っ赤なのに気づいてげんなりした。
そもそも、元はと言えば最初のエンカウントでコボルトに敵意を向けられた二人が固まった事にある。
この時までコボルトの実物を見た事も無かったし、人では無い魔物と遭遇して敵意を向けられた二人が意気揚々と倒しに行けるかと言うと、それは無理だと断言できる。
なので、とりあえず俺が怖さを押し殺して突っ込んで行ったのだが、すぐに千絵が動いてくれなかったら俺は嬲り殺しに遭っていた事だろう。
って言うか、せめて楓子が防御魔法の付与だけでもしてくれれば良かったんだけどなぁ。
初戦じゃ自分の命があっただけ幸運だったと言ってもいいのかもしれない。
「とりあえず進むしかない」
「次は前に出ないでよ。あんたに死なれたらどうすりゃいいのよ」
俺だって死にたくはない。
一応簡易的な地図を貰っているのだが、西に延びる街道をずっと行くと山脈にぶち当たるらしい。
それの中腹辺りにコボルトの集落があって、目的地はそこだと言うのだが――まだ山脈まで半日くらいありそうなのに、集団でコボルトが平原を歩き回っていたのだ。
この先どれだけエンカウントするかわかったもんじゃない。
がしかし、今の戦闘で学んだ事がある。
千絵の魔法超つええ。
よって、俺の作戦は簡単に決まった。
「突っ走るってバカ?」
「どうせ目的地は殆ど見えてるようなものだし、多少蛇行したところで見失いはしないだろ。それならとりあえず突っ走って、敵がいたら適当に避けて、集まっちゃったら魔法で一掃すればいい」
「まぁ確かに、さっきはボルケーノなんて使っちゃったけど、見た感じファイヤーボールくらいで全然問題無さそうよね……」
「アーチャーとメイジ対策に楓子の防御魔法があればいいし」
「うーん、わかったけど……。それより智也君、もし一杯出てきて追いかけられても馬の操作できるの?」
「なんか知らんけどいい感じ」
どうやら何の才能も無いと思っていたが、多分表示されてないだけで特性に乗馬でもあるのだろう。
「よーし、じゃあ行くぞー」
とは言え、一頭引きの小型の馬車なのでさほど速度は出ないし、変に速度を出すと乗り心地最悪だし、早々にこの作戦失敗だと思ったのだが、そう思った時には敵との遭遇回数が一気に増えてそれどころじゃなかった。
コボルト自体は小型の魔物ではあれど、妙に発達した体で動きが早い。
馬車くらいの速度なら余裕でついてこれる。
それでも追いついて来ないのは集団戦闘の基本を守っているからのようで、必ず一塊になって追いかけてくる。
魔王が発生しなかったら個々がバラバラだと言うのだから、魔王の存在一つで何とも面倒なことだ。
しばらく走り回った所でコボルトが数十匹追いかけてきている状態になったのだが、面白いと言うか驚愕と言うか、その状況で部隊を再編制して各武器ごとに一塊になり、剣やこん棒を持つコボルトが先頭、その後ろに槍、その後ろに弓、更に後ろに低級っぽいメイジと言う形になっていた。
その中にいる一際大きい個体がおそらくロード、妙に雰囲気のあるローブを被っているのが魔法師団並と言うメイジだろうか。
だがしかし、うちのアークメイジで勇者様はそんなの知らん顔で唱えるのである。
「ファイヤーウォール」
コボルトの先頭を遮るように現れた高さ二十メートル近い炎の壁は、一瞬で後続の回りを取り囲み炎の檻でコボルトを閉じ込めてしまった。
さっきはファイヤーボールで何とかなりそうと言っていたが、思いのほか敵が増えすぎたので確実に一回で倒す事にしたらしい。
「ファイヤーストーム」
その炎が収束しつつ乱気流でも発生したかのように暴れ出す。
タンパク質の焼ける嫌な臭いが充満したかと思えば、千絵はウィンドブローと唱え向こうから来る熱気と空気を吹き飛ばし、楓子は物理シールドを形成し単純に空気をシャットアウトした。
物の数分で数十匹からなるコボルトの群れは骨まで焼き尽くされ、残ったのは槍の先端等の溶けた金属類と灰である。
やべえなマジで。
少し観察して動くモノがいないのを確認すると先へ進む。
そんな戦闘が後二回行われた後ようやく山脈へとたどり着いたのだが、どうやらロードとメイジも多く発生しているようで平野部よりも遭遇率が高い。
だと言うのに、相手の攻撃魔法は楓子が対魔法のシールドで完封し、タフさに定評があるであろうロードの腹部に巨大な風穴をアイスアローと言う氷柱でぶち抜いていく千絵。
どうやら炎系は焼けた臭いが気持ち悪いから、氷系魔法に切り替えたらしい。
氷系魔法と言うのは元々は水属性の魔法の派生なので、どこかしらか水源が必要になる。
水辺があればそれでいいが、無ければ水筒か空気中の水分を使うわけだが、単純に水系攻撃魔法だと大量の水が必要な所を一塊のツララにした事で殺傷力が上がり、辺りの湿気全部を使って数本のツララを作った後は再利用で何体でも屠れるらしい。
山脈に入った所からドンパチを続けていたせいか、次第に応援が集まってきてしまい、山脈を行く上りの街道の先に最低でも三桁は雑魚い方のコボルトが集結し、ロードとメイジも相当数いて指揮を執っているようだ。
「さすがに派手にやりすぎたかしら」
「最初なんてビビってボルケーノなんて使ってた癖に、最早作業かってくらい淡々と倒してるからなぁ」
「大規模魔法ってのをやったこと無いんだけど、成功すると思う?」
「さぁ」
こんな状況でも緊張感に薄いのは、もはや千絵の魔法で確実に葬れる事と、楓子の防御魔法が硬すぎて敵が近寄ってこれない事が追いかけっこの中で判明したからだ。
不意打ちで横から矢や魔法が飛んでこようが楓子の防御魔法で完全に防げるし、正直今の所負ける要素が見当たらない。
「行くわよ」
むん、と千絵が集中した。
魔法の理論自体はわかっているし、それをどうすればどういう魔法が発動するかと言う事もおおよその予想がつく位には勉強している。
「うーん、サンドストーム……?」
疑問形で発動された魔法は、突風を呼び竜巻となり、それが辺り一面の地面や樹木を抉り取りながら蛇行してコボルト達の方へ向かっていく。
聞いていた感じと魔法が違う。
「失敗しちゃったわね。広範囲設定なのに無意識に範囲絞っちゃってたわ」
本来のサンドストームは広範囲に及ぶ砂嵐を発しさせる魔法で、体の穴と言う穴を砂で埋め体表を削り取り風圧で吹き飛ばすと言う地味に威力のある魔法なのだが、辺りは発生した竜巻で暴風にさらされている。
だがしかし馬車を含め俺たちは楓子の庇護下にいるので何の問題も無い。
失敗した魔法は暴れ狂ったままコボルトの軍勢にぶち当たり、その規模を大きくして斜面に広がる森から樹木を根こそぎ引っこ抜くんじゃないかと言う勢いで暴れ続け、後に残ったのはただの災害の爪痕だった。
正直、単純な威力だけならサンドストームよりも高いんじゃないだろうか。
「……怒られるかしら」
「シャル辺りには、『森は大事、めっ』とか言われそうだけどな」
「うわ……」
楓子が絶句したのはコボルト達の慣れの果てだ。
おそらく自然界でも発生しないであろう程に強烈な竜巻は樹木を粉々に粉砕し、巻き込まれたコボルトもバラバラになって辺りに四散していた。
「本当なら休憩いれたい所なんだけど、ここで休むのもなんだし進むか……。二人とも行けそうか?」
「全然平気よ」
「うん、ちょっと気持ち悪いけど……」
なら進もう。
滅茶苦茶になった斜面を馬車で進むのは無理と判断して、いったん少し下って馬車を留め、徒歩で街道を行く事にした。
千絵も楓子もさすがに気持ち悪さが勝るようで、あまり周りを見ないようにして後をついてくる。
その現場が小さく見えるようになってきた頃、ようやく街道の脇に無理やり広げたような道があった。
人の手で整備された風でもないが森を切り開いて道にしたのは見て取れる。
人間の手によるものならもっと綺麗に作るはずなので、おそらくこれがコボルトの集落へ向かう道だろう。
少なくとも通常の街道沿いにモンスターの集落なんてあったら大騒ぎだろうしな。
ここで少し悩んだ。
後数時間もすれば暗くなってくる。
そんな時にある程度開かれているとはいえ森の中に入るべきかと。
だが既にここは敵の勢力下だし、常時楓子に防御魔法を張っていてもらうわけにもいかないので、その道に入って行った。
適当に木や草を抜いて慣らしただけの道だったが、その割には大分踏み固められている印象だ。
それもあれだけのコボルトがいるなら納得ではあるのだが、道は人間の感性から言えばやや雑であれど、その出来は近所の村人が低予算でやりましたと言っても納得できてしまう程。
少なくともモンスターが切り開いたなんて思えない。いやモンスターの何を知ってるかと言われればそれまでだが、見た目には少ししか知性が無さそうなコボルトがこれだけの道路工事をしてしまうのだから、発生した魔王の能力は馬鹿に出来ないと思ってしまったのだ。
そもそもコボルト達が使う武具が王国兵士のソレより何倍も優れてるわけで、仮に魔王がそう言ったものを作れるのなら本当に恐ろしい。
「なぁ」
「どうしたの?」
「何かいたの?」
千絵は割と精神的に余裕が出てきたようだが、楓子は警戒心を緩めていないようだ。
実際守りの要である楓子なので、急に矢や魔法が飛んできたときに咄嗟に防御系魔法を使わなければならないから仕方ないんだろうけど。
「こんな風に道を作れちゃうコボルトの魔王って、どんなんなんだろうな」
「知らないわよそんなの」
「私はちょっと気になるかなぁ」
魔王、と言うとどうしてもベスターの事が頭を過ってしまう。
そのせいもあるのだろうけど、おそらく高い知性を持つであろうコボルトの魔王がどんな奴で、どんな事を考えているのか知りたくなってしまった。
まぁ意思疎通が出来るとも限らないが、話によると魔王ともなると人語を話せるのがいるらしいので、全く期待できないわけでも無いと思うのだ。
だがしかし、そうなった場合、はいでは倒しましょうと簡単に心が切り替えられるか疑問もある。
果たして魔物だから、襲ってくるからと言って知性ある生物を簡単に殺せるかと言えば、正直俺には難しいんじゃないかと思うのだ。
「何はともあれ、だ。相手がどんなであろうとこっちも命かかってるからなぁ」
「当たり前じゃない」
「……お願いだからもう怪我しないでね? お願いだよ?」
楓子さんはさっきのが相当堪えた様子。
俺だってあんなん願い下げだ。
森の街道から逸れて一時間弱ほど歩いたところで木製の柵で囲まれた集落にたどり着いた。
ここまで敵との遭遇は無い。
木製と言っても、おそらく道を作る時に伐採した太い木だろう、それを大して加工もしないで周囲を囲っていたが、だからこそ太さも高さもあって、更にまだ乾いていないから火矢程度じゃどうあがいたって燃やせない造りになっている。
ざっと観察した所、正面の門だけはしっかりと手が加えてあって、手前に堀があり、門を下すと橋になるタイプのようだった。
つまり正面からは門を開けて貰わないと入りづらい。
こういう造りをすると言う事は、敵が攻めにくいように時間稼ぎをしつつ上から矢や魔法攻撃をすると言うのが定石だろう。
それに付き合う気も無いので、少し離れた所から森に入って集落を大体半周した。
大体、と言うのも結構な広さのある集落で、そりゃあれだけコボルトいたんだから小さい事も無いかと納得はするが、多分三十分くらいは歩いたと思う。
正面がああいう造りである場合、逆に裏に逃げ道を作っておいて種の保存を図る可能性も考えられたが、裏に門や扉と言った物は無かった。
だが、人――と言うかコボルトは裏手に集まっているようで、少々鳴き声が聞こえる。
少しすると森の奥へ行った所にその喧噪が現れた。
「……ねぇ智也。もしかしてトンネル?」
「多分」
裏手に回った時点で千絵も楓子も別の入り口を探してる事は察してくれたようだったが、小柄なコボルトの使うトンネル――抜け道――を人間が使うのはサイズ的にしんどそうだ。
「トンネル出口を攻めて炎系の魔法で集落の中に押し返そう。上手くすれば正面から出てくるかもしれない」
「そんな簡単に表を開けるかしら」
可能性としては低いが、やって損でも無いだろう。
唯一外に繋がるトンネルから炎が噴き出してきたら、後は集落に居座るか表から出てくるしかない。
では、と合図をすると三人で鳴き声のする方へ走る。
案の定トンネルがあり、泥だらけの小柄なコボルトが出てくる所だった。
どうやら子供らしい。
さすがに魔物とは言え、千絵も子供相手にどうしようと迷いを見せたが、俺たちを見つけた子コボルトは来た道をダッシュで戻って行った。
先に外に出ていたと思われるコボルトは既に遠くに行ってしまったようだ。
「塞ぐか。変に焼くよりいいだろ」
「智也も甘いわよね」
「楓子、地中のトンネルを潰して」
「うん……」
楓子も気乗りはしないようだが、防御魔法で一般的な物理シールドの魔法を地中に向けて展開して通路を押しつぶした。
ぼこん、と地上が陥没する。
この程度の事を千絵にやらせると、威力がありすぎて大穴を開けかねないので楓子にお願いしたが、そう言った調整の上手い楓子は最小限の力で上手い事やってくれる。
「逆に逃がしちゃった方が良かったのかしら」
「さぁなぁ。本当なら後々成長して人間と敵対するんだから殺しとくのが正解なんだろうけど、小さいのはなぁ」
近衛とか魔法師団の連中に聞かれたら怒られそうだとは思う。
なんせ育ったコボルト相手に敗走して死者も重傷者もいたのだから。
「よし、もう柵を吹っ飛ばして中に入ろう」
「それが一番手っ取り早いのよねぇ」
集落の中にどれだけの敵がいるかの確認も出来ていないし、決して分のいい賭けでは無いと思うのだが、俺たちは千絵の爆発系の魔法であるフレイムバーストで柵に大穴を開けて侵入した。
「あれだけ分厚くても意外といけるわね」
「千絵を怒らせたら一瞬で灰になるな……」
柵って言ったって物は樹木の幹をそのまま並べて使ってる質量お化けだ。
それを軽く撃ったフレイムバーストで大穴を開けるんだから、隠しトンネル潰しなんてお願いできない。
中に入ってから楓子はずっと周囲の警戒をしている。
集落の中は木材の寄せ集めみたいな簡易的な家や、割としっかり組まれた木造の家がある程度密集して建てられていて、しばらく歩いた先には広場があるようだった。
その広場の中心には櫓が組まれ、大小様々なコボルトが集っているが、見た感じ性別♀の非戦闘員っぽいのが大多数だ。
連中は俺たちの接近を音か匂いかで察知しているようで、木造の家の影から出てきた瞬間に一斉に睨まれていた。
「――言葉が通じるかわからないけど、魔王っていますか……?」
自分でも何言ってんだろうと思うが、この状況で血気盛んに切り刻みに行く度胸も力も無いし、千絵や楓子に指示する事も出来ない。
相手も睨んでは来るが武装をしていないし、多分戦えない個体なのだと思う。
この状況で魔法で一掃、とは言えなくてしばらく睨み合い、その睨み合いは大人とも子供とも言えないサイズの個体が前に出る事で終わった。
「自分だ」
目を閉じていたら人間に話しかけられたのと変わらない位に違和感の無い声だった。
「外に出ていった奴らは全員殺されたのだろうか」
「そうだと思う。ここに来るまでに新たには会っていない」
コボルトの顔自体が人と違って表情が無く見えるのだが、その雰囲気は悲壮そのものだった。
その声に千絵と楓子はきょとんとしていて、魔王と俺の顔を交互に見て二人して悩むような顔になる。
「ねぇ智也、あのコボルトの言葉わかるの?」
「私には唸り声みたいに聞こえるんだけど……」
「は?」
魔王の中には人語を解するものがいる。
その大抵が人型であり、それ以外は良くわからないような事をアヤメさんの授業で言っていた気がする。
さて、コボルトは何型かと言うと、手足があって二足歩行はしているが人型かと言われると疑問が残るし、顔は割と犬っぽくて人語を喋れるかと言うと微妙な所だ。
人間が喋ってるようにはっきり聞こえると言うのも違和感はあった。
「……マジかー。とりあえず今はいいや、通訳するから」
初めて異世界に来て特殊能力らしい物が見つかったかと思えば、魔王と喋れる能力って、戦闘力赤ん坊並の俺には無茶な能力じゃないですかねぇ。
「なぜだ……、なぜ我々を放っておいてくれない」
「それに関しては知らないんだ。コボルトの魔王が発生したらしいから倒しに行く、コボルトの魔王は以前にも発生と同時に人間と戦ったから先手を取って倒しに行こう、そんな感じだった」
「過去の事は知らないが、我々はただ自衛力を付けて自分達を守ろうとしただけだ」
この状況に頭がおかしくなりそうだった。
なんで俺はコボルトの魔王と普通に会話しているのだろう。
多分他の大人コボルトよりも子コボルト並に小さくて警戒心が緩んだ事にあると思うが、それを差し引いてもこの状況は混乱を誘発するものだ。
一体何が正解なのかがわからない。
「もう戦える個体は残っていない。どうすればわかってもらえる。どうすれば帰ってもらえるんだ」
「戦える個体が残っていないって、魔王なんだろ……?」
「自分は知識があるだけだ。訓練の知識や物を作る知識があるだけで、自分自身は大した力なんて無いんだ」
「……魔王、なんだよな?」
「ほかの魔王がどうかは知らない。自分も将来魔王として強くなれるのかもしれないが今はわからない。この地に生れ落ち、ふと自分は魔王だと言う確信を得ただけだ」
予想の斜め上を行かれてしまい、いよいよ意識から戦いが遠のいてしまった。
通訳して二人に聞かせているが、千絵と楓子も顔を見合わせ、二人してどうしたらいいのかわからないと言う顔をしている。
大した力が無いとは言うが魔力自体は楓子くらいには持ってるように感じられる。
ただ、その魔力が集落全域を覆っている感じで、攻撃魔法に使うよりかは魔王の魔力で他のコボルトの能力の底上げをしているように感じられる。
と言うのも、戦える個体が残っていないと言う割りには、残っているコボルトからもそれなりの力を感じられたからだ。
「……今現在俺が決められる事とか何も無いんだけど……」
少なくとも相手方に戦える戦力――と言うか戦う気のあるコボルトが残っていないのは事実っぽい。
一応遠距離攻撃を警戒して辺りを観察しているが、高い建物や木が視界に入らないので通常の遠距離攻撃はなさそうだ。
魔王以外に残っているのは女子供ばかりのようで、臨戦態勢なのは見える範囲には居ない。と言うかむしろ俺たちを敵視はしていても、戦えないので恐れている状態なのだろう。
「仮に今後人間と敵対しないと言うのであれば、とりあえずこのまま帰るのも選択肢にはある、と思う」
「それはわからない」
「えっ」
「人間に親や子を狩られた経験があるのが多く、この間の戦闘での闘志は物凄い物があった。そして今回の戦闘で親や夫を亡くした者たちばかり残ってしまった。その者達が今後復讐をしない保証は自分には出来ない」
それを言われると、こちらも攻撃されたから倒すしか、と言うくらいしかできない。
って言うか、コボルト自体が割と良く討伐されてる魔物だからこそ、恨みが溜まりにたまって魔王発生を切っ掛けに人間に襲い掛かってくるって事なんじゃないのか。
だとしたら過去コボルトの魔王が攻め込んできたのはある意味自業自得のような気がしないでもないが、討伐せざるを得ない状況だからするわけで、こればかりは話し合いをした所で平行線になってしまうだろう。
「言っただろう。自分には知識があるだけだ。纏め上げる力は今は無い」
「んな……」
無責任な、と言いたいのだが、どうやらこの魔王はまだ大人にはなり切れていない程度の年齢らしく、だからこそ『今は無い』と言う事みたいだ。
「こちらとしては、問答無用で全員灰にした方が後顧の憂いが無くていいんだけどな」
「なので無理を押して頼むのだ。どうか我々を助けてほしい。少なくとも今は我々には何も出来ない」
「じゃあ、将来魔王が掌握してコボルトを纏め上げる事が出来た場合は?」
「こんな勇者がいるのでは戦うだけ馬鹿と言う物だろう。出来る事なら平和に暮らしたい」
「……」
怒られるよなぁ。
「俺はシェリールに袋叩きに合うかもしれない」
「私も今の話聞いてたらちょっと無理」
「うん……。ね、帰ろうよ」
メスと子コボルト達の視線は痛いが、ここで全員皆殺しにするなんて最早考えられなかった。
「でも、せめて脅しは必要だと思うんだ」
「どういう事?」
千絵にフルパワーで、と指示をした。
千絵はこれまでで一番長い時間集中し、意識を上空へ向ける。
それも十秒と少し程度ではあったのだが、大きく息を吸ったかと思えば一気に気合を入れた。
「今度は失敗しないんだからね。サンバースト!」
ボン、と言う音が遥か上空から聞こえ、コボルトが一斉に上を向く。
遥か上空に現れた炎の塊は千絵の魔力で膨張したかと思えば圧縮され、圧縮されながらも千絵の膨大な魔力が注入され、次第に圧縮率が極限状態を超え、赤から白へ太陽のような光を放って直視できなくなり、それが解き放たれた瞬間爆音とも轟音とも言える凄まじい音と爆風が集落を襲った。
上空なので目算では距離なんて測れないが、爆発の後に残った煙や超高温による大気の歪みが視界のほぼ全てを埋め尽くしているあたり、王国くらい一発で吹き飛ばせそうな範囲魔法だった。
コボルト達は腰を抜かし、抜かさなくても爆風で立っていられず地面を転がり、そのまま臥せってこっちに頭を垂れる形になっていた。
常識が同じなら、これは完全降伏の様相だ。
造りの甘い家屋なんか吹き飛ばされてしまってるのもある。
一応楓子が複合系の防御魔法を使っているようだったが、それでも爆風が抑えられていないので、もし防御魔法を使っていなかったら集落丸ごと爆風で潰されていたかもしれない。
「敵対するのであれば、これで一瞬で蒸発してもらう」
正直あんまりの事で心臓ばっくんばっくん言っているが、それをおくびにも出さない俺流石。
「……了解した。これを見れば誰も人間に逆らおうとは思わないだろう。礼を言わせてもらおう」
今ので自身の魔力の大半を放出した千絵は、急な魔力欠乏でふらついて俺にもたれかかってきたが、それでもしゃがんだりしたら格好がつかない事を承知してか必死に立っている。
これは早々に退散した方がよさそうだ。
体力だって尽きなくても一気に使えば疲労感でふらつくのと同じで、千絵の状態は現状ではいいとは言えない。
「では、この事を王国には報告しておく。今後こちらからの手出しもしないように言っておく」
じゃあ、と千絵の腰に手を回して足早に集落を後にした。
とは言え馬車まで一時間程歩かなければならない。
これは負ぶった方が早いかな、と思った所で楓子が千絵の前に出て軽々と負ぶってしまった。
勇者の身体強化マジで凄いと思うんです。
俺の立つ瀬ねえ。
四日ほどかけて王都に戻ってシェリールに説明したところ、『なんかすっごい魔法が炸裂してたから勝ったなガハハって言ってたんだけど、ちょっと想定外すぎて緊急会議だわ』と。
結果的に、こちらの被害も多かったけど死者は極少数にとどまった事と、向こう側がほぼ壊滅状態になった事でとりあえず死傷者の家族も溜飲は下がるだろうとコボルトへの攻撃停止が決定された。
そう言う話になった中には、どうせ集落一つ潰したところで将来的に再び発生するものだから、この状況で人間と慣れあわなくとも不干渉で行けないか、と言う淡い思惑もあるらしい。
と言うのもこの時知ったのだが、他にもコボルトの集落はいくつか存在し、その中から魔王が発生する可能性も有ると言うのだ。
とりあえずは魔王がいる状態なら各集落のコボルトも団結するし、向こうが『平和に暮らしたい、勇者と敵対する気が無い』と言うのであれば魔王の力で統率が取れるんじゃないか、と言う淡い期待があるのと、戦闘能力が無い魔王なら御しやすい、何かあっても千絵と楓子の勇者ペアなら余裕で倒せるだろう、との事らしい。
正直、俺は魔王の戦闘能力が無いと言う言葉には疑惑があったのだが、少なくとも千絵と楓子を相手にしたら不意打ちくらいしか手は無さそうだし、過去コボルトの魔王は実際倒されていて、戦闘力も普通の勇者レベルで何とかなるとされていることで、全体を通してさほど問題無く纏まったようだった。
魔王が発生したことで他所の集落のコボルトもいずれ合流するだろうとは言われているが、今回の件で人間と戦おうとするコボルトは殆どいないだろう。
それらの出来事は数日後には国民に公示され、勇者パーティーが魔王を倒さず屈服させたと一大ニュースとなったのだが、この件に関しては果たして倒すのと屈服させるのどちらが大変だったんだ談義が各所で巻き起こり、世論調査としては八割が勇者の強大な力を誇示して屈服させたんだから凄い、と言う何とも緩い結果が出た。
問題は、実際直接魔王と話し合って屈服させたのが勇者では無く遊び人で主夫と言う勇者の腰巾着で、実はあいつ凄いんじゃねと大騒ぎになり、戻ってきてから一週間後に行われた王城での勇者パーティーお披露目と祝賀会の合同イベントでは俺が矢面に立つハメになった。
制服でいいんじゃないかと思ったのだが、いつの間にか俺用のタキシードっぽい上下が作られていて、千絵と楓子もクローゼットに入っていたドレス着用での参列を命じられてしまったが、二人はノリノリだった。
正し、肩で着るタイプじゃなく肩から背中ぱっくりで胸元もちゃんと見えるタイプだったので、俺は隠れて歓喜してましたが。
シェリールも一切何の色も含んでいませんと言う程真っ白な、それこそ言葉の通り純白と言っていいドレスを着ていた。
上半身だけ見ればウェディングドレスみたいだ。
「本当はトモヤが善戦して遊び人でも戦闘して生きて帰ってきた、って実績があればよかったのよ。一回生き延びればパーティーとして成立してることを証明出来てるわけだし、それが何度も続けば実は実際は強いんじゃ、って思われるようになるから」
そう言えばすっかり忘れていたが、俺が功績を上げる事で千絵や楓子と一緒にいても不思議じゃないようになる云々と言う話が出発前にあったな。
「普通に戦ってたら死んでたからな。実際死にかけたからな」
王城前の広場を一望できる王城三階にある広いバルコニーに俺たちは並び、下を埋め尽くす民衆に手を振る。
そんな時にシェリールがこんな事を言って来たのだが、別にそこまでして俺の評価を上げる必要も無いと思うのだ。
「さぁ、皆さん」
シェリールがバルコニーから出っ張っている所に立って声を上げる。
俺はこの時感じた違和感が何かすぐにはわからなくて、そう言えばシェリールが人前に出てる事に気付いた瞬間に、シェリールによって引っ張られ一歩前に進んだ。
「私はシェリール・ユグドラシル。神託の巫女と呼ばれる王国王女です。今回私が出てきた事には訳があります」
更に引っ張られてバルコニーの手すりギリギリまで押し出された。
「彼こそが今回、魔王と対話で決着を付けたトモヤです。勇者適正も無い上に遊び人で主夫の、強さで言えば子供より弱い彼がです。このような事が他の人に出来ますでしょうか」
シェリールの問いかけに、王城前広場に集まった民衆は何も言葉を発しない。
ただ俺を否定的な目で見ている人は居ないように思えた。
「彼は特別なのです。混乱を避けるために神託を下されたときに書きませんでしたが――、彼はこの国の王となることを運命づけられた男でもあります」
「え」
「人間族の治める前時代より千五百年、私の代で人間に王位をとずっと考えてきましたが、彼こそが王になるべき人なのです」
「ちょ」
「私、シェリール・ユグドラシルはトモヤを婿に迎え、次代の王にする事をここに宣言します。もちろんこれは現王である私の父も了承済みです」
誰もが数舜、ぽかーんとした。
何が切っ掛けだったかわからない。
猛烈な歓声と共にそれが受け入れられてしまい、シェリールはにこやかに民衆に手を振る。
俺おいてけぼり。
一体何なんだと後ろを見ると、こっちに駆け寄って来ようとしたかのような態勢で千絵と楓子の目が死んで脱力していた。
「え?」
「ほらトモヤも手を振って」
「え?」
「あなたがこの国の王になるの。大丈夫、内政は私がするから。トモヤなら適任だと思うの」
「え?」
「ほら、手を振って」
「……はあぁぁぁぁぁっ!?」
尚、民衆からは上半身ウェディングドレスっぽいシェリールとタキシードっぽい俺のツーショットな為、まんま披露宴か何かに見えたらしい。
って事は、この世界の結婚式もそんなんなんだなー、なんて最早他人事である。
はは、シェリールと結婚とか、はは。
お祭り騒ぎが引いた後、どういう事だと詰め寄る千絵と楓子にシェリールはしれっと『王国を人間族に受け継がせたいと思っていた所で神託があった。本当なら実績を積んで行かせるつもりだったけど、今回の功績を残したトモヤなら問題ない』と二人に説明したが、そんなので納得する二人じゃない。
一晩中ギャーギャーと紛叫していたが、何をどう説得されたのか知らないが翌朝会った二人は落ち着いていた。
あんな事があった後なので、と言うか戻ってきてからずっと王城に泊まらせてもらっているが、これで寮だったら大騒ぎだったんだろうなぁ。
結局周りが落ち着くまで一週間ほど王城で様子を見るハメになったのだが、七日目に目覚めると隣にシャルがいた。
「……どゆこと?」
「うー……おはようトモヤ……」
眠そうに眼を擦り、いつの間にやら連れてきていたトラ子を抱え部屋備え付けの化粧台に座る。
寮の部屋ならシャルが潜り込む事はあったけど、ここは王城の中心部に近い一室だ。いやまぁシャルなら王城との行き来をしてるからいても不思議ではないんだけど。
むしろ最近ではシェリールが『私たち許嫁でしょ?』としれっと言って同衾しようとして来ようとするから困っていたのだが、それに関して千絵と楓子は少々鋭い視線を向けるだけに留まっていた。
「うー……トラ子あったかい……」
トラ子に頬ずりをしながらモフモフしているが、シャルは今にも寝そうだ。
「……チェンジ」
『シェイプチェンジ』と聞こえた気がしてシャルを見たら、見た目が変化した。
「うー……眠いわね……」
あまりの事に自分の顎が外れてないか確認する程度には開いた口がふさがらなかった。
「……あのー」
「今日は学校に顔出してー……、えっとー……」
「……シャル?」
「うんー……」
くるっと、シャルが座ったまま上半身だけこっちに向けた。
どう見たってシェリールその人だった。
「おう……」
「あ」
その、いかにもやらかしましたな驚き顔を、俺は一生忘れる事は無いだろう。




