クソジジイ再び
学校の授業の方は特に何の問題も無かった。と言うかすぐに問題はクリアされた。
と言うのも元の世界に比べれば王国の歴史は長いわけでも無いし、世界史も情報があやふやな事もあって特にテストに出るわけでも無いらしいので、何となく頭に入れておけば大丈夫らしい。
他の学科に関しては元々物理法則自体は変わらないし、数学的分野においてもこちらの世界の方が進みが遅いので問題は無く、これなら何とかなるんじゃないかとホッと一安心。
――なわけは無く、俺はドーム型の魔法練習場で人が吹っ飛ぶのを目の当たりにしていた。
編入してからかれこれ一か月。
勇者養成学科の方の補講みたいな授業は一週間ほどで終わり、過去の勇者適正を持つ人たちの事を一通り勉強し、自分達の適正に合った戦闘法云々まで授業は進んだのだが、となると千絵も楓子も魔法使い系である。
選択授業の方もそっちを選択するわけで、初めてこのドームで魔法系の授業を受けてから二週間と少し経つのだが、千絵のそれは既に桁違いだった。
「えっと、これがこうで、ストーム」
本人は魔法の構成を確かめながら出力控えめで使っているようなのだが、元々の魔力も出力も半端ないので受け手側は受けきれずにドームの天井に突き刺さらんばかりの勢いで吹っ飛び、必死に防御魔法を重ねがけして天井に『着地』、魔法が収まったのを確認してから降りてくる。
最初に生徒同士でやった時は楓子が寸前でフルヒールを習得していてよかったと言う有様だった。どう見たって骨折じゃすまない見た目だったし。
それ以来、学科担当の先生が千絵の相手をしていたのだが、一日に数回受けるだけで一方的に終了を告げられてしまう。
その後はシャルがいればシャルが的になってくれるが、シャル自身まともに受けたら危ないからと受けるよりかは魔法の発現と同時に転移門の魔法で近距離ワープして逃げていた。
千絵としてはそんな有様に、これ以上変に使わない方がいいのではと練習を辞めようとしたのだが、逆に完全に制御できるようになってくれないと何かあった時にヤバいとの事で、学校的には千絵のバックアップが最重要となっているようである。
楓子の方は魔力は多めではあれど出力はそうでもないので、みんなに交じって普通レベルの攻撃魔法の練習や防御魔法の練習をしていた。
とは言え他の生徒よりかは頭一つ以上抜きんでている上に、魔力の扱い方が非常に効率的で上手いとの事で、他の生徒と同じ魔法なはずなのに威力がおかしなことにはなっている。
適正的な問題もあり、楓子は攻撃魔法よりも防御魔法に秀でているようで、特に物理や魔法系のシールド魔法に関しては低燃費で非常に強固な物を作れるらしい。
その点千絵も強度的には楓子と勝負できる物の、出力が大きすぎてシールドが大きくなりすぎたり、必要最低限の魔力運用が出来ずに燃費面で問題有りらしい。
俺はと言うと、魔法の才能なんて全くないので使えもしないが、幸いにも魔力感知だけは出来るようになった。
特に千絵と楓子とシャルに関しては普段から生活を共にしているせいか、目に見えなくても魔力感知でどこにいるか大体わかる。
ならばもしかしてと北の方に感覚を向けてみると、えらく強大な何かを感じられたのであれがベスターだろう。
教師の話ではそう言った個人の見極めや遠くの察知自体は誰にでも出来る物では無いと言うので、俺の得意分野と言えなくはないのかもしれない。
まぁある程度レベルの高い術者ならそれなりに出来る、と言う程度の話ではあるんだけど。
他にも一応物理攻撃の手段として杖の格闘術の授業も受けているが、これに関しては通常の先生では勇者適正で強化された二人の攻撃を受けられないとアルバート先生が来て相手をしていたが、それでも千絵が本気で振り下ろすと受けるよりも回避を選択していた。
頑丈さでは類を見ないらしい世界樹製の杖が防御魔法の張られた石の床材を粉々にするような戦闘訓練なので、まともに受けてたら命がいくつあっても足らないのだろう。
杖での格闘術は性格的な問題もあるのか千絵の方が楓子よりも動きはいいようだったが、逆に防御に徹したときは楓子の防御魔法も相まって、この学校やひいては王国の近衛兵団でも楓子の守りを突破できる人は居ないのではと言う評価だった。
まぁ逆に攻撃性能においては、敵に当たった時点で起こる爆風によって近距離範囲魔法と言う特殊な位置付けをされているファイヤーボールでこの国一番のお墨付きをいただいてしまっていたりする千絵なのだが、込める魔力が濃く出力が大きすぎるせいで『精霊化』と呼ばれる現象が起き、丸太を立てただけの的、五十本を一瞬で炎のトカゲが焼き尽くすなんて事をやってのけている。
この精霊化によって発生した炎のトカゲであるサラマンダーは、術者の指向によって自動でうまい具合に動いてくれるので半自動追尾魔法化するのだが、実際の所炎に高純度の魔力が練りこまれた事によって炎が魔力的に変化した物で、召喚魔法とかでは無いらしい。
ちなみに間違っても人に撃ったら骨まで綺麗に燃やし尽くす程に威力があるらしいが、いくら膨大な千絵の魔力でも乱発すれば枯渇しかねないので、通常は控えめにして精霊化させないで使うようにとの事だ。
どうもこの魔法は魔力を十使う、と言った形では無いらしく、各々得意分野や物理法則の理解度やイメージ力なんかで魔力効率が変わるらしく、元の世界でそれなりの成績を取っていた二人だからこの世界の人達よりも巧みに魔法を使えるらしい。
なので、一応常識の範囲内では乱発したら魔力枯渇するから危ないよ、と言われはするが、当人からすれば全然魔力を使った気がしないと言う。
昼なんかは早々に二人とも女子に囲まれて行ってしまうし、最近じゃ寮に帰ってくると誰かしら女子に捕まって夕食前までお茶に付き合わされている。
前にピレネー公爵家の三女とお茶会をした事に端を発し、それなら私も私もと寄ってたかっていつの間にか順番制で一か月待ちらしい。
特に千絵が『解せぬ』と言う顔をしていたが、最初のお茶会で深い付き合いを突っぱねた事で、全員に『深い付き合いはする気は無いけど交流は持つ気有り』と言う方針で参加した所、むしろ派閥に囚われない公平な人と思われているんだとか。
お茶会を切っ掛けに千絵ファンと楓子ファンが大増殖する事になるのだが、むしろそれはそれで前も似た環境だった為、逆にやりやすくなったような事を言っていた。
うーん、この場合は主に千絵なのだろうが、何故かナチュラルに人心掌握に長けているんだよな。
シャルは神託の儀式の方で一時期は忙しそうにしていたが、いつの間にやら終わったとかで最近はトラ子と共に俺と一緒にいる。
そのため最近の相談相手はもっぱらシャルで、俺の現状に対してどうすりゃいいんだと問いかけると『戦闘では何もできないけどトモヤだから出来る事もある』と真顔で励まされてしまった。
ええ子や。
その俺だからできない事、と言うのが主に千絵と楓子を宥める役なのは重々承知しているのだが。
さて、そんな学校生活にも馴染んできた頃、儀式でシェリールが受けたとされる神託の公示があった。
特に放送等が無いこの世界での情報伝達は文字媒体か会話の二択と言って差しさわりないが、王国の公示と言うのは町中いたるところにある掲示板に張り出される。
学校の寮に入った所にも『王国からのお知らせ』と言う形でそれはあるのだが、そこには黒山の人だかりと言って差し支えないだけの人が集まっていた。
基本的に人混みは嫌いなので俺は回避する傾向にあるし、千絵と楓子も割合的に男ばかりだった事もあって三人して公示を見なかったが、それはシャルから聞けばいいやと言う安易な方法があったからだ。
で。
「うー」
三人から教えてと言われたシャルは唇をへの字にして唸った。
どうやら見てくればすぐなのにと思った様子。
「西の公爵領の更に西にある、国境の山脈のコボルトの集落に魔王が発生したらしい。コボルト単体も人と比べたら十分強いけど、魔王が発生すると単体行動のコボルトが集団行動するようになって危険度が跳ね上がる。王国の近衛兵団の半分と魔法師団と一般兵団全員が討伐に向かうけど人数的に心許ないので、学生からもバックアップの支援を募集する。大まかにはこんな感じ」
「へぇ、コボルトって言うと俺のゲーム知識だと雑魚中の雑魚なんだけどなぁ」
「人より弱かったら魔物なんて全部駆逐されてる」
それもそうだ。
「特に魔王が発生すると魔王の発する魔力で個体の能力も上がるとされている」
「でも魔王が発生、ってどういう事なんだ? コボルトの中から魔王になるのが出たって事か」
コボルトの魔王に関してはアヤメさんからもチラッと聞いた記憶があったけど、最早よく覚えていない。
「よくわかっていない。単に突然変異的に強い個体が魔王になるって言う学者もいれば、魔物にもトモヤ達みたいに異世界人みたいのがいて、魔王適正みたいなのがあるって言う学者もいる」
ベスターは前の魔王を倒したらシステムに取り込まれてしまったようだが、コボルトはどうなのだろう。
正直その一点だけ気になって、それ以外は自分達には関係ないしなぁ、なんて対岸の火事状態だった。
「まぁ俺には何もできないわけだけど」
「シェリールもトモヤ達を出そうとはしてないから大丈夫。でも、近衛兵や魔法師団の損耗率が三割超えたら撤退だから、そうなったらコボルト達は王都に向かってくるから有力貴族たちは勇者を出せって騒ぐ」
そりゃ魔王に対抗するのが勇者だと言うのであれば、そう言う風になるのも当然かもしれないが。
「だからトモヤ、頑張って」
「何を」
「私も頑張る」
うん、と一人で何やら力んでるシャルロット嬢であらせられるが、少なくともこの学校でも大分上位の出来る子らしいシャルは応募しないようだ。
何となく入り口での喧噪を聞いた中では、これで功績を上げれば近衛なり魔法師団への道も開けるような事を言っているのがいたので、どうやら応募数自体は多そうだ。
特に公爵家の子達は立場上参加せざるを得ないようだったが、だがしかし学生と言う身分や家柄的に前線になんて送り込まれないだろうし、参加と言うのも殆ど名目上だけっぽい。
そんな中でも一般貴族で成り上がりたい奴、平民でも成り上がりたい奴、もしくは能力の高い平民を飼っていて自分の手柄にしたい貴族は志願して前線近くに行くらしい。
そんな血気盛んに嫌だねぇと思ってしまう平成生まれ平成育ちの俺である。
神託の儀と言うのはあくまでも建前で、実際は空間を繋げて直接自称神と会話する場、と言うのが正しい。
つまりは神のいる場所に転移門で飛ぶのである。
こんのエロジジイが、なんて心の中で悪態をつきつつも、実際会話の中で重要な内容があったりするから困るのだ。
ただ、バイオリズム的な体調の良し悪しの中でも魔力の最大値を出せる日しか空間を繋げる事が出来ず、それが出来そうな日を神託の日としているので、結果的に神託の儀と言って差しさわりない。
本当ならもっと前にやる予定だったのが、色々あって忙しく、結局やり損って今日まで伸び伸びになってしまったのだ。
「ふぉっふぉっふぉ、二か月半ぶりかのう」
「どーも、お変わりないようで」
上も下も右も左も一面の青、まるで空に浮かんでいるような場所に降り立つのも何度目か。
最初に何か大きな力を感じたのは自我に目覚めた一歳半くらいだった。
エルフは世界樹の発する膨大な魔力によって肉体や知能の発達が早いとされているが、その中でも自分は早い方だった。
それに関しては諸々の事情があり、自分を自分と認識した瞬間全てが繋がったからだとしか言いようがない。
とにかく、その時に感じた何かを覚えていて、その場所に行ってみたくて試行錯誤した結果がこれだ。
「どうかの、今回の贈り物は」
「……まさか本当に連れてくるとは思わなかったけど」
「じゃろうて。我は全知全能なる神なのだ。ふぉっふぉ」
どことなく演技掛かってる気がしないでも無いけど、この自称神と言うオッサンは昔からこうだった。
「にしても、あやつにもう少し力を残してやるべきだったかの。あのままじゃ魔物の攻撃一発で即死じゃろうて」
「どう言う事?」
「いやの、昨今稀にみる逸材ではあったんじゃが、いかんせん態度が悪くての。頭にきて力を二分にして二人に分けたのじゃ」
「は?」
「じゃないとあの二人が単なる町娘で、何かあったら即死するほど貧弱だったのでの」
「じゃあ何、何もしなかったら、あの二人を合わせた分だけ強い勇者だったって事?」
「じゃのう。ちと勿体ない事をしたかもしらん」
こう言うふざけた所があるから消し飛ばしてやりたい。
ただでさえ規格外の千絵や楓子なのに、それを合わせただけの力が本来あっただなんて、とてもじゃないけど本人には言えない。
「まぁ器自体はそのまんまだからの。どうにかして強くなれればある程度使えるようにはなるじゃろうて」
「その前に死んだら、その白髪と髭全部手でむしるから」
「怖いのう」
「それで最近何か変化はあるの?」
とりあえず置いといて、この神様は私が最初に会いに行って以来、『大ふぁんになったのじゃあ』と世迷い事をほざいて私にはかなり甘い。
何か要望があれば何となく叶えてくれたりするのはいいけど、事と次第によっては大事なので滅多な事は言えないんだけど。
「ふーむ、どこまで言おうかのぅ。北の方に変化が出てきたのは置いといてもいいが、差し当たっては西のコボルトの集落に魔王が発生しておる」
「全部言いなさい。何よ魔王っていい加減にしてよ。変な事しないで二倍強い勇者がいたら即片付く問題だったじゃない」
「ふうむ、いやいや、奴も場合によっては現時点で勇者クラスの力を得ていた可能性もあるんじゃが――、あくまで可能性の話じゃからアテにならんの」
「何それ」
「そうじゃの、鍵は北の大魔王と呼ばれてる男と言っておこうかの。アレが選択を誤れば王国は崩壊、正しい選択をしても現状維持と言う微妙なバランスで――」
「なんで百年単位で大人しくしてる北の大魔王が出てくるのよ。アレが何らかの形で地脈に影響してるってのは調べがついてるけど、魔王一人くらいで世界樹の魔力供給をどうこうしようなんて出来ないわよ」
北にある大きな魔力源と、地脈を流れる魔力が同質の物だと言うのは前々からわかっていた。
かと言って大きな魔力源であるところの北の大魔王が魔力に何か混ぜてるわけでも無く、自分が気付くより以前からこの状況だった事も考えると特に問題無しと言うか現状維持しか無い。
これで変に北に調査団を送ったりして刺激したら、何が起こるかわからないし。
自分が直接乗り込んで行ってやろうかとも思ったけど、何か起きて自分が死ぬなんて事になったら嫌なので出来なかった。
「のう、シェリール。奴に全て洗いざらいぶちまけると言うのであれば、少しおまけしてやらんでもないんじゃが」
にやっとしながら言うのだ。この老害は。
見た目五十歳以上、初老くらいだけど実年齢は数千から万単位と言われている自称神。
神は六柱程いると言われているが、それも自称神の言葉なのでどこまで信じていいかはわからない。
これでまともな性格をしていれば信じれたのに。
少なくとも遠くの国ではこれとは違う神を崇拝する教えがあり、その国々に他の神々は手を差し伸べていると言う。
でも聞いていると、特にお互い競い合ったりするわけでも無ければ仲良くさせる気も無く、一体何をしたいのだろうと本当に悩む。
自分みたいに神に直接相まみえようとして成功した事例は無いと言う話だけど、何らかの形で神託はあるのだろう。
「もう、いい加減にしてよね。親戚のおじさんじゃないんだから」
「つまらんのう。もっと乙女する顔が見れると思ったんじゃが……」
「はい、おしまい。もう一年くらい会いに来ないから」
「そう言わないで会いに来てくれんかのう。わしもこんな状態で寂しいんじゃー」
何だかんだ私に甘いのも、そういう事らしいと言うのは承知済み。
だから私の願いを聞いてくれたりするのだけど、今回は少々呆れが大きく、一部に顔向け出来なくて本当に辛い。
全く、その上でコボルトだなんだと、どうせうちの近衛や魔法師団の一部じゃ対処しきれないんだから、問題を先延ばしにしても結局智也達に動いてもらわなければならないのだ。
これが初の実戦になるのかと思うと、それだけでも気が重い。
よっぽどの事が無い限りは学生の派兵なんて無い、なんて建前が簡単に吹っ飛んでしまった。
一面青の世界から儀式場としてそれっぽく作った広間に戻ってくると、すぐに自分の部屋に引きこもって楽な状態に戻った。
「むー……」
城内である以上、警備の関係もあって意外と人目がある。
だからこうして自分の部屋くらいでしか城内では一番楽な状態に戻れない。
「本当に面倒。あのジジイ」
口をへの字に曲げて拗ねてみても解決するわけはなく、仕方なく神託の内容――コボルトの魔王が発生する旨を書面に書いて机の上に置くと、寝床へ飛んだ。




