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異世界なんてクソくらえ  作者: 南都河埜
住めば都の異世界生活編(自分を除く)
21/194

仰々しい学科の癖に実は補講



 で、だ。


「ここはペット禁止なんだがな」


 勇者養成学科の一室に行った物の、やはり当然ですよねと言うお言葉を頂く。


「これ、何とかならないんですか?」

「んー、こいつらが人に懐くって話を中々聞かないからな」

「このままじゃ抜け毛とか食費とか大変な事になりそうなんですけど」

「あくまで魔力で巨大化してるだけだから、抜けた毛は少しすれば自然と元のサイズになるし、食べる量も標準サイズの時と変わらんらしい。まぁペットだと思って面倒見てやったらどうだ。で、ついて歩くなって教育しろ。じゃないと勢い余って上半身と下半身がおさらばするぞ」

「……これはまた無茶を。って言うか温厚じゃないんですか」

「いや、頭はいいらしいから自分の主人だと認めてたら結構言う事聞くんじゃないか? ごく少数だが猫を飼う人は飼いやすいって言うらしいし」


 舌のザラザラが割と槍っぽい下ろし金的な凶器のせいで、舐められる度に命の危機を感じるんですが。


「まぁ今日はしょうがないな。猫を連れての授業を許可しよう。さて、では最初はこの世界の事をざっとおさらいして、後で魔法の説明をしよう。トモヤも魔法は使えないだろうが知識は無駄にならんから、ちゃんと勉強するようにな」

「これでもそこの二人よりかは真面目に勉強に向き合う気持ちはあります」


 理論だけわかった所で魔法が使えないんじゃ、と思う気持ちもあるけどな。

 勇者養成学科の教室は、どちらかと言えば準備室のようなこじんまりとした物だったが、そもそも勇者適正自体が非常にレアリティーの高い物だから、普通に一クラス分の教室なんて必要無いのだろう。

 アルバート先生はホワイトボードを持ち出してマジックのキャップを外す。

 ――ん?


「この世界にもマジックなんてあるんですね」

「これか。そっちの世界の物らしいが、シェリール様が作ったもののコストが結構かかるらしくてな、寄越してきたと言うよりかはここに捨てに来たんだ」


 酷い話だ。

 にしてもホワイトボードを作るのもそうだが、水性マジックインクを作ったのだとしたら結構な技術力があるのだろうか。

 なんか全てにおいて魔法で何とかしてそうだけど。それこそサンプルの水性インクがあったら、これと同じ物になーれとでも言えば複製出来てしまうとか。

 でもコストがかかるって事は普通に再現しようとしたっぽいけど。

 猫は俺の座る前で大人しく寝始めたが、寝ても体高が机以上に高い

 アルバート先生の座学は大まかにこの世界の事から始まった。


「まず、だ。数万年とも数億年ともいわれているが、遥か昔に巨大な飛来物がこの星を襲ったらしい。らしい、と言うのはその飛来物によって生命の殆どが死滅したとされ、当時の文明も何もかも津波による破壊と舞い上がった粉塵が降り積もって覆い隠してしまったからだ。地質学者が穿孔魔法で数百メートルまで掘り進めてみたらしいが、出て来る物は悉く破壊しつくされていて瓦礫しか見つからなかったそうだ」

「自分達の世界にもシミュレーションでこうなるって番組やってましたけど、そんな深く掘らないと出ないって事は飛来物によるダメージは相当だったんじゃないですか?」

「番組と言うのは知らんが。なんせ伝聞や神の神託がそうなっているんだから我々は話半分くらいには信じておくしかないだろ。真っ向から否定した所で証明も出来ないしな。ちなみにトモヤの言う通りダメージは相当だったと思われるが、そもそも飛来物と言うのが何だったのか確かでは無いが、その飛来物に付着していたのか飛来物自体だったのか、落ちた所に世界樹が芽吹いた。世界樹はこの星の生命線と言ってもいいが、その理由の最たるはマナを星に供給しているからだ。このマナがどこから来ているのかはエルフでも把握出来ていないが、シェリール様の話では光合成で出来ているか宇宙空間にせり出した葉が宇宙に充満してるマナを吸収しているんじゃないかと」

「光合成とか宇宙と言われても、何か納得できるようなできないような」

「エルフの発生時期が世界樹が宇宙空間まで生育した頃だったらしく、そのせいで宇宙空間にマナが満ちてる説は割と有力らしいんだが、シェリール様としてはある程度濃い魔力を生成できるサイズに成長した時期だっただけで、単に光合成で作られてるだけじゃないか、なんて言っていたな。神託の巫女だから何か聞かされてるのかもしれない以上、シェリール様の言う事を否定する事はこの星の誰も出来ないだろう」


 こう聞くと、シェリールがどれだけ異質な存在かわかってくる。

 何となく神託云々と聞くと作り話かゲームの一イベントか、でなければキャラクターの存在感を増すだけの付加要素みたいに思っていたが、ゲーム脳を置いといてこの世界の人の立場で考えてみれば、神の話を聞ける存在と言うのは神に近しい存在扱いを受けていても不思議では無いだろう。


「やがて世界樹の根は星のほぼ全域に行きわたり、その根を介して大地にマナを供給する。根にも太い細いが存在して、太い所ほどマナの密度は高く、細い所程マナが薄い。我が王国南端の方などはマナの薄いエリアなのだが、戦争前まではマナの濃度はこの辺りと変わらなかったと言うので根が枯れたのではないかと言うのが有力な説だ」


 確かにその考えはなかった。

 ベスターは根が細いような事を言っていたが、昔は豊かな土地だったのだとしたら根が枯れ細ってしまっただけなのかもしれない。


「そこら辺の事は世界樹に住む世界樹の管理を担当しているエルフを呼んで調べてもらうしかないが、調べた所で新しく根が伸びない限り解決しないから放っておかれている状態だな。お前達は南から来たらしいから、向こうの状況は知っているだろう」


 アルバート先生の言葉に俺達三人は頷いた。

 シャルは元々知っている話だからか退屈そうにしているのだが、多分他へ行ってもいいだろうに一緒に居てくれるのだからいい子いい子。


「世界樹が育つ過程でエルフが発生したのは言ったが、世界樹の良質なマナをモロに受けている事もあって一般的に肉体や知性の発達がいいとされている。まぁ小柄なシャルロット嬢や胸の発育がかわいそうなシェリール様がいるように、特に肉体的には個人差が非常に出るわけだが――いや待てシャルロット嬢。あくまでわかりやすいように言っただけであってだな」

「胸はいずれおっきくなる」


 そこかよ、とアルバート先生と俺の小声が同時に出た。

 って言うかシェリールも町娘の時くらい大きくしてもいいだろうに、今思い返せば本来の姿と同じく控えめだった。

 ちなみに他二人の女性陣は、引き合いに出す物が物だった為に汚らしいものを見る目で男性陣を見ていた。俺関係なくね?


「そうだ、シェリールってエルフで最年少って言ってたけど、シャルのがシェリールより上って事だよな? って事は実は俺達より大分年上だったりするのか」

「エルフの感覚は適当」

「ん、ん?」


 その言い方が適当過ぎやしませんか。


「産まれた歳も大体だったりする。実は私が最年少」

「なんだ」


 それなら納得だ。


「でもシェリールも同い年かも」

「……かもって」

「エルフは適当」


 ちゃんと出生の記録は付けるべきだと思うんです。


「で、だ。エルフの出生は数年から数十年に一人と言われるくらいに少ないんだが、寿命が半端なく長いから人口は決して少なくは無い。勿論多くは無いんだが。長老はもう二百年ほど世界樹の根元に引きこもってしまっているらしいが、年齢は千五百歳を超え戦争を知る数少ない一人だ。他にも何人か千歳を超えるエルフはいるが、一般的に寿命は大体千五百歳とされている。我が王国の国王であるアドリアン陛下は五百歳程で、かれこれ三百年程国王をされている。大体八百歳から九百歳を超えると隠居する傾向にあるようで、昼寝のつもりが数年寝てた何てこともあるらしいんだが、少なくとも世界樹で寝ている限りは極端に体が衰えることが無いらしい。だから長寿の秘訣は世界樹の良質な濃いマナだろうと言われていて、一部の種族が長年狙っているんだが――まぁそもそも世界樹の管理方法を知るのがエルフだけな以上、手荒な真似も出来るわけも無く、今日まで表向きエルフ族は平和に暮らしていると言うわけだ」


 表向きと言う辺り、全く問題が起きてないわけではないようだ。

 そう言えば千五百年前にあったらしい戦争の調停だって、エルフが出てきたせいでと隣国が怒っていたような事を聞いた。

 この世界においては、自分たちの世界に電力があって然るべきだったように魔力があって然るべきだ。

 となればエルフと敵対したり怒らせるべきではないと言う考えが大多数を占めるだろうが、生きていく以上何らかの確執は生まれるのだろう。


「と言うわけでこの星の成り立ちの主だった世界樹とエルフ族の話はこんなもんだ。我が王国は国王がエルフだから多少は他のエルフの行き来もあるし、他の国よりもエルフを目にする機会は多い。逆を言うと他所の国では生まれて死ぬまでエルフを見ない人も多くいると言うのだから、まぁラッキーじゃないかな」

「なんか少数民族を見る機会が多いって言ってるだけのような気が」

「馬鹿言えトモヤ。お前の見たエルフがシェリール様やシャルロット嬢だけだからそんな事言えるんだ。たまに街中で見かける女エルフの大半がでっかいんだぞ。いいかもう一回言う。でっかいんだ」

「――――ほう」

「最低」

「智也君、後でお話があります」

「トモヤお仕置き」

「冗談です許してください」


 だがしかし俄然興味が湧きました。


「一日に詰め込んでもしょうがないから普通の座学はここまでだな。さ、次はシャルロット嬢による魔法実演だ」


 シャルは何か不満そうな顔をしているが、渋々と言った風だ。

 アルバート先生は近くにあった椅子に座り、シャルが前に出た。


「魔法はマナを使って事象を発生させる事。物理法則を捻じ曲げる事は出来ないから魔法の操作は勉強が出来ないと無理。唯一神聖魔法は神の御業によって物理法則を捻じ曲げる事が可能だけど、捻じ曲げれば捻じ曲げる程術者に負担がかかる。例えば魔法で火を起こすだけなら魔力で空気中の物質を分解して適切な比率で混合し、魔力による空気摩擦で静電気を発生させて点火すればいい。魔力は状態を変化させることが出来る物でルール内なら万能」


 何やら小難しい事を言いながら指先がライターみたいに火を発した。

 あのシャルがすんげー喋る事に俺たち三人は度肝を抜かれていたが、アルバート先生はそうでもない。

 言わんとしてる事はわかるにはわかるが、その全てを魔力で行ってるとなると、魔法の行使ってえらく難しくないか。


「今のは子供でも魔力操作が出来れば火が起こせる方法。成長と共に魔力が強くなると物質その物の温度を発火点まで上げる事で火を起こす事が可能。この学校の生徒なら乾いた木材くらいなら簡単に火が付けられるし魔法系の授業を受け持つ教員なら生木でも燃やせる。チエとフウコの魔力量なら地面や岩ですら燃やすことが可能」

「ねぇシャル。それって燃やすってよりもマグマみたいに溶かすって事?」

「そう。物質を発火点まで温度を上げるだけの魔力があればいいから炎系の魔法が一番多く使われる。逆に水を使う魔法は少し難しい。近くに水源があればそれを操作すればいいけど無かったら空気中の水分を集めたり空気を水素に分解してから反応させて水を作り出す必要がある。地面から水分を奪って使う事も出来るけど攻撃魔法として使うには乏しい。だから緊急時の飲料水の確保が主な用途」


 確かに南端の村でも水は貴重品で魔法でどうこうと言う話は聞かなかった。


「攻撃魔法で使い勝手は悪いのが電撃系。これはある一定の空間中の湿気を排除して摩擦をすることで多くの静電気が発生するからそれを使う。でも直進しないから近距離か避雷針のようなものが必要」


 そう言いながら掌をにぎにぎしてるなと思ったらパチパチ音が鳴っている。


「でもさ、いくら魔力が万能だからって、何でもかんでも魔力で操作できるものなのか?」

「この星の全ての物にはマナが含まれている。人は自分の体内で生成される魔力だけを使って魔法を使うのではなく、マザーツリーから大地に供給されているマナを利用して使う。仮に自分の魔力だけで何かをしようとするとすぐに魔力欠乏症で力が抜けてしまう」

「魔力欠乏症とは」

「疲労と似てる物。体力が無くなって疲れるのと同じで魔力が無くなって疲れる。エルフは自身の魔力が非常に多いから滅多に無いけど、逆に魔力欠乏症になったら一切動けなくなる。これはマザーツリーからの質のいい大量の魔力に慣れている反動。もし私がそうなったら抱っこして欲しい」

「おんぶじゃダメですか」

「抱っこ」

「……はい」


 なんか小動物に好かれるのと同じ感覚をシャルからも受けるんだが。

 まぁ小学生サイズの小柄さだからいいけど。

 ちなみにエルフは全く身動きが取れなくなるが、一般的には多少の動作は出来なくも無いらしい。その辺りは魔力の枯渇具合によるようで、最悪全く魔力がありませんと言う状況でも酷い倦怠感があるだけで身動きは取れるらしい。


「魔法自体はある程度体系化されている。これをこう操作したらこう言う魔法になると言うように。高威力広範囲になるほど必要な行程や魔力量が増えるから難易度が上がる。二人の魔力量はこの世界でもトップレベルだからあまり気にしなくていい。後は自分の魔力と大気に満ちるマナを感じて操作出来るようになれば大体の事が出来る。二人だったらオリジナルの魔法も沢山作れると思う」


 オリジナルの魔法と言うのは興味をそそる。


「シェリールも結構やってる。特にシェイプチェンジで細かな変更を入れるのは自分の肉体に魔力を行使するのだから難しいのに、シェリールはそれを得意としてる」

「ねね、シャルちゃん。あのシェイプチェンジってシェリールちゃんのオリジナルなの?」

「本来のシェイプチェンジと言う魔法は背や体格が近い元々いる人をモデルに真似る魔法。自分の好きなように変更を加える為には高いイメージ力が必要。イメージに失敗したら体が崩れる危険もある」


 崩れるの度合いを測りかねるが、ニュアンス的には大分ヤバいように聞こえた。


「一般魔法の基礎的な部分はこの程度。次は神聖魔法。原理は基本的に変わらないけど特にヒール系は高位になればなるほど難しい。フウコはアークプリーストの素質が高いからある程度は簡単に使えると思う。アークプリーストの素質はチエのアークウィザードの素質と違って魔力が回復系統に特化した人じゃないと駄目。チエも中級くらいまでは使えると思うけど」

 さっき神の御業だの物理法則を捻じ曲げるだのと言っていたが、考えようによっては回復魔法はそこら辺の扱いが難しいんじゃなかろうか、と思い至った。

 人の回復力を極限まで高めることが出来たとしても、それはあくまで自然治癒力の範囲だ。

「欠損を魔力で補い治癒力を最大まで上げた上に神の御業で補修する。それがヒールのプロセス。例えばトモヤが剣で切られたとして、傷口と切断された血管や神経を魔力で一時的に繋いで補強する。自然治癒力を最大限まで高める事によって切られた部分は接合される。この傷口が大きかったり抉れてる場合は神の御業で復元する。この時物理法則なんて関係なく、ある程度の欠損でも復元されると言うけど、恐らくこの国でそのレベルのヒールが使えるのは教皇と司祭長と司祭くらい。他にも解毒の魔法は体内に存在する体内に必要の無い毒素を浄化する魔法だけど、排出させるのではなく浄化と言う物理法則を無視した方法だからやっぱり神の御業になる。低級のヒール自体は同じ個所に数百回も使用すると肉体の復元力の限界でヒールが効かなくなるけど、神の御業を発現させるレベルのヒールになると復元力の限界は未知数。教皇が昔使ったとされるフルヒールは肉体に負荷が少なく復元力に影響も少なかったとされるけど、司祭長のフルヒールは数回使うと復元力に影響が出る。神の御業と言うのは物理法則を無視した神の奇跡で、程度にもよるけど高位のヒールを使いすぎると術者の寿命に影響すると言われている」


 そもそも魔法自体が奇跡みたいな物なのに、そこに物理法則を無視したと言われても。


「フウコはしばらくの間低級のヒールの練習。これは後で神聖術の学科で詳しくやる。チエは基礎さえ覚えれば教本の手順で大体の魔法が使える」


 以上、と言うとシャルはこっちに戻って来て大きくため息をついた。

 出会って半日だけど、この数分の間で半日分以上の言葉を発していた。


「よーし、じゃあ今日の勇者養成学科の授業は終わりだ。明日の座学は千五百年前の戦争と隣国との関係をやるぞー。余裕があったら戦闘技能の実技もちょっとやるから覚悟しとけ。と言うわけでさっさと出てけお前ら」


 しっしっと虫でも払うかのように手を振って追い出しにかかって来た。

 これは酷い、とは思ったがどうやら体の調子が良くないようだ。

 左目だけじゃなく腕や足腰も酷く痛めているような話だったから授業自体が結構辛いのではないだろうか。


 結局みんな揃って神聖術学科に来てみたが、初心者の我々は担当の先生に隣の準備室に案内されてシャルを講師として基礎の勉強となった。

 先ほど話は一通り聞いていたこともあってさっそく魔力を感じる事や操作の練習からだったのだが、俺には全くもってわからない感覚を千絵と楓子は一発で掴んだらしく、二人とも指先から轟々と燃える火柱を放っていた。


「これで自分は熱くないってどうなってるのかしら」

「最初はびっくりしたけど熱くないから大丈夫だよね」

「自己防衛機能が働いてる。発生させてる事象と自分の間に自分の魔力か大気に満ちるマナを使って壁を作っている。こうすると熱くなる」


 シャルが千絵の横に来ると、デコピンの要領で千絵の顔と指先の火柱の中間あたりを弾いた。

 その瞬間千絵の前髪がぶわっと持ち上がる。


「あっつ、あっつい顔に来たすっご」


 それでも火を消さない辺り余裕ある千絵だが、無意識に壁を作ってしまうのは当たり前の事だと言う。

 その壁を辺りに延焼させないように展開できるようになったら一人前だとか何とか。


「次はヒールの練習。トモヤ、手伝って」

「ん? まぁ暇だからいいけど――」

「手」


 簡潔に言われて反射的に右手を出した瞬間、シャルが人差し指で俺の掌に線を引いた。

 赤い線を。

 その赤が自分の血だと気付くのにたっぷり十秒以上必要だった。


「ちょ、いった、いったいから! え? ちょ、シャル?!」

「静かに。フウコよく見てて。チエも。魔力の流れと事象を観察して。ヒール」


 もう一度人差し指の先でちょんと傷口を触ると、一線に切れた掌がみるみる塞がって行く。


「すっご、逆再生とは違って全体的に一気にくっついていくのね」

「怪我による。見えた? 今はわかりやすく触れながらやっているけど、慣れれば少し離れててもヒールは出来る」

「うーん、私は何となくわかったけど……」

「私も一応わかったわ」

「トモヤ、もう一回手」


 と言われて差し出せる程俺の手は安いモノでは無い。


「手」

「あの、シャルさん?」

「手」

「また切ったりしないよな?」

「うん。手」


 そう言うなら、とは言え信じ切ったわけでも無いけど再び右手を差し出すと、今度は手を握って来た。――と手に痛みが走って反射的に手を振りほどく。

 ご丁寧に掌に二本線が引かれていた。


「真似して」

「智也、あんたの犠牲は無駄にしないわよ」

「こうかなー?」


 二人して指さしでちょん、ちょん、と人の傷口をつついた。

 数回つついた所でゆっくりとだが傷が塞がってゆく。


「ヒールは回復力でランク分けされている。大抵の人が切り傷程度を治すために使える初級のヒール、包丁で深く切りつけた時や酷く擦りむいた時に使うエキストラヒール、戦闘による怪我を治すグレーターヒール。教皇と司祭長と司祭数人が使えるとされるフルヒール。術者の魔力や技量によって多少効果のばらつきはあるけどチエでグレーターヒールの回復力に近いレベルのエキストラヒールまでは使えると思う。フウコは最低限グレーターヒールが使えるはずで、もしかしたら早い段階でフルヒールクラスまで行くかもしれない。グレーターヒールからは神の御業の発現が必要だからウィザードとプリーストの差は主にここ。低級のヒールでも大きな怪我を治すことは出来るけど、修復が遅いせいで綺麗に治らなかったり後遺症が残りやすい」

「んじゃあ何か、教皇や司祭長と司祭の使うヒールには差はあるけど、一応フルヒールって扱いなのか」

「病院で数週間の入院が必要な怪我が魔法一回で治るのがフルヒールの基準。司祭のフルヒールは全治一か月の怪我を治せるとして司祭長は瀕死の怪我でも治せる。実際に見た事は無いけど教皇のフルヒールは肉体の欠損も簡単に治したらしい」


 それだけ聞くと教皇が破格の能力を持ってるらしい事はわかった。


「多分フウコは簡単に教皇クラスの使い手にはなれる」

「それじゃ楓子がいれば私達は一応死ぬ事は無いって事かしら」

「神の御業の発現でどれくらい負担がかかるかはその人次第。司祭長の場合負担が大きすぎて月一回しか全開でヒールが使えないし、教皇も歳のせいでフルパワーで使おうとしたら年に数回が限界らしい」

「シャルちゃん、そう言う細かいのってどうやったらわかるの?」

「使って自分で覚える。さっき言い忘れたけど魔力には魔力量と出力の二つが重要で、チエは魔力量も出力も並外れているけどフウコは出力はそうでもない。でもだからこそプリースト向け。人に大きな出力でヒールをすると失敗したときに細胞が癌化する事があるから注意」

「それって私はあんまりヒールやらない方がいいって事?」

「低位のヒールなら大丈夫だけど、グレーターヒールクラスに魔力を込めるとプリーストの適正が無いと危ない。でもチエなら多分エキストラヒールクラスなら問題なく制御できると思うし、回復力は出力が大きい分グレーターヒールクラスだと思う」

「そっかー。そのエクストラヒールとかグレーターヒールってどうすればいいの?」

「基本的には変わらない。注ぎ込む魔力量と神の御業の発現を起こすかの差。神の御業もすぐに感覚を掴めると思う」

「でも、そんな大怪我する人って中々いないよね?」

「大丈夫。私も一応グレーターヒールまでは使えるから」


 そう言って俺を見た。


「多少死にかける程度だったら問題無く治せる」

「あの、シャル? どういう事なのかな?」

「実験台は必要。大丈夫死なない。死ぬほど痛いけど」


 この後本気で逃げ回った。

 逃げてるってのに遊んでると勘違いした巨大猫が一瞬で追いついてきて、俺の上半身を咥え上げて走り回るものだから俺の体はボロ雑巾の如くであり、それを見た千絵と楓子が必死にヒールをかけて治して結果的にヒールの練習台になったわけだが、ちょっと本気でこの巨大猫を何とかしないと命がダース単位であっても一日で尽きそうだ。




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