この世界の猫も猫でした
授業はアルバート先生が言うように理解が出来ない話でも無かった。
と言うのも数字の扱いや物理法則なんかは基本的に一緒なので、数学も基本的な部分で共通しているし簡単な物理も言われて理解出来ない物でも無い、と言うか割と中学レベルの内容で拍子抜けした。
特に数学に準ずる授業に関しては、元の世界でも国によって数字の数え方が違ったり、基礎となる計算の仕方が違ったりするのに、この王国は日本でも使っている形式なのだ。
「なんか筆記テストの成績ってそれほど重要視されてないらしいから、こっちに来てまで勉強しなくてよくない?」
「って言ってたけど、やらないとだよねぇ」
授業が始まる前にチラッと聞いた事だったが、そんな勉強が好きでもない千絵がまんまと喰らい付き、基本真面目な楓子がナチュラルにやる方へ進めてくれる。
「何なら、勇者適正持ちならそれだけで卒業は大丈夫ってさっき言ってたし」
授業前にシャルから軽く聞いたが、どうやら勇者は非常に優遇されているらしい。
が、勿論俺はソレに含まれていないはずなので、物凄く卒業のハードルが高い予感がする。
「試験勉強見てやらないからな」
「ちょっと、智也のノートと解説無しとかありえないから」
「そうだよー。こっちの世界の事とかわからないんだから」
基本的に二人とも真面目だけど、決して勉強が好きなわけではない。
かくいう俺も必要だからするだけで別段勉強が好きなわけではないが、試験前には三人で対策をするのが常なので勉強しなきゃな、みたいな使命感がある。
後は生徒会役員だから平均以上はとっとかないと、なんていう義務感も。
と言うわけで恐らく俺はこっちに来てからも、それなりに真面目に勉強をする事でしょう。
勉強で困った事は世界史で、こちらの世界の事なんて何も知らない。
ざっと聞いたのは、西方の隣国とは過去の戦争で停戦状態にあって、未だに水面下では向こうが恨んでいてちょっかいを出して来るらしい。
もう遥か昔の事なので王国民は左程気にもしてないようだが、どうやら戦争の発端が両国の外交問題とかで、元々の原因が王国側にあったような話なのだが、前の人族の王はいつの間にか引きずりおろされ処刑されていて、エルフの王に代わってからの地脈を盾にした強制的な停戦と、戦犯としての代表者が全員戦死、または処刑されていて補填等の話が宙に浮いたままだったとかで、未だに謝罪と賠償をみたいな事を言ってくるらしい。
元々なんでエルフが介入して来たのかと言うと、どうやらシャルの話では酔っぱらって何か適当に賭けをしていた時に、負けた人が調停するみたいな無茶振りがあり、実際それで実行されただけだと言う。
勿論それは王国民は誰も知らないトップシークレットだと言うが、今の王も賭けに負けて王をやらされているとかで、世界樹方面の方々は人族を特に何とも思っていない事が窺い知れる。
ふざけやがってとは思うが、そう言う中でもシェリールのように人族を気にする者やシャルみたいに友好的なのがいるから救いだ。
話は戻り東方の自国領の先は海で、その先は船で行けるような距離には上陸可能な陸地が無いらしい事。と言うのも当初は広い海なのだが、その先は一気に狭まって広い川程度になって左右を崖に囲まれてしまうらしい。シェリールが転移門の魔法で見てきた所、遥か彼方の大海に出るまではそんな地形だと言う。
これに関しては船の性能が現代よりも大きく劣っている帆船だからのようで、転移門の魔法があれば地続きの場所なら何とか行き来出来てしまうし、海は大型の魔物がいるので船を立派にした所で損害しか出ないから発達しなかったようだ。
ちなみにシャルは転移門の魔法が得意らしく、何かあったらシャルが俺達を移動させてくれるらしい。
北方は魔人と魔人の王の住む大森林が広がっており、南方は大山脈の先に友好国があるらしいが、シェーバー領南端の俺達が現れた村からは山脈を迂回するために海岸線まで出て馬で一か月以上と言う。
どうやら離れた国とは友好関係にある所もあるらしく、シェリールがたまにマザーツリーである世界樹経由で魔力の回復をして、人並み外れた魔力任せに転移門の魔法で長距離ジャンプして訪問していると言うが、正直俺達と話してた時のシェリールを思い浮かべて外交やってる姿を想像すると、申し訳ないがちょっと笑ってしまう。どうやら転移門の魔法は消費魔力によって移動距離に差が出るようなのだが、地脈の中心地である世界樹に向かう場合は地脈の魔力を補助に使って飛べるし、逆に世界樹からどこかに向かう時も世界で最も魔力が濃いらしい世界樹の根元から飛ぶので自身の魔力は殆ど使わないらしい。
それなら世界樹を交易の中心に出来るんじゃないかとも思ったが、世界で一番神聖な場所で神聖なエルフが住まう地として一般人は寄り付かないし、エルフも人族と暇つぶし以外でまともに関わろうとはしないとかで、結果として他種族お断りな場所になってしまっていると言う。
山脈を超えた先は普通に自然豊かな土地だと言うし、山脈のこっち側には大きな川が無いのに反対側には豊富な水資源の水源があるらしく、何とも不公平な山脈だと思ったが、それもこれも地脈の関係だと言う。
山脈のこっち側は荒れているが、反対側は地脈の恩恵で自然があり、そう言う土地だから土の水持ちが良く水源として機能するのだそうだ。
で、世界史の授業で一番の問題は、『~~と言われる』とか『~~とされる』と伝聞のような内容ばかりなのだ。
史実自体が捻じ曲げられてる事も多々あるようで、現時点ではこういう事になってますよ、と言う授業内容なのは如何な物か。
まぁ現代でも研究によって鎌倉幕府はいい国作ろうからいい箱作ろうになったわけだけど。
何だかんだ無事に午前中を終えると、みんな好き勝手動き出した。
教室の後ろにある各自の小型のロッカーから荷物を出して出て行くのが多数で、残りは手ぶらで出て行ったり教室内で喋ってたり。
「なぁ、トモヤはどうするんだ」
さっき話しかけてきたジャンが再び来た。
「どうって言われても、俺達は何もわからないんだけど」
「シャルロット嬢から何も聞いてないか?」
確かにその通りだ。
これでもかと言う程にシャルをガン見したら、言い忘れてたのか素知らぬ顔で窓の外に視線を向けてしまった。
「大体の人は購買で昼食を買うか、寮で昼食の希望出してたら寮の食堂で食べてから午後の実技講習だな。トモヤ達は勇者養成学科に行くことになってるから、とりあえずメシだよな。俺も購買だから一緒に行こう」
「いや、ほんと助かったよジャン」
ほぼ初対面だけど、こうもフレンドリーに接してくるのなら同じように接していいだろう。
このまま居ても何にもならないし、シャルなんか昼食の事を忘れてたっぽいので元々食べない疑惑すらある。
そっぽ向いたままのシャルの頭を撫でるとくすぐったそうにこっちを向いた。
「シャルも行くだろ」
「ん」
「普段は食べてるのか」
「たまに食べる」
「……ちなみに俺達が食えそうなものってあるんだろうか」
「ある。異世界人用メニューが。私もよく食べる」
そうかそうか。
それじゃ行こう、そう思ってふと周りを見ると、わがクラス一大勢力の女子勢がうちの勇者様達をお昼に誘おうか、でもどうしよう、みたいな空気と視線で様子を伺っていたのだが、今日に関しては初日だし遠慮してもらおう。
千絵も楓子も対女子は問題無さそうではあれど、どちらかと言えば女性陣で固まるよりかは今日は俺とシャルと一緒を選んだようで、何事も無く先頭を行くジャン、そして俺とシャルにくっついてきた。
明日以降は女子は女子で交流を深めてもらえばいい。
「ちなみにさ、ジャン。普段シャルってどうしてる?」
「本人の前で聞くのか……」
「いいから」
良くない、と言う意思表示なのか俺の制服のズボンを後ろから引っ張られた。
「孤高の人と言えばいいのか、やっぱりエルフだしシャルロット嬢自身も饒舌じゃないから、多分トモヤの思ってる通りだと思うけど。それと授業は週に数回出る程度なのがエルフっぽいと思う」
「そうかー」
エルフっぽい、と言う言葉に大らかとか時間の感覚がおかしいとかの意味合いが含まれている事はわかった。
むー、と不満気の顔で見上げるシャルの頭を再び撫で、それならばこれから俺達が振り回してやればいいやと思うのだった。
少なくとも台風の目である千絵や楓子と言う勇者適正持ちがいる以上、静かで済むわけが無いのだけど。
俺としてはシャルみたいな年の(実年齢は知らないけど)子が一人ぽつんとしてる姿と言うのがいいとは思えないので、大きなお世話だろうしシャルが望むとも限らないが、こう、もっと構ってやりたいのだ。
単純に可愛い妹みたいに思えて来てる事も理由にあるけど。
で、俺のズボンを掴んでくっついてくるシャルと、その両脇にそんなシャルを見ながらニマニマしてる千絵と楓子と、俺のやや前を歩くジャンと言う構図で購買まで行くと、所謂購買に群がる生徒みたいな光景は無く綺麗に並んで順番に購入する姿があった。
ただ、並んでるのはどうやら平民っぽいのばっかりで、その半数以上は一人分以上のサンドウィッチなんかを持っていて、明らかにお使いであることが窺い知れる。
そう言う世界なのだろうけど、生徒会にいた人間としてはパシリとかイジメみたいな単語が頭をよぎってしまう。
「で、異世界人用のメニューって?」
「あれ」
ショーケースの上で支払いを済ませて商品を受け取る方式の購買だったが、そのショーケースの中には見慣れたものが。
「ハンバーガーだ」
「異世界の食材に近いものを使ったサンドウィッチもある。元々異世界人は一律で入学させるつもりで作った学校だから当然」
なぜかシャルがふふんと自慢げだが、何となくちょうどいい高さにあるので三度頭を撫でてハンバーガーを買う事を決意。
異世界人云々については良くわからないが、どうやらシェリールとしては異世界人は全員とりあえず入学してもらうつもりだったようなのだが、それが叶ってない所を見ると貴族主体の環境によるものなのかなと思わざるを得ない。
千絵と楓子は一口サイズで何種類かがボックスに収まってる異世界人用サンドウィッチを買い、ジャンは柊っぽいギザギザの葉っぱが主のサラダの上に焼いた何かの肉がドンと乗っかってる物を買っていた。
その葉っぱって噛み切れるんだろうか。と言うか口の中が血だらけにならないのだろうか。
シャルは俺と同じくハンバーガーを買い、ジャンにくっついて購買から出るとその足で校舎の外まで出てきた。
外は日当たりのいい場所にいくつかのベンチと芝生が広がっており、この時間にはそう言った場所に生徒が座って食事をしているようで、俺達も空いた場所に座って食べる流れに。
で、ここで問題なのが、何気なく芝生に胡坐をかいたらシャルが自然な動きで人の跨ぐらを椅子にしてきた事で、これが意外と収まりが良くしっくり来てしまった事。
そのせいで周りから『あのシャルロット嬢が』と言う視線を浴びに浴びても逃げるに逃げれず、逆に居心地良さそうにするシャルはマイペースにハンバーガーを食べる始末。
それを見てうずうずするのが楓子である。
「ねね、シャルちゃん、私の上も空いてるよー」
「私の所でもいいけど」
「ここがいい」
そうですか。
衆人環視とはこの事か、と言う状況で俺もバーガーに噛り付いたが、これがまた再現度が高いと言うか、どこの店のこれと言う味では無いが確かにハンバーガーだった。
バンズに挟まれたハンバーグ風の肉とちょっとの野菜とソース。
これはいいものだ。
原材料は得体のしれない物ではあれど、姿形がハンバーガーである以上目が食べたいと言っている。
「千絵と楓子が食べてるのはどう」
「チーズサンドみたいなのとBLTサンドっぽいものだけど、ちょっと食べる?」
「ぜひとも」
「じゃあ一口頂戴」
「ハンバーガーで一口ってお前ね」
ほら、とチーズサンドっぽいサンドイッチを差し出してきたので口を開けて迎え撃ち、仕方ないので噛り付いた部分を避けるように千絵に突き出したら大口あけて普通に噛り付きやがった。
お嬢さんはしたないのではなくて?
「私も、はいこっち」
今度は楓子が、千絵が差し出さなかった方のBLTっぽい方を出してきたので同じようにしたが、確かに『っぽい物』で味の再現度は高い。
で、残る二人に齧られたハンバーガーなのだが、これどうすりゃいいんだと数秒迷った挙句、さっさと食えと言わんばかりの二人の視線に負けて一息で口に突っ込んで食べた。
いやほら、ある種間接キスとか物によってはロマンとキャッキャウフフ溢れるイベントかもしれないけど、ハンバーガーでそれをやっても齧られたハンバーガーの見た目が悪くて、正直どうかと思うんだよ。後は人の目が超あるし。
正直間接キス云々に関しては、小さい頃から色々共有してきた事で今更ではあるのだが、状況が状況なので緊張感が半端ない。
この股座にはシャルがいて千絵や楓子と交換をしあう状況は、この世界に限らず俺達がいた現代においても異質な物であると断言出来るが、さてこの状況を変えられるのかと問われれば無理だと断言出来た。
シャルも退く気無さそうだし。
「なんつーかトモヤ達って兄妹みたいだよな」
「そう見えるんなら救われるんだけど」
「ただ、シャルロット嬢のそれは羨ましい。トモヤ俺と代われ」
「や」
本人から拒否られたせいでジャンが目に見えて凹んだ。
「あ、ねこー。猫だよほら智也君ちーちゃん、猫ねこ」
楓子がめっちゃ自己主張するから何かと思ったが、楓子の視線の先には確かに猫がいた。
白地に茶色のシマ模様で、前足や後ろ足四本とも先端が白いから靴下と言う奴で、胸元が白い。
顔も整っていてるし毛並みもいいし、よっぽどいい環境で野良をやってるか誰かに飼われているのだろうか。
「この世界にもいるんだなぁ」
「私ちょっと行ってくるね!」
普段はどちらかと言えばおっとりな楓子は猫に対しての喰らいつきが半端なく、通学路で猫を見かけた次の日にはチューブ型の猫用おやつを鞄に忍ばせているくらいだ。
千絵も動物は好きで猫も勿論好きらしいが、楓子の場合は猫に属する獣になら齧られても本望だとすら言う。まぁつまりライオンだろうがウェルカムらしい。
だが一つ問題があって、楓子の猫好きは猫からは理解されがたいようで、大抵は逃げられる、逃げられはしなくとも警戒される、場合によっては引っかかれる、と分の悪い勝負になりやすい。
そこに持参した猫用おやつで懐柔していくのだが、どうやら今回もあまり上手くは行っていないようで、猫は楓子をスルーしてこっちにトタトタと歩いてきた。
「にゃー」
と言うか俺に懐いてきた。
すまんな楓子。
どう言うわけか俺は動物に非常に懐かれるらしく、大抵楓子から逃げた猫は俺の足元を八の字に回りながらすりすりと顔をこすりつけてマーキングするのだ。
「へぇ、この世界の猫って人に懐かないんだけどな」
「そうなんだ」
「と言うか、懐かれても困るから別にいいんだけどさ」
「ジャンは猫が苦手なのか?」
「いやいや、動物愛護の精神で半身が構成されてるくらいには好きだよ?」
「じゃあなんで」
「いや、トモヤ達の世界の猫って愛玩動物だったみたいだけど、この世界のは――」
目の前にジャンの顔があったはずなのに、急に真っ暗になって何やら生暖かさと生臭さと非常にウェットな感触が顔――と言うよりも上半身を襲った。
何やら遠くで千絵や楓子が騒いでる声がするが、それに混じってシャルが「こら」と何か力んだような声を発し、その瞬間視界が開けた。
「……」
べとべとする。
何なんだと辺りを見回したら、本気でびっくりしてる千絵と楓子が俺の上の方を見ていて、何事だと顔を上げたら巨大な猫の顔がそこにあった。
そう、人の背丈なんて超えてる。
「ふにゃーぉ」
べろん、と。
「この世界の猫って、マナを吸収して巨大化するんだよ。ほら、チエやフウコって魔法職系で魔力制御を覚えてないせいか濃いマナを垂れ流してるからさ、猫も簡単に人のサイズを超しちゃうんだよね」
「いやいやいやいやいや」
俺今食われた?
犬は大型に品種改良されるけど猫がそうならないのは、元来肉食で度々野性味を出す猫が巨大化したら大怪我じゃ済まなくなる、なんて話を聞いたことがある。
それこそライオンサイズで人間なんてひとたまりも無いのに、今俺の目の前にいるこいつは、座った状態で俺の背丈を優に越しているのだ。
「まぁでも懐かれてるだけだし大丈夫だろ」
「んな無責任な」
「今シャルロット嬢がやったみたいに、何かあったら鼻っ面引っぱたいて怒ればやめてくれるから。サイズ的にも本気で殴りさえしなければ特に痛いものでも無いらしいし、この世界の猫自体が非常に温厚な生き物だから命の危険はないはずだよ」
「いや今俺食われかけたんじゃ」
「好かれる奴も大変だよな」
いやいやいや。
結局、何とか食事を終えて移動を開始したものの、猫は俺の後をついてくるし逃げた所で逃げ切れるわけも無く、仕方なく勇者養成学科に向かった。
ただ、楓子はこの状況でも嬉しいようで、何とかして巨大猫に乗れないかと画策していたようだが子供の体くらい太く長い尻尾で振り払われていた。




