自称神とか言うオッサンの扱いは悪くていい
お前たちは死んだんだ。
そんな事を、目の前の頭頂部ハゲで白髪ロンゲで、ついでに白髪の長い顎髭を蓄えた浮浪者みたいなオッサン――歳は多分八十を過ぎたあたり――が仰々しく言う。
うん、えーっと、とりあえず変質者は置いといて、俺は今見事に何もない空間に立っている。
あえて言うなら空の上にいるかのような。
地に足はついてるはずなのに、どこを見まわしても地面も無ければ壁も無く、四方八方を青空みたいな淡い色が埋め尽くしている世界だった。
そこには何も無い故に距離感すら無く、自分とその後ろに立つ幼馴染の二人、そして目の前にいるオッサンを除けば、お前は今宙を浮いていると言われれば信じる。
いや、俺は今空に立っている。
ついさっきまで、俺は高校の夏期講習をやっていて、同じく千絵と楓子もバスケ部と弓道部の部活で帰りの時間が同じくらいだったので、どうせ校門あたりで会うんだろうなーと思いつつ歩いていると案の定合流して帰りを共にしていたのである。
元々家が近く、異性と遊ばなくなる小学校時代や中学時代ですら、この二人とは常に仲良くやって来た。
自分よりも千絵の方がパワーバランス的に上だった事や、何かあると凄く悲しそうな顔で俯く楓子がいるせいで、小学校三年生の時に『恥ずかしいからお前らと遊ばない!』と宣言した瞬間に『は? 何言ってんのよジュース買って来なさい』と言う千絵の言葉と、楓子の悲しそうな顔を見て諦めた。実際パシられてるわけじゃ無いのは念を押して言っておく。
当時の事がしばらく前に話題に上がった事があったのだが、千絵曰く、あれは馬鹿がほざいてるからお仕置きのつもりだったとの事。
その力強さがリーダーシップに反映され、中学高校と生徒会長と副会長をやっていた程なのだが、問題は俺も巻き込まれ、時に副会長だった事もあれば会長をやらされた点だ。
ちなみに楓子も巻き込まれ、しかし総会で檀上に上がるのは嫌だと泣いて懇願されて毎度役職は会計だったり雑務だったりだけど。
仲間内ではリーダーシップをバシバシ発揮する千絵であるが、実際対外的な部分になると人並みに気の小ささを見せる。
友達や部活の仲間に対してはいいのだが、知らない生徒、特に異性の男子となると人並みの対応力になってしまうのだ。
そこら辺の対処のせいで、いつの間にか俺が色々と出来るようになってしまったのだが、今は置いといて。
さて、そんな俺達は別段話題が無くても何かしら会話に花を咲かられる自然な関係だったので、ついさっきの事を思い出そうにも特に会話の記憶が無い。
夏期講習だりーとか、この暑い中体育館で走りまわされるこっちの身にもなってとか、弓道場も暑いよとか、そんな毎度毎度口にする事は話していた気がするけど。
はて、どうしたんだっけ。
「ふむ、では大通りに差し掛かった辺りを思い出してみるとよい」
これまた仰々しく言うオッサンの言う事を聞くのも癪だが、この際しょうがないので必死に記憶を探る。
えーっと、昨日も一昨日も同じように帰ってたから、どれがさっきの記憶だろう。
どうやら流石の事に俺も大分混乱しているようだったが、思い返してみれば確かに異質な記憶がある。
大通りに差し掛かる時、生活道路から出て来るのだが、その瞬間目の前にトラックのフロント部分と慌てた形相の運転手がいた。
「あれ? 轢かれた?」
「思い出したか」
よかったこれで話が進むと言わんばかりに安堵された。
一度思い出すと細部まで鮮明に浮かんできて、トラックが突っ込んで来た時に俺は反射的に振り向いて二人を抱きかかえて後ろに飛んでいた事も思い出した。
が、飛んだ瞬間に跳ね飛ばされて、体と一緒に意識も飛んだので、どうやら抵抗虚しくお陀仏だったらしい。
「いや冗談でしょ」
「その記憶とこの場にいる事で納得せい。そこの二人は思い出したのか固まってるが、大丈夫かのう」
そう言われて千絵と楓子に目をやると、まさに驚愕と言わんばかりに目を見開いて、千絵は頭を抱え楓子は頭を手で挟むようにして凍り付いていた。
恐らく死んだ実感が二人にはあるのだろう。
「とは言え死んだ実感が無いんだけど」
「それはお前が即死だったからだのう。本来なら三人とも即死だったのに、お前が奇跡的な反射神経で二人を庇うものだから、二人はしばらく苦しむ事になったんじゃ」
「おう……」
この場合、助けられなくてごめんなのか、楽に死なせてやれなくてごめんなのか、なんて言ったらいいかわからない。
いやまだ死んだと決まったわけじゃないよ?
実際は夢でした。はい目を覚ましますよー。
うん、駄目だ。
ただ、この二人の姿を見てられなくて、打開策も特に無いけど藁をもつかむ思いで目の前のオッサンと対峙する。
「で、本題じゃが」
「の前にその喋り方何とかなんないの」
「お前こそ目上の者に敬語くらい使えんのか」
「いかにもな怪しいオッサン相手に敬意を払えと言われてもな。初対面なら見た目で判断するのは当然だろ」
いかにも浮浪者なボロきれを体にまとって頭頂部ハゲ頭で長い白髪の髭とくれば、いきなり何だこいつはと思って然るべきだと思う。
「ふむ、では私は神だ」
「やべえ、マジ神やべえ」
確かに神と言われれば神の風体ではあるが、かと言って自称神をまともに信じるべきだろうか。
「ほう、そうじゃろう」
「神だから頭頂部の髪が無いのか」
「これは単なるハゲじゃ。わしも昔はふさふさじゃ」
正直、自分でも何にもギャグになってないなと言ってから後悔した。
「……で?」
「自分でつまらないと思ったらスルーとはのう」
自分の事よりも、凍り付いてる二人が不憫でならないのだ。
「お前も今の時代の子供ならファンタジーくらいわかるじゃろ」
「まぁ多少は。漫画とかゲームとかアニメとか色々あるし」
「三人揃ってファンタジーな世界に行ってみてはどうかと思ってのう」
「何でどうして」
「なに、お前たち三人の輪廻が、今後一度たりとも人になる事がないのじゃて、不憫に思ってのう。まだ若いのに突発的に死んだとか、結果的にマイナスにはなったがお主が咄嗟に彼女達を身を挺して助けた事も考慮しての判断じゃ」
「おっsげふん、神様が俺達三人の為にわざわざそんな事するんだから、別の意図でもあるんだろ」
「まぁのう。じゃが悪い話ではないじゃろう」
オッサンと言おうとした事に関してはスルーしてくれるようだ。
「まぁ延々虫けらですは嫌だけど」
「ちなみにお前の次はウスバカゲロウじゃ。アリジゴクから成虫になった一週間後には死んで野山でゴキブリに生まれ変わるのじゃ」
「行きます異世界」
ゴキブリだけは嫌だ。
「そこの二人もそうじゃ。そっちは古井戸でナナフシに生まれ変わって、その次はフナムシじゃな。そっちのは実験用のラットの後に十数年程地中で眠るセミじゃのう」
千絵のフナムシもいやだが、実験された挙句に地中で長い事眠ってようやく成虫になったと思えばひと夏で終わるセミとか何なの。
「でも、送り込みたい理由あんだろ」
「その世界自体は神々が遊びで作った世界なんじゃがのう、もう長い時間が経っているのに発展が少なくて飽きてたんじゃ。と、そこで未来あるはずじゃった若者や知恵のある者を送り込もうと言う事になっての」
「はあ」
「魔物とかいるファンタジーの世界で冒険者とかなれるぞぅ」
「楽しい?」
「さぁのう。それはお前たち次第じゃろうて。そこの二人はどうする」
神様とやらに聞かれ、二人は虚ろな目で頷いた。
ショック受けてる所に今の話をされても右から左だろうし、仮に聞いてても虫になってしまうんであれば、それはもう行くしか無いだろう。
うん、俺って案外楽天家だったんだな。
死んだって聞いて、何だかようやく実感わいては来たけど、感情が追い付いていないのかそれほど悲しくないのだ。
とは言え一貫して現実味なんて無いし、いざファンタジーな世界とやらに行ってから死んだ事を悔やむ可能性は大いにあるとは思うが、差し当たってはある意味自分より大事と言ってもいい二人がショックで死にそうな顔をしている現状を何とかしたい。
「二人を置いてけないし一緒で」
「では行くがいい」
「ちなみに特別手当みたいなの無いの? 行った先で大金持ちとか」
「図々しい奴よのう。即死のはずが苦しんでしまった事だし、彼女たちには少しボーナスでもくれてやろうかのう」
俺には何も無いのかい。
「まぁよし」
「……結局私が神と名乗ってもお前は変わらんのう」
「だから人を見て決めるっつーの」
神だろうが何だろうが、今の俺には何だっていい。
この二人と離れるとかになったら嫌だなとは思うが、一緒にと言うのであれば何とかやって行ける気がする。
「あ、三人一緒にって、勿論別々の場所に飛ばしたりしないよな?」
「それも面白いかと思うのじゃがのう。冒険の先で出会うのもまたロマン」
「それはやめて」
「了解じゃ。ではそろそろ行くがいい」
そう言った瞬間に視界は暗転し、前後不覚どころか上下の区別さえもつかなくなった。




