ロリっ子現る
学校の敷地内を何となく歩いて回って、行きついた先は学校の敷地内の角、正確には敷地の南東にある巨大な屋敷だった。
「ここが学生寮よ」
「寮って言うか屋敷だろこれ」
三階建の屋敷は単純にでかい。
案内図で見ると敷地の十分の一程が屋敷になっており、これは最早小さめの城と言ってもいい規模だ。
実際の建ぺい率は七割弱で庭園やら温室やら憩いの場が何か所かあるようだが、それにしたって最初に見た校舎三つ分くらいはありそうな規模だった。
「貴族は四方の公爵領に本宅がある事が多いから大き目の寮を作ったんだけど、基本的にこの王都に住んでいようが生徒であれば入寮を義務付けているの」
「王都在住なら無駄もあるんじゃないか」
「確かに極近所に住んでいる貴族もいるわ。でも共同生活をする事によって連帯感や仲間意識が生まれると思うのよ」
確かにそうだが、貴族制度がある以上内部の様子は何となく想像出来てしまった。
「勿論、寮内では公爵家の人間に媚びる生徒が多いし、自分の家よりも格下相手に強気に出る残念な生徒もいるわ。でも、それも含め共同生活だし、公爵家自体は学校で問題を起こせば私の案件だから不味いってわかっているし、表向きは最下層の生徒でもそれほど酷い扱いでは無いはずよ」
表向きは、と言う事は内部で何かしらある可能性は捨ててないようだし、何なら何か知ってるのかもしれない。
ちょっと不思議なのは、しっかりと調査をしたか実際見たような口ぶりだ。
こいつ、シェイプチェンジなんて便利な魔法があるから、どこにでも入っては自分で見聞きしてんじゃないだろうか。
「とりあえず入りましょう。チエとフウコは大丈夫でしょうけど、トモヤは何かあったら私の名前を出して何とかして」
「……何かあるの前提かぁ」
いきなり心が折れそうである。
さっきだって遊び人と知れただけで空気が変わったくらいだし、下手したら寮内で全生徒のパシりをするハメになるかもしれない。
「ちなみに寮では中央エントランスの右が男子寮、左が女子寮よ。使用人を連れてる生徒もいる関係で女子が男子寮に入る事は許されているけど、男子が女子寮に入る事は原則認められていないわ。この原則と言うのは、女子生徒が執事を連れている事もあれば、同い年くらいの男の子を使用人にしている事もあるから、そう言う場合のみね」
「後半は何か闇を感じる」
「そうね、実際愛でてるみたいだけど、四人部屋で各々風紀の乱れをチェックしあうようにさせているから問題は今の所起きてないわ。部屋ぐるみで隠してたらわからないけどね」
「なんかあるような事言われてもなぁ」
「思春期男子の巣窟だもの。中には恋人同士や許嫁が一緒に通ってる生徒もいるし、権力に任せて使用人を酷使する生徒がいても不思議では無いわ。特に魔法が得意な生徒なら遮音や隠蔽系統の魔法で身を隠す事だって出来るし、何が起きてもおかしくは無いの。一応寮内での生活必需魔法と回復魔法以外の使用は禁止されてはいるけどね」
生活必需魔法と言うのも久々に聞いたが、実際当たり前のようにみんなが使っているので、最早勝手にランタンに火が灯ったり扉が自動で開閉したりしても驚きはしない。
「実際の所、腐敗してる貴族の子って結構多いから、隠れて色々やっているのはわかっているのよ。平民出のお金の無い子には銀貨三十枚が相場らしいわ」
「マジかー」
金貨をたんまり持ってるから俺も。
「最低ね」
ごめんなさい冗談です。
「見つけたらどうするの?」
千絵だけじゃなく楓子ですら顔を顰めてる。
「実際の所、平民の子からすればそれで生活出来ているし学校に通えているらしいから、双方納得の上だし取り締まると通えなくなる子もいるみたいだから、ちょっと難しいのよね。中には資金力が平民並まで落ちてる一般貴族もいるだろうし。学校や貴族絡みであれば平民からの訴えでも私が直々に対応する気ではいるけど」
確かにシェリールが直でとなれば誰も文句を言えないのだろう。
「そのさ、王城にもいなかったから良くわからないんだけど、爵位の無い一般貴族ってどう言う家柄なんだ?」
王城には基本的に男爵以上の家の本家の人間が務めているようで、爵位の無い一般貴族と言うとどのあたりを指すのかがわからなかった。
王国の爵位の制度としては男爵が最低で子爵、伯爵、公爵と上がっていく。
一応その上に大公もあるらしいが、これは王族の中での位として使う事があった程度らしく、それも千年以上前の戦争以前らしい。
西の国には男爵の下の位置に騎士爵とかもあると言うが、それは恐らく王国程公爵家の層が厚い事がないからだろう。
仮に王国で騎士爵みたいな物が与えられるとしたら近衛兵団の人間くらいだろうが、王国の場合は血を重んじる近衛兵団なので全員が男爵以上だ。
一応一般兵団として平民からなる組織もあるらしいが、能力的に該当しないようだ。
「三親等の枠に入れなければ一般貴族扱いになる事が多いわね。となると公爵家とか伯爵家と言った上位貴族の傍系も含まれはするんだけど、どこかしら親戚同士の婚姻で関係が近いから滅多な事じゃ一般貴族になる事は無いわ。と言うか一般貴族と呼ばれたくないが為に必死に政略結婚をすると言うか。中には公爵家としての血は濃いけど一般貴族の枠組みになっちゃう家もあるけど、流石に貧乏貴族とは分けて扱われるから、一般貴族の中でも明確な上下関係ってのはあるわね」
王国にどれだけの貴族がいるのか知らないが、親戚同士と結婚していけば血として『遠い親戚』では無く『近い親戚』になるのだろう。
「爵位を剥奪されたり破産で没落したり、家のしがらみが嫌で家を出た人も爵位の無い貴族って言う訳アリの家が大抵は一般貴族に当たるわ。貴族と言うのは言ってしまえば血統で、没落してしまっても貴族の血が流れているわけだから平民以下の資産しか無くても貴族は貴族として扱うのよ。そこら辺、貴族が平民の上に立つって言う昔ながらの慣わしが残ってるのよね」
「つまり一部を除いて、金の無い貴族、もしくは何かやらかして爵位がなくなった貴族が一般貴族か」
「中には単純に没落貴族って一括りで言う人もいるけど、男爵家や子爵家の傍系には爵位持ちの貴族と婚姻を結べないのもいるから、必然的に一般貴族は男爵家や子爵家の親戚筋が大半を占める事になるわね。なので爵位持ちの家に生まれた場合、とにかく爵位持ちの家と婚姻関係を結ぶのが前提とまで言われてるわ」
爵位一つで環境は変わるだろうし、それこそ死活問題だろう事は容易に想像できる。
「で、問題が一つ」
中に入ってだだっ広いエントランスの中央で立ち止まった。
中はベスターのいた城に近い感じがする。
この王都の城ははるか昔に攻城戦を耐えた迷路な造りを更に増改築で大きくした物のようだったが、ベスターの城は単純に居住空間としての城だ。
「この王国の爵位持ちの貴族の子息は誰もがこの学校に入る事を目標とし、資質があってキャパに余裕があれば基本的に誰でも入れる学校なの。って事は自然と生徒は常に一杯になるわけで」
「うん」
「そんなだから平民枠として確保してる分ですら貴族がお金で買おうとするとか問題もあったんだけど」
「うん」
「二部屋空いてると思ってたら一部屋しか空いて無かったから、三人一緒でいいわね」
何を言い出すんだこいつは。
「それも公爵家用の部屋だから最上級よ。あらラッキーね」
「……いや、流石にそれは不味く無いか」
「私は別にいいわよ?」
「私も智也君だったら気にしないよ?」
何となくそう言う気がしたから不味いと言ったのだ。
主に俺の理性が。
「仕方ないから、部屋の中央に間仕切りとして遮光遮音カーテンは付けといたわ。トモヤの事だから間違いも起こさないだろうし、チエやフウコの事だからどっちか片方だけでトモヤを襲う事も無いでしょ」
俺を襲うってどういう事だ。って言っても俺が襲った所でデコピン一つで命の一つや二つ持ってかれそうだから分が悪すぎる。
「幸いにも部屋は男子寮側三階だから女子のチエやフウコが入っても問題にはならないし、これで解決ね」
「……今後、どこか空きが出たら移っていいんだよな?」
「別にいいけど?」
事も無げに言うと言う事は、どうせ空かないと思っているのか、空いたとしてもどうせ移らないと思われているのだろう。
まぁ確かに千絵や楓子との共同生活ならアヤメさんの家でもやったし、それ以前に昔から俺の部屋で夜を明かす事はあったわけだから、特別な事でも無いのだ。
ただほら、線引きと言うか何と言うか、シェリールもさっき言ったように思春期男子がいる寮なわけで俺も例に漏れないわけで。
「荷物は既に運び込んであるわ。だから今日はここでお別れよ」
「えーっ、シェリールちゃん帰っちゃうの?」
「当たり前じゃない。たまに様子を見に来るわよ」
楓子が公の場でシェリールの名を呼ぶものだから、幸い人気が無かったけどシェリールが眉を顰める。
「冷たい事言わずに一緒に学生しましょうよ。ほら四人部屋なのに三人しかいないんだから」
「ちなみに空の一つは私の同族が入る予定になってるから」
千絵と楓子が固まった。
「それって男?」
「安心しなさい。後で来ると思うけど、見た目幼い子でシャルロットって名前。大体シャルって呼ばれてるからそう呼んであげて」
「よかったぁ、流石に智也君以外の男の子と一緒に暮らせって言われたら無理だよ」
「元々ここの生徒なんだけど、空が無くて平民の部屋に追いやってたのよね。まさか一人で公爵家用の部屋を使わせるわけにもいかないし。そんなだから転移門の魔法使って寮で寝泊まりしなかったのだけど――、ああ別に平民が嫌とかじゃなくて、一般的に私たちを畏怖の対象としてるから平民の子達に配慮してなのよ。転移門の魔法の使用云々に関してはとりあえず特例と言う事になってるから、使うのを見ても気にしないで大丈夫よ」
話ながらエントランスの左右から上に弧を描くようにして作られた階段を上り、二階に着いたら上ったすぐ左右に伸びる廊下を右に行って、更に右手にある踊り場で折り返すタイプの階段を更に上る。
どうやら左右対称の造りらしく、反対側の廊下にも階段があるようだったが、そっちは女子寮エリアと言う事だろう。
どうやら三階に公爵家と伯爵家が使う部屋があるようで、二階から上がる前にチラっと廊下から見えた各部屋の扉の間隔と、三階の各部屋の扉の間隔が倍くらい違う。
四人部屋とか言いながら十人くらい生活できそうな広い部屋っぽい。
部屋は三階に上がって直ぐの部屋で、シェリールは鍵を持ち歩いていたらしく、スカートの中に隠してあるらしい道具袋の中から鍵を取り出して扉を開いた。
『明かり』と言うと自動で明るくなる。
これの使い方は千絵と楓子は既に覚えており、俺は魔力不足なのか出来なかったので二人頼みだ。
「うっわー」
「すごーい」
中は如何にも中世ヨーロッパの城にでもありそうな一室だった。
アンティーク調の家具やランタン、赤地に模様の入った絨毯と同系統の色合いの壁紙、広さは二十畳弱程だろうか、実家の自分の部屋の六畳間を三つ並べたよりかは少し広そうだ。
正面にはさっきシェリールが言ったように間仕切りのカーテンがあり、壁の日焼けを見るに恐らく中央に置いてあったのであろう、これまたアンティーク調のゴツいテーブルとイス四脚がカーテンで仕切られた左側に寄せてあり、部屋の中央あたりの左右壁側には二段ベッド、その先の窓際には窓の左右に机が四つ並んでいる。ちなみに俺達の王城へ置いてきた手荷物はテーブルの上に置いてあった。
所謂ドレッサーと言うのか、やたら装飾が立派な化粧台が入り口左側にあるが、これだけ妙に浮いているので恐らく後から運んできたのでは無いだろうか。逆に右側には大型の姿見が置いてあったが、こちら恐らく元からあった物だと思う。実際床のカーペットに沈み込んでる跡を見る限り、恐らく予想通りだろう。
そもそも男子寮に化粧台とか置いてあるとは思えないし。
そして姿見の隣には扉があり、開けてみると正面と左に更に扉があり、正面はトイレで左側は少し通路を歩いた先に一般家庭の四倍くらい広いバスルームがあり、正面には胸より少し高い位置に大き目の窓があって、ちょっと背伸びをすると中庭が見下ろせた。
戻って来て階段から部屋の扉までの距離を思い浮かべ、こっちにまだスペースがありそうだなと右側の二段ベッドの先、裏手はバスルームに向かう短い距離の通路の辺りに両開きの扉があって、それはどうやらウォークインクローゼットらしい。室内の扉から壁までの距離を見ると実はこの部屋としての面積は三十畳近くあるようだった。
これ、一部屋借りるのに月々何万出せばいいんだろう。
都内だったら一部屋数十万と言われても納得する。
そんな極上と言って差し支えの無い部屋に入るなり、千絵と楓子は真っ先に寝床確保に向かったようで、二人して左側の二段ベッドの上を目指してハシゴでかち合った。
「楓子、ここはじゃんけんで決めましょう」
「一発? 三回?」
「一発よ。ほらじゃーんけーん」
こういう勝負の場合、八割がた千絵が勝つのだ。
何故って楓子の癖を熟知しているからで、勝てない二割は楓子の気まぐれだったり考えないで適当に出した結果だったりする。
にしても好んで上に行くのか。
「よっし勝った」
「うー、わっかたよ私あっちの上行くからいいよ」
「ちょ、ちょ待ちなさい、あっち智也の陣地だから。って考えてみたら後でシャルちゃん来るんじゃないの? 私達のどっちかと一緒に寝ればいいかしら」
「別にトモヤと同じでも大丈夫よ。手出したら犯罪って位幼く見えるから」
いつの間にか右側が俺の陣地になったらしい。
まぁテーブルや化粧台が左側にある時点で、二人が何気なくそっちを選ぶだろうなとは思っていたけど。
にしても、つまりシャルに手を出したらロリコンのレッテルを張られると言う事か。恐ろしい。
「それじゃ私は帰るわね。夕食は二十時に一階エントランスの奥にある食堂に行けば準備されているけど、席については誰かに聞けばわかるわ。朝食は朝六時からよ」
言葉の上で二十時と聞くと遅い夕食だなと思うが、一日が長いこの世界ではおそらく丁度いい頃合いなのだろう。
城での三日間はマリーネが起こしに来てくれたりで特に時間を気にして動いてはいなかったせいで、この世界の時間の感覚にいまだに馴染めない。
「今日一日ありがとうね、智也もなんか最近任せっきりで悪いなとは思ってるんだけど」
「うん、二人ともありがとう」
「私は仕事みたいな物だし、あなた達の事は気に入っているし友達でしょう?」
「俺もある意味仕事みたいな物だしなぁ」
「智也、後で説教」
「もっとデリカシーのある受け応えが出来るように勉強だよ」
酷い。
「正直、私もあなた達と一緒に学校生活してみたいわ。こんなに楽しそうな事、生まれてから初めてよ」
「それならくればいいのよ」
「そうね、考えとくわ」
シェリールは千絵の言葉に屈託なく笑うと、それじゃと言って部屋を出て行った。
なんか嵐のような一日だった。
そろそろやる事無いなーと思ってたら制服を着て、学校を散策し。
他にも校外の散策とかしたいけど、どうやら外出禁止令自体は俺達が何かやらかす可能性の方を示唆しているようで、つまるところ勇者適正があり魔力の高い二人が何かやらかしたら不味いから、と言う事のようだ。
勇者適正についても、無意識のうちに魔力を込めて肉体強化をしてしまうと言うのは便利なのか危険なのか。
寮に向かいがてらチラッと聞いた話では、適正はあくまで適正と言いながらも、勇者適正と言うものはオートスキルのように無意識のうちに魔力で肉体を強化してしまう物らしい。
むしろそう言う事が出来るから勇者だ、みたいなニュアンスだったのだが、ベスターの話と合わせて考えると『魔力との親和性が高い故に自然と強化してしまう』と言うのが真実のように思える。
例えば、王都の街を歩き回ってる時にトラブって、自己防衛のために落ちてた棒切れを振るったら相手を殴り殺してしまった、なんて事にでもなったら最悪だ。
さっきの楓子が外した矢が外壁に刺さったのも、弓自体の強さは勿論あるが自然と弓と矢に魔力を込めてしまっていたらしく、木の矢でも外壁に突き刺さる程に頑丈にしてしまったらしい。
だがそれ自体はこの世界では自然な事のようで、スティーブンもそこには特に言及をしなかった。
ある意味で勇者適正を持つ千絵と楓子は危険人物とも言えるのだろう。
確かに話を聞けば聞くほど勇者と言うのは規格外のようで、貴族連中が囲おうとしようとしたと言うのも納得だし、シェリールが何としても二人を確保したいと言っていたのも納得できる。
俺がシェリールの友人だと言えば遊び人だろうが一目置かれるのと同じで、勇者と言うだけで国益に絡む重要案件で、その勇者が何かやらかしたら大問題だから外出禁止と。
「ねぇ智也、とりあえずどうする?」
「寮の探検でもする?」
「とりあえず自分の荷物を片付けよう」
そう言いながらも俺は窓際まで行き、何となく感じていた違和感の正体に気付いた。
この窓は床から天井までと言う巨大なサイズで、床からあると言う事は実は扉で外に出れるのではないかと思ったのだが、まさにその通りで中々に広いベランダが外にあった。
開けて外に出てみると、外にはテーブルとイス一式があり、恐らく何かしら名前が付いていると思うが独特な網目模様が施された手すりから裏庭を見下ろせる。
「この寮の内装ってお城より凄いわよね」
俺を追ってか千絵もベランダに出てきた。
「一体いくらかかってんだろうな」
「さぁ、こっちの金銭感覚なんて知らないけど、寮の中はロココ調とかヴィクトリア様式って言うの? それも私たちの世界で言う本物なんだろうから、数百万とかしそうで怖いわよね」
「楓子は?」
「ベッドに倒れ込んでるわ。結構疲れたみたい」
千絵がベランダの手すりに寄りかかってる俺の隣に来て、同じように外を見下ろした。
「なんか、この十日間くらいで人生観変わっちゃうわね」
「まぁなぁ」
「アンティークっぽいのに囲まれた中世ヨーロッパみたいな寮で、こんなバルコニーでお茶飲んだりしながら友達と談笑とかするのかしら。全然想像つかないけど」
「バルコニーってか多分ベランダになると思うよ。バルコニーとかテラスって天井が無い場合を言ったはずだし」
「智也って意外とそう言う所細かいわよね。いつの間にか色々考え込んでたりもするし」
「この状況で考えないで動いて取り返しが付かなくなったらどうすんだよ。俺は嫌だぞ、自分が傷つくのも千絵が傷つくのも」
「やめてよね、この状況だからって私がコロッと行くと思ってるわけ?」
全く持ってそういうつもりで言ったわけでは無いのだが。
「そりゃ昔から頼りにはしてるけど」
しかも顔なんか赤くしちゃって素直にデレてるし。
「ほら、私達って死んだって言われたけど、この世界では生きてるじゃない?」
「ああ」
「だから、私は思い切って色々な事がしたい。次死んだら本当に終わりだろうし後悔はしたくないの」
「うん」
「だ、だから余裕が出たら彼氏とか考えようと思ってるけど、その、今はちょっと……」
うん。
それはな千絵、盛大な勘違いだ。
勿論千絵も楓子も好きだけど、それも異性として好きだけど、こんな状況でカミングアウトとかするわけないだろう。
「そっ、それに楓子だっているんだし!」
楓子が居て何がどうなんだと思ったら、千絵は駆け足で部屋に戻ってしまった。
うーん、やっぱりこの世界に来て余裕がなくなってるのか、以前よりも短絡的な気がする。
追いかけて行って訂正してやろうかとも思ったが部屋には楓子もいるし、楓子にも経緯を説明してからの訂正は考えるだけで面倒なのでとりあえず放っておこう。
ふと中庭に視線を落とすと、どうやら部活を終えて帰って来たらしい生徒が数人ベンチ付近に集まって喋っていた。
俺が見ているのに気付いた、と言うよりかは元々俺の話題をしていたようで、何やら喋りながらこっちを見上げている。
何も反応をしないでいるのも、後で無視されたなんて突っ込まれそうなので軽く手を振って部屋へ戻った。
何というか疲れたと言えば疲れたのだが、こうして仮ぐらしの王城からしばらく定住できるであろう学校の寮に入れたことで、どことなく安堵している自分がいた。
まだまだこの世界は知らない事だらけで非日常だが、学校と言うシステムの流れにさえ乗れれば安泰だろう。
少なくとも千絵と楓子は勇者と言う極めつけのアピールポイントがあるから大丈夫だろう。
問題は、遊び人で主夫の俺だが、もうこの際、最悪の場合は二人の使用人扱いでいいやと思っている。
何はともあれ何事も無くスムーズに馴染んでいきたいものだ。
「智也君、外ってどう?」
「どうも何も中庭が見えるだけだよ。まぁ遠くを見ればグラウンドとかドーム型の施設とか見えるけど」
どうやら復活したらしい楓子がベランダに出て来た。
話しかけられたこともあって、しょうがないかな付き合うかなと再び外に視線を移す。
俺のこう言う流されやすい部分は自分でもどうかと思うが、意外とこれで上手く行くのだから処世術だと思うんです。
「広いねー。でも隣とは分かれてるんだね」
一応離れてはいるがベランダの手すり以外に遮蔽物があるわけでも無いので、その気になれば行き来出来てしまう。
「これで隣と繋がってたら、魔法的な何かでここの出入りを封鎖した上で暗幕をかけてやる」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよー」
楓子は楽観的だが、あくまでもここは男子寮エリアだと言う事を忘れちゃいかんと思うのです。
「わー、高いねー」
手すりに寄りかかって言うのだが、高さ的な問題でお胸様が乗っかって凄い画になっておいでですお嬢様。
さっきの連中に見られてしまうと慌てて楓子を引き寄せようとしたが、下を見るともういなくなっていた。
「そう言えばお腹すいたね」
「……なんか普段の楓子に戻ったなぁ」
この見た目もそうだが性格すらもゆるふわ愛され女子が帰って来た事は嬉しく思うと同時に、結構な天然を発揮する事があるので少々面倒だったりする。
まぁこっちに来てから平静を装いつつもずっと緊張してたみたいだし、楓子も俺みたいに入寮した事で一安心したのだろう。
その点、千絵はまだ少し硬い気がしないでもないが、千絵は責任感が強いのでもう少しかかるだけなのかもしれない。
「ちょっとー、シャルちゃん来たわよー」
そんな千絵の一声で、俺と楓子は部屋に戻った。
入り口に立つ千絵と、その隣のシャルロットと言うエルフの子。
その縮尺が少々おかしい。
千絵よりも頭四つ分くらい低い。
小学校入りたてくらいの身長だろうか。
「シャルロット、はじめまして。シェリールに言われてきた」
たどたどしいと言うよりかはぶっきらぼうで抑揚が無い。
「トモヤ、チエ、フウコ」
指さして確認をすると、部屋を見回して使われてない右側のベッドの二階へ行く。
「ここ使っていい?」
「いいわよー。ね、シャルちゃん。シャルちゃんの事色々教えてよ」
「私、小さいけど小さくない」
つまり子ども扱いしないで欲しいらしい。
だがしかしだ。
シェリールも可愛さの中に洗練された美しさがあったが、シャルも幼い見た目なのに可愛いと綺麗が同居している。
まだエルフの女の子なんて二人しか見ていないけど、こんな美形な種族なのか。
シェリールのプラチナブロンドは特別な物だと言っていたが、シャルも透明な薄緑色の絹糸のような腰まであるふわふわのロングヘア―で、妙に存在感がある。
その存在感に違和感と言うか、何だろう覚えがあると言うか、恐らくシャルの魔力の感触なのだと思うがシェリールに似ているような気がするが、俺自身魔力感知が出来るとは到底言えない劣等生なので、既視感と言うか雰囲気が似ていると言うのが一番しっくりくる。
そこら辺は同族だから当然なのかもしれないけど。
にしても可愛い。
千絵はまだ我慢してるが、楓子なんて両手をワキワキさせて二段ベッドのハシゴの上にいるシャルに狙いをつけていた。
特に足音を隠す事も無く接近し、シャルの『?』と言う疑問符と共に首だけこっちを向いた瞬間に脇腹を抱えて持ち上げていた。
「やー」
妙に気の抜けた不満の声である。
もうそれすらも可愛いくて楓子は抱きしめて頬ずりしていたし、ついに我慢できなくなったらしい千絵までも表情を蕩けさせて楓子ごと抱きしめていた。
何だこの空間は。
ジタバタともがくシャルは、数十秒足掻いた後に楓子が拘束を緩めたことで抜け出し、俺の後ろに隠れてしまった。
「あぁん、もう可愛いよー」
「なによこの反則級のかわいさ。ちょっと智也、絶対手出さないでよね」
「俺を何だと思ってるんだ……」
「トモヤ、助けて」
「はいはい、仰せのままに」
そう言って何気なく自分のお尻辺りにある頭にポンと手を乗せて頭を撫でていた。
うーん、特にするつもりもなかったのに、ナチュラルにこんな事をしてしまう可愛さは確かに反則的だ。
何よりも、たった今出会ったばかりだと言うのに、俺達のような異世界人にもシャルはマイペースに接するし、こちら側もまるで前から知ってる人のように気安い。
シェリールとここ三日毎日のように会っていた事でエルフ族に慣れた、と言ってもさほど人間属と外見上の差があるわけでも無いので慣れるも何も無いし、この気安さは一体どこから来るのだろう。
俺がさっき感じた既視感のようなシャルの存在感のせいだろうか。
シャルは千絵と楓子から距離を取ったと言え安心はしてないようで、そこからしばらくの間、俺にくっついて離れずに二人から嫉妬の目とロリコン疑惑を向けられるハメになるのだった。




