冒険者育成学校(案内編)
やっとの事で学校の敷地内に入ると、入り口に学校の案内板が設置されていた。
ガラス張りの掲示板みたいなのがある辺り、こういうのは元の世界と何も変わらないんだなと思う。
魔法だなんだと言われはするが、生活自体はさほど変わらない気がする。
勿論現代の便利さは無いが。
案内板によると、王城の方に向いて作ってある門が表門で、そこから入って最初の建物が通常の校舎になっているらしい。
こうして見る分には広い敷地を持つ大学と変わらないのかなとも思うが、なんせ近接戦闘用訓練ドームとか魔法戦闘用訓練ドームなんてのもあれば屋外訓練コースなる物もあり、何から何まで戦闘訓練なのかと辟易する。
と、さっきシェリールも言っていたが敷地の隅っこには研究棟があり、錬金術学科だの神聖術学科だの勇者養成学科なんて風に細分化されており、研究棟と言うからには研究がメインなのだと思うが、勇者養成学科なんて普通に戦闘してそうだ。
その隣には部室棟があるが、部活も剣術系や武道系の体育会系がメインのようだった。
その中に弓術部なる物があり、楓子はそれを見つけるとじーっと穴でも開きそうなくらいに見つめている。
千絵はどうやらバスケに未練があるようでは無く、部室等の案内を見ていても別段興味無さそうだった。
「案内板は敷地内のいたるところにあるから、広くてもよっぽど方向音痴じゃなければ迷わないわ。取り合ずあなた達の担任に挨拶しに行きましょう」
「ちなみに担任、って言うかこの学校の先生ってどんな人なの?」
色々特殊とは言え、学校生活と言うある種の日常に戻れるからか千絵の声は明るい。
「大体が退役した近衛兵団や魔法師団の元団員よ。この学校自体まだ出来て五年くらいなんだけど、討伐任務で年に数人は大怪我でリタイアしちゃうから、そう言う人たちを教師として再雇用してるわ。勿論実技以外の授業もあるから研究者や学者の中から使えそうな人を選んで働いてもらっているけど」
それを聞いて、やっぱり元の世界の学校とは全く違うんだと軽く凹む千絵。
特に掘り返して聞いてはいないけど、二人も自分が死んでしまった事やこの世界に来てしまった事には踏ん切りをつけているようだった。
先頭に立つシェリールを追って俺達は敷地内を進み、一番近くの校舎へ入った。
何となく日本人脳で下駄箱を探してしまうが、どうやら履き替える必要は無いらしい。
どうも校舎入り口の外側のタイルに清浄の魔法が掛けられているとかで、靴の裏は自動で綺麗になるらしい。
これが有るのと無いのでは清掃にかかる費用が段違いだとか言っていた。
校舎は五階建て、一棟あたりの広さは通常の高校と大して変わらない。
案内板で見てはいたが、敷地が広い分校舎も広いんじゃと言う思うがどこかにあるのだが、生徒数は千人には届かない程度だと言う。勿論人数だけで見れば非常に多く感じるのだが、この校舎自体は一般教養の教室と職員室があるだけで、使用頻度はそれほど高く無いのだと言う。
学校と言うからには年齢である程度区切られているのかと思ったら、入学資格は一定以上の能力か異世界人と言うだけで、下は五歳から上は三十歳を超えると言うから何とも不思議な学校だ。
ただ、仮に五歳の子が女の子で、あのセーラー服を着ていたとしたら、多分即座に写真を撮るくらい可愛いんだろうなと想像してしまった。
いやロリコンとかでは無く単なる子供好きとセーラー服好きの相乗効果で。
そう言えば子供と言えば、もうかれこれ十年程前に病気で亡くなった従妹がいたのだが、その子がセーラーが好きで着ていたのが俺のセーラー好きに繋がっているのだが、あの子も場合によってはこの世界に来てたりするんだろうか。
この世界の死生観は、異世界人が当たり前のようにいるせいで元の世界とは全然違うと言う話を聞いた。
死んでこの世界に来るのであれば、この世界で死んでも他の世界で新しい人生を歩むであろう、と言う事で葬儀は盛大に送り出す為にやるのだと言う。
あの時、この世界の事を知っていたらあんなに泣かなかったかなぁなんて今更ながらに思う。
祖父母が亡くなった時だってそうだ。
もしかしたらこの世界で新たに産まれてる可能性が全く無いとも言い切れないが、まぁ考えるだけ無駄だろう。
とまぁそれは置いといて、実際は五歳の子はスズウキ家の末っ子の男の子だそうで、魔力量が魔法師団のトップクラス並にあるので暴発させない為にも早めの教育をと言う事らしい。
「ここよ」
学校の造りは元の世界の物に近い。
校舎自体は王城のような石で作られてはいるが、わざわざ扉の上にプレートで職員室とか書いてあるあたり親近感がある。
何がこんなにも元の世界に似ているのかなと考えて見たが、恐らく構造自体が似ているのだ。
下駄箱は無かったが入り口があり、そこから廊下を歩いて一階は職員室や保健室なんかがあり、教室は二階以上で建物の階層数も割と現代建築っぽい数だ。
そう言えば建築家がプレハブっぽい役所を作っていたし、現代の知識があればこう言う校舎もこの世界で作れてしまうと言う事だろうか。
なんかこう、世界観が剣と魔法が当たり前なのに、そこに現代建築っぽいのがあると慣れてるはずの造りでも違和感がある。
「失礼します」
再びシェリールが先頭になって職員室に入ると、教員は殆どおらず閑散としていた。
時間は元の世界基準だと三時から四時と言ったあたりだと思うのだが、この学校の時間割を知らないので俺には大した予想は出来なかった。
「いないわね。って事は研究棟ね」
シェリールも慣れてるのか、ざっと見ていない事を確認するとさっさと職員室から出て行く。
行先は研究棟らしく、敷地内を見回しながら割とゆっくりなペースで十五分くらいかけて歩く。
これは移動だけでいい運動だな、と思ったら敷地内を自転車に乗って移動する生徒が何人もいた。
「この世界にも自転車があるのな」
「ええ、簡易的且つコストも安いから構造を教えてもらって作らせたの。所謂レンタルサイクルってやつで、制服の袖口の校章が描かれたボタンに認証魔法が組み込まれてて、生徒なら誰でも使えるわよ」
「なんかすげー現代的」
「こんなだだっ広い敷地を徒歩で移動とか馬鹿でしょ。飛行魔法もあるけど安全上の観点から王都内では使用禁止だし、そもそも使える人も多く無いんだけど。最初は移動用に馬車を定期運行させようと思ったんだけど、馬車である以上馬の維持費とかそこら中にしちゃう糞の問題とかあって、思い切って自転車を採用してみたのよ。ちなみに袖口のボタンは他にも認証に使うから引っかけて無くさないでね」
「誰でもっていうけど自転車に乗れない人もいるだろ」
「この学校にいる以上最低限の運動神経は持ってるし、乗れない生徒なんて聞いたことないわよ?」
「だそうだ楓子」
多分俺の知り合いの中でも唯一乗れない楓子さんである。
「うー、酷いよぉ」
幸いにも俺達が良く乗ってたタイプのママチャリを模してあるので荷台もついているし、二人乗りは出来そうだ。
「うっそ、まさか乗れないの? これは他にも移動手段を考えないと駄目かしら……」
「って言うかさ、シェリールがここら辺取り仕切ってんのか?」
「基本的にエルフ族は気長だって言ったでしょ。つまり国の運営なんかも割と何とかなるでしょって言うざっくりとした考えが多くて、そんなんだから千年以上も大して発展しないのよ。だから私が神託の巫女の権力をフル活用してあちこちテコ入れしたり、冒険者育成学校みたいなのも作ってみたりしてるわけ」
「子供の時に?」
「エルフって世界樹の魔力を受けて育つから変に発達が早いのよ。これで魔力耐性が低いエルフなんかだと強い魔力に負けて死んじゃう事も過去にはあったらしいけど」
「なんか聞いてるだけだとエルフって羨ましいな」
「そんなだから変なやっかみも受けるんだけどね。本当ならエルフの王制なんてのも早々に人間と代わって世界樹に引っ込むはずだったらしいんだけど、時間の感覚が終わってる種族だからずっとこんな状態だし、私の代でいい加減人間に返還しないと」
「私の代でって、女王になるのか」
「うー、んー、なると言うか何というか同族の中でも国を治めるなんて面倒な事やりたがるのいないから?」
これは思った以上にエルフはいい加減のようだ。
「って言うか、私が色々やってるから周りの人は私がやると思ってるみたい」
「まぁ聞こえてくる噂ではシェリールがやり手らしいとは聞いてるけど」
「簡単な話よ。異世界人から成功した話や失敗した話を聞けば、自然とどうすればいいのかわかるじゃない」
「それがそのままこの世界に置き換えられるのならだと思うけど」
「魔法や魔物なんているけど、根本的には変わらないんだと思うわよ。物理法則も変わらないみたいだし」
確かにそこら辺は俺も感じ取っていた。
魔法に関して言えば質量保存の法則を真っ向から否定してる気がしないでも無いのだが、その質量相当の魔力を使っていると言うのであれば全く納得できないと言うわけでも無いし。
しばらく敷地内をシェリールに連れられて歩いていると、結構生徒とすれ違う。
大体がこちらの様子を窺うような様子だが、シェリールの姿を見てどうこうと言うわけではなく、こちらの世界で言う『異世界人の女の子』である千絵や楓子が目立っているようである。
二人も注目され慣れてるとは言え、慣れない場所や相手がこちらからしても異世界人なので少し身構えてしまうようだ。
そんな千絵や楓子がいてもシェリールの姿は目に入ってるだろうし、それで何も反応が無いのだからシェリールのこの姿は知られていない事がわかる。
元々シェイプチェンジで姿を変えている事もあるが、シェリールの姿を思い浮かべるに人間との差はそれほど多くは無いと思う。
この間、恥ずかしがるシェリールに頼み込んで耳を見せて貰ったら上が尖っていたが、それ以外での違いと言えば特に無く、あえて言うなら一般人と美少女の差程度だ。
だが、自分が白人を全てアメリカ人と答えてしまいそうになるように、違いと言うのは見慣れていないとわからない。
もしかしたらエルフとこの世界の人間との差に気付いていないだけで、パッと見ればわかってしまう可能性はある。
「黒髪自体が珍しいから異世界人だってみんなわかってるわよ。二年くらい前にも一人入ったから『また来たのか』くらいにしか思われないから気にしなくて大丈夫。とは言え勇者が来たって噂にはなってると思うから、変に馴れ馴れしい生徒には気を付けてね。取り入ろうとするタチの悪い貴族かもしれないから」
二年前に同郷の仲間が入った、と言う点に関して千絵と楓子が仲間を見つけたとちょっと喜んでる風である。
視線を受けてる事に気付いた俺達にシェリールがフォローを入れて来るが、見られるくらいで本気で怖がる二人でも無いのだ。
なんせ去年の文化祭での勝手に投票して勝手に決まるミスコンでは、千絵と楓子に票の九割九分が集まって、恐らく女性票が多かったのだと思うが僅差で千絵が優勝した程で、自分が気付いていなくても誰かに見られていると言う事を事実として承知しているし、見られていい気分はしなくてもスルーできる位には慣れている。
「そこが研究棟なんだけど、入り口でさっきの袖口のボタン使うからね」
ようやくついたらしい建物は、三階建の鉄筋コンクリ造りだろうかと思えるほど現代チックな物だった。
「これさっきの校舎とは造りが違うよな」
「よく見てるじゃない。物の材料とかって異世界とここでは大分違うから難しいのだけど、物質としては存在はするからセメントも何とか作れたのよ。で、鉄製の棒を山ほど用意して鉄筋コンクリートってので作られたわけ。鉄鉱石の採掘が中々難しくて大変だったわ」
でも所謂建築現場で使われているような建材としての物とは違うようで、表面が剥がれたり傷んだりしてきているので強度には難有りに思える。
「でも脆くないか?」
「痛んできた時点で状態固定の魔法をかけてあるから十年や二十年は大丈夫よ。それまでに建築資材の質も良くなるだろうから、後でまた考えるわ」
だがまぁ、ここまで現代チックな建物を見てしまうと、妙にホッとする気持もあるのだ。
楓子ですら壁をぺたぺたと触って何やら妙な笑顔を浮かべているし。傍から見るとちょっと怖い。
「正面の自動ドアの右側にプレートがあるから、そこに袖口を近づけると開くから。複数人の場合、持ってない人が中に入ったら警報が鳴るわ」
「無駄にハイテクだな」
「この世界では電気で自動化が難しいから、簡単なプロセスで起動する魔法を使ってみたの。これなら関係ない生徒は入ってこれないじゃない?」
「って事は一部の人しか入れないのか」
「と言うか、言葉の通りこの校舎に関係ある人しか登録されてないってだけよ」
確か錬金術だの神聖術だの勇者養成だのと書いてあった気がするから、そこら辺に関係する人だけと言う事だろう。
システム的には割と馴染み深いので特に問題も無く通過すると、シェリールの後ろについて研究棟の校舎内を歩き回る。
「そう言えば電気の話で思い出したけど、発電云々の話があるとか」
「頓挫したわ。発電機に使う金属は一応確保できたけど頑丈な合金を作るのに手間取ったの。後数年粘れば出来るし、西のピレネー領の山で水力発電をしようと思ってたけど、この世界では魔法があるせいで電気製品の普及が難しいし、電気で賄える事は大体魔法で何とかなっちゃうから結論として計画は打ち切り。計画したけど結果無意味でしたじゃ体裁が悪いから、発電用タービンに使う合金の生成が難しい為って事になってるわ」
「電気じゃなきゃ出来ない事もあるだろうけど、この世界では圧倒的に魔力が優勢だろうからなぁ」
資源的にも難しいようだし、前の世界の水準並にとなると不可能と言わざるを得ないだろう。
合金がどうのと言っているようでは、そもそも産出があるか知らないがレアメタルを使った電池や高性能なモーターなんかは期待出来ないし、出来る範囲で一番可能性があって効果が高いのはラジオ放送的な物かなと思ったが、それも出力を上げられないと広域をカバーできないので結果的にそれなりの電力を必要とするし、その分の施設も必要になってくる。
さて校舎だが、外壁もだったが建物内部も材質的な問題はありそうだが、作りはまんま学校と変わらない。
それこそ廊下にある窓ガラスはサッシまでも現代風の造り――ハメ殺しではあるが――だし、天井に蛍光灯が無い代わりに魔法で起動するランタンがぶら下がっている。
床は土足で上がる事もあって普通のタイルではあるが、階段の段差には滑り止めとして溝も掘られているし、日本人の仕事だなと思えた。
「にしても錬金術ってあるんだな」
「果たして正しい意味での錬金術かどうかはわからないけど、過去に物質を直接変質出来る人がいて、その人の教えを元に作られた学問なの。物質の根源に直接働きかけなきゃいけないから魔力操作が精密すぎて、今では学問だけ残っていて実際に錬金術を使える人がいないのよ。なので現状は『錬金術を再現、復活させる為の錬金術学科』が正式名称ね」
物質の根源と言うと分子とか元素とかそう言う事だろうか。
実際に魔法で弄れたとして、元素自体が違う鉄を金に変えるのは無理だろうし、あるとすれば金を含有する何かを大量に集めて魔法で金を取り出すとかか。
魔法の力は万能に思えはするが、実際は制約が多そうだ。
喋りながら進んでいくと、シェリールがある部屋の前で立ち止まった。
「失礼するわよ」
勇者養成学科と書かれた部屋にずかずかと入り込むシェリールについて行くと、そこは教室と言うよりかは教科の準備室のような個室だった。
「何だわざわざ来たのか」
「学校見学も兼ねてよ。あなた達、この左目が無いのがあなた達の担任になるアルバートよ」
「元近衛兵団、第二師団隊長のアルバートだ。よろしく」
よろしくお願いします、と特に意図せずとも三人声が揃う。
俺から千絵、楓子と軽く自己紹介をしたが、遊び人と自己紹介しなければならないのが悲しくてしょうがない。
にしてもシェリールからの紹介が何とも雑で反応に困るんだが。
一目見た時に黒い眼帯を着けていたから予想はしていたけどさ。
「ついでに左腕も殆ど動かないし足腰もやっちまってるんだが、まぁ授業する分には特に問題無いから気にすんな」
「これでもトモヤが百人いたって勝てないくらい強いわよ」
「遊び人と比べるなよ……」
「ただ、戦闘に慣れたら千絵や楓子なら一息で倒せる程度の強さでもあるわ」
「勇者と一緒にするなよ……俺は一介の剣士だぞ」
と言うか千絵と楓子ってそんな強いのか。
何度も千絵の蹴りを食らっているが、確かに妙に痛い事はあるけど、もしかしたらかなり手加減しているのだろうか。
「ま、勇者養成学科なんて言うが、実際にはこの世界の常識や魔物の事、武器の扱いや魔法の基礎的な部分の勉強をするだけだからな」
つまりは補講か。
「なんて言うけど、この学校にいるどの教師よりも打たれ強いから白羽の矢が立ったのよ。間違って勇者が本気で切り付けても即死はしないはずだから安心して」
そう言うと、流石に当事者である千絵も黙っていられなかったようで顔を顰める。
「あんまり安心できないわよそれ」
「大丈夫よ。だってフウコがすぐ回復魔法覚えてくれれば、息の根を止める寸前までなら何とかなるはずだから」
「ええ……」
これには楓子もドン引きである。
人命軽いなおい。
「問題はお前だな。遊び人じゃどこ行っても何も出来ないぞ?」
「とは言っても、好きで遊び人なわけでもないので」
「まぁ死なない程度にな。俺なら即死しなくてもお前だと即死するだろうしな」
「はぁ、とりあえず死なないのを目標に頑張ります」
「じゃーこれで目的は達成ね。ざっと施設を見てから帰りましょう」
「おう、明日からよろしくな。の前に一般科目のスクーリングもあるから登校は朝八時だから遅れないように」
はっはっはーと豪快に笑うアルバート先生だが、軽く話した感じでは嫌な感じも無いしいい人なんだろうなと言うのが第一印象だった。
白人でどこの国系統の顔なのかはよくわからないが、名前的には英語圏なのだろうか。
今の所、出会った人の名前が英語圏っぽければアメリカ人系かイギリス人系だったし、シェリールも恐らくフランス系の読みなのだろうが顔立ちも割とそっち寄りだ。王都に入る前に助けてくれたテリーも南米系っぽい顔だったし。
だが、色々な人種がいるからアメリカみたいな移民の国かと思ったらそうでも無いみたいだし、それなら滅茶苦茶掘りの深い白人顔にアジア系の名前が付いたりしても不思議じゃないのだが、不思議とそこら辺は整合が取れている。
って言う疑問があるんだけど、と研究棟を出てからシェリールに聞いたら、きょとんとした顔の後に納得したように頷かれた。
「翻訳の魔法札のせいね」
「ん、あー……」
つまり、この人種だからこういう名前、と言うのが勝手に翻訳されているのか。
「魔法札無しに名前を聞いたら、多分まともに聞き取れないわよ」
「なるほど納得」
「ね、ね、シェリールちゃん」
研究棟入り口にあった案内板を見ながら楓子がシェリールを手招きする。
「この弓術練習場って見れる?」
「時間的に部活動が始まってるはずだしいいわよ? ただ、私はただの使用人で見学の付き添いって事にしておいてね。名前もシェリールじゃなくて、そうねフランとでも呼んでくれればいいわ」
「楓子ってそこら辺不器用だから普通に呼ぶと思うわよ?」
「私そんな抜けてないよ?」
気付かぬは本人ばかりである。
「それなら私の名前を呼ばないでくれればいいわ。適当に交渉して見学の許可は取ってあげるから」
「やった」
腕を胸の前で揃えてまげて拳をぐっとする仕草、豊満なそれが寄ってお兄さん楽しくなります。
「そういえば、さっきのアルバート先生には正体ばれてるのな」
「この格好で認識はされてるけど、私の本来の姿は知らないわよ。担当上、どうしても私と直接やり取りした方が早いし」
勇者関連の事はシェリールが完全に受け持ってるようだ。
「チエは何か見たい場所ある?」
「うーん、私は別にいいかなぁ。バスケも無さそうだし」
「そう言う娯楽の部活は無いのよ」
どうやらバスケとは何ぞやと言う事は聞いているらしい。
とは言え、正直な所千絵ってそれほど本気でバスケをやっている風でも無かったのだが、それでもこの世界でバスケ部があったらやっていたのだろうか。
そもそも何で入ったのかと言えば、女子としては割と長身の部類に入る上に運動神経が良く、同じクラスで仲良くなったのがバスケ部の子で誘われたからと言う物だった。
二学期に入る頃には生徒会役員にならないかと言う誘いを教師の方からされていたこともあり、次第に生徒会活動の方が多くなってしまった事もあったのだろうが、どちらかと言えば部活でストレス発散をしているようにも見えた。
仮に生徒会に関わらなければ、と言うのはあり得ない。
そもそも小学校から代表委員会と言う級長からなる委員会の委員長をやっていたし、中学でも元々本人はやる気もある中で生徒会顧問からの誘いで立候補した。
そのどちらも俺と楓子が巻き込まれはしたのだが、何だかんだ楽しくやっていたので、それに関しては特に不満も無いし、何なら俺はこういう事務作業の方が能力を発揮するんだなと言う事もわかった。
本人は特に決まりごとにうるさいとか委員長体質と言ったわけでは無いのだが、どうやら俺や楓子を巻き込んでの生徒会と言う空間が好きだったようだ。
そうすると、俺や楓子が千絵の誘いを断っていればバスケに打ち込んでいたのかも、と考えてみたが千絵の性格を考えるとやっぱりあり得ないかなと思う。
きっと生徒会以外で俺達を巻き込んで何かやろうとしただろう。
「トモヤも何か無いの?」
「この学校で生徒会みたいなのって無いのか。学生による学校運営みたいな組織」
「一応王国のプロジェクト、と言うか私の管轄だけど、学生に何か任せるって言うのは無いわね。だって考えて見なさいよ、貴族制度がある中で生徒主導の組織なんて作った日には公爵家の人間がトップに立って変な縦社会を作りかねないわよ」
言われてみればその通りだった。
「一応生徒はみな平等と言う事にはなっているけど、どうしたって貴族の階級や平民との差は埋まらないわ。それこそ勇者適正があって異世界人って言う、貴族とは違う枠組みのチエやフウコがトップに立ってくれるならいいけど」
「さすがの私もこの世界でいきなり生徒会とか自信ないわ」
「だよなぁ」
「でも場合によっては面白いかもしれないわね。わざわざ出向かなくても神託の巫女と親交のある勇者が学校を取りまとめてくれると言うのであれば、私も大分楽が出来そうね」
「色々大変そうな所悪いけど、俺達も大変なんで忘れてくれると助かりますお願いします」
シェリールとしては割と有りだと思っていたようで、ちょっと残念そうだ。
とりあえず一行は楓子の希望通り、王都の一番外側である外壁沿いにある弓術練習所へ向かった。
剣術系は近接戦闘専用のドームがあるらしいが、弓術のようにある程度開けた場所で、尚且つ矢が変な方向へ飛んで行く可能性も考慮すると外壁沿いが妥当だったらしい。
「フウコは本当に弓が好きなのね」
「うん、私って運動は苦手なんだけど、弓は自分のペースで集中して出来るから性に合うみたい」
「実力はどうなの?」
「うんと、一応学校では一番上手かったけど、大会になると全国に行けるかどうかかなぁ?」
「それは上手いって事じゃないの?」
「弓道部自体が少ないから、普通に射れればある程度は上に行けちゃうよ?」
「でも弓となると、フウコのそれは邪魔そうね」
と、シェリールが堂々と言うのである。
楓子の胸を見ながら。
「サラシ巻いて胸当て付けるから大丈夫だよー……」
「そこまでしてもやりたいくらい好きだってのはわかったわ」
そんな俺が突っ込みにくい話をしていると、弓術練習所に到着した。
造りは弓道場に近いようで、射手のいる所には屋根があるが的は屋外の盛り土をした前にある。
シェリールはずかずかと練習場に入って行く。
元々怖いものなど殆ど無い立場なのだろうけど、今の自分が使用人と言う扱いであることを覚えているのだろうか。
「オッケーよ」
どうやら代表者に事情を説明したようで即座に許可が下りたらしい。
シェリールに言われてすぐ動くかと思われた楓子だが、練習場が意外と奥行きが広く、外から見るだけでも中に三十人くらいは居そうだからか物怖じしているようだ。
仕方ないので俺が先頭に立ち、楓子の手を引いて中へ行く。
こういう楓子の物怖じは割とある事で、俺や千絵がいる時は大体こんな感じなのだが、そのせいか最初から俺が手を取る事を期待されてる節もある。
と言うのも、手を引く楓子がしっかり握り返して来て本人が嫌がる様子も無いからだ。
案内図で見た時は割と大きめの建物かなと思ったが、実際中を見てみると半分以上が外の的場なので建物自体はそれほど大きいわけでは無いらしい。
とは言え入り口から見える最奥まで五十メートル程ありそうだし、ほぼ等間隔に射場に立つ生徒だけでも三十人近く見えるし、他にも順番待ちをしてる生徒や弓の手入れをしてる生徒もいるので、中に入ってざっと見た感じでは五十人や六十人は居そうだ。
その中でこちら側を向いて仁王立ちする生徒は、白人系なので正しく予想できてるか怪しいが自分よりも二つか三つ年上っぽいゴツい男子生徒で、これがさっきシェリールと話していた部の代表らしい。
にしても弓術なんて言うから学校の弓道部みたいに細身の人が多いイメージだったのだが、男子は皆マッチョとはいかなくとも体格がいいし、何なら女子も男ほど体格がいいわけでは無いが体つきはしっかりしてるように見える。
それこそ千絵もバスケ部で動いていただけあって細見だけど体が出来ているが、弓術部にいる女子の殆どが追加でちょっと筋肉を盛った感じだ。
何か違和感を感じて少しあたりを見回したが、違和感の原因は全員制服のまま弓術部の活動をしている事だった。
確か制服自体の性能がいいから、基本的に何をやるにも制服でやるような話を聞いていたが、まさか他の近接格闘系の部活なんかも制服でやっているんだろうか。
「弓術部へようこそ。私は部長のスティーブン・ハウスだ」
堂々と胸を張って言うスティーブンとやらは背が大きい事もあって凄い圧迫感があるが、その顔は友好的だ。
そのガタイの良さや彫りが深く角ばってすら見える顔、短めの金髪を立ててる所なんかから海兵隊にでもいそうだなと言うのが第一印象だ。
後ろからシェリールが、『ハウス家は伯爵家の中でも結構力を持ってる家よ』と教えてくれる。
翻訳の魔法札の影響かはわからないが、ハウス家と言うと和訳したら家家になるのかな、とちょっと思ってしまって笑いを堪える。
「あ、どうもトモヤです、こっちがフウコで後ろのがチエ」
「明日から編入する勇者ともなれば、好きなだけ見てもらいたい」
「ありがとうございます」
って言うかシェリールの奴、二人が勇者だと言う事を隠す気は無いらしい。
どうせ明日になれば一躍時の人になるんだろうけど。
「それで勇者は?」
そこを掘り下げられると俺の肩身が狭くなるんだけど。
「こっちの二人で俺はおまけです」
「そうか。ちなみに経験は?」
楓子は相手のサイズ感にビビッてしまったようで、いつの間にか繋いでいた手はそのままに俺の背中にぴったりくっついてスティーブンから隠れてしまっていた。
それでも多少の自己主張は出来るようで、俺の肩の後ろからチラッと見える程度に手を上げているが、その手が俺の耳にあたって非常にこそばゆい。
「そうか。では実際にやってみるといい」
「ああ、経験者と言ってもこいつがやってたのって、異世界の形が違う弓なんで」
「なに、基本的には変わらんだろう」
ハッハッハーとどっかで聞いたような笑い方をする。
そう言えば王都に来てからブライアンを見てないな。見たら蹴っ飛ばしそうだけど。
一応魔法師団の団長には、ちゃんと三人ピックアップするように言ったはずだと厳重注意はしたと言うし、当のブライアンに関しても異世界人で特別視されてはいるが、それなりにペナルティーは与えられたらしいと聞いた。
どうやら現場が、勇者がまとめて二人来たと言う事で一時お祭り騒ぎになってしまって情報伝達が上手くいかなかったらしい。
「おい楓子」
埒が明かないので、繋いでいる手を引っ張って無理やり表に出させると、ほぼ全部員から注目されている事に気付いて石になった。
さてどうしようかと思ったら千絵が楓子の後ろに来て、何か思いついたように嫌な笑みを浮かべて両手の人差し指を立てると、それを楓子の両脇に突き刺した。
「ひぇぁっ」
「ほら緊張してないでしっかりする」
「ひ、ひどいよぉー」
「この場で胸もまれたくなかったら、わかってるわね」
ちなみにこういう場合の千絵は有言実行である。
過去何度か見てきたが、それは非常によろしいものです。
異性に対して魅力を感じる部位で言えば日本人程オッパイスキーはいないなんて言うが、この世界の連中も嫌いでは無いようで視線が一瞬向いた。流石にスティーブンは目の前にいる事もあり一瞬見て目を反らしたが。
「うぅ……」
で、観念して一歩前に出るのだ。
「よ、よろしくお願いします……」
「ではこれを」
どうやらスティーブンの私物らしい弓と矢を受け取ると、楓子は近くの射場に立つ。
立ったのはいいけど、楓子の奴緊張で忘れてるんじゃないだろうな。
俺がそう思った時には矢を番えて弦を引く。
その動きは弓道の時のように上から降ろしながら引いていたが、そもそも弓のサイズが小さい洋弓なので思いのほか今まで通り引けなかったようだったが、狙いをつけ手を放す。
その瞬間、恐らく強烈な痛みとショックで弓を落として蹲った。
そりゃ普段してるサラシもして無ければ胸当ても無いんだから当然だと思うのだが。
正直男にはわからない痛みだが、両手で胸を押さえて蹲って何も言えなくなるくらいには痛いらしく、千絵が慌てて駆け寄っていた。
ちなみに矢は勿論当たる事無く大きく逸れて壁に当たったようだが、どう言うわけか石壁に突き刺さっている。
「あんた馬鹿でしょ。いや私も言わなかったのは悪かったけど」
「も、もうやだぁ……」
「いや凄いな君は」
この状況において素直に関心するスティーブンは、地面の自分の弓を拾って俺に向き合った。
「この弓はうちの部じゃ私以外にはまともに引けない程に強い弓なんだ。それをまともに引いた上に、外れはしたが外壁に突き刺すとなると物凄いパワーだな」
「ちょっといいですか?」
その弓を借りて軽く引いてみようとしたらびくともしなかった。
それどころか、弦を軽く弾くと弦楽器のようにピーンと音が鳴る程だ。
弓とは弦が伸縮するのではなく弓自体がしなる事で飛ばすわけだけど、この弓自体の木で出来てる部分を無理やりまげてやろうにもビクともしない。
「お前いつの間にゴリラになったんだ」
「トモヤ様」
ぞわっとした。
そう言えばこの場では使用人なシェリールだった。
「フウコ様やチエ様は勇者適正がありますので、それだけで大抵の武器を扱えます。特にフウコ様は弓の経験がおありですので不思議ではありません」
「扱えるのと力が強くなるのは別じゃないのか」
「高い魔力で自身を自動的に強化しているのです」
そう言われると、勇者適正がある人間が他の人よりも段違いに強い理由が分かった気がする。
ベスターから聞いた話でも魔力との親和性が高いと勇者になるらしかったが、その分自身への強化も強まると言う事だろう。、
「これが噂に聞く勇者の力か……」
「ちなみに、弓術部ってこの学校だから実戦を前提にしているんですよね?」
シェリールの話だとバスケのような遊びの部は無いと言う事だったから、その逆を言えばそういう事になる。
「勿論だ。弓兵と言うのは後衛で群れて目立たない印象を受けがちだが、前に立って戦う者の援護をしつつ強い弓兵は一人で遠くの敵を射抜く事だって出来る。この部では弓の基礎から最終的には孤立しても戦える訓練をしているのだ」
「やっぱり卒業後は近衛兵団ですか」
「近衛兵団に入れる者など極一握り、私だって卒業後に入れるかわからないんだ。基本的には家が爵位持ちの公爵家未満ならば王都の警備兵が順当な所で、平民ならば関所か公爵領での警備兵がいい所だろうな。勿論それは弓で生きていくと決めた者であって、部員の半数は各々他の道を行くのだが。君も近衛兵団を希望しているのかな」
「あいや、俺はそう言った戦いに向いてはいないので」
「トモヤ様は遊び人と主夫に適正をお持ちですので戦闘は出来ません」
シェリールの奴があえて言わなくていい事を言ってしまったせいで、さっきの部員の熱い視線が一気に氷点下まで落ちて蔑む目で四方八方から見て来る。
やっぱりそんなに悪いのか遊び人は……。
「おい楓子、大丈夫か」
「大丈夫じゃないよぉ……。智也君絶対気付いてたでしょ、わかってたでしょ」
「言おうと思ったらもう引いてたから、あそこで声かけても危ないかと思って」
ようやく楓子が立ち上がったが、新品の制服は傷一つもない。
この制服の防御力が無かったら、今頃楓子の立派なそれがどうなっていたことか。
「さて、では軽く案内しよう。王女のシェリール様も弓を嗜む事もあって、花形とは言えない弓術だが設備は他に引けを取らんのだよ」
「シェリールが弓をやっているところを見たことが?」
「シェリール、様な」
遊び人と知ったからか、シェリールを呼び捨てにしたからかはわからないがスティーブンの目も少々冷たい。
「私は見たことが無いが基本的にエルフは弓の名手なのだ。噂によると世界樹の枝から作られた世界最高級の弓を使うらしい」
さっき王城で見た弓が、実は世界でも最高級品の弓だったらしい。
「トモヤ様達はシェリール様が直々に友人とお認めになり、呼び捨てをお許しになっております」
そう言って小さく頭を下げるシェリール本人だが、下げた顔がほんの少し笑っている。
こいつ愉快犯が過ぎやしないか。
まさかシェリール本人がそんな事を言ってるなんて知りもしないだろうが、どうやらスティーブン達弓術部の面々からしたらシェリールと友達と言うだけで大事の様子。
「それは本当なのか」
まさにガッシリと両肩をごつい手で掴まれ、真面目を突き詰めたような顔が接近する。
「ど、どういうわけか」
「シェリール様を実際に見たのか」
「い、一応」
「一応とはなんだ一応とは!」
「い、いや、ほら高貴な身分であらせられるシェリールだから? シェイプチェンジも使えるらしいし普段から姿を変えてたらわからないかなーと」
チラッとシェリールを見たら微妙に口元が引きつっていた。
これは無いとも言えない。
「なるほど。確かに神託の巫女でありエルフ族の中でも特別なお方だ。普段から警戒をしておられても不思議では無い。だが実際に友人として認められたのだろう」
「はぁ」
「何ともうらやま、いや素晴らしい事だ。あの方が姿を変え王都を見て歩いている事は有名だが、その姿を知る者は固く口を閉ざしているので誰もわからないのだ。しかし君の言う通り誰もシェリール様の本当の姿を知らなければそれも納得だ」
いや割と出まかせと言うかカマかけなんですが。
「よし、とにかく案内だ。ついて来てくれ」
なんかシェリールにいいように遊ばれた感がある俺と、痛みからどうにか復帰した楓子と、そんな俺達を一歩離れた所で生暖かく見る千絵。
四人そろってスティーブンの案内を受け、一通り案内が終わると礼を言って弓術部を後にした。
時間にしてニ十分程度しかいなかったはずなのに妙に疲れたのは、恐らくも何も使用人に扮したシェリールのせい以外の何物でも無いだろう。
「それにしても私が最初から擬態してるみたいに言わないでよ」
「可能性の一つではあると思ったんだけど」
「もっと信用してくれても大丈夫だからね」
そう言いながら、含みがある笑みを浮かべるんだから質が悪い。
これで素直に怒るんであれば信用出来るのに。
ちなみに楓子の痛みは、強化されている自己治癒能力によって大抵は数分で消えるし軽い傷くらいなら一瞬で治るんだそうな。
せめてそれだけでも俺にあればよかったのにな。




