据え膳食わぬが男なり
結局俺は隣の部屋を借りて二人とは別室になった。
まぁ当然の措置だ。
制服は三日もすれば出来るとかで、それまでに手続きを済ませて早い内に学校の寮に移る事になるらしい。
その間何をするかと言えば、シェリールに呼ばれて異世界の話をしたり、女子である千絵と楓子は王室御用達のエステなんてものを受けてホクホク顔で帰って来た。
シェリールにする異世界の話も俺がするよりかは女子二人による女子トークの方がお好みらしく、俺は会話に花を咲かせる三人に一言伝えて早々に退散した。
ぶっちゃけしょっちゅう二人と行動してたから会話について行けるけど、この世界での二人の友達になりそうだしゆっくり話す機会があっていいかなと思ったのだ。
そこに俺が居ても構わないのだろうけど、シェリールとしては男の俺がいると話しにくい事もあるかもしれないし。
会場が中央エリアに位置するシェリールの私室だったので、男としては少々興味があったと言わざるを得ないが、話してる最中にじろじろと室内を見回すのも悪いし。
とは言え何もすることが無いので、王城内の散策をすることにした。
一応異世界人と言う事で色々と優遇はされているらしいが、玉座の間は基本的には立ち入り禁止と言われている。
よってそれ以外の場所を練り歩く事になるのだが、王城正面エリアやそこに近い中央と呼ばれる行政区のあるあたり、そして中庭あたりが妥当だろう。
とりあえずエントランスホールまで行って吹き抜けになってる二階から下のホールを見下ろすと、貴族らしい人達の往来が結構激しい。
この行政区への立ち入りは貴族しかできず、同時に勤めるのも貴族でなければならないと言う。
特例として、貴族の使用人の中でも能力が高く職務を全うできると判断された者は立ち入りが許されるのだが、それが貴族たちの付き人と言う事らしい。
実際の所貴族について歩いているように見えて、実務は付き人の方がしている事が多いと言う。
これも行政区に勤めていると言う事実が欲しい貴族が、一族の中でも能力のある子や平民を使用人にして仕事をさせているからなのだが、使用人となった平民もそれ相応の報酬を得ていると言うので問題は無いと言う。
貴族イコール腐敗みたいな図式が色々な話で出来上がってしまっていたが、こうして見るとみんなスーツを着てる普通のおじさんだ。
中には妙に偉ぶったのもいるが、それは貴族として位が高いとか役職付きなのだろう。
俺が上から見下ろしてる事に気付いた何人かが警備の兵士に問い合わせをしているようだったが、異世界人と言う事でスルーされているようだ。
直接言って来ないのはエントランスホールの上と下で立ち入り制限があるらしく、貴族でも一般的な位では上がってこれないらしい。
その為行政府自体も必然的に一階にあり、エントランスホールの上にあるのは上位の貴族しか勤める事が出来ない律法や司法やにかかわる部署らしい。一般的な三権では無いのは王制の為だとかで、律法や司法で決められた事が王国会議に掛けられ、王の他に貴族の序列で上位十人が話し合って決めると言う。その会議自体には律法や司法の担当者や有識者も参加するので、決定権は王室にあるが判断は大体が公正らしい。
どうも高校生知識だけで考えると、かなり真っ当に政治が動いているように思える。
適当に貴族を捕まえて世間話としてある程度話を聞けたが、最近は昔ながらの貴族が支配する王国から変わってしまったので反感はあるし批判も結構出ていると言う。
それもこれもシェリールが神託を受け神託の巫女となった数年前からで、貴族の中にはシェリールにさえ気に入られれば優遇してもらえるのでは、と考えるのも少なくないと言う。
にしても聞けば俺と同い年らしいシェリールが数年前から神託の巫女をやってるとなると、そしてシェリールの神託によって決められた事がもし多いのであれば、更に俺に話していた適当にねつ造して神託にしてしまえと言っていた事を考えると、恐らくシェリールは小さい頃から王国が変わるように動いていたのではないか。
あのキャラだから何でも有りな気がして妄想が捗るが、何となく事実な気がする。
その後は中庭に降りてみたが、貴族のご令嬢――これも職員――に誘われお茶会に参加したくらいで、よくわからない貴族のあるある話を聞かされて終わった。
ヘソクリは絵画の裏の隠し金庫では無く、むしろそれをダミーにして絵画の絵と板の間にある、とか。
そろそろ終わったかなと思い、来た道を戻って中央エリアとの境にいる近衛兵に会釈してシェーリルの私室へ。
「おかえりトモヤ。何か面白い話は聞けた?」
「ヘソクリは金庫の中じゃなくて絵画と背板の間だと」
「あらやだ、私も隠し場所変えないと」
「隠してなさそうだなぁ」
「そもそも必要最低限の銀貨があれば生活には困らないもの」
金貨と言わないあたり金銭感覚はまともっぽい。
女子会は俺が戻ってきた所で終わりらしく、千絵と楓子を連れて退室となった。
シェリールも忙しいらしく、この後はお忍びで外に出て色々やる事があるらしい。
こういう所を見ると、やっぱりこいつが王国の中心で暗躍してるんじゃないかと思えてしまう。
こうして王城で暮らしていて何がいいって、食事も美味ければ風呂にも入れる点だ。
相変わらず食材が元の世界に無いものばかリなので不思議な見た目だが、食べてみれば意外とおいしいのだ。
まぁ見た目で拒絶反応が出て中々手が付けられない物もあるのだが。
風呂に関しても、元々風呂と言う文化が殆ど無く、それどころかシャワー設備も異世界人が持ち込んだ知識で、一般的に平民以下はシャワーを浴びる習慣が無くぬるま湯で体を拭くらしい。王城には異世界人が湯舟を希望する事が多いからと大きな浴室に湯舟が用意されていた。そこから察するに異世界人は日本人が多いようだ。
風呂は千絵も楓子も大歓喜で、楓子に関しては泣き出す程である。ほんと泣き虫だよな楓子って。それがまたいいのだが。
実際問題、アヤメさんの所で風呂に入りたい入りたいと言っていた二人だが、現実問題として水が使えない、となれば風呂場も無かったので、浴室の存在には涙を流す価値があるらしい。
王城に転移門で来た当日は俺がはぐれた事で二人とも余裕が無かったとかで、久々の湯舟だとかで二人揃ってスキップしそうな雰囲気だった。
それには俺も賛成で、風呂があると聞いて勢いで『よっしゃ一緒に入るか』と言ったら千絵に蹴っ飛ばされた。超痛い。
日が落ちると城内には魔法で一斉点火するランタンがあり、そのおかげで多少薄暗いが行動に支障がない。
なのでのんびり風呂に浸かって戻ってくるのもわけは無く、だがしかし誰かに待ち構えられていたらわからない位に暗く、角を曲がって部屋に入ろうとしたら誰かに押し込まれて押し倒された。
「どぁっ」
「おじゃましまーす」
プラチナブロンドを靡かせてシェリールがいた。
「なに、なにごと、え?」
しかもマウントを取られた。
「これって夜這いって言うのよね」
「いや待て。夜這いは実際行為に及ばないと」
「冗談だけど」
ですよねー、実際事に及ばれたらと思うとちょっと焦る。
シェリールは特に気にした風も無く、立ち上がって椅子では無くベッドに腰かけた。
おかげで俺は何となく椅子を引っ張って来てシェリールの前に置いて腰掛ける。
「なんか、私の事探ってる?」
「んや、探るって言うか話を聞いてると、何故かシェリールが凄いとか影の王だとかって噂ばっかなだけなんだけど」
「ああ、やっぱりそうなのね。いえね、私にお付きの子が、噂でトモヤが私の情報を集めてるらしいって話をして来たのよ」
「あー、なるほど」
「あの子、私に心酔してるから犬みたいに褒めて褒めてって顔してたわ」
「……それは何というか、シェリールにとって味方だからいいんじゃないか」
大好きなシェリールの敵になり得る奴を許しはしないと言う事だろう。
「ご褒美で抱きしめてあげたら真っ赤になってへたり込んじゃったのよね。可愛いわー」
「確信犯め」
「結構貴族の人間関係って閉鎖的だから、同性愛に走るのも多いのよね。私はかわいい子を邪険にする気は無いし、可愛いものを見るのも好きだからある程度までは受け入れるけどね」
「それを俺に言われましても」
「私からしたらトモヤだって十分可愛いわよ? ほら、この世界の男って屈強な程モテるって聞いてない?」
「あー、ちょっと聞いた」
「私はもっと線が細い方が好みなの。と言うかエルフ自体が屈強なタイプでは無いから大体そうなのだけどね」
「はぁ」
「だから夜這いと言うのもあながち間違いでは無かったりして」
「……何かあったら俺が打ち首になりそうだからなぁ」
「その前にチエとフウコにシメられるんじゃない?」
「どうだろ。あの二人とは異性関係の話をそれほどするわけでも無いから」
「あそ」
奥手ね、なんて聞こえたけどそれは果たして誰に言ったのか。
俺にだとしたら、なんて言うか二人が別次元過ぎる高嶺の花なので手を出せないだけなのだ。
千絵よりも楓子の方が俺に対するパーソナルスペースが殆ど無いものだから、割と多く肉体的な接触があるせいで意識しやすいんだけど。
で、だ。
このタイミングでシェリールが来たって事は、これまでの噂話や本人の話を総合すると、俺を落としにかかるつもりだろう。
いやーモテる男は辛いねー。なんて思うだけで痛々しくて泣きたくなる。
「別にさ、今以上に俺に取り入ろうとしなくても、もうシェリールに協力するつもりだから大丈夫だぞ?」
「――意外と頭回るじゃない」
「これでも千絵のせいで生徒会の活動を真面目にやってましたので」
俺は体を動かすよりも頭を動かす方が得意なのです。
もしかしたら何かしらスポーツをやってれば勇者適正が付いたのかもと思わなくは無いけど。
「とりあえず、私としてはチエとフウコは手放したくないの」
もうこれでもかと言う程にハッキリ言う。
「何故かって王国には近衛兵団や魔法師団はあるけど、長年戦争から遠ざかってる事もあって実戦レベルで言えば決して練度が高いとは言えないし、ある程度強い魔物が群れで来たら殲滅する事は出来ても大きな被害が出るわ。でもチエくらいポテンシャルの高いアークウィザードがいれば広範囲魔法で一掃してくれそうだし、勇者適正があるくらいだから近接戦闘になっても何とかなるわ。そしてフウコに関しては少ないプリーストの中でも最上位だし、仮にフルヒールを使えるなら腕を食いちぎられたって再生してしまうわ。そんな二人を野放しにする国家なんて長続きしないと思わない?」
「まぁ、確かに。千絵や楓子が実際どの程度出来るのか知らないけど、これで千絵や楓子じゃない赤の他人がそれだけ破格の強さだったら当然俺もそう思う」
問題は、昨今の平和な日本で生死をかけての戦闘を出来る人がどれだけいるのかと言う話だ。
アクティブな千絵でさえバイオレンス系やスプラッターな映画は本気で嫌がるし、楓子に至ってはゾンビ映画のコマーシャルが流れるだけでもビビる。
二人とも運動部である以上、ちょっとした怪我なんかは日常茶飯事だろうが、命に係わる怪我を負わしたり負わされたるする可能性があるなんて、普通に考えたらやらないだろう。
どう考えても現代っ子に異世界で戦えなんて難しく、何かしら大きな意識改革でもさせない限り無理だろう。
そう言えばベスターも三百年前に来たと言っていたから、元は武士か何かだった可能性はある。
「トモヤはあの二人が戦えるか心配なの?」
「俺達はそう言った争いから遠い環境で暮らしていたからな。喧嘩だって痛いし怖いから嫌だ」
「ま、そうよね。私だって戦争だから前線に立てって言われたらごめんだもの」
「普通はそうだよな」
「実際出来るかどうかは置いといて、何にしても手元に欲しいの。協力してくれたらお触りくらい黙っててあげる」
「……」
うふ、とシナを作って唇に指を当てながら言うもんだから逆に冷めた。
「やんなっちゃう。私、これでもかなり上玉だと自負してるのに」
「そりゃもう、うちの千絵や楓子もかなりの物だと思うけどシェリールも負けてないと思う」
「やっぱりあのレベルが近くにいるとダメね」
いいえ違います。
フローラさんみたいな魅了の魔力抜きにしてもパーフェクトな美人を見てしまったからです。
魅了の魔力も込みで見てしまったせいで、今シェリールが脱ぎだしたとしても冷静に対処してしまえる自信がある、と同時に据え膳食わぬは男の恥って言うのに勿体ないなぁなんてぼんやり思う事だろう。
「ま、ともかく少なくとも俺個人としてはシェリールに敵対する気も無いし、仲良くしていきたいと思ってる。あの二人も同い年の友達みたいに思ってるだろうから、その点は大丈夫だと思う」
「そうかしら」
「後は、シェリール本人が二人を友達だと思っていれば大丈夫じゃないか」
「そこは大丈夫。王族だって言うのに気さくに相手してくれるだけで、私にとっては大事な友達だから」
「それなら、お願いする相手は俺じゃなくて千絵や楓子じゃないのか」
「だって、あの二人ってトモヤが右と言えば右を向くじゃない」
「いや楓子は割とそういう所あるけど、千絵に限って言えば結構対立するぞ? それでもあまり喧嘩にはならないけど」
楓子の悲しそうな顔一つで丸く収まる平和な関係である。
「うーん、わかった。私が考えすぎてただけみたい。ちゃんと二人に話してくるわ」
「うん」
「ちゃんとトモヤに色仕掛けしたら断わられたって言っとくわね」
「なにも無かったのに後で睨まれるからやめてください」
「ほんとあなた達の関係って面白いわよね。幼馴染や親友だとしたって年頃の異性じゃない。ちなみにトモヤの事も個人的に好きだからね」
なんか爆弾発言を残して手を振りつつ出て行った。
うーむ。
千絵と楓子に関しては、この関係に慣れ過ぎてるのが一つ。
そして、この関係を壊したくないのが二つ目。
更に言えば、慣れ過ぎてるが故に本当に、彼女達を異性として好きなのかと考えた時にイエスではあるが関係を壊したくないので絶対言えない。
たまに思う事がある。
俺も女で、三人同性だったら良かったのかもしれないと。
智子ちゃんとか呼ばれる自分の姿を想像すると怖気が走るけど。
正直な所、シェリールの行動も大分短絡的だと思う。
確かに俺は遊び人と言うどうしようもない適正を持ち、この世界で一人で生きて行けるかと問われればかなり難しいだろうし、ともすれば誰か助けてくれる人がいれば食いつくと思われるのも当然だろう。
そして事実食いついた部分もある。
だからチョロいと思われたのだろうけど、流石にそこまで馬鹿でも無い。
だが、彼女を見ていると全てが打算的に思えてくる。
今のもわざと自分の隙を見せつけたと言うか、『実はそんな思慮深くも無くて頭もよくはありません』と言うのをあえて見せて来たように思えてならない。
恐らく彼女の言葉自体は概ね本心だろうし、千絵と楓子の二人をがっちり掴んで離したくはないのだろうけど、何だろう、色々考えていると俺を試しているだけじゃないだろうかと言う結論に辿り着きそうと言うか、俺が今こうして悩む事すら計算して動いて掌でコロコロ転がして遊んでるような、むしろジャイアントスウィングでブンブン振り回してるような、考えれば考えるほどドツボにハマる。
少なくとも俺の中で、彼女は確信犯だと言う前提があった。
二人を御するのに俺を使うのが手っ取り早いと感じただろうし、実際この世界に来てから千絵が思いのほか弱気で俺の言う事を良く聞くし、楓子も元々俺や千絵がやる事には何も言わずについてくることが多かったから正解だ。
暇なときに貴族とちょっと話して得た情報でも、どうやらシェリールと言う神託の巫女が、報告書と言う形で神託を書くだけで議会で大きな影響力を発揮する事は察する事が出来たし、彼女が神託として言い出した内容が本当にこの王国を良くしようとしているんだろうなと言う内容だった。
そんな彼女が直々に動いているのだから、多分悪い方向へは行かないと思うのだ。
まぁ現時点でいくら考えてもはっきりとした答えは出ないわけだし、しばらく傍観でいいと思う。
俺が一人で考えていると、隣でわーわーとやっている音が微かに聞こえた。
うーん、これ、俺がさっき押し倒された時のドタバタも聞こえてるんじゃないか。
二人が俺よりも早く風呂から上がるなんてことは無いだろうけど、今後ここにいる間は気を付けないと。




