芋虫の大行列はきっと見た目にヤバい
ノイベルトが実は西の国を王国に売り渡す気かもしれない。
その仮説をルーベルトの爺様に言ったら、あまりの事に『考えすぎだろう』と言われてしまった。
だがしかし、ピレネーの方にはそれとなく聞いてみると言うから、考えすぎと思っていても一度考え出すと疑わしいのだろう。
事実、ピレネーの分家が水面下で動いていて、本家の方も結果的に動いてしまったのだから、実は全て通じていましたとなっても不思議では無いのだ。
まぁこの件に関したら疑い出したらキリが無いので、何パターンかシナリオを予想しておいて、経過を観察しながらどの予想が近いか見極めていくのが正しいと思う。
今のところはバウワーと戦ってノイベルトが敗走するのが濃厚だと思っているが、仮に王国側の兵が早くに関所に辿り着いた場合、そこで合流して奪い返す可能性もある。
なので敗走よりも殲滅してもらわないと困るのだが、あの戦力では難しいと思う。
やはり天候操作でノイベルトの後方を土砂降りにしておくか。
天候操作は上空までフライで飛んでやれば人に見られないし、そこまで上空の魔力変化に気付ける人は魔力探知が得意な人でも極一部な上に、偶々空を見上げなければわからないだろう。
と言っても極力こちらは介入したくないので、本当に最後の手段だ。
「そろそろ捕獲、いや誘導? とにかく連れて来て欲しいんだけどさ」
「ん」
最近シャルに頼りっきりです。
何って、世界樹の枝に生息するジャイアントワーム類だ。
無理やり捕獲すると攻撃されるらしく、何となく誘導して付いて来ればオッケーと言う良くわからない捕獲方法なのだ。
種類は多岐に渡るようなのだが、一般的にジャイアントワーム、ジャイアントキメラワーム、そしてジャイアントキメラワームの亜種の三つが高給な布製品を作るのに欠かせないらしい。
大体の感じで言うと、ジャイアントワームが普通のシルク、ジャイアントキメラワームが高級品のシルク、ジャイアントキメラワームの亜種が最高級品のシルク以上だとか何とか。
もちろん布質は似てる面もあれば違いもある。
強風が吹いてもジャイアントワームの糸で絡められた枝は暴れず、糸も切れずと言う非常に頑丈な面も持っている。
高級になればなるだけ糸が細く弱くなるようだが、それでも亜種の布三枚重ねれば鉄の鎧くらいには頑丈で、服と言う物は表地と裏地なんかがあって二枚以上の布が重ねられて出来ている。
自分達が着る制服はジャイアントキメラワームの糸からだが、つまりそう言う理屈で高い防御力を誇っているらしかった。
「何匹?」
「どれくらいいればいいかな。いやとりあえず実験的にやるから、数日で布が作れる程度には欲しい」
「わかった。トモヤも来る」
「俺も?」
「多分トモヤの方が好かれる」
久々にそんな話を聞いたな。
俺の魔力の親和性が高いから好かれやすい云々と言う話だが、確かにトラ子にはわけわからないくらい懐かれたし人間以外と上手くやれている。
「じゃあ行くか」
「いきなり枝まで飛ぶ。捕まってないと落ちるから気を付けて」
「はいよ」
そしてやってきました世界樹の中腹である。
一応上層と呼ばれるエリアだが、全高から考えると中間地点くらいらしい。
下層が根本、中層が幹、上層が枝葉と言う区切りのようだ。
この間来た時よりも風が強く、捕まってないと落ちると言うより吹っ飛ばされそうだ。
そう言えばシャルの説明に季節風めいた物があった気がするが、そろそろ時期は夏なので風が強い時期になってしまったのかもしれない。
って言うか本当に落ちそうだしな。
「しゃーるー、とーばーさーれーるー」
「枝に掴まってて」
あかんこれじゃ何もできない。
シャルは慣れた様子で枝を歩き、数メートルある芋虫に近寄って触った。
そしてこちらに歩いてくると、その芋虫も付いてくる。
あれはノーマルなジャイアントワームだな。
ジャイアントキメラワームはもう少し小さく、亜種になると更に小さくなる。
その分細い糸を吐く為、目の細かいツルツルな布が出来るらしい。
養蚕で言う蚕の繭の糸なんかと比べれば太いのではと思ったのだが、このサイズ感で吐く糸が滅茶苦茶細いのだ。
どうやら魔力的な要素があって細くても頑丈なようだけど、細いって事はそれだけ量が無いと布に出来ない。
最初は二、三匹からかなと思っていたが、もっといないと駄目だろうか。
「今回はジャイアントワーム狙い撃ちでやる。その方が数が多くて楽」
「任せる」
そう言いに来ただけで、シャルは後ろにジャイアントワームをくっつけながらあちこち走り回り、三十分もしたら二十くらいぞろぞろとジャイアントワームを引き連れた状態だった。
単純なのか何なのか、ジャイアントワームも諦めずに延々と付いてくるから凄い。
「コボルトの集落に直接持って行こう」
「ん」
シャルは自分の道具袋の中から大量の縄を取り出し、それで軽くジャイアントワームを縛る。
そしてゆっくりと自分の開いた転移門に半身を入れ、ジャイアントワームの様子を見ながらもう半身を踏み出した。
俺は縄の一本に捕まっていたが、なんともワーム達は大人しく付いてくるのだ。
コボルトの集落は、いきなりジャイアントワームを連れた俺達が広場に現れた物だから驚いているようだった。
「シャル、待ってて」
「ん」
俺はコボルトの魔王の小屋にノックをしてはいる。
丁度お茶を飲んでる所だったようで、こっちを見て軽く頭を下げてきた。
「今日はどうされましたか」
「とりあえず試験用にワーム捕まえてきたんだ」
試しにやるにしてもいつから、と言う話は特にしていなかった。
だが、あのオークの侵攻もあって地脈に繋がる穴は開いてしまったし、そこを利用してワームを飼えるだろうと言う事で大雑把に方針は決まっていて、ワーム用の巣穴みたいなものは整備されているはずだった。
「連れて来たのですか? 思いのほか早くてびっくりしています」
「機織り機の方が近々全パーツ揃いそうで、後は組み立てだから、そろそろ糸を取っておかないと」
「なるほど。ではとりあえず外へ出ましょうか」
そう言って立ち上がるコボルトの魔王と共に再び外に出ると、ほんの数分の間なのに広場にはコボルトが集まって来てワームを見ていた。
その光景にシャルも少しビビっている。
まぁ普通は人に危害を加えるモンスターだし、一人でこの場に居たらビビりもするか。
「これはこれは……。こんなに沢山ですか」
「あくまで試験的にだから、こんな飼育出来ないって言うならベスターの所に持って行くつもり」
前から悩みがある。
コボルトの魔王の腰が低いからついつい普通に話してしまうが、自分の中で敬語で話す時と気軽に話してしまう時があるのだ。
人間の中でもびっくりするほど弱い自分が対等に話していい物かと思う反面、コボルトの魔王がそう言う雰囲気を作ってしまう。
最近ではあえて普通に喋るようにしているのだが、自分の中で違和感は拭えない。
「そうですね……、小屋も含めて拡張は出来るので問題無いです」
「ちなみに小屋ってどう作ったのかな」
「あのオークが出て来た穴の上に小屋を建ててカモフラージュしているだけで、実際は地脈の周りを掘って広げて、穴を伝ってどこかへ行かないように石を運んできて前後三十メートル程の所に積んでいます。ジャイアントワームは結構力持ちらしいので、土くらいなら掘ってしまうようなのです」
「穴を広げて前後三十メートル……」
確か地脈自体は二十メートルくらいの太さがある場所だったと思う。
その周りを広げて長さ六十メートル程の空洞を作ったと言うのだから、恐らく結構な個体数を投じて何日もかかった事だろう。
いつやると言う話も無かったのに、本当にコボルトの魔王は真面目と言うか律儀と言うか、俺の事を信じてくれているらしい。
「シャル、それくらいあったら大丈夫かな」
「実物を見てないから何とも言えないけど、飼育してる町はもっと狭い環境だから大丈夫なはず」
本当ならそれを視察したかったのだけど、あまりにも色々あり過ぎて結局見に行けてなかった。
必要なのは魔力らしいので、地脈の魔力で地属性になってしまってはいるが、恐らく問題無いはずだ。
噂によると飼育してる町では、屋根の無い小規模の体育館みたいな施設を作って、そこにワームを放っているらしいのだが、やはり地下には地脈が通っていて魔力濃度は高めと言う。
「でも本当は日に当たる環境の方がいい」
「そうだったな」
ジャイアントワーム系の体が緑色なのは葉緑体によるもので、光合成をするらしい。
世界樹の魔力と光合成で生きているから、世界樹の葉も食べずに世界樹と共生していられたのだ。
それは伝えておいたはずなのだが。
「日に当たらないと駄目なんだけど、小屋って屋根は?」
「ありませんよ。表向き大きな作業小屋っぽく作っていますが、あくまでカモフラージュですから」
まぁ直接見た方が早い。
小屋と言いながら大きなと言っているし、俺が見た穴は大きな物では無かったがコボルトの魔王のニュアンスだと穴も広げてるっぽい。
俺はシャルとワームを連れ、コボルトの魔王も何人かの同族を連れて山をのんびり下りて行った。
のんびりなのはワームのせいで、大きい事もあって意外と早いのだが人間の徒歩のペースの半分以下なのだ。
「オークの件も解決したようで、お疲れ様でした」
「いやいや、今回もいい情報を貰って助かったのはこっちで、それにベスターが率先して動いてくれたから何とかなった部分が多いから、今回は人間側は殆ど何も出来なかったんだ」
「ですがオークの魔王と戦える人は限られていますし」
「それがオークの魔王がベスターを警戒して、サウスルタンにあった魔法を吸収する魔道具を持っていたらしくて、うちの勇者二人が魔法攻撃が主体だから噛み合わなくてさ。結局ベスターが軽く切り捨てちゃった」
「なるほど……。オークの魔王も災難ですね。普通の魔人の王ならば確かに魔法を吸収する魔道具で優位に立てたかもしれませんが、あの方を相手にしたら為す術もありませんか」
俺も遠目で見ていたが、動いたと思った瞬間には腕が飛び首が飛んでいた。
オークの魔王もそれに反応するだけはしたが、元勇者であるベスターが魔王の力を得ているのだから負けるわけが無いのだ。
「それにしても魔法を吸収する、ですか。あの方々も自身の魔力を収束するアイテムを持っていましたが」
「見た感じそれとは違って、結構威力のある魔法も殆ど吸収してダメージを抑える効果があるようだった」
「なるほど、吸収して霧散させるタイプでしょうね。処理能力以上でもアイテム自体が壊れないように一定までしか処理されない作りなのでしょう」
「千絵と楓子のファイヤーボールをほぼ無効化してたくらいだからなぁ」
「それは国宝級のアイテムでしょうね。何とかそう言った物を作りたいと思っているのですが、ああ言うアイテムは魔法陣の刻み方以上に素材のポテンシャルが必要不可欠なので、国家規模の予算が無いと開発は出来ないのです」
「サウスルタンがそう言う物を作っていたと?」
「さぁ、結構な性能なので自国防衛の為に作っていたかもしれませんし、昔から共和国に伝わって来たアイテムなのかもしれません」
自国防衛か。
一番警戒するとすれば亜人だが、亜人は自身の特性に応じた能力を持つので魔力よりも身体能力が高いらしいし、立地的に人が攻めて来る可能性も少ないから、多額の国家予算を投じて作ったとは考えにくい。
あの国は陸の孤島と言っても間違いではなかったが、だからこそ長年平和だったのだ。
その分食料自給率を上げたりサウスルタン独自の発展を遂げた部分もあるようだが、今となってはその頃の面影は薄れてしまっている。
食糧自給率は食い扶持が減ったから問題無いが、サウスルタン独自の文化みたいな物がどの程度守られるかは、今後の婦人会の方針次第だ。
まぁ文化と言っても温暖な土地だから建物が独特とか、王国みたいに娯楽の最先端が演劇ではなくインド映画のような集団での踊りだったり、守ろうと思えば守れる物ばかりだとは思う。
しかし婿を入れなければならないので、近い将来サウスルタンが王都みたいな貴族の街に変わって行ってしまうのではないかと言う危惧もあった。
本来ならば貴族はそこまで多くなく、平民の活気があふれる街だったらしい。
「そうだ、また問題があってさ」
「今度は何ですか、リザードマンですか?」
ああ、それは聞いてるんだっけか。
なんかもう色々あり過ぎてどの程度情報を共有してるかすら覚えていない。
ベスターが独自に動いている部分もあるし。
「リザードマンは結局会話出来なくて、亜人を連れて来て通訳してもらったんだ。で、サウスルタンの渓谷の先を亜人の居住エリアにしてしまって、そっちに引っ越してもらう事になった」
「それはいい事です。下手に人の生活圏で暮らすよりも安心でしょう」
「それじゃなくて、西の国でごたついてて、王国から数千の兵が出る」
「西の国と言うと、この辺りは通り道ですね」
「ちょっと向こうで変な事を画策してるっぽくて、それを潰すために一位のバウワーに情報をリークして、何か企んでる三位のノイベルトを早々に叩いてもらう事になっているんだ。恐らくうちの兵が関所に到着する前に勝負はついてると思うんだけど、もしかしたら敗走してきて合流するかもしれない。その時に、コボルトの集落に何か迷惑を掛ける事があるかもしれないんだ」
「そうですか……」
コボルトの魔王は少し考えるそぶりを見せた。
「仕方ないでしょう。我々は結局は魔物です。トモヤさんですからこうして話す事も出来ますが、他の方々とは意思疎通もままなりませんし、我々を見ただけで襲ってくる方もいるでしょう」
「一応出発前に全軍には通達するつもりなんだ。西の関所の手前にはコボルトの集落があるから、絶対に手を出すなって。でも統率がどの程度取れるかわからないのと、西の国から敗走してきた奴等が何をするかわからない。だから一応警戒しておいて貰いたいんだ」
「ええ、ありがとうございます。ですが、魔王のいる集落に好き好んでくるとも思えませんし、大丈夫だと思いますよ」
「だといいんだけど」
正直な所大丈夫だと思っているが、略奪目的に無茶をするのがいても不思議では無いのだ。
敗走してきたら猶の事、物資も足らず魔物の集落だろうが見境なく襲撃する可能性はある。
逆にそれを迎え入れて怪我の手当なんかもしそうだけどな。
そうこう話してる内に小屋が見えてきた。
山の斜面から平地になったすぐの所で、遠目に小屋だけど近づくとちょっとした屋敷くらいある。
「中へどうぞ」
作りは決して良くはない。
急遽作ったログハウスと言うと語弊はあるが、何となくそんな感じだ。
中は基本的に資材置き場で、小屋の中央部には大きな穴が開いていた。
その縁から中を覗き込むと、底の方に地脈が見える。
「シャル、どうかな」
「大丈夫」
「よし」
シャルが連れてきたワーム達は、地中から魔力を感じたようでそちらに向かって進んでゆく。
そして穴を下って行った。
「樹の幹から上の枝の部分を適当に切って投げ入れて。ワームは障害物や敵に糸を吐く習性がある。糸を取る時は刺激しないように三人一組くらいでやって、何かあったらすぐ助けを呼んで大勢で対応して。あの糸に絡め捕られたら簡単には外せない」
それを通訳すると、すぐにコボルトの魔王が同族に声を掛けて伐採に向かわせたようだ。
「にしても、集落からここまでそれなりに距離あるけどさ、集落を広げる予定は?」
「一応我々の畑のすぐ下と言う位置ではあるのですが、トモヤさんのおっしゃる通り少々遠いので多少の整備は考えています」
「成功して増産するようになったら集落と言うよりも町くらいの規模にしてしまってもいいと思うんだ。例えば居住区は今まで通りの場所だけど、工業区みたいな形でここ一帯を開発して、この辺りで働くコボルト用に住居を作ってしまうとか」
「夢が広がりますね」
「まぁ今も言ったけど成功しないとだ。で、機織り機はどこに置けばいいのかな」
「ここを考えていたのですが、屋根が無いので集落の方に糸を運んでやろうと思っています」
「じゃあ完成したら集落の方に持って行くと言う事で。そう言えばお茶の方は?」
「収穫はもう少し後ですが、気候にも恵まれていい葉が取れそうです」
それはいい事だ。
今後柑橘系の栽培なんかも考えているし、ジャイアントワームの生地の産地として確立できればコボルトだろうと人間社会に参加できるようになってしまう。
となると最終的にネックなのがコミュニケーションをどうするかだが、口の形状的に人の言葉は話せそうに無いんだよなぁ。
となると筆談か。
犬面のコボルトだけど手は人に近く細かな動きが出来る。
「人間の言葉、文字を覚えてみないか」
「実は勉強しています。ただ、理解出来るのが自分と数人程度なのですが」
頭のいいコボルトの魔王の事だから、俺と同じ考えには簡単に辿り着いていたようだ。
「でもどうやって勉強を?」
「昔倒された人間の遺品にちょっとした本なんかがあって、それを見て真似て書いているのです。意味が分からない言葉だらけですが、文字さえ書ければ後は理解ですから」
「おー……」
近々でどうにかなる問題では無いだろうが、数年後には筆談で商談をまとめるコボルトの魔王が存在していそうだ。
商談の矢面に立つのがコボルトの魔王であれば、人間側も下手な事は出来ないだろう。
「じゃあ、勉強に使えそうなものを選んで今度持ってくる。ベスター辺りなら教材的な何かを持ってそうだし」
「ありがとうございます」
さて、そろそろ帰るか。
俺個人としてはコボルトの魔王と延々喋っていてもいいのだけど、シャルがコボルトの魔王の言葉を理解出来ないので、三十分も話していると段々機嫌が悪くなってくる。
全身から『暇』オーラを出してくるのだ。
「じゃあ今日はこれで。また近い内に」
「はい、お待ちしております」
さて、次はベスターの分を確保しなければだな。




