4
一か八か。…野郎がオレに組み付こうとした瞬間、オレは思いっきりそいつを蹴っ飛ばしてやった。
野郎の体重より、オレ+娘っ子の方が勝ったみてぇだ…。
ゾンビ野郎は肋骨がへし折れる音を立てながら、大の字にひっくり返ったのよ。
安全靴ってのは、重宝なモンで、現場で作業してて、足の上に重たいモンが落っこちてきても怪我しねぇように、靴の先っぽに鉄チンが入ってるんだ。そいつを食らったからには、肋骨四、五本は、お釈迦だろうなぁ。
それでオレは、でっけぇ声で「ドア開けろ」って叫んだのよ。姉ちゃんも、オレが野郎を蹴っ飛ばしたのを見てたらしくて、真っ青な顔しながらも運転席のドアを開けてくれた。
オレは急いで買い物カゴと娘っ子を、ドアん中に放り込んだんだが、ゾンビ野郎が立ち上がりかけたモンで、行きがけの駄賃に、そいつの頭をレンチで思いっきりブン殴ってやったのさ。
レンチがゾンビの両目の間まで、めり込んじまったんで、抜くのに苦労したけど、片足踏ん張って引き抜くとダンプに飛び乗って逃げ出した。
娘っ子がビービー泣いてやがる。
普段のオレなら「うるせぇ」って怒鳴って、引っ叩いてやるんだが、この状況じゃそれも可哀想だ。
…助手席で姉ちゃんが宥めてるから、そのうち落ち着いて泣きやむだろうよ。
しかし、とんだ道草食っちまった。ダチの家に行くつもりが、いつの間にか真っ暗よ。そのうえヘッドライトが片っぽ割れちまったから、暗くて運転に苦労したけど、やっとこさっとこダチの家にたどり着いた。
ダチはオレと同じ土建屋で、建築資材の販売や家屋解体なんか結構手広くやってるから、オレより羽振りは良いんだが女癖が悪くてよ。かかあとガキに逃げられちまって、今じゃこの住宅兼資材倉庫に一人で住んでいるって訳よ。
もしかしたら従業員で二号の女を連れ込んでるかも知れネェけどな。そんで、オレは用心しながら、資材置き場にもなってる広い敷地にダンプを突っ込ませたのよ。
そいつの家は、資材やら機械を盗まれねぇように、高けぇブロック塀やフェンスで四方を囲まれてるから、泥棒だって簡単に入っちゃ来れねぇのよ。
だから、ガラガラと重たい鉄門さえ閉めちまえば、ゾンビ野郎も怖かぁねぇのさ。
オレはダンプのエンジン止めると、助手席のダッシュボードに仕舞ってあった懐中電灯を取り出した。
姉ちゃんが、ビックリしたように身を引きやがったけど、いくらオレだって、こんな時に変なことはしやしねぇよ。
懐中電灯で周りの様子を確認したが、ダンプの宿命で後ろの方は、ちっとも見えやしねぇ。
仕方なしにオレはドアを開けると下に降りたよ。…もちろん神様、仏様のレンチはしっかり握ってるぜ。
ダンプの後ろを廻って誰も居ねぇのを確かめると、なるたけ音を立てねぇように鉄門を閉めて、でっけぇ閂を掛けたのさ。
敷地の中をざっと見渡したけど、動くモンは無ぇみてえだ。
オレは念のため、ヤツの携帯にもう一回電話してみた。
…ヤツの携帯呼び出し音、「止まらないHA~HA」が、遠くの方で鳴り出しやがった。…早く出ろってんだ。バカやろ。
出なきゃ、こっちが「止まれねぇ」だろ。
…でもよ。ちっとも出やしねぇし、「矢沢の永ちゃん」がどんどん近づいて来やがる。…逃げ出したくなっちまったよ。
こうなりゃ仕方がねぇ。オレは踏ん切り付けると、助手席の姉ちゃんに訳を話してから、空っぽのダンプの荷台に這い上がったのよ。
そのうち倉庫の方からふらふらと人影が現れやがった。
懐中電灯に照らし出されたその姿は、どう見てもオレのダチだ…。但し、顔は真っ白、目は真っ黒。ありゃあ間違いなく噛み付かれてる。
そんな姿を見た姉ちゃんが、慌ててダンプのドアをロックした。
ゾンビ野郎は、薄らバカになっちまうらしくて、道具なんか使おうって気は無ぇみてえだから、鍵さえ掛ければ一安心だろうが…。
…けど奴ら、鼻は良いらしい。オレがダンプの荷台に隠れていることを嗅ぎつけると、荷台の枠に飛びついて来やがった。
オレはダチの手が荷台の枠を掴むたんびに、「バカやろ。バカやろ」って言いながら、レンチでその指を引っ叩いたのさ。
マブタの奥から熱いモンが出てきやがって、その指が何本にも見えたっけ。