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ダンプを走らせながら、オレはその女を観察した。…そりゃあ、どっかが噛み付かれてて、運転してるうちに横から飛びつかれちゃ、敵わねぇからな。
まだ若けぇ姉ちゃんみてぇだ。どうやら大丈夫と見たオレは、自分の名前を言って安心させてやった。でもよ、姉ちゃんは放心状態で膝を抱えたまま黙りこくっていやがるのさ。
こんな時にゃ、酒でも飲ませてやれば落ち着いて何か喋ってくれるかも知れネェけど、あいにくとダンプの中には無ぇんだな。
それに、オレのタバコも切れちまった。オレはダンプを転がしながら、コンビニでも無ぇもんかと探したのよ。
通りにセブンイレブンが見つかったんで、用心しいしい駐車場にダンプを入れたのさ。店の中は、荒らされた形跡は無ぇけど、何が出てくるか判からねぇからな。
さぁて…、それでオレは考えちまった。ボウズのバットは使い物にならねぇ。だけど、いくらオレでもこの状況じゃ、手ぶらで外に出たくはねぇからな。
何か手頃な獲物でも有りはしねぇかと、座席の後ろを探ったのよ。
タイヤを外すときのレンチが見つかったんでホッとした。長さは一メートルぐらい有るし重さも十分だ。…ただ、握りの部分が細いから、うっかりして手が滑っちまわねぇように、振り回すときは気をつけた方が良いな。
オレは姉ちゃんに一声掛けると、ドアを開けてゆっくり降りたのさ。…まじまじ見ると、オレのダンプは酷ぇ状態だ。
バンパーはヘン曲がってやがるし、そこらじゅうゾンビ野郎の破片が飛び散ってる。
…だけど、ゆっくり確認してる状況じゃねぇだろ。急いでコンビニの方に近づいたのよ。中は電気が点いてたから丸見えよ。
誰も居ねぇみてぇだけど、油断しちゃならねぇ。
用心のために、自動ドアをレンチでブチ割ってやった。
ゾンビ野郎が中に隠れてて、逃げるときドアが開くのを待つ間で、食い付かれちゃたまらねぇからな。
少し様子見てからオレは、コンビニに入ったぜ。棚の後ろに隠れてる野郎が居ねぇか、ざっと見回してから、レジのカゴを引っ掴むと、食い物やらペットボトルやら手当たり次第に放り込んでいったのよ。
…ふと横を見て驚いた。…トイレのドアがちょっとずつ開いてるじゃねぇか。
いや、ビックリしたぜ。誰も居ねぇと思ってたコンビニのトイレのドアが、ゆっくり開きやがるからよ。ゾンビ野郎でも隠れてたかと思って、腰抜かしそうになっちまった。
とっとと逃げようと思って、ドアの方に走りかけたのよ。
…でもよ。そっと開かれたトイレのドアをよく見たら、奥に丸いおかっぱ頭の娘っ子の顔があったじゃネェか。
その小娘が涙でぐしょ濡れの真っ赤な目を見開いて、オレを見つめていやがるから、オレもそいつとにらめっこしちまった。
どうやら噛まれちゃいねぇらしい。
オレは、話しかけようとしたんだが、何て言って良いんだか判んねぇ。
だってそうだろ。オレみてぇな「オヤジ」が、ちっちゃい子に話しかけてみろ。そうじゃなくったって警戒されちまうんだから、やたらに声は掛けられネェよ。
…そしたらよ。その子が蚊の鳴くような小さい声で「おじちゃん、たすけて」って言うじゃねぇか。オレはなるたけ優しい声で、こっちに出でてくるように話しかけたのよ。
どうしたんだか聞こうと思って、その子に近づいたら、途端にダンプのホーンが鳴ったモンで、ビックリしてコンビニの窓越しに外を見たのよ。
ゾンビ野郎が一匹、通りをふらふら歩いて来やがった。…それに気が付いたダンプの姉ちゃんが、気転効かせて教えてくれたみてぇだ。
この状況じゃ、逃げるが勝ちよ。
片手にレンチと買い物カゴ、もう一方に小娘を抱えると、コンビニを飛び出したのはいいが、残念なことに、あいにく野郎と目が合っちまった。
オレが先か野郎が先か、ダンプのドアまで駆けっこよ。
ゾンビ野郎は、そんなに早く走れネェみてぇだけど、こっちだって両手に大荷物だから、気だけ焦って足が出ねぇ。
そのうち、娘っ子が驚いて泣き出しやがったけど、暴れたって放すモンか…。
でもよ。どうやら金メダルは野郎の物に、なっちまうみてぇだ。ゾンビ野郎が口からアワ吹いて近づいて来やがる。