食べられる文房具
小学生のゆうたは学校に行き、いつも通り教室の中央にある自分の席に座り朝礼が始まるのを待っていた。
ゆうたは隣の席に視線を向ける。ミカちゃんだ。
ツインテールでとても可愛いから、ゆうたはついつい気になってミカちゃんを見てしまう。
ミカちゃんは手に持っている色エンピツを、可愛いらしい唇に付けてボーっとしている。
何て可愛らしい表情なんだろう。ゆうたはそう思いながら見ていたが、ミカちゃんは不意に口をあんぐりと開け、その中に色エンピツを半分ほど入れた。
何しているのだろうとゆうたが思った直後、バキッと音を鳴らして色エンピツをかじり、口の中でボリボリと噛み砕いたのだ。
「何しているのミカちゃん!?」
ゆうたはミカちゃんの奇怪な行動に思わず声を上げた。
頭がおかしくなったのではないかと思ったのだ。
「ゆうたくん、シッ! 先生に聞こえちゃうよ」
ミカは落ち着き払った声で、動揺しているゆうたに静かに注意をした。
「え? どうしてそんなもの食べたの?」
ゆうたは小声でミカちゃんに聞いたが、まだ動揺が収まらずに声が震えていた。
「この色エンピツはラムネで作られているお菓子なのよ、だから食べても平気」
ミカはゆうたに色エンピツを見せながらそう説明した。
「え? お菓子? でも学校にお菓子は持ってきちゃ駄目なんじゃ......」
「確かに駄目なんだけど文房具のお菓子なら、先生にお菓子だとバレずに持っていけるでしょ? 授業中に先生の目を盗んでお菓子を食べるの最高だよ、みんなもやってるよ」
「え? みんなもお菓子の文房具を持っているの?」
「うん、持っていないのはゆうたくんぐらいだよ? 学校の近くにある駄菓子屋さんがね、文房具屋さんになったのよ、そこに売ってあるもの全部食べられる文房具なのよ。ここの学校の子ほとんどがその文房具を買うようになって、授業中にこっそりと食べているんだよ」
「そんな文房具屋があったんだ、そんなの知らなかったな......」
「でも先生や自分の親には決して言ってはいけないよ。あの店が食べられる文房具しか売ってないってことを知っているのはここの学校の生徒だけなの。もし親や先生に知られたら授業中にこっそりとお菓子を食べるっていう最高の楽しみがなくなってしまうわ。だからそこは気を付けないといけないの」
「なるほど暗黙の了解ってことだね、わかった。僕も文房具を食べたくなってきたな」
「じゃあゆうたくんには特別にこの食べられる消しゴムをあげる」
ミカは白い球体の消しゴムをゆうたに渡した。
「ん? この弾力、この手触り、この匂い、こ、これは・・・・・・」
ゆうたは消しゴムをじっくりと観察し、息を大きく吸って叫んだ
「パァン!!」
ゆうたの大きな声を掻き消すようにミカはこう言った
「シッ静かに。でもこれがよくパンだとわかったね。食パンの中央を千切りとって丸めて作られたものらしいよ」
「それにしても、食べられる文房具というのは面白いな、他の友達はどんなものを持っているんだろう?」
ゆうたは教室中を見渡した。
紙を千切りながら食べている友達
スティックのりを半分ほど出して、棒キャンディーを舐めるように食べている友達
シャープペンシルの芯が入っているケースから、ポッキーを取り出すかのように芯を出して食べている友達
中には、ボールペンの先端部分を舌に付けて無作為に動かし続けている友達もいた。
ボールペンから出るインクはチョコレートなのかなとゆうたは思った。
「みんな色々な文房具を持っているね、先生の目を盗んで食べるお菓子がこんなにおいしくて楽しいものだったなんて、知らなかったよ」
その日からゆうたは、毎日のように親に文房具を買いに行くからと言ってお小遣いをねだり、学校でお菓子を食べるようになった。
親は息子が毎日のように文房具を買っているので、勉強熱心になったのだと勘違いをした。
そんなことだから息子のあまりにも悪くなった通信簿を見て、どうして文房具をたくさん買うほど勉強熱心なはずなのに成績が下がるんだろうという疑問を抱かずにはいられなかった。
そしてある日、ゆうたが学校から帰宅したとき大変なことに気づいたのだ。
「まずい、食べられるエンピツを学校に忘れてきちゃった!」
ゆうたはとても焦った。どうか先生に見つかりませんようにと願った。
学校内にて・・・・・・
ゆうたのクラスの担任は、忘れ物ボックスに一本のエンピツが入っていることに気づいた。
「あー誰かエンピツを忘れていってるじゃない」
先生はエンピツを手に取った。
「ん? 何だか甘い匂いがするわね?」
先生はエンピツを鼻に近づけて匂いを嗅いだ。そのとてもおいしそうな甘い匂いに、思わず自分の舌をちょっぴりエンピツに付け、気づいてしまったのだ。
「これは......もしかして......!?」
翌日、ゆうたは教室に入り真っ先に忘れ物ボックスの中を確認した。しかしエンピツは入ってはいない。
「あれ? 確かに昨日エンピツを忘れていったはずじゃ......」
そう思ったとき、先生が教室に入ってきた。
「朝礼を始めるので皆さん席に着いてください」
先生はそう言い、ゆうたを含め皆は席に座った。
「昨日、忘れものボックスにこんなものが入っていました」
先生が手に持っているものを見ると、ゆうたは暗澹たる気持ちになった。ゆうたが忘れていったエンピツを先生が持っているのである。
「これを忘れてきた人、正直に手を挙げなさい」
ゆうたはしぶしぶと手を挙げた。
「ゆうた君なのね、これを忘れていったのは」
授業中にお菓子を食べていたことがバレる、そう諦めかけたその時だった。
「凄いわ! ゆうた君がこれを作っていたなんて!」
ゆうたは呆気に取られた。
先生はゆうたがこれを文房具屋で買ったのではなく、ゆうた自身が作ったのだと思いこんだのだ。
「皆見て見ましょう。これはゆうた君が作った食べられるエンピツです。こんな凄いものを作るのはとても苦労したことだと思います。ゆうた君の図工の成績をアップさせてあげようと思います」
思ってもいない展開だった。怒られてもう二度と学校に食べられる文房具を持ってこれないと思ったのに、逆に誉められて成績をアップしてくれるというのだ。
だがゆうたの喜びは長くは続かなかった。
「先生! 俺の食べられる紙を見て!」
「先生! 僕のクレヨンも食べられます!」
「先生! 私の筆箱はビスケットで作られたみたいです!」
「僕の消しゴムも食えます!」
ゆうたの友達は、次々と先生に自分の持っている食べられる文房具を見せた。そうすることで成績をアップしてもらえると思ったのだ。
しかし先生に向かって投げられた言葉の中に、決して先生には聞かれてはならない失言が含まれていたのだ。
「ん? 作られたみたいってどういうこと?」
”作られたみたい”という痛恨の失言を先生は聞き逃さなかったのである。
その言葉を聞いた先生は、全てを察してしまったのだ。
先生は生徒全員から食べられる文房具を全て没収し、もう二度とあの文房具屋には行ってはならないと注意を促した。
当然、家にも電話をされて、ゆうたはこっぴどく親に怒られたのだ。
そして一週間後、ゆうたは先生からもう二度と行くなと言われていた文房具屋にどうしても行ってみたくなり、足を運んだ。
そこには文房具屋ではなく、駄菓子屋があったのだ。
つまり、文房具屋は元の駄菓子屋に戻ってしまったのだ。
「は~、やっぱり授業は真面目に受けなくちゃ駄目だなあ」
ゆうたは駄菓子屋の看板を眺めながら、ポケットに入れていたエンピツをかじった。
木の味がしてとても食えたものではないなと、ゆうたは思った。